義の刃足る己が身を 作:黒頭巾
「文遠殿に対し、不敬だとは思わんのか!」
朱右中郎将からお褒めの言葉と金品をいただいた後に盧北中郎将への紹介状と各所の関を通るための手形を貰い、并州軍は臧覇率いる二千と潁川で募った義兵三千を加え、黄巾から強奪した兵糧を積んだ荷車を馬に引かせながら冀州へと向かっていた。
最精鋭である青騎兵と黒騎兵は僅かな被害を受けては居たものの、約五千の兵が加入したことによって兵たちの士気も上がったはずだった。
が。
「漢の義士、聶壹殿の御後裔であられる文遠殿と農民の拙者を浮いた話の的にするとは何事かッ!」
噂というのは、その人数が増えれば増えるほどまことしやかに、尾鰭がついて話される物である。
何せ、何の娯楽もない陣中なのだ。彼らは暇さえあれば妄想を噂にして適当に垂れ流していた。
そこに、それらしい行動をとった―――つまりは同じ幕舎からひっついて出てくるという―――がために、噂好きどもは狂喜した。
半ば人ならぬ者として崇敬を集めていた二人もなんてことはない人間だったのだ、とわかったとも言う。むろん勘違いだが。
これを聞いた関籍は当初少し顔をしかめた物の、流した。戦陣の兵の娯楽をむざむざ奪うこともあるまい、と言う理性的な判断である。
張遼も別に否定せず、相変わらず関籍と話しながら碁を打ったり模擬戦をしたりしていた。これがよくなかった。
関籍は、否定しなかった。
張遼は、変わらなかった。
これらの行動で噂は一層、真実味を帯びることになったのである。
少し張遼の心中を解釈すれば、意外とまんざらでもない、と言う感じだろうか。
馬が合うのが夫婦としてうまくやれると言うことと等号ではないのだが、恋愛経験が絶無な彼女はそんなことには気づかなかったのである。
女に恩を感じて尊敬する豪傑の男と、世間一般の女性が男を卑下しているにも関わらず、人として対等に付き合う女。
端から見れば噂にはもってこいだった。
結果、関籍は三ヶ月我慢し、冀州へと着く直前でキレた。
因みに張遼は関籍がキレた瞬間『ちょっち盧北中郎将にあいさつしてくるわ。ほなな!』とか何とか言って逃走し、辛くも難を逃れている。
「無位無官の拙者と、丁并州刺史の信任厚い文遠殿では文字通り天の地ほどの差がある。口さがない噂は程度を守ってこそと言うことを忘れるな」
道理で締めたその瞬間に、馬蹄の鳴らす音が響く。
「おぉ、終わったかいな」
「はっ。これ以上文遠殿の不名誉な噂を放置していると名誉に関わると思い、手を打たせていただきました。戦地を目の前にして時間を浪費した儀、何とぞお許し下されますよう」
「かまへんよ。で、早速戦に参加するようにっちゅう話や。ウチらは董東中郎将に従い、冀州に居る黄巾賊本隊を叩く」
一斉に命を拝礼した兵と将校の頭に疑問符が浮かび、もやもやとわかだまる。
「文遠殿。冀州黄巾討伐軍の主将は盧北中郎将であったのではないのですか?」
誰もが抱いたその疑問を口に出したのは、官位無き私設副官こと関籍だった。
冀州黄巾討伐軍の主将は盧北中郎将こと、盧植であるはずだったのだ。少なくとも、自分たちが朱中郎将の元を立つまでは。
「更迭されたらしいで。よくわからへんけど、戦おうとせえへんかったんやて」
「おかしい話ですな。盧北中郎将は確かに積極的攻勢には出ていなかったとはいえ、敵の大軍に兵糧を消費させることによる持久戦をもくろんでいたと思ったのですが…………ただの臆病だったのでしょうか?
