艦これ Side.S   作:藍川 悠山

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ep.1『戦う理由』(アニメ時系列:五話~六話)
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 大人しそうな顔のくせに馴れ馴れしくてズルイ奴だった──と、駆逐艦 満潮は回想する。

 まるで旧知の仲であるかのように気さくで、遠慮なくパーソナルスペースに踏み込んできて、どれだけキツイ言い方で突っぱねても涼しい笑顔を浮かべて距離感を縮めてくる。……誰に対してもそんな対応をしているのなら、そういう付き合い方で人間関係を築いていく奴なのだと納得できたが、しかし、そうでもなかった。他の人達と接する時は極めて丁寧で、むしろ一定の距離感を維持して気遣いのできる奴なのだ。相手をよく観察して器用に立ち回り、誰かを傷付ける事など滅多にない。誰とでも仲良くなるが、付かず離れずの位置で見守る。数少ない例外を除けばそういう人付き合いをしていく奴なのに、どういう訳か自分には遠慮がない。だから彼女にとって自分は数少ない例外。つまりは特別な存在であるらしい──。

 

 その事を満潮は出会ってしばらくしてから気付いた。

 それが気難しい満潮にとって好ましくないと言えば、遺憾ながら嘘になる。元来口が悪く、多少ひねくれて育った満潮にとって、うっかり口を滑らせて強く言い過ぎても柳のように受け流し、例え心に壁を作っても気安く乗り越えて交友関係を続けてくれる彼女の存在はなかなかどうして得難いものだった。最初はひたすらに腹立たしかった馴れ馴れしい接し方も、今となっては親しみしか感じなくなってる事に、我が身の事ながら満潮は苦笑せざるを得ない。

 

 故に、なぜ──と問うた。なぜ彼女にとって自分は特別なのか──と、他でもない本人に問うた事があった。

 

 その時の彼女は僅かな戸惑いと、かすかな恥じらいを浮かべた表情で困った様に笑って返答した事を覚えている。「これは今まで一番仲のいい友達にしか話した事ないんだけど……、うん、キミにならいいかな──」という前置きと共に、その空と海がとけたような青い瞳を自分へと向けて、彼女は言った。

 

「僕は艦娘に宿るという艦艇の魂──その記憶を夢に見るんだ」

 

 断片的に見るその記憶の中には『駆逐艦 満潮』の姿もあり、長くそれを見続けてきた彼女にとって『駆逐艦 満潮』は形が変わろうとも身近な存在だったのだと言う。だから仲良くなりたかった。満潮が特別な理由はそれだけだった。

 

 荒唐無稽な話である。在りし日の艦艇の魂を持って生まれた艦娘。けれど、その記憶まで保持する者などいない。そもそも船に記憶と呼べるモノがあるかも定かではない。少なくとも満潮は知らないし、一般的な認識でもそうだ。だが、だからといって彼女の言葉を否定する事は出来なかった。なぜならば、この世界には“在りし日の艦艇に関する記録”がほとんど残されていないのだから。

 この世界に残されたのはカタログ、そしてかつて戦う為の艦艇が存在したという事実だけだ。名称、性能、特徴。わかるのはせいぜいその程度。生まれた艦娘の魂がどの艦種で、どの型番か、その判別は可能だが、その戦歴は一切不明。それが艦娘であり、生まれながらに戦う使命を持ってしまった少女の実態である。──彼女の言葉はそれを根底から揺るがすものであった。

 

 満潮はそれを聞いて言葉を無くした。彼女の異常性に──ではない。そもそもとして彼女が言った不思議発言など満潮にとって問題ではなかったし、その真偽なんて心底どうでもよかった。満潮が言葉を失い、羞恥に顔を歪めたのはひとえに“自分の自意識過剰さ”にだった。

 満潮が想定──或いは期待していた返答はもっと普通の、例えば容姿とか、雰囲気とか、人間性とか、そういう自分の良さを感じ取って特別視してくれていたのだと勝手に思っていた。とどのつまり、自分を好きになってくれたとばかり思っていたものだから、よもやそんなオカルトじみた理由で特別扱いしていたと聞いて、満潮は自分の自意識の高さにいたたまれなくなったのだ。加えて「ごめん、いきなりこんな事言われても困惑するよね」という的外れな彼女の気遣いが余計に傷を深くする。

 

 けれど、彼女は──

 

「でも、よかった」

 

 ──しれっと言うのだ。思い出す度に顔が熱くなる、その素直な言葉を。

 

「記憶の中のキミより、今僕の目の前にいるキミの方がずっと素敵な女の子だったから」

 

 気遣いでもなんでもなく、彼女は自然にこういう事を言う。それで満潮は再び言葉を失ってしまう。故に思う。自分は素直な性格じゃないと自覚する満潮だからこそ思わざるを得ない。

 

 ──駆逐艦 時雨はズルイ奴だと。

 

 


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