義の刃足る己が身を   作:黒頭巾

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敖倉合戦

「厶」

 

「見事なものですね」

 

巧緻を極めた陣配置に四重の柵。長槍を盾に強弩を矛に。昼に見た待ち構える姿は正に『迎撃態勢』だった。

 

「魏延を平皋城攻囲に、彼らが繰り出すであろう平皋城攻囲打破軍団を迎撃しに夏侯淵殿を向かわせています。挟み撃ちになることはないでしょう」

 

「うむ」

 

柵と簡易の堀に守られた敵は、撃破しにくい。ただ突っ込んでも勝てるには勝てるであろうが、被害が馬鹿にならないことになる。

 

袁紹軍と違い、関籍軍には『大量の被害を出せば軍集団を容易に復活させることが難しい』という弱点があった。故に、ただ突っ込むわけにはいかないのである。

 

「まず、先鋒には呂布。次いで関籍殿。二人には右陣と右陣よりの中央陣を突いてもらい、張遼殿には後背を突いてもらうべく迂回中です。

が、相手もそれは読んでいるでしょう。ですがやはり、差し向けます」

 

「そして?」

 

「華雄に手薄になった左陣を突かせます」

 

こちらが戦力を集中運用し、敵にも集中運用を強いた後に手薄な部分を突破。突破地点から柵を横殴りにして壊滅さしめるというのが、郭嘉の戦略であった。

 

 

 

そして、袁紹軍本陣。野戦陣地に守られた彼らもまた、来襲した関籍軍に対しての対策を練っていた。

 

「沮授殿、敵は予定通りに来たが如何なされるか?」

 

「待て」

 

敵は、こちらの主導的な動きに対して軍を二手に分けざるを得ない。

攻囲軍と、今目の前にいる野戦軍団。

二軍に分けて、ここに来ているはずだ。分けねば挟撃を受けることになりかねないのたから、まず前提として彼らは軍を分けねばならないという思考に、間違いはない。

 

くどいほどに確認し、沮授は一つの回答を出す。

 

「……高覧殿には、平皋救援に向かってもらいます」

 

張郃から向けられた問に対しての答えは、高覧への指令。

郭嘉の思考を読み切らねば、袁紹軍に勝ち目はないことを、沮授は誰よりも知っていた。

 

「向こうもそれ読んでいるのではないか?」

 

「ですが、援兵を差し向けねばせっかく敵軍が二手に分けたのにも関わらず攻囲軍の一部と合流されかねませんし、ここで高覧殿が攻囲軍を蹴散らせば退路を断つことが出来ます。

行ってもらわねばなりません」

 

「わかった」

 

すぐさま闇夜に紛れて歩兵一万を率いて去っていく高覧を見送り、沮授は更に指令を下す。

 

「……張遼がこちらの左陣から回り込み、後背を突くでしょう。張郃殿にはこれを迎撃していただきたい」

 

「構わんが……此処は大丈夫なのか?」

 

「兵力が違いますから、関籍軍と袁紹軍が兵を細分化していった場合、細分化すればするほどこちらとの戦力差が開き、弱くなります。

張遼の兵を止めれば包囲を潰すことができることを考えれば、兵力を裂くにことに損はありません」

 

つまり、彼の見たところ一万ほどの張遼軍が関籍軍の主攻部隊から助攻部隊に回れば残る敵は城に残っているであろう甘寧・夏侯淵・魏延らを引いた一万五千を引いた二万五千。

 

袁紹軍は十五万から高覧率いる一万と張郃率いる三万を引いた十一万。

 

嘗ては三倍程だった戦力差が約四倍までに増えたことになる。無論、兵数を『約』でしか知らない彼はそこまで正確な戦力の倍率はわからない。ただ、理論上開いているであろうということのみ分かっていた。

 

「麹義殿」

 

「あ?」

 

「敵はこちらの右陣に戦力を回してくるでしょうから、将軍は左陣に回っていただきたい」

 

意味不明なことを言い出した沮授を何か変なものを見る目で見てくる麹義に、沮授は整然と理由を話し始める。

 

「つまり―――」

 

敵は右陣に戦力を集中し、その隙に薄くなった左陣から柵を破壊して突破。横殴りにして壊滅さしめるであろうという沮授が為した想定こそが、沮授が口に出した一見すると謎の配置の理由であった。

 

全体的に兵力を万遍なくぶつければ、損耗するだけで勝ち目は見えない。ならば彼らはその非凡な突破力を活かしてこちらの構えを断ち、後背に回った張遼と挟撃、或いは包囲。

 

と、こちらに読ませておいて兵力を偏らせ、薄い部分を手持ちの隠し駒で突き破る。

これが敵の狙いであろう、と。沮授はそこまで読んでいた。

 

隠し駒は、華雄だろう。自分たちの同盟者である孫家ですらその存在を最近知ったのだから。

 

