艦これ Side.S   作:藍川 悠山

20 / 94
02

 

  2

 

 

「僕等はどうしてあんな話をしてしまったのだろう……」

 

「言わないで。思い出したくないわ……」

 

 提督室を出た時雨と満潮はうなだれながら廊下を歩く。

 思い出されるのは世間話という名の拷問である。「ほう、若い女性の間では男色が流行なのか」と納得したゴトウの間違ってはいないのだが、でもやっぱり間違っている認識を正すのに、結局あれやこれやと解説をしてしまった二人は、なんで自分達は男性同士の行き過ぎた友情についてあんなに語れてしまったのだろう──と、想像以上に妹達の影響を受けている事に戦々恐々とした。

 

「自分でも愕然とするほど理解してしまっていたなんて……」

 

「意識したら負けよ。悪い夢と思って忘れなさい。忘れるのよ……」

 

 二人は自己暗示をかける。自分達はまだ魔道に落ちていないと、そう言い聞かせる。

 

「そうだ、満潮! 提督が談話室に明日参加する艦娘達が集まっているかもしれないって言ってたよね! 行ってみよう!」

 

「そうね! このままでいるとドツボにはまりそうだし、気分を変えましょ! そうしましょ!」

 

 嫌な考えを吹き飛ばすように大声を出して、二人は談話室を目指した。

 決して広くない廊下を歩いて、時雨は周囲を見回す。以前までいた中央の鎮守府とは異なり、古めかしく所々禿げている内装を見て、この鎮守府はかなり経年劣化している事を知る。窓から覗く各種施設も、中央と比べて小規模であり、環境条件は比べるべくもない。

 

「ねぇ満潮。この鎮守府はずいぶんと……なんていうかさ」

 

「ボロっちい、とか思ったでしょ」

 

「……うん」

 

「ま、私も思ったわ。聞いた話だと、ここはもうとっくの昔に取り壊される予定だった旧世代の鎮守府らしいのよ。それが取り壊す予定日の直前に深海棲艦の出現が確認されて、戦線の展開の為にやむなく機能させざるを得なかったという経緯があるんだってさ」

 

「でも、拠点としての価値があるんだったら改築なり、もう少し設備を整えるなりすればいいのに」

 

「補修及び改築案はあったらしいわよ? ただその予算を、対深海棲艦の要所として新築される事になった中央の鎮守府に取られちゃったみたいでね。以後忘れられて、未だこの有り様ってわけよ」

 

「ここは最古の鎮守府で、僕等がいた所は最新の鎮守府なんだ」

 

「そういうこと。けどまぁ辺境の泊地とかに比べたら、まだ最低限の設備があるだけマシだけどね」

 

 贅沢は敵よ──と、満潮はシニカルに笑った。

 そんな話をしていると談話室の目の前まで到着した。二人はそのまま入室する。

 

「失礼するわよ」

 

 満潮の声に、談話室にいた艦娘達は反応する。中にいたのは五人。真っ先に反応したのは満潮達と同じく中央の鎮守府から異動してきた重巡洋艦 青葉と衣笠だった。二人は灰色に近い髪の毛をした血縁のある姉妹であり、中央の鎮守府ではその明るく社交的な性格から多くの艦娘と交流を深めていた人物達である。その交流を深めた艦娘の中には満潮と時雨も含まれていた。

 

 青葉と衣笠は談笑していたテーブルを離れて、二人に歩み寄る。その視線は主に時雨に向けられていた。

 

「やっと来ましたね、時雨さん! 早速ですが取材よろしいですか!」

 

「こら青葉。まずは皆に挨拶させないとダメでしょ」

 

「でも衣笠見てくださいよ! 中性的だった時雨さんが、ちょっぴり大人の女性に近付いていますよ! これは特ダネです!」

 

「確かに、ちょっと驚いたけどさ。とにかく紹介が先よ」

 

 「ちぇー」──と、青葉は取りだした手帳とペンを渋々仕舞う。「まったく仕方がない子ね」──と、衣笠がまるで保護者のように呟いた。そんな様子に時雨は微笑みを返す。

 

「キミ達は相変わらずだね。安心したよ」

 

「そう言うアナタは少し変わったわね」

 

 時雨の言葉に、衣笠が返答した。

 

「まぁ改二になったからね」

 

「それは多分関係ないと思うんだけど……、なんか雰囲気が温かくなった気がするわ」

 

「そう?」

 

「んん! 青葉センサーに感ありです! この雰囲気は恋愛関係と見ました! 殿方と素敵な出会いでもあったんですか!? 青葉はゴシップネタ大歓迎ですよ!」

 

