艦これ Side.S   作:藍川 悠山

2 / 94
01

 

  1

 

 

 その日、艦隊全体の再編成がなされた。新しい環境に対する期待と不安を胸に、艦娘達が各々指定された艦隊へと編入される中、とある一人の艦娘は渡された指令書を片手に、提督室の前に立っていた。その様子は極めて不機嫌そうで、眉に皺を寄せている。そんな彼女のもとに黒い長髪を靡かせた少女が歩み寄った。

 

「あ、こんな所にいたんだ。探したわよ、満潮」

 

「……朝潮か。なによ、なんか用?」

 

 不機嫌そうな艦娘──満潮が、姉妹艦に当たる朝潮を一瞥して、これまた不機嫌そうに言い捨てた。

 

「機嫌が悪そうね、どうかしたの?」

 

「……別になんでもないわ」

 

 そんな満潮を見て、朝潮は苦笑を零す。彼女が不機嫌なのはさして珍しくもなく、むしろ機嫌がいい時の方が珍しい。それをよく知る朝潮故に満潮の対応は慣れたものだった。

 

「で、なんの用なのよ」

 

 探してたなら用があるんでしょ──と、満潮は少しだけ眉間に込めた力を緩めて呟いた。

 

「ああ、どこに編入されたのか気になって。ちなみにワタシと大潮は第三艦隊に組み込まれたわ」

 

「そ、よかったじゃない、前線部隊で。戦果を期待してるわ」

 

「素っ気ないわね……。それで、あなたは?」

 

「……これよ」

 

 満潮は片手に持った指令書を、いっそ放り捨てるように朝潮へと渡す。取りこぼしそうになりつつも、辛うじて受け取った朝潮は書類へと目を向けた。

 

「……駆逐艦 満潮の艦隊編入を一時見送る。改めて詳細を説明する為、全艦の編成が終わり次第、提督室前にて待機を命じる──これって……」

 

「つまり戦力外……、私じゃ力不足ってことよ」

 

 眉間に再び深い皺を浮かべて、満潮は苦虫を噛み締めるように吐き捨てた。朝潮は荒れる満潮を一見し、目を伏せる。

 

「そんなことないわ。司令官も詳細を説明すると書いてあるし、別の任務があるだけかも──」

 

「──どうだかね。確かに私は近頃戦果も挙げてないし、司令官は最近入った特型駆逐艦に随分御執心じゃない。その子、活躍してるみたいだし、もう私は必要ないんでしょ」

 

「満潮! 言葉が過ぎるわよ!」

 

「うるさいわね! 戦果を出せてないのは事実なんだから間違った事は言ってないわ! ……力不足なのは、自分が一番わかってるのよ」

 

 言い切ってから満潮は顔を背ける。八つ当たりしてる自分が情けなくて、朝潮の方を見ていられなかった。対して朝潮は伏せた顔をあげて、満潮を見つめる。

 

「……戦果を挙げる事だけが艦娘の価値じゃないわ。それにワタシはあなたが力不足だとは思わない。気付いてる? あなたはいつだって自分の戦果よりも仲間の援護を優先してるのよ。これまで一緒に戦ってきたワタシはよく知ってるわ」

 

「別に……先に沈まれたら迷惑なだけよ。それに味方を守りながら敵も倒せるようにならないと意味がないわ」

 

「贅沢な目標ね。そんな高い目標だったら誰だって力不足よ」

 

 あなたは自分に厳し過ぎる──と、朝潮は慈しみを込めて呟く。

 

「……うるさいわね」

 

「でも、そんなあなただからワタシ達は安心して戦えるの。それがアナタの価値。司令官もきっとその価値に気付いてる」

 

 朝潮の言葉を満潮は顔を背けたまま受け取る。けれど頷く事はしなかった。

 

「……、もうどっか行ったら? 第三艦隊の顔合わせくらいあるんでしょ」

 

「ええ、もう行くわ。……それじゃ」

 

「…………」

 

 踵を返して朝潮は来た道を戻っていく。去っていく朝潮の背を見ないまま、満潮は小さく呟く。ただ一言──「ありがと」──と。

 

「キミは相変わらず素直じゃないね、満潮」

「ひゃぅっ!!」

 

 突如として掛けられた言葉。そして突然現れた誰かの気配を感じて、満潮はらしくもない悲鳴を漏らしながら瞬時に顔をあげた。顔は真っ赤に紅潮し、何か言葉を発そうとする口はもつれて音になっていない。ただ混乱はしていなかった。満潮にこんな不意打ちをしてくるのは、この鎮守府においておよそ二人。やたらボーイッシュでフレンドリーな航空巡洋艦と、あのズルイ駆逐艦だけだ。

 

 顔をあげた視線の先。探すまでもなく満潮のすぐ隣に彼女はいた。

 艶のある黒髪を一つの三つ編みにして肩に流す彼女──『白露型駆逐艦二番艦 時雨』は片手をあげて「やあ」──と、にこやかに笑っている。

 

「──ア、アンタ、いつからそこにいたのよ……?」

 

 ようやく声が出せた満潮は自分の呟きを聞かれた羞恥を、平静に努める事で懸命に隠しながら時雨に訊ねる。顔が紅潮したままなので隠し切れるものでもなかったが。

 

「朝潮に書類を渡した時からかな。なにやら熱くなってるようだったから話には割り込まなかったけど」

 

 それにしても少し離れて見ていたとはいえ、二人とも気付かないなんて酷いな──と零す時雨に、気配を消すのが上手いアンタが悪いのよ──と満潮は返す。空気を読んだつもりだったんだけど、結果的に驚かせちゃったね。ごめん──そう言って時雨は眉を下げた。けれど、それも一瞬だった。

 

「……でも、よくないな。感謝は相手へ伝えないと意味がないよ?」

 

「ふん、別に構わないわ。自分がどう思われようと、例え朝潮に嫌われようと、私はぜんぜん平気。知った事じゃないっての」

 

 満潮は不敵な笑みを浮かべながらそう言ったが、その目は決して笑っていなかった。だから代わりに時雨が笑う。

 

「あはは、大した強がりだね。大丈夫、朝潮は言葉にされなくてもキミの雰囲気だけで察してくれたはずだよ」

 

 踵を返す時、小さく微笑んでいたからね──と、時雨も微笑んで満潮へ伝えた。

 

「…………っ」

 

 強がりを見破られた事と感謝が伝わっていた事が混合して恥ずかしいんだか嬉しいんだかよくわからず百面相する満潮は、結局恥ずかしさが勝ったのか強い口調で問い掛ける。

 

「で? 何? なんなの? アンタは姉に八つ当たりする私を笑いに来た訳? それとも喧嘩売りに来た訳?」

 

「まさか、そんな訳あるはずもないよ」

 

「じゃあ──」

 

 更に続けようとする満潮の言葉を遮るように、時雨は手に持っていた書類を彼女の目の前に突き付けた。それは艦隊編成に関する指令書。そこには短く簡潔な文章が綴られている。

 

 ──駆逐艦 時雨の艦隊編入を一時見送る。改めて詳細を説明する為、全艦の編成が終わり次第、提督室前にて待機を命じる──その内容は既に満潮が何度も見直した文章と同様のものだった。

 

「こ、これ……って……」

 

「うん。キミ的な言い方をすれば──」

 

 時雨は嬉しそうに笑って言う。

 

「──僕も戦力外なんだ」

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。