だが、城攻めに使ったのは失態だった。そこから情報が漏れ、最高級の破壊力を持った隠し駒の存在がバレたのだから。、

 

「恐らく、右陣に攻めて来るのは関籍その属将の張繍に、呂布とその属将の高順率いる約一万五千でしょう。これを右陣の五万と本陣の四万で防ぎ、華雄率いる約五千を麹義どの直轄の二万で防ぎます」

 

その想定に対する備えは、敢えて乗ること。均一に兵を配せば火事場のクソ力で突破された、なんてことがありえかねないし、何よりも兵力を偏らせた方が敵を殺しやすい。

 

「……いいだろう」

 

「お待ちを」

 

すぐさま配置転換を行おうとする麹義に待ったを掛けた沮授は、更に言い募る。

今動かせば敵にこちらが読み切ったことが悟られてしまうということ。

 

即ちこの戦は今のままの三万・五万・三万の配置で開始し、如何にも敵の掌の上で踊っているかのように兵力を移動させていくということ。

 

「……なるほど」

 

気難し屋で傲慢な麹義に戦略に対しての理解を得、納得してもらった沮授はひとまず胸を撫で下ろし、幕舎からいでて天を見る。

 

満天に星が煌めく空には、雲一つなかった。

 

(郭嘉。何を考えているかは知らないが、私が来たからには勝たせてもらう)

 

田豊と共に高祖劉邦の参謀である張良・陳平にも例えられた軍師は、決意を胸に幕舎に帰還する。

 

耐えて、射て、殺して、勝つ。

 

袁紹軍と関籍軍の一連の戦いに、終止符が打たれようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

払暁。

高まった緊張感が両軍を圧し、両軍師が智謀を競い合う中で、遂に決戦の火蓋が切って落とされた。

 

先鋒には、関籍と呂布。中華随一の破壊力を持つ二将が柵と強弩、長槍で構成された野戦陣地を食い破るべく吶喊を開始したのである。

 

「吶喊し、右陣を突破して横殴りに敵を討つ。柵を壊すことに専念して敵を忘れるな」

 

「……うん」

 

指揮下にある全ての兵にそう告げ、関籍と呂布は徐々に素早さを上げてゆく。

先頭に立って突っ込む二将と少し遅れてついてくる周囲の数人の兵の手には、紐に括られた奇妙な武具が握られていた。

 

彼らが紐を持って振り回しているのは杵、と呼ばれる武器である。

『きね』、ではなく『しょ』と読むこの武器は先端が重く、楕円のような球体に棒を挿したような形状をしていた。彼らはその棒の先端に紐を括って振り回していたのだ。

 

「投」

 

兵らが号令に従って杵を括っていた紐を適当な所で離すと、杵が唸りを上げて柵に中たり、その一部を打ち砕く。

 

関籍と呂布が投げた杵などは柵の交差した箇所を破砕し、強弩を構えていた兵の額を砕いたことからも、柵の内部に篭っていた兵にはその威力の高さが伺えた。

 

しかしその程度で彼らは怯みはしない。鍛えられた精鋭は、強弩を構えてただひたすらに敵を待つ。

 

もうすぐ騎兵が射程に入ると予想した指揮官が手を上げ、垂直まで下し―――

 

「射て!」

 

強弩から、矢が放たれた。

 

そしてその号令が下される、一瞬前。

 

「……」

 

「……」

 

予め決め、末端の兵までに伝えていた止まる時機と念の為の合図が黒騎兵と赤騎兵に行き渡り、二色の騎兵がその脚を止める。

 

放たれた矢は力無く彼らの乗る足元に落ちた。

 

そして。不発に終わった斉射から次の斉射までの隙を逃すほど関籍と呂布は優しくもないし、馬鹿でもない。

 

「烏、今こそお前の疾さを出し切る時だ」

 

「赤兎も、疾く奔る」

 

疾走。

腰に付けた金属製の熊手のような部品にまたもや紐をつけたような兵器を左横で振り回しながら、二騎は後方の一万三千騎を置き去りにし、駆ける。

 

黒い雷と、紅い稲妻。

 

雷霆の如き疾さで接近した二騎は、強弩の装填が終わるより遥か前に柵に振り回していた紐付き熊手を引っ掛け、同時に引っ張って引き倒す。

 

相当強固に設置したはずの柵をたった二人に引き倒されて彼らは思わず呆然としたものの、流石に精鋭であった。

すぐさま矢の装填を終え、射撃をすべく強弩を構える。

 

が、ここで問題が起こった。

 

突入した二騎か、迫る一万三千騎か。

彼らの標的はバラバラになってしまったのである。

 

どちらかに集中していれば、どちらかは止められただろう。しかし、集中させなかったばかりに中途半端になってしまった。

 

関籍と呂布は無傷だし、突っ込んでくる一万三千騎は止められない。

 

狙いを定めた弩兵が方天画戟と青龍偃月刀によって朱に染まり、第一陣はたちまちの内に突破された。

 

 


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