義の刃足る己が身を   作:黒頭巾

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絶武

呂布。関籍軍一の猛将であり、両翼の破壊力担当。階級は義陽に飛ばされた馬謖に代わって、主簿。

 

張遼。関籍軍一の名将であり、両翼の機動力担当。階級は奮武将軍。

 

耳目が江夏に、頭脳が豫州に居るため五体満足では無いものの、両翼が揃えば直接的な戦闘では負けはない。

 

騎兵に踏みにじられ、刃が振り下ろされ、矢の雨が降ったあとに残るは屍のみ。

 

「ん」

 

「ああ」

 

意味をなさない言葉を交わし、呂布と関籍は合流した。

彼らの配下からすれば、相変わらずな二人である。勿論それは、傍から見た場合の意思疎通の内容の解読が困難という意味で。

 

しかし、傍から見てわからなくとも本人たちにはわかるらしい。

殆ど芸術的なまでの手振りでの指揮で関籍隊が突出し、呂布隊が僅かに遅れた。

 

突出した関籍隊があれよあれよと言う間に敵陣を貫き、穿たんと突き進む。

 

血煙と土煙、馬蹄の響きと剣戟に、敵方の悲鳴と喚声。

 

それらが響き始めてから一刻後。

関籍隊が馬脚を緩め、それに伴って敵陣にかかる圧力が減少。呂布隊と並んだ。

 

その僅かな怯みに似た後退を見逃さず、前線のすぐ後ろに控えた新たな涼州兵が追撃せんと突出し。

 

「叩く」

 

突出に際して見せた柔らかな横腹に、攻撃を関籍隊に任せて牙を研いでいた呂布隊が突っ込んだ。

攻守逆転したと思いきやすぐさまひっくり返された涼州兵が混乱し、突撃時の破壊力をもろに受けて潰れる。

関籍隊は嘗ての呂布隊のようにその影に引っ込み、呂布隊の破壊力にくっつくようにして進んだ。

 

そしてまた一刻後に呂布隊が影に、関籍隊が敵を貫く鋭鋒となる。

 

味方の騎馬隊の破壊力が上がっている時は影に引っ込み、落ち始めたら鋭鋒へと転じ―――という、敵からしたら『軍神を凌いだら武神が来る』と言う敵からしたらどうしようもない悪夢のような状況が、四刻の間にわたって繰り返された。

 

圧倒的な破壊力を持つ反面持久戦に弱く、反攻されると手の打ち用がない騎兵の弱点を主将の武力もあってうまく補っているこの戦術を、この時代に居る軍旅の中でも屈指の破壊力を誇る二隊が実行してから四回目になる交代を行おうとした時。

 

(無理だな)

 

呂布隊の統御が僅かに乱れてきていることを、関籍は目敏く察知した。

 

巧緻にして精密な指揮と、阿吽の呼吸を必要とするこの戦術的な行動に対し、呂布はその能力を懸命に出し尽くした。だが、兵を預けられたことはあっても指揮した経験が乏しい彼女の指揮には綻びが見え始めている。

 

難易度の高い戦術的な指揮をこれまで彼女が何とかこなし切れていたのは、関籍と言う同型の人間―――と言うよりは寧ろ転写したかのような類似品―――と組んでいたことが大きい。

 

武技にかけてはせいぜい棒を振っていただけでろくに学んでいない癖に他を圧倒できる天賦の才を持ち、戦略的な視点に欠けるところがある。

 

恩を施されたら一途であるし、才能に比例して持ち合わせるべきである野心がない。

 

それに何より、無口であった。と言うよりは、無言でも会話が成立すると思い込んでいるような節があった。

 

張遼は、人としての性質が真逆であるが故に寄り添う形で歯車が合ったのに対し、呂布は人としての性質がそっくり写して切り取ったように同じであった為、くっつく形で歯車が合ったのである。

 

「呂布殿」

 

「うん」

 

馬脚を速め、黒の軍旅が赤に迫る。

 

その荒々しい戦い方故か、月牙から血と肉片が滴り落ちる方天画戟を手に持つ呂布と、切っ先にのみ血が集い、一滴一滴地に染みさせていく関籍が並び立った時、涼州兵は疑問を抱いた。

 

そして。

 

「……一点突破?」

 

「はい」

 

「……ん」

 

会話の階段を確実に何回か飛ばしている二人の会話は、正確に言うと『一点突破をするのですか?』『はい。体力は残っていますか?』『はい』と言うものなのだが、そんなことは涼州兵の知ったことではない。

 

彼らにとって最も重要なことは、この後世の数百年経っても出るかどうかすらわからない二体の怪物が並んで突っ込んでくることであった。

 

「……本気、出す」

 

「ならばこちらも、そうしましょうか」

 

そこらに遠乗りに行くような調子で、二人は静かに駒を進める。

 

赤兎馬と、烏。並外れた巨馬である二頭と、並外れた武勇を誇る二人が敵陣に突っ込み、互いの得物を振った瞬間、涼州兵の命が束になって消えた。

 

四人は、赤兎と烏の馬蹄に潰された。

 

