義の刃足る己が身を   作:黒頭巾

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その後の中華史を教えろよゴラァ!という人。

プロットできとるんやで(ニッコリ)

劉家家訓『楚人と戈を交えるべからず(負けるから)』




「……」

 

「興覇、そう怒るな」

 

首周りを覆う白い布で口を隠しているからわからないものの、彼女は確かにむくれていた。

 

理由は単純。先陣を魏延に獲られたからである。

 

「…………怒っていません」

 

「今回の戦いで疲弊させたところに夜襲をかけてもらう。そうした方が敵に与える影響も大きいだろうしな」

 

「……」

 

怒っていないとか言いつつも表に出さずにむくれていた甘寧の纏う雰囲気が和らぎ、いつものものへと戻った。

気むずかしそうに見えながら割りと単純な性格だということは、おそらく張任と共に俠の精神を持つ盟友として一番昔から彼女を知っている関籍からすれば楽に知り得る情報だったのである。

 

「……籍様」

 

「なんだ」

 

「帝をお救いしに司隷へ攻め入るときは、是非私を先陣に。城など一息に落としてみせましょう」

 

思わず苦笑した関籍は、悪くないであろう。

案外と、というか―――かなり、子供っぽい精神を、彼女は持ち合わせていた。

 

「無理はせんようにな」

 

「はっ」

 

これ聞いた魏延は『ワタシは武関に通ずる別な道を通り、洛陽でお待ちしています』と言うのだが、それはまた別の話である。

 

ともあれ今は、騎馬隊の猛威に晒されて陣を白馬津から十里下げた袁紹軍に向けて払暁に船に柵やら何やらを乗せて共に渡河、空いた十里ともとより空いていた十里に一晩とかからず簡易な野戦陣地を構築している魏延がこの戦場の主役であった。

 

白馬の盟より一週間後。攻勢に向けて準備を整えた袁紹軍の意気を挫くように、曹・関連合軍の攻勢がはじまった。

 

「来るか、逆賊共」

 

やっと気づいた敵軍に向けて一笑し、魏延は配下の兵卒を振り返る。

 

繰り返すようだが、荊楚の兵は強い。背丈が低く侮られがちだが、すばしっこくて剽悍であり、多分に感傷的で激情家であった。

この感傷的なところをうまく導いてやり、激情家な部分を刺激してやれば天下最強は荊楚の兵であろう。負けすら『天が正しき我々を滅ぼすのだ』と言えば死ぬ気で足掻くのだから。

 

同じ荊楚の出身として、魏延もまたこの性質はよく理解していた。

 

「諸君!」

 

お前の声は、よく響く。

 

関籍から褒められた自慢の大喝が、三千の白歩兵を勇躍させた。

 

「天下の逆賊が、我々に刃を向けた。敵は五十万、こちらは三千。退路もなければ援軍もない」

 

悲壮な状況とそれを確認させるかのような魏延の言葉が、彼等が歴史と言うなの一舞台に立っていることを実感させる。

 

人は、不利だとわかれば容易く挫ける。

しかし、不利と言う状況を超越した―――つまりは過分に英雄的な一場面に叩き込んでやれば、どうか。

 

感傷的な激情家たちにとってしてみれば、『死こそが誉の華の舞台』と言う圧倒的不利を愉しむような気持ちと、圧倒的不利にある我が身を憐れみ、数を頼みに攻めて来る敵を憎むような気持ちが沸々と湧き上がってくるのである。

 

「我らは負けるか?」

 

《否ッ!》

 

「我らは無為に死ぬ定めか?」

 

《否ッ!》

 

地を轟かすような喚声が、三千の楚兵から発せられた。

涙を流す者すら居る様子を見た魏延は、更にトドメを言い放つ。

 

「果たして、敵は来た!」

 

偃月刀が北を指し、指した先には五万の軍旅。

 

「まずはあの先鋒の将の頸を我らの死に華に添える」

 

《応ッ!!》

 

喉よ破けよとばかりに、絶叫ともとれる雄叫びが三千の兵から湧き出る。

 

今にも激発しそうな怒りと英雄的陶酔。

それを見て取った魏延は空間を引き裂くような語気で、叫ぶ。

 

「吶喊―――――!」

 

人の形をした三千もの激情の塊が、五万の軍に激突した。

 

鎧の裾に触れるものすら打ち砕くという凄まじさで、魏延軍は五万の軍を半刻と経たずに突き破り、将へと至る。

 

「お前が荊蛮共の将か?」

 

「そうだ」

 

「なれば、この呂曠が相手をしてやる!」

 

勇壮な敵に対し、魏延は笑いながら馬を飛ばし、大喝する。

 

「お前がワタシに勝てるとは思えんな!」

 

「ほざくな!関・呂・張が居らんお前らなどはただの雑魚よ!」

 