拙者にはどうも、計画的な大戦略の一環としての行為に思えたのですが」
「そんなもんは本人しかわからへんやろ。でも上が判断するに、怠惰だったてことや」
漢帝国の腐敗を知らずにただ信奉のみがある関籍に対し、内情の腐敗を知る張遼は口を濁す。
「盧北中郎将。立派な人物だと言う噂だったが……いや、先の拙者と文遠殿の噂もあてにならぬ物だったし、やはり噂はあてにならぬのか……?」
「……ま、ウチのはまんざら不名誉でも嫌でもないんやけどな」
「は?」
「しゅっぱーつ!さっさと進まんと置いてくで!」
言葉を濁した後は強制的に話題をぶった切り、張遼はさっさと馬上の人となった。
後には何やらにやけた青騎兵が続き、その後ろには難しい顔をした関籍が続く。
関籍率いる黒騎兵もまた、僅かに頬が弛んでいた。
「董仲穎です。援軍に来ていただき、感謝いたします」
気丈と言うのか、或いは健気とでも言うのか。
この武闘派・策略家・切れ者が多い漢帝国の官途に就く女性にしては珍しく、董仲穎―――董卓はそのような印象を感じさせる人物であった。
「張文遠。并州刺史丁建陽、の、騎都尉を勤めて……おり、ます。よろしゅ―――しくお願いします」
「あの、そう畏まらなくても結構ですよ?」
明らかなぶつ切り語に違和感を覚えたのか、董卓がおずおずと助け船を出す。
背後にいる関籍から見ても、それは酷すぎるカタコトだった。
「あははは……ま、張文遠や。并州で騎都尉やっとる。よろしゅうな」
「はい。よろしくお願いします、張騎都尉」
柄にもないことをやった照れか、少し頬を掻きながら言う張遼に、董卓は裏のない笑顔でそう返す。
隣でこめかみを押さえる賈駆と、董卓の背後に立って周囲を警戒する呂布と華雄。
張遼の後ろで待機する関籍を含め後に共闘する運命にある六人が、初めて顔を合わせた瞬間であった。
「……ええ人やなー、董仲穎」
今日はお疲れでしょうから身体を休めてください、と言われて新たに建てた幕舎に戻る途中、張遼は左斜め後ろの定位置に立つ関籍に声をかけた。
「はい。性善良にして度量大きく、漢の為に働いてくれるお方だと推察いたします」
「せやなぁ……上官受けも良さそうなことやし、案外人事一新の成功かもしれへんな」
「やはり漢は偉大ですな、文遠殿」
「………………………あぁ、せやな」
十中八九は賄賂人事やけどな、と言う皮肉を飲み込み、凄まじい沈黙の後に言葉を発す。
腐っても巨木。漢が偉大な国であることはその腐りっぷりを并州と言う地獄の最前線で知っている張遼にすら、その巨木がもうすぐ朽ち果てるとは予想できなかった。
関籍は来るや否やあっさり斬って捨てたから知らないが、壇石塊が死ぬまでは本当に并州を含む対異民族の最前線は地獄だったのである。
届かぬ物資、愚鈍な指示、不潔な幕舎、粗悪な武器。
歴戦の兵が傷一つで死んでいく様を何度も見せられている彼女からすれば、そのような無条件な信奉は捧げられなかった。
壇石塊が死んだ後も対異民族用にくまれた予算は切り崩され、宦官どもの懐に入った。
自分が攪乱させて釣りあげたところをまたもやあっさり関籍が斬ったが、壇石塊の息子である和連が攻めてきたときは本当に危機的状況だったのだ。
復讐に燃える鮮卑の十万と、ろくに士気の上がらない一万たらず。前回以上に負けの公算は高かったのだから。
まだ関籍直属の黒騎兵と言うものが結成される前だから、彼にはわからないだろう。
最前線で兵を預かるものからすれば、預かった兵を勝ち目のない戦いですり潰していかなければ国を守れず、すり潰したら更迭される四方が詰んだ状態で戦わなければならないところまで追い込んだのは、漢なのだ。
自分と同じ様な辺境の軍人の中には、指揮下の部隊ごと異民族に投降した物も居たと言う。
壇石塊、和連と続いて同じ奴に討たれ、追撃戦で数万を殺された鮮卑は勢力が減退し、并州軍を虎か鬼かの勢いで恐れるようになったが、涼州は未だその脅威にさらされたままだ。
(ま、あんたが守りたいっちゅーなら守ってやらんでもないんやけどな)
見放したわけではないし、国その物を憎んでいるわけでもない。憎きは専横を極める宦官どもであり、国ではないのだから。
「また演習に付き合いーや、籍やん」
「はっ。文遠殿との打ち合いとあらば、拙者の腕にも磨きが掛かり申す」
―――董東中郎将の背後にいた、二人の武人。
赤髪の方は、ヤバかった。和連を討つときに本気を出した関籍と同程度か、それ以上に。
「籍やん、和連の時はどうやって力跳ね上げたんや?」
一騎当千と言うのも馬鹿馬鹿しい、別次元にあるかのような破格の武。
鮮卑の中には、向かってきた関籍の絵を描き、魔除け代わりにする者もいるという噂だから凄まじい。
「拙者もどうなったかは知りませぬ。ただ、深く呼吸をした後に心にまで潜り、心の内に秘められた気を呼び起こしました。拙者は丹田の気はないようですが、別なる気はあるようです」
「……心ってなんや、心って」
「方寸です。丹田は下腹ですが、方寸は心の臓にあたるのだと父から聞いております」
しばらく胸に手を当て、しかる後に腹に手をやる。
丹田からは気が感ぜられるが、方寸には何もない。
「籍やんしか出来んのかもしれへんな、あれは」
「肝心の拙者は自分がどうなったかは知りもうさん。生憎ただ斬り、ただ敵を討っていたのみで……―――と言うよりも、それ以上にすごかったのは十万を五百騎でかき乱した文遠殿では?」
片眉をひそめ、すまなさげにこちらを見る関籍から視線を外し、笑う。
何てことはない、いつもの関籍だった。
現在のステータス(三国志)
関籍
統率96 武勇109(+9) 知謀65 政治45 魅力74
技能:無双、速攻、強行、??
張遼
統率99武勇102(+6)知謀72 政治76 魅力87
技能:無双、速攻、強行、??
呂布の武力は110(一騎打ち補正付き)なので、現在の中華一は呂布です。
※プラス値はそれぞれ青龍偃月刀と飛龍偃月刀によるもの
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