義の刃足る己が身を   作:黒頭巾

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東京急行とかに遠征とばして、川内=サンのレベリングを兼ねた勲章集めとかしながら書いてたら終わってた。

昨日?あぁ、奴は死んだよ……


集う五色(後編)

「よーぉ、籍やんー!」

 

「相変わらずですな、文遠殿」

 

鞠のように軽く弾んだ声と、風を孕んで靡く羽織。

薄い紫の髪は威圧的な輪状の髪留めによって後ろに括られ、身に着けるのはサラシと袴。そして滑り止めの革紐を斜めに交差させた籠手に、黒い鼻緒の飴色の下駄。

 

どこであろうが平常運行。服装を変える気はなし、鎧を着る気は勿論なし。

紺碧の張旗を掲げさせ、張文遠は平皋へと至った。

 

「…………相変わらずですな」

 

「なんや、二回言うて」

 

「いや、弩から矢が蝗のように飛び交う戦場でよくもまあ腹を出していられるなぁ、と」

 

華雄も呂布もそうだが、元董卓軍――――と言うよりは并州人には腹を出して戦う趣味でもあるのだろうか。

白服を着、胸と背中を覆う白い鎧を着け、そこからさらに左肩から腰の右付け根までの上半身は斜めに垂らし、脚までを覆う胡服を着、脚と腕に鎧を付けて頭巾を冠る。

更に言えば袖は大きく、手首で締まるのではなく寧ろ開いていた。ここは張遼の羽織の通されていない袖に似ていると言えるだろう。余計な装飾はなかったし、キチリと袖に腕が通されいるのではあるが。

 

後世『関籍』と聞いた時に一発で思い浮かべるほどに著名なこの服装は、この時はまだ一部のその武勇―――或いは軍略―――の信奉者の中で作られているだけに過ぎなかった。

 

左肩から掛けた襷をそのまま腰まで延ばし、胡服となるこれまた特徴的な意匠を好む関籍だが、やはり彼女らと比べてみれば地味である。

 

「なんや籍やん、ウチの無傷伝説を知らへんのかいな」

 

「初めて言葉を交わした時にすでに満身創痍だったお方の無傷伝説などは知りませんな」

 

真面目な顔して毒を吐く。

普段の関籍らしからぬ行動に周りが驚きを示すものの、吐かれた張遼の側に驚きはない。寧ろこの皮肉混じりの風諫が懐かしかった。

 

今では立場上『諫める』と言うよりは『窘める』と言った風になってしまったこともある。

史書には今も張遼との色鮮やかな掛け合いが数多く残る。そこに記された関籍とは即ち、他の英傑たちと交わした謹直な彼らしい言動からしてみれば関籍らしからぬ物であり、僅かな心の弾みと沈着さを失わないながらも精神的な躍動が感じられる普通の人間であった。

 

張遼には相手の堅さを解す雰囲気があったとも言えるだろう。

 

「たはは……ま、矢を額に受けないほどには機敏なんやで、ウチは」

 

「もとより矢などは額に頭巾があれば致命傷にはなり得ません。せめて腹に布一枚でも纏ってください」

 

「えー、嫌や。腹巻きとか、ダサいんやもん」

 

「は?」

 

威圧感すら感じさせる「は?」は流石に応えたのか、張遼は流石に肩を竦めた。無論、一寸足りとも反省はしていない。

 

久々にあった相棒との掛け合いを、一方は無意識に、片方は意識的に楽しんでいた。

 

「『ダサいんやもん』ではありません。腹を出すなと言っているのです」

 

「なーんや、お堅いなぁ。ウチみたいな美女が腹出しとったら素直に喜ぶっちゅー思考はないんか?」

 

「微塵も」

 

周りから見たならばハラハラものだが、彼らからすればいつものことである。

比率を明確にするならば、本気三割遊び七割だった。

 

「ま、ええわ。取り敢えず、ほれ。獲ってきたで」

 

二城。

 

まるで頼まれた生地でも買ってきたかのような手軽さで獲ってこられた二城の図面と守将を誰にしたかをチラリと確認し、閉じる。

 

「いつもながら、見事なお働き」

 

「ま、な。ウチはかけられた期待には応える主義なんや」

 

褒める関籍を手をひらひらさせながら受け流し、張遼はふらーっと隣に並んだ。

余談ではあるが、身長は関籍が最早別種のような巨躯であり、その後には夏侯淵・張遼・華雄が並び、次に呂布・魏延・甘寧・郭嘉が並ぶ。曹操は更にその下であった。

呂布は綸子髪込みならば一番背が高いと言えるが、綸子髪は背丈に含まないという裁定がくだされた為に彼女は第三集団に甘んじている。

 

武力で言うならば関籍と同じく一つ頭抜けている彼女も、背丈の裁定には敵わなかったのだ。

 

「翼殿。遅参してしまい、すまない」

 

「あぁ、秋蘭殿。四城を落としてその速度は遅参などではござるまい」

 

「そうか?まあ、そう言ってくれれば幸いだが」

 

優しげな雰囲気を滲ませながら薄く笑い、供手してから持ち場に戻る夏侯淵を見送った張遼は、蹴った。

 

背中を、下駄で。

 

「なんですか、文遠殿」

 

「……文遠殿?」

 

夏侯淵は恐らく張遼に真名を預けていることを察して真名を口にしたのだろうが、それは思わぬ地雷であった。

張遼に『そう言えば今は二人しか居ないじゃないか』ということを知らせてしまったのである。

 

「霞殿。これでよろしいか?」

 

「良し」

 

