艦これ Side.S   作:藍川 悠山

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「失礼します! 工廠にて改装作業にあった為、先程出席できなかった駆逐艦 時雨を連れてきました!」

 

 許可を取り、満潮と時雨の二人は提督室へと入室する。

 両者とも敬礼をして、満潮が代表して声を張る。その言葉を聞いて、二人の正面に位置する意匠の凝らした執務机に肘を置く中老の男性が一度だけ大きく頷いた。温和な雰囲気のある男性だが、その裏に隠れる鋭さを時雨は感じ取る。

 

「うむ、御苦労。二人とも楽にしたまえ」

 

 男性が許可した事で、二人は敬礼を解き、しかし、姿勢は正したまま次の言葉を待つ。

 

「私が西方にあるこの鎮守府の責任者……有り体に言えば『提督』となるゴトウだ。まずは第二次改装の達成おめでとう。こちらとしても戦力の質が向上するのは喜ばしい事だ」

 

「はっ……ありがとうございます!」

 

 時雨が微動だにしないまま声を張る。堅苦しい態度に、ゴトウと名乗った提督の眉が下がる。

 

「私は楽にしろと言ったが? 作戦まで時間がない。互いに遠慮は捨てて交流しようではないか。私は君達の真意が知りたいのだ」

 

「しかし、そういう訳には……」

 

 初対面の提督に礼節を欠く訳にもいかない時雨は困った様に呟く。

 

「ふむ……。中央の艦娘は自由奔放なマイペース集団と聞いたが、中には君等のような者もいたのだな。青葉君あたりは聞き及んでいた通りだったのだが」

 

「一部の艦娘の悪評が伝わっただけです。中央の者も、大半が自分達と同様の態度を示すと思います」

 

 甚だ不本意な様子で、満潮がゴトウに意見を述べる。ゴトウも「そうか」と頷く。

 

「だが、それでも遠慮は捨ててもらう。規律も大切だが、今は我々の距離感を埋める事を優先したい。戦力の過半数が外部より齎されている以上、どれだけ意識を共有できるかが作戦攻略の鍵だと考える。何か異論はあるか?」

 

 次期作戦の戦力は青葉、衣笠、扶桑、山城、時雨、満潮、天龍、龍田に、この鎮守府所属の四人を加えた計十二人。三分の二が各方面から派遣された戦力であり、また準備期間の都合で合同訓練もできなければ悠長に交流を深めている時間もない。訓練もなしに作戦を行うには、互いに意識を共有し、信頼し合う他にない──と、ゴトウは決断する。

 

 意図を察した満潮と時雨は力強く頷いた。

 

「うん。承知したよ、提督」

 

「善処しま──……するわ」

 

 二人の返事に苦笑を零しながらゴトウは机に置かれた電話の受話器を取り、一言呟くと受話器を置いた。そうすると遠くからバタバタとした音が提督室に迫ってくる。

 

「はーい、お呼びになりましたかご主人様!」

 

 そして元気よく少女が飛び出した。

 盛大に扉を開けて、騒々しく入室する少女はそのピンクのツインテールを靡かせながら、素早い足運びでゴトウの隣へと移動する。

 

「漣よ、女の子はエレガントにするべきだぞ」

 

「いつでもどこでもお気楽満点なのが漣の良い所ですので、そこんとこ御理解オナシャスご主人様」

 

「うむ、否定はせんがな。ほれ、この資料を彼女に渡してくれ」

 

 視線を時雨に送りつつ、ゴトウは現れた少女──漣に数枚の紙を纏めた資料を手渡す。それを受け取った漣は「ほいさっさ~」と口ずさみながら時雨に届けた。

 

「よし、もうさがっていいぞ」

 

「えー! この為だけに呼んだんですかー!?」

 

「そうだが?」

 

「もぉー、人使いが荒いというか、雑いですよご主人様。まったく、世話が焼けますねぇ」

 

 やれやれ──と、肩を竦めて漣はそそくさと退室していった。彼女を見送って、ゴトウは一息を吐く。

 

「いやいや、騒がしい娘で申し訳ない。あの子はいつもあんな感じなのだ」

 

「いえ、それは構わないけど……彼女も艦娘だよね?」

 

 時雨が問い掛ける。

 