狂った荊蛮共にあっという間に蹴散らされた呂曠は、怒っていた。

 

関籍ならば、不問。呂布であっても、不問。張遼であってもまた、不問。むしろ敵に与えた損害と将の生還を喜ぶくらいには袁紹もわかっている。

 

しかし、『魏』とは何だ。『魏』とは誰だ。そんな名も知らぬ雑魚に負けたのか。

 

彼の不幸は、『色備え』の持つ意味を知らないところにあった。

騎馬同士が交錯し、呂曠の槍が魏延の胸に突き出される。

 

神速よりも、遥かに劣った遅速に過ぎる一撃。

そんなものを喰らう魏延ではなかった。

 

「ワタシを殺せる奴はいないのか!」

 

交錯し、槍が突き出された瞬間に呂曠の頸が宙を舞う。

将の獰猛なる檄に打たれた楚兵が更に殺戮の手を速め、あちらこちらで頸や腕が飛び交った。

 

狂えば無敵の楚兵の本領発揮である。

 

「雑魚は置き捨て、者共続け!」

 

さり気なく雑魚呼ばわりされた意趣を返し、魏延は先鋒の後続軍に吶喊した。

戈や戟が金色の鎧を鎧の内から溢れ出す赤で染めていき、漢の色へと染め直していく。

 

『呂翔さん、張郃さん、高幹さん、高覧さん、あの白黒荊蛮を討ち取ってきなさい!』

 

遠く後方、中軍から聞こえるカン高い声が地獄を作っている楚兵の耳へ届いた。

 

「御館様は常に前線に立ってきた」

 

逃げ散った兵や武器を捨てた兵以外を粗方殺し尽くした楚兵が動きを止め、赤く濡らした白い鎧が魏延を見る。

 

「我らのみを死地に誘わず、同じ生活を営み、同じ釜の飯を食って戦ってきた。他人に殿を押し付けるようなことはないし、中軍で酒を飲んでいることもない」

 

憎き敵を殺し尽くして落ち着いてきた激情が、再び乾いて火花を散らした。

自分たちの住む荊楚に恵恤を施し、異民族らを心服させて平和を齎し、河を四方に巡らす水運の便で商業を発展させしめ、農業を灌漑や治水などで興してくれ、減税や兵役の義務すら行ってくれる。

 

我らが主。関籍の為ならば死ねると思い、志願してきた兵たちの脳裏には、その卓絶とした武技が蘇っていた。

「あんな奴の刃が、御館様へ届いていいのか!!

我らの惨めな負けが、御館様の名を汚していいのか!!」

 

《否ッ!!!!》

 

「ならば諸君らはどうする!」

 

《敵を屠り、その意気を砕くべし!!》

 

二千百に減じた楚兵を再び纏め上げ、魏延は高らかに謳い上げる。

 

その声は舞台に上がった名優の如く、戦場に響いた。

 

「摺り潰せ!」

 

楚兵は、関籍を信ずるところが厚かった。

身内優しく、民にも優しく、よく彼らの不幸を打破せんと自ら働き、薬を分けてやったりもする。

傷が膿んだ兵の傷口から膿を吸い出してやり、『呉起とは違い、拙者は君の決死の奮闘は望んでいない。あくまでも君の生還を望んでいる』と言って後陣に送り返してやったりもした。

 

『武は項王、軍旅にあっては呉起、政務にあたっては闘子文』

 

政務に関しては大体臣下の優秀さの所為ではあるが、民からすれば上に居るのは彼一人であるため、一種万能の巨人を見る目で関籍を見ていたのである。

 

更に、彼は楚の言葉がうまかった。旧楚語(タイ系の言語)もさらりと話せたし、風土風俗にも詳しい。

関籍は解の出身であるが、若かりし頃は荊楚で俠の顔役をしていた為、普通に覚えることができたのであるが、民からすればそんなことは知ったこっちゃなかった。

 

故に関籍は実は楚人なのではないか、と言われるようになった。当然の帰結である。

 

そして広まった異名、『今項羽』。

 

項王がまた楚に帰ってきてくださったのだ、と彼らは自然に得心した。

郭嘉は別に手を打たなかった。

楚は異常な郷土意識を持っている。

 

その郷土意識がなくとも民が関籍を排斥するようなことはあるまいが、祀られるにはそれくらい神秘的である方がいいと判断したからであった。

 

そんな兵が、『自分の奮戦如何んで関籍の名が汚されるかもしれない』と言われたならばどうなるのか。

 

どうにもならないことになる。

 

呂翔軍を突破し、高幹軍を貫き、高覧軍を屠り、張郃の敵味方を巻き込んだ斉射でやっと楚兵は止まった。

 

計二十万の軍を突破した楚兵は、流石に疲れて陣に引き返し、引き篭もって弩で迎撃することに専念することになる。

 

しかし、これはまだ第一戦に過ぎなかった。


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