 その会話に青葉も乱入してくるが、「アンタは黙ってなさい」と衣笠に口を塞がれた。

 時雨は笑う。素敵な出会い。そんなものがあったとしたら、彼女達との出会いに他ならないだろうと、笑みを浮かべる。

 

「うん、あったよ。生憎恋愛とはまったく関係ないけど、素敵な出会いは確かにあった」

 

「もが、もごがげんもがひく!」

 

 では、そこらへんくわしく──と、口を塞がれた青葉は言う。

 

「それはまた今度ね。今は他の人達に挨拶したいから」

 

 やんわりと時雨は青葉の追及を拒否する。青葉も青葉で、交流が大切な現状を理解している為、流石にそれ以上の事は言わなかった。

 

 時雨は青葉と衣笠の横を抜けて、座敷席に腰をおろしていた見覚えのない艦娘達に近寄った。

 

「こんばんは。白露型駆逐艦二番艦の時雨だよ。よろしくね」

 

「あっ、これはご丁寧に。えっと、古鷹型重巡洋艦一番艦の古鷹です。明日の作戦頑張りましょうね」

 

 ショートボブの茶色の髪をピンでまとめる、色素が薄い左目を持つ少女──古鷹は少しだけ緊張しながら挨拶を返した。その柔らかな声色からは優しい性格が伝わってくる。

 

「ほら加古、起きて挨拶しないと」

 

 自分のふとももを枕にして眠っている少女を古鷹は揺すって起こす。加古と呼ばれた彼女は重そうなまぶたをゆっくりと開け、これまたゆっくりと上体を持ち上げて、ようやく時雨の姿を視界に捉えた。

 

「あー……、あたしは加古ってんだー。よろしくー……、おやすみー……」

 

 それだけを言い残すと、加古は電池が切れたように眠りに落ちていった。

 

「ごめんなさい。この子、やる時はやる子なんですけど、寝る時はひたすら寝る子だから」

 

 申し訳なさそうに苦笑する古鷹に、時雨は「いいよ、気にしないで」と笑みを浮かべる。さて──と、時雨は最後の一人に目を向けた。

 

 白い着物を着た黒い長髪の美女。騒がしい雰囲気の中で、一人静かに酒を楽しんでいる。その凛とした振舞いに、僅かの時間、時雨は目を奪われた。……時雨の視線に気づいた彼女は、小さく会釈をすると微笑みかける。けれど、その表情は憂いに満ちていた。ただ時雨はそんな思慮に耽る彼女を美しいと感じた。

 

「祥鳳型航空母艦一番艦、祥鳳です。立派な姿ね。貴女みたいな子が戦列に加わってくれるなんて頼もしいわ。よろしくね」

 

「あ、うん。よろしく」

 

 時雨の歯切れの悪さに祥鳳は首を傾げる。

 

「どうしたの? 何か気になる事でも?」

 

「いや……、なんていうか上品な人だなって見惚れちゃったんだ」

 

 以前いた鎮守府の影響で、時雨は空母に対して偏見を持っていた。空母というのは戦闘時はともかく、余暇はいつも何かを食べていて、補給も大盛りを食べ放題飲み放題で風情などまるで気にしない。優雅に酒を楽しむ二航戦の面々が異端であるとすら、時雨は思っている。主に一航戦のせいで。もっと言えば正規空母 赤城氏のせいで。

 

 そんな事など露知らず、祥鳳は突然の褒め言葉に驚き、時雨から視線を逸らした。社交辞令かとも思ったが、数秒見つめた時雨の瞳には曇りがなく、嘘がないとわかってしまう。

 

「……歯に衣着せないのね、貴女。照れてしまうわ」

 

「照れる必要はないよ、本当の事なんだからさ」

 

「…………」

 

 祥鳳の顔に戸惑いが浮かぶ。同時に顔が熱くなった。

 リップサービスならばこんな戸惑う事はない。だが、時雨は本当にそう思ったから、そのまま言語に出力している。思慮なき言葉は遠慮もなく、また打算もない。だからこそ、気持ちが良いほど心に届いた。

 

 但し、無論の事ながら本人にその自覚はない。

 

「……? どうしたんだい? 顔が赤いよ?」

 

 体調が悪くなったのか、それとも酒がまわったのか、どちらにしても心配になった時雨は座敷に上がって、紅潮する祥鳳の頬に手を添えた。時雨に触れられて大きく胸が鼓動する。

 

「ん、熱いね。熱があるかも──」

 