「如何にも。特型駆逐艦 漣だ。この鎮守府の古参でね、秘書艦を担当してもらっている。あれはあれで、やるべき時は自分の役目を全うする、なかなか優秀な奴なので、普段の言動は多少目をつむってやってくれ」

 

「駆逐艦が秘書艦なんだね」

 

「中央の秘書艦殿は……ああ、かのビックセブンだったか。確かに比較されれば性能も威厳でも敵わんな。だが、この小さな鎮守府にはアレで十分なのだ」

 

 それに、あの性格で細々とした事務仕事が得意なのだ、あいつは──とゴトウは笑い飛ばす。信頼を感じさせる笑みに時雨と満潮は納得する。

 

「話を戻そう。……今渡した書類は明日決行される作戦であるMO攻略の詳細だ。君達二人と扶桑型戦艦は援護部隊として天龍、龍田と共に行動してもらう。作戦の概要はあらかじめ聞いていると思うが、詳しい事はその書類に書いてある。今晩中に目を通しておくように。なに、それが出来るか否かはともかく、作戦内容自体は簡単だ。一時間もあれば頭に入るだろう」

 

 笑みを隠し、ゴトウはそう告げる。

 時雨は書類を一見すると目を細める。そして問い掛けた。

 

「ゴトウ提督はこの作戦をどう見てるのかな?」

 

「……どういう意味かね?」

 

「一司令官としての意見を聞かせて欲しい」

 

 時雨の問いに、ゴトウもまた目を細めた。

 

「作戦を立案したのは中央の──君達がいた鎮守府の提督で、それを承認したのは大本営だ。ならば私はその両者の命令に従うのみだよ」

 

「…………」

 

 真っ直ぐに見返す時雨の青い瞳を受けて、ゴトウは細めた目を閉じる。

 

「──だが、所見を語るのならば、全体的にどこか焦りを感じるな。泊地棲姫を撃破した後からか、何やら軍部の動きが大きい。先のW島の攻略もそうだが、何かから先手を取ろうとしているような思惑が見え隠れしている。……大本営が、というよりは中央の青二才が孤軍奮闘している印象だな。今回の戦力の再編成もそうだ。何かを勝ち取る為に、無茶を承知で試行錯誤している。私はそれに巻き込まれたのだ……と思っている」

 

「それでもゴトウ提督は、僕等の提督を信じて、この作戦に従事するのかい?」

 

「私は君等の提督の素性を知らん。だから失望もしなければ期待もしない。元より何度か顔を合わせただけのパッと出の若造を信用するほど、私は人間が出来ていなくてね。私よりも階級が上で、発言力を持っているから命令には従う。そして、やるからには全力を以て勝利と君達の生存を希求する。それだけだよ。……君等の提督が信じるに値する男かどうかは、戦いの行く末が教えてくれるだろう」

 

「そうか。じゃあ自棄にはなっていないんだね。……僕は少し不安だったんだ。性急に進められた編成に、あまりに短い準備期間。間に合わせで編成された艦隊を指揮する人は最初から諦め半分で作戦に臨むんじゃないか……って。でも、それは杞憂だったと思っていいんだね?」

 

「うむ、君達の気持ちを絶対に裏切らん。それだけは誓おう」

 

 瞳を開け、時雨を見つめるゴトウは言葉少なに断言した。それを聞いて時雨は安心する。隣の満潮も、ゴトウの言葉に少しだけ心を許した。

 

「ハハハッ、なんだか堅苦しい話をしてしまったな。さぁ相互理解の為、交流といこう。なに、ちょっとした世間話でもしようじゃないか。ささ、そこのソファに座りたまえ。今、茶を淹れる」

 

 豪快に笑うゴトウに促されるがまま、満潮と時雨は提督室に設けられた四人掛けのソファへと座る。ゴトウはそれを確認すると、椅子の肘かけに設置されたスティック状のハンドルを操作した。

 

「──! 提督、それは……!」

 

 満潮が驚きの声を上げた。

 ゴトウの座っていた椅子がひとりでに移動する。モーターの駆動音を鳴らしながら動くそれは電動の車椅子であった。それを自由に操って、ゴトウはティーセットが置かれた棚まで辿り着く。

 

「ああ、足が悪くてね。見苦しくて悪いが勘弁してほしい」

 

「あっ、いえ、そんなことは気にしませんが、お茶なら自分が──」

 

「──満潮君、口調が堅苦しいぞ」

 

「は、はい……じゃなくて、ええと……」

 