片頬を僅かに膨らませながら、張遼はさっさと幕舎を後にした。

彼女は持ち前の物事に対する執着のなさ―――と言うよりはサバサバした気質―――によって過分に嫉妬心が薄いが、無いわけではない。今まで独占していたものが急に共有物となって無関心でいられるほど達観していないし、その独占物に淡白ではない。寧ろ多分に深い情愛をかけている。

 

だが、だからと言って蹴ったりなんだりするのは理不尽であるということもわかっていた。自分が独占していたと言うよりは、独占していたようなものだった、と言うのが正しい言い方なのだから。

故に、頭を冷やしに行ったのである。

 

他人のそのような内面までも読み取れない関籍はただただ蹴られた背中を掻いていた。彼の心理を怖いほど読み解く鋭さが発揮されるのは、戦だけであった。

 

「関籍」

 

「あぁ、華雄殿か」

 

入れ替わりに来たのは、銀の髪が眩しい武人。言わずとしれた董卓軍一の将にして突撃隊長こと、華雄である。

 

「今まで私は隠れていた。それは仕方がないだろう。あれだ。切り札と言う奴なのだろう?」

 

「はい。軍師曰く『華雄将軍は格好の見せ札にして、最高の切り札。敵を撃滅するには中途で彼女を秘匿しつつ動かすことです』と言うことですから」

 

それが書いてあった書簡には、『滎陽は縁起が悪いので平皋に参ります』とも書いてあった。

まだ到着していないが、どこかで何かをやっているのだろうというのが関籍の予想であった。

 

「漸くだ、関籍」

 

漸く、お前に借りを返せる。

 

やる気に満ち溢れた相貌でそう言い切った華雄は、如何にも突撃を開始しそうな空気を纏っていた。

城攻めでは突撃してもし過ぎることはないからまあまあ彼女には適正があると言える。

要は、彼女の怯むことを知らない性質が壁を素手で殴り続けるような正攻法の攻め方には合っているのだ。

 

「……次々に来るな」

 

夏侯淵から要請された『続き』を小刀で彫り、墨で文字を入れていく。

書くことはあるが時間がかかるというのがこの時の関籍だけに留まらず、竹簡に文字を記さねばならないすべての文官・武官の悩みであった。

 

「関籍殿、お暇ですか?」

 

「おぉ、軍師!」

 

明らかに気分が一段階上がった関籍に対し、内面はともかくあくまでも冷静さを崩さない郭嘉は一礼する。

 

その内心は、嬉しい。江陵という荊州の心臓を任されながらも三郡を放棄し、謀を帷幕の外に巡らせていた頃に配下に向けられていた『危機を見過ごして独立するのではないか?』と言う疑いの目とは違う、絶対的な信頼の眼差し。

やはり、この信頼のされ方はいい。内心湧き上がるものを感じるし、何事かをやってやりたくなる。

 

「先程。豫州を固め終えたので後任を呂蒙に任せてこちらへ参りました」

 

「うむ、ご苦労だった。あいにくと攻城戦故にあまり軍師の知恵を借りることは少ないだろうが、それでも心強いぞ」

 

「…………そうでしょうか」

 

何かに疑問を呈した郭嘉に疑念を浮かべた関籍は、訝しむようにこちらを見た。

 

「私には袁紹は貪乱であり強欲ではありますが、それほど愚かではないと見ています。現に彼女の政治手腕は大したものですから」

 

「つまり、援軍に来るということか?」

 

「はい。主将は配下を見捨てず、援軍を差し向けねばならない義務があります。そうしなければ城を任せられた部下はすぐさま降ることとなり、統治制度は崩壊します」

 

幾ばくかの援軍が来る。それも、恐らくは何らかの対抗策を持って。

 

郭嘉が予想したのは、それだった。

 

「だが、こちらも嘗て無いほどの規模だ。そう簡単には負けないだろう」

 

「……兵数をあまり頼まない方がよろしいかと。こちらがいくら増えようと兵数では必ず劣るのですから。

敵に劣る要素を頼むなど、愚かなことです」

 

どう掻き集めようが、こちらの兵数は袁紹に劣る。

劣っている要素を頼めば、負ける。簡単な術理であった。

 

兵数と兵力は違う。騎兵は歩兵の二倍の速力を有し、兵力は兵数×速度で出すとする。

こちらの弓兵・歩兵は約一万五千。

こちらの騎兵はそれ以外の全て。つまりは三万五千。

 

敵が用意してくる兵力は二十万から十万。

こちらは八万五千。最低値でも負けている。

 

「相手は恐らく、学んでいます。こちらの大軍の潰し方―――即ち、弱いところを最精鋭を粉砕し、心理的に勝つ。このことを読んだ上で、あちらも綻びを出さぬように最精鋭を差し向けてきます。騎兵対策もまた、万全を期すでしょう」

 

「ムムム……」

 

例の苦し紛れな呻き声を上げ、関籍は自分の置かれている状況を認識した。

城と援軍に挟まれている。これを打破するには一方をどうにかするしかなく、されど平皋は大規模な改修が為されており、穴を掘ろうにも時間が足りないし、夜襲にも備えが施されている。

 

つまりは、一軍か二軍かでこの城の攻囲を続けつつ、援軍の迎撃に向かわねばならない。

 

「無論、対策はあります。私の到着が遅くなったのもこの為です」

 

「おぉ、そうか」

 

安堵したように一息つく関籍に一礼して去ろうとしたところに。

 

「稟」

 

呼ばれた真名が、耳朶を打った。

 

「再び会うときに預けるとの約定だろう。拙者の真名は翼と言う」

 

その真名を聞いた瞬間に、戦略・戦術を考える時よりも尚速く、頭が高速回転を始め、終える。

 

幕舎は、真紅に染まった。

 




平皋城=長篠城……鉄砲……うっ、頭が……

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