 そのまま額と額をくっ付けようと、時雨は顔を近付かせる。徐々に額は近付いて、どんどん顔が目の前に──

 

「────!」

 

 されるがままの祥鳳は声なき声を上げる。抗おうとしても、なぜだか力が入らない。胸の鼓動が邪魔をして、正常な思考が保てなかった。咄嗟に目をつむる。もうどうにでもなれ、と身構える。

 

 二人の額と額がくっ付きかけた、その時──

 

「はいはい、そこまでよ」

 

 ──背後から忍び寄った満潮が、時雨の首根っこを掴んで、強引に祥鳳から引き剥がした。引き剥がされた時雨は怪訝な表情で、不思議そうな視線を満潮に向けていた。

 

「なにをするんだ、満潮。彼女は体調が悪いみたいなんだ。病気かもしれない」

 

「だとしたらアンタが病原菌よ」

 

「えっ、僕って何か持病を持っていたっけ? あっ、そういえば大規模改装の予兆で熱が出た気がする。まさかあれって人に伝染するの?」

 

「しないわよ。いいからアンタは黙って離れなさい」

 

 満潮は更に時雨を引っ張って、座敷から叩きだした。何が何やらわからぬままにひっくり返された時雨に、楽しそうな顔をした青葉が駆け寄る。

 

「時雨さん! 今の気持ちを一言お願いします!」

 

「……よくわからない」

 

「はい、ありがとうございます! ……見ましたか衣笠! これが天然ジゴロってやつですよ!」

 

「なんて恐ろしい子……。今の流れを自然にやられたら、流石の衣笠さんもドキドキしちゃうわ」

 

「……?」

 

 青葉と衣笠はなにやら盛り上がっているが、何を言っているのか時雨にはわからなかった。

 その裏で、満潮は息を荒くする祥鳳に手を差し伸べていた。 

 

「危なかったわね」

 

「助かりました。あと少しで身を委ねてしまうところでした」

 

「あのコンボを受けて、よく耐えた方よ。私も昔はよくされたわ」

 

「……あの子、いつもあんな感じなの?」

 

「いや、私と一部の相手にしかああいう対応はしない奴だったはずなんだけどね。あの二人に出会ったからか、改二になったからか知らないけど、……なんか目覚めちゃったみたいね」

 

 満潮と祥鳳は揃って、ひっくり返った時雨を見つめる。落ち着きを取り戻した祥鳳は微かに笑みを浮かべた。

 

「反応に困るけど、でも、嬉しい言葉だった。嘘のない言葉だから余計に」

 

「だからこそ厄介なのよ。…………まぁ、否定はしないけど」

 

 そんな二人の呟きと共に、夜は更けていった。

 

 

  -◆-

 

 

 夜も深まり、明日の作戦に向けて英気を養う為、談話室にいた面々はそれぞれの自室に戻っていく。可能な限り仲間たちと交流を深めた満潮と時雨の二人もまた談話室を出て、今後の行動を相談する。

 

「ふわぁ……ぁ、流石に眠いわね」

 

「そうだね、今日は密度の濃い一日だった」

 

「明日はもっと疲れそうだけど……、まぁ頑張りましょ。さて、私はこのまま部屋に戻るわ。アンタはどうするの?」

 

「僕は新しい艤装を出撃ドックに届けるついでに、簡単な慣熟航行をしてくるよ。作戦の最中に問題があっても嫌だしね」

 

「賢明な判断ね。でも無理するんじゃないわよ? 疲れだけじゃなくて、改装の負担だってあるんだから、適当なところで切り上げてすぐ戻ってきなさい。いいわね?」

 

「うん、僕もそのつもりだよ」

 

「ならいいわ。……私達の部屋は二○三号室。艦娘寮の二階で、階段登ってすぐ右の所よ。寮の場所、わかる?」

 

「工廠の向かいだよね。移動する時見えたからわかるよ」

 

 その返答に満潮が頷くと、時雨は「それじゃお休み」と手を振って工廠へと向かっていった。満潮も手をあげて応じると、自室のある艦娘寮へ歩き始める。一度外に出る必要のある工廠とは異なり、寮は今いる庁舎と構造上繋がっているので、二人が進む方向は別であった。

 

 時雨を見送った満潮はゆったりとした足取りで廊下を歩く。

 明かりに乏しい廊下は暗かったが、幸い今日は満月。月明かりが進む先を照らしてくれた。

 

 庁舎を出て、寮へと繋がる渡り廊下を進む。桜の季節とはいえ、夜はまだ肌寒さを感じる。月が輝く澄み切った夜空を見上げると、まるで今が秋か冬のようだと満潮は思った。

 

