艦これ Side.S   作:藍川 悠山

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 海は果てしなく続き、空もまた果てがない。そんな青と青に挟まれた境界を四人は進む。見渡す限りの青は、滅多に海へ出ない扶桑型戦艦姉妹にとって尚更美しく見えた。

 

「二人とも支障はないかい?」

 

 久しく航海に出た扶桑と山城を案じて、時雨が声をかける。

 

「大丈夫よ。むしろ気分が良いくらい。ねぇ山城」

 

「はい、扶桑姉様。姉様と一緒ならばどこでも天国です」

 

 そう言いながらも山城の目は海を駆ける嬉しさに輝いている。姉と一緒だからというのも本心ではあったが、しかし、今この時だけはこの青さに対する感動の方が勝っていた。

 

「時雨、護衛対象を気遣うのはいいけど、周辺警戒もしっかりやりなさいよ。出港して三時間、この地点が一番本土から離れた外洋なんだから」

 

「うん、わかっているよ。障害物もないし、襲撃するなら打って付けの位置だ。……そうだね。もしも敵が僕だったら、九時の方向から太陽を背にして襲い掛かるかな」

 

 満潮の忠告に、時雨は冗談を返す────が、思わせぶりに一見した九時の方向に小さな影を発見し、彼女は目を細める。それを確認し、談笑に緩んでいた表情はすぐに消えた。

 

「嘘から出た真か。まさかそんな古典的な攻め方をしてくるなんて」

 

「ちょっと、どうしたのよ」

 

「満潮、敵だ。九時の方向。数はまだわからないけど人型だった。最悪、戦艦か空母がいる」

 

「……ちっ」

 

 時雨の報告を聞いて、満潮は砲弾と魚雷を装填する。彼女もまた九時の方向を睨んだが、敵影は発見できなかった。

 

「敵? 電探には何も反応は……」

 

「目視でも見えないじゃない」

 

 扶桑と山城が困惑しつつ問い掛ける。

 

「コイツの目は信頼できるわ。馬鹿みたいに視力良いんだから。……わかったらアンタ達も戦闘準備しなさい。ただし相手に悟られないようにね」

 

 満潮から初めて出た“信頼”という言葉に驚きつつ、戦艦二人は大人しくその言葉に従った。戦場においては満潮や時雨の判断を信じるべきだろうという二人の判断である。

 

 各自が戦闘準備を進める中、時雨だけは九時の方向を睨み続けた。

 相手は太陽を背にしている。目は眩むが、同時に敵の影もまた浮き彫りになる。目の良い時雨とはいえ、戦艦が搭載する大型電探よりも先に敵影を発見できたのはその為だった。もっとも、偶然九時の方向を注視するという前提があってこその発見であったが。

 

「艦種判明! 駆逐イ級二、軽巡ホ級二、戦艦ル級二! 複縦陣で接近中!」

 

 観測した情報を時雨が告げる。それを聞き、満潮の表情は硬くなった。

 戦力は相手の方が上。それに加え扶桑型戦艦の戦力評価は未知数。かと言って駆逐艦だけでどうにかなる戦力差ではない以上、頼らざるを得ない。

 

「満潮、どうする?」

 

「……アンタの意見が聞きたいわね」

 

「このまま進路を変えずに行けば丁字戦で殴り合いになる。有利側とはいえ数と火力に劣る僕等の被害は甚大だ。だったら──」

 

「──進路を変え、反航戦で迎え撃つ……って訳ね」

 

「うん。僕とキミが無茶をすれば、やってやれない事はないよ」

 

「癪だけど考える事は一緒か……。五秒待って、考えをまとめるわ」

 

 思案する。どう動くのが適切か、どう動けば効果的か。悩んでいる時間はない。速やかに算段をまとめ、言語に出力する。

 

「これより敵水上打撃艦隊を迎え撃つわ」

 

「どう動くつもり?」

 

 満潮の決断に、山城が問う。反論ではなく、判断を仰ぐような口調だった。

 

「あなたに指示されるのは気に入らないけど、実戦経験に乏しいのは事実だし、大人しく従ってあげる。だから、ちゃんと皆で生き残れる指示を頂戴」

 

「……皆で生き残れる指示、ね。意外だわ。アンタは扶桑の事しか心配しないかと思ってた」

 

「護衛だからって無茶されて沈まれたら目覚めが悪いでしょ。それだけよ」

 

「素直じゃない奴ね。……まぁいいわ」

 

 そう言って満潮は口角をあげて笑みを浮かべる。キミも人の事は言えないけどね──と、隣を走る時雨は思った。

 

「合図をしたら私と時雨を先頭に単縦陣で敵方向へと突撃。その後、私と時雨で左右に分かれ、かく乱と牽制をするわ。戦艦のアンタ達は相手の対応よりも早く敵を狙い撃って」

 

「それは……あなた達の負担が大き過ぎる」

 

