艦これ Side.S   作:藍川 悠山

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「そうか、二人の改修が済んでからの出発になったんだ」

 

「ええ、迂回なしの最短ルートよ。アンタも一応覚悟しておいて」

 

 満潮の言葉に、時雨は頷く。

 時刻は夜。自室に戻った二人は、今後の動きについて確認し合う。

 

「隊形は複縦陣で、あらゆる状況に対応できるようにして……、航空戦力と潜水艦には特に気を付けたいわね」

 

「本土近海で待ち伏せするなら潜水艦がいる可能性は高いね。空母は……、流石にここまでは接近してこないと思うけど、襲われたら一番の脅威には間違いない。警戒するに越した事はないね」

 

「更に懸念すべきはあの戦艦二人がどこまで戦力として運用できるかよね。実戦はほとんど経験してないって話だし」

 

「それは大丈夫だと思う」

 

「根拠は? 夢の中ではちゃんと戦えてた……ってのはナシよ?」

 

「いや、山城は訓練は欠かさずこなしてきたと言っていたし、今日一緒に海に出たけど水上機動も様になってた。あれは真面目に練習しないとできない動きだったよ」

 

「ふぅん。操舵の上手いアンタがそう言うんだったら信用するけど、ま、過度な期待はしないでおくわ」

 

 そう言って満潮はベッドに身を投げる。低反発のマットレスは体重を吸収し、満潮の身体を優しく包んだ。思わず安らぎの声が漏れる。

 

「お疲れみたいだね」

 

「やっぱ半端に寝るもんじゃないわね。日中眠たくて死にそうだったわ。……元はと言えば全部アンタのせいだけど」

 

 アンタが幸せそうに寝ている間、私はずっと探しまわっていたのよ──と、満潮は時雨に非難の視線を向けた。

 

「ごめん。迷惑をかけたね」

 

 時雨としては謝る事しかできない。

 

「アンタとしては運命の再会を果たしたようなもんだし、今回は目を瞑ってあげるわ」

 

「そんな大仰なものではないけれど……、でもありがとう」

 

 「ふん」──と、気分よさげに鼻を鳴らす満潮はこのまま眠ってしまおうと、首のリボンを外し、第二ボタンを開け、ポケットに入れていた雑多な持ち物をサイドボードに置く。その際、金属がこすれる音を発しながら、何かがポケットから零れ落ちた。

 

「あれ……、これって」

 

 床に落ちたそれを時雨は拾い上げた。

 深みのある玉状の赤珊瑚を基に施された金色の髪飾り。それは彼女にも見覚えのあるものだった。

 

「ああ、それ? 扶桑がくれたのよ」

 

「へぇ、こんな高価なものを」

 

「あ、言っとくけど、私がねだった訳じゃないからね! 相談に乗ってあげたら、勝手に感謝されちゃって、お礼がしたいって聞かないものだから、仕方なく適当に目に付いたそれをもらっただけよ」

 

 満潮の言葉に時雨は声を零す。

 

「え……、相談ってもしかして、人の生き方に憧れてるっていう?」

 

「ん? ああ、そういえばアンタにも相談したって言ってたわね。そう、それよ。戦う理由に迷ってたから、人として生きたいんだったら、その為に戦えばって言ったら、妙に納得されちゃってね。単純な話をしたつもりだけど、彼女にとっては寝耳に水だったみたい。まぁ悩み事してる時って視野が狭くなるから、そういう簡単な事になかなか気付かないのよね」

 

 あっけらかんと満潮は言う。

 そんな満潮に、時雨は驚きと感銘と僅かな嫉妬を抱きながら口を開く。

 

「キミはすごいね。僕には思い付かなかったよ。……聞いてしまえば単純な事なのにね」

 

 使命と憧れを天秤にかける事自体が間違いで、未来に目を向けた答えこそが正解。山城の言った通り、その解答は単純で、けれど過去を見ている時雨には解決できないものだった。

 

 そんな時雨を見て、満潮は時雨から視線を逸らす。

 

「悪いわね」

 

「なんでキミが謝るんだい?」

 

「なんとなくよ」

 

「そう。……でも、よかった。扶桑の悩みが解決して」

 

 それは本心からの言葉だった。自分が解決してあげたい気持ちは勿論としてあったが、それでも彼女の苦悩が解消された事はそれに勝る喜びであった。だから時雨は笑顔を浮かべる。

 

「アンタ、本当にあの二人が好きなのね」

 

「満潮だって好きだよ、僕は」

 

「……傍から聞いたら女たらしのセリフよ、それ」

 

 もっとも下心のない純粋な好意の方が、下心が見え見えの好意よりも遥かに厄介だと、目の前の少女のせいで満潮は痛感するほどに知っていた。

 

「もう寝るわ。……その髪飾り、欲しいんならアンタにあげる」

 

 そう言って満潮は掛け布団を被る。

 

「ううん。これは扶桑が感謝の証としてキミにあげたものだ。よかったら、キミが身に付けてあげて」

 

 時雨は拾った髪飾りをサイドボードに置く。そして、照明を消し、自分も隣のベッドへ横になった。

 

「僕も寝るよ。おやすみ、満潮」

 

「ええ、おやすみ」

 

 短く言葉を交わし、二人は夢の中に落ちていった。

 

 


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