「ハハッ、いいから座っていなさい。障害者と侮ってもらっては困る。これでも入浴から下の世話まで自分だけで出来るのだ。……ん? おっと、これから茶を淹れるというのに下品な事を言ってしまったな。許せ。ハハハッ!」

 

 障害などまるで気にしていない様子のゴトウは、戸惑う満潮を笑い飛ばしながら、てきぱきとお茶の用意を終わらせる。緑茶三杯をお盆に乗せて片手に持つと、お茶を零さぬよう器用に車椅子を操作して、二人が座るソファの前のテーブルに並べた。そうして悪戯っ子のような笑みを浮かべる。

 

「どうかね? 見ていてハラハラしただろう?」

 

 曲芸でも披露したかのようにゴトウは言った。

 ゴトウの一挙手一投足に対して冷や汗を流していた満潮はようやく脱力して頷く。いつ失敗して怪我や火傷をしないか気が気ではなかった。対して時雨は「見事な車椅子さばきだった」と感心していた。

 

 時雨はともかく、満潮の反応に満足したゴトウは自分で持ってきた緑茶を啜る。二人もそれに倣って、お茶を口にした。

 

「して、世間話だが……、うむ、まずは私から話題を提供しよう。──ズバリ、君達は男性同士の行き過ぎた友情についてどう思うかね?」

 

 そして二人はお茶を吹き出した。

 無論、それは正面にいたゴトウに直撃する。だが、そんな事など気に留めず満潮がビシッと指差して怒鳴った。

 

「ア、アンタ! いきなりなんて話題を振ってくるのよ!」

 

「提督……、流石の僕も、それは引くなぁ……」

 

 二人が吹き出したお茶を拭きながら、ゴトウはなぜそんなに非難されているのかわからぬような顔を向けた。

 

「むむむ……? おかしいな。今時の若い女性の間では鉄板ネタだと、漣が言っていたのだが……騙されたか?」

 

「い、いや、間違いじゃ……ないけど」

「まぁ、一部の……人なら、うん」

 

 満潮は回想する。一つ下の妹がその手の漫画を隠し持っている事を。

 時雨は回想する。一つ下の妹がその手の文庫を愛読している事を。

 

 そして二人は回想する。時折、その妹達が会合し、共感したり討論したりしている事を。それがあった日はなぜだか肌艶が良い事を。……故に二人は否定し切れない。それで盛り上がれる身内がいるだけに。何より、その手の本にちょっとだけ興味を惹かれて、ちょっとだけ覗き見てしまった自分がいるだけに。悲しきかな、否定し切れなかった。

 

「と……とにかく! その話題はダメ! NG! 色々と失いかねないから!」

 

「うん、それは僕も同感。多分その一線に踏み込んだら戻ってこれないと思う」

 

 二人に拒否されて、ゴトウは仕方ないと溜め息を吐く。

 

「ふむ、そうか。君達がそう言うのであれば無理強いはすまい。だが、一つだけ教えて欲しい。──男性同士の行き過ぎた友情とはどういう意味なのだ? 漣は一切教えてくれなくてな。先程の反応を見るに、君達は知っているのだろう? この話題を提供したのも、それを知りたくて言ったのだ。是非とも教えて欲しいな」

 

 ゴトウは純粋に知的好奇心からの質問を二人に投げ掛ける。

 対して二人は絶句する。冗談ではない。なぜにうら若き乙女が、無垢なる中年男性に、男性同士の行き過ぎた友情とはなんぞやと説明しなければならないのか。拷問なのか。これは新手の拷問なのか──そんな嘆きが二人の脳内をぐるぐる回る。

 

 しかしながら逃走経路はない。

 ゴトウの好奇心に輝く瞳は視線を逸らし難く、また相手が提督であるという事が、尚更断わり辛くさせていた。

 

 時雨と満潮は互いに「なんとかして」と見つめ合い、それと同時に「なんともならない」と首を振る。

 

 ──あぁ……、これダメなやつだ。

 

 二人は観念する。覚悟を決める。いっそ早く楽になりたかった。息を吸って、せーので言う。

 

「「男性同士の行き過ぎた友情っていうのは────」」

 

 それを口にした瞬間、二人は決意した。揺るがぬ決意を胸に抱いた。

 

 漣、許すまじ……──と、深く深く魂に刻んだ。

 

 


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