 その感慨が不思議と寂しい気持ちにする。広い夜空を見ていると、自分のちっぽけさを感じてしまう。

 

「はぁー……」──と、息を吐く。勿論、息は白くない。当然だ。今は春。決して秋や冬ではないのだから。

 

 思い込みを否定する。

 寂しくなどないし、自分はちっぽけでもない。そう信じて、満潮は歩を進めた。

 

 寮の扉を開けて、エントランスに出る。そこで少しだけ見覚えのある後姿を見つけた。エントランスの中央。逆扇状に広がっている階段の側面に、腰を屈めた少女がいた。何やら階段の側面を見ているようだが、その目的は不明だった。

 

 その相手に多少の因縁を感じている満潮は、足音を殺して少女の背後を取り、肩越しに階段の側面を覗き込んだ。そこには彫刻刀か何かで彫られた文字が記されている。

 

 ──『テンリュウ 十二サイ』

 

 そう記された文字の隣には太い直線が刻まれていた。

 更に発見する。その十センチほど上には『テンリュウ 十三サイ』と記され、同じく太い直線が刻まれている。

 

「懐かしいもんが残ってやがる。ここはぜんぜん変わってねぇんだな……」

 

 前にいる少女──天龍の呟きが聴こえた。

 盗み聴きまでするつもりはなかった満潮は、意を決して声を投げ掛ける。

 

「アンタ、昔はこの鎮守府にいたわけ?」

 

「──うおわっ!?」

 

 満潮の声に驚いた天龍の双肩がビクッと震える。次の瞬間、苛立たしそうな顔を満潮へ向けた。

 

「……んだよ、ちっこいの。驚かせんじゃねぇよ」

 

「ごめんなさいね。アンタがそんな肝の小さい奴だとは知らなかったもんだから」

 

「ハッ、言ってろタコ。俺の胆力は無尽蔵だっつーの」

 

 屈めていた腰を戻して、天龍は満潮を見下す。見上げる満潮も負けじと天龍を睨み付けた。二人の身長差は二十センチ弱。見上げる満潮はともかく、見下ろす天龍は少し首が痛くなる程度の差がある。それもあったからか、先に引きさがったのは天龍だった。

 

「……やめだ。今はお前と喧嘩する気分じゃねぇ」

 

「じゃあ私の勝ちね」

 

「勝手に勝ち誇んな。器の大きさ的に言えば自ら身を引いた俺の方が勝ちだ、バカ」

 

「私の眼光に耐えられなくなっただけでしょ。言い訳とか恥ずかしくないの?」

 

「テメェ……!」

 

「冗談よ。私もアンタと喧嘩する気なんて更々ないわ」

 

 満潮の態度に、露骨に不機嫌な表情になる天龍だったが、それでも手も出さなければ口も出さなかった。意外に懐は広いのね──と満潮は感心しつつ口を開く

 

「それで質問に答えて欲しいんだけど。アンタ、昔はここの所属だったわけ?」

 

「さあな」

 

「……後ろのそれ、アンタの身長を記録したものでしょ」

 

「──!」

 

 自分の身体で階段の傷を隠していた天龍は舌打ちを零す。

 

「なんだよ、見てやがったのか。……あぁ、そうだよ。ここは俺と龍田の古巣だ。別に珍しい話じゃねぇだろ」

 

「そうね。ずっと同じ鎮守府に所属していられる方が珍しいわ」

 

 戦場は常に流転する。ならば戦力もまた一つ所に位置せず移り変わるものだ。今回異動する事になった満潮達や、援護部隊として派遣された天龍達が良い例である。

 

「しかし、こんな人目のつかないところに身長を記録していたなんて、顔に似合わず可愛い事していたのね。もしかして身長低いの気にしていたわけ?」

 

「ああ、気にしていた」

 

「……え」

 

 天龍は肯定する。

 満潮はおちょくったつもりだったが、想像とは違う天龍の反応に言葉が詰まった。

 

 満潮から目を放して、天龍は背後の階段の傷に指を這わせる。

 

「五年前はこんなに小さかったんだな。ちょうど、今のお前くらいか。……お前、今いくつだ?」

 

「じゅ、十二だけど」

 

「ならピッタリか。龍田の見る目も侮れねぇな」

 

 自分の十二歳時の記録と満潮を見比べて、天龍は鼻で笑う。

 

「なぁお前、身長低いの気にしてるだろ?」

 

「ぜんぜん気にしてな──」

 

 誤魔化そうと思ったが、相手も正直に肯定したのだから、自分も