八人は、方天画戟の横薙ぎと突きに倒れ、もう八人は青龍偃月刀によって首と身体がなき別れにされ、絶命。

 

「負けない」

 

呂布の滅多に見せない対抗心を見た赤騎兵の面々が驚き、

 

「それはこちらの台詞です」

 

対抗するように笑った関籍を見て、黒騎兵の面々が驚く。

 

二振りの刃が織り成す血風の中、次々に涼州兵の命が消えていった。

方天画戟の中央の穂先が鎧をつけた二人を纏めて貫き、串刺しにした後に右に振り抜く。

 

二人を串刺しにしたまま横に振り抜いた方天画戟の向かう先は、敵の騎馬武者。

二人分の重みと方天画戟の重量をしたたかに打ち付けれた騎馬武者が落馬し、月牙によって串刺しにされた二人の左半身が引き千切れた。

 

「だ、駄目だ……奴ら止められねえ!

誰でもいい、誰でもいいから助けてくれぇ!」

 

前に立てばひたすらに薙ぎで胴体が木のように伐採されるか唐竹割りにされ、馬ごと絶命するかしかない関籍と、突き、貫き、そのまま薙ぎ、屍をも破壊力を助長させる一因として使う呂布。

 

「呂布!」

 

「関籍!」

 

前に立つ者全てを無差別に刃の錆にしている二騎の武将に向けて、二騎の武者が突っ込んだ。

 

胡軫と、趙岑。本来ならば華雄共々汜水関に配属される予定であったがら、援軍が来たばっかりに洛陽防備に回された二人である。

 

彼らもまた、負けたとわかればいち早く董卓の首を取らんと兵を挙げ、運悪く通りかかった虎牢関から敗走してきた華雄に叩きのめされた経歴を持っていることから、立派な裏切り者の一人と言えた。

 

「趙岑か」

 

「……誰?」

 

撃殺・斬殺を行う手を止め、適当に涼州兵を愛馬で蹴散らす。

 

「その首貰うぞ!」

 

「その態度が気に食わんのよ!」

 

勢いそのままに、四騎の武者はすいこまれるように駆けていき、激突。

 

鋼がぶつかり合う音は鳴らず、重い斬撃の放たれる時特有の空気を引き裂くような唸りのみが、響いた。

 

「潔し」

 

「邪魔」

 

騎馬に乗っていたであろう武者の身体が左右に分かれて大地に落ち、胸板を刺し貫かれた死骸があまりの衝撃に大地に落ち、弾む。

 

勝負は、一合とかからず決着した。

 

「相変わらず、凄い」

 

「呂布殿の突きこそ、視認が困難なほどの疾さでした」

 

自分よりも遥かに優れた将を討ち、息一つ乱さぬ二騎が再び自分たちを撃殺しに来る。

絶望そのものと言える昏い予感が涼州兵の身体を包み、心を染めた。

 

「涼州の兵共よ」

 

時でも止まったかのように動こうとしない涼州兵に向けて関籍が口を開いた瞬間、呂布の駆る赤兎馬もまた、止まる。

 

無防備な背中を見せたままトコトコと馬首を返し、狂犬に見えて忠犬な解き放たれた飛槍は持ち主の元へと帰還した。

 

「諸君らの選びうる道は五つある。

一、拙者の青龍偃月刀の錆びになること。

二、呂布殿の方天画戟の錆びになること。

三、烏の馬蹄に踏み敷かれること。

四、赤兎馬の馬蹄に踏み敷かれること。

五、大人しく道を開け、生き延びること。どれを選ぶかは、諸君らの自由だ」

 

「……自由」

 

馬上で軽く猫背になりつつ、一つ頷いた呂布の顎が元の位置に戻るが早いか、一部の涼州兵以外は武器を捨てて逃げ出した。

 

これが黒騎兵や青騎兵や赤騎兵であったならば、逃げるなどとはありえないだろう。

自分たちだけに富を集め、私腹しか肥さない奴らにはもはや付き合ってられないというのが、大方の涼州兵の共通意識であった。

 

「そうだ。それでいい。拙者とて殺すのが楽くて殺しているのではない」

 

「……邪魔だから、殺す」

 

逃げ散る涼州兵。その中に在って未だ戦う意志を見せる百人ほどを槍にかけ、本陣へと急ぐ。

 

そこに、郭汜の姿はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「死んで、溜まるか……!」

 

痛めた身体に鞭打ち、郭汜は間道を通って逃げ延びようとしていた。

付き従う部下は、殆どが討たれた。

 

しかし、その甲斐あって張遼の陣は突破したのだ。

 

やけに、柔らかい気もしたが。

 

「ハハハハハ!もうすぐ、もうすぐだぞ……!」

 

もうすぐ、宛城に着く。

生存の確信を得て笑う郭汜の耳にかつて聞いた声が、鳴った。

 

「なーにが、もうすぐなんや?」

 

辺りを見回し、視界に入る。

 

紺碧の張旗。宿敵の右腕、張文遠の旗。

 

「お勤めご苦労さん」

 

関籍と呂布を目の前にした彼の部下も味わった絶望を味わい、郭汜の意識は途絶えた。


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