 扶桑が心配そうに言葉を漏らす。

 満潮の提案を端的に言えば囮作戦だ。囮である駆逐艦が注意を引き、長射程高火力の戦艦で叩く。古典的で、普遍的で、効果的な作戦である。囮が最も危険なのは言うまでもない。

 

 だが、それを覚悟した上で満潮と時雨は不敵に笑う。その笑みに扶桑と山城はゾッとした。

 

「そう思うのならアンタ達二人も気張りなさい。アンタ達の砲撃が与える被害が大きければ大きいだけ、早ければ早いだけ、私達の負担は減るの。……わかる? 負担するのは私達だけど、重責はアンタ達にあるのよ。私達が生きるも死ぬもアンタ達次第。それをちゃんと覚悟しておいて。それが強い力を持ったアンタ達の責任よ」

 

「…………ええ、そうね」

 

 僅かな間の後、扶桑は頷く。山城は一変した二人の雰囲気に呑まれて言葉が出なかった。

 

「大丈夫。僕等もそう簡単にはやられないから、二人は緊張せず“確実に”敵を沈めて。あと、もしも僕と満潮のどちらかが撃沈したら二人は構わず撤退してね。残った方が命がけで時間を稼ぐから」

 

 時雨は気遣いのように思えて、逆に重圧をかけるような事を笑顔で言う。そんな時雨に満潮は一笑すると、気を取り直し、全員に呼び掛ける。

 

「ま、おどかしはこのくらいにしておくわ。……さぁ、各艦準備しなさい。恐らく敵はまだこちらが察知した事に気付いていないはず。だからル級の砲撃が合図よ。相手の攻撃に合わせて突撃、意表を突く。いいわね?」

 

 満潮の言葉に三人は頷く。そうして合図を待つ。

 

「ル級が砲撃体勢に入ったよ」

 

 未だ他の者には豆粒ほどにしか見えていない敵の姿を的確に捉える時雨が報告する。その二秒後、誰かが息を呑んだ瞬間────轟音の合図が響き渡った。

 

「──全艦取舵! 最大戦速! 先頭は時雨! 戦艦は我に続け!」

 

 その轟音に負けぬよう満潮は声を張る。号令を聞き、各艦は行動を開始した。まずは砲撃の回避。有効射程ギリギリから放たれた初弾の砲撃は避けるまでもなく、空中でばらけ、満潮達に辿り着く事なく着水する。一応の回避行動を取りつつ、四人は隊形を構築した。

 

 先頭から時雨、満潮、山城、扶桑の順で単縦陣を組んだ彼女達は一直線に敵艦隊へと接近する。しかし、航行速度に差がある以上、駆逐艦と戦艦は前後で二分していく。だが、それでよかった。

 

「戦艦は砲撃開始! 私達は敵に肉薄するわよ!」

 

「了解。……扶桑、山城! 頑張って!」

 

「あなた達こそ……。無事を祈ってるわ」

 

「…………」

 

 先行する駆逐艦と後続の戦艦に分かれて、彼女達は戦闘を開始する。

 敵艦隊はまだ遠い。戦艦の射程ならば通用するが、駆逐艦ではまず効果は見込めない。故に接近する必要がある。

 

「時雨、わかってるわね! 駆逐と軽巡は適当にあしらって、戦艦の注意を引くのよ! 恐らくル級は脅威度の高い扶桑達を狙ってくる! 二人に被害が出る前に、無視できないほど暴れるわよ!」

 

「承知の上さ。死なない程度に無理をして二人を守る。わかり易くていいね」

 

「私よりも先に沈んだら許さないからね」

 

「そのセリフ、そっくりそのまま返すよ」

 

 先行する満潮と時雨は言葉を交わして、二手に分かれる。時雨は左に、満潮は右へと軌道を変えた。

 ル級は先の砲撃で次弾装填中。回避を気にせず、二人は敵艦隊へと突撃する。しかし、容易く戦艦ル級へ接敵できるほど、深海棲艦も甘くはなかった。

 

 駆逐イ級と軽巡ホ級がそれぞれ一隻ずつ、満潮と時雨の前に立ち塞がる。彼女達と同じく、ル級二隻を後方に位置させ、自分達が前に出る布陣。単純に数が劣る以上、満潮達が不利なのは明確だが、それでもぶつかるしかない。

 

「イ級が前、ホ級がその後ろ。……邪魔くさい」

 

 愚痴を零しつつも満潮は連装砲を構える。軽巡ホ級の砲撃は既に開始され、周囲に水柱があがっていたが、まだ狙いは絞れていない。恐れる必要のない砲撃だ。その中で、冷静にイ級へと狙いを定め、砲撃を放つ。狙いを絞った一射は、直撃コースを僅かにそれてイ級の船体を揺らすだけの結果になった。

 

「くっ……!」

 

 ホ級に加えイ級の砲撃が満潮を襲う。回避を意識しながら二射目を狙うも、揺れ続ける視界の中で照準を定めるのは難しい。こうなれば運任せにばら撒く他にない。そう判断した瞬間、イ級の左右に巨大な水柱が上がった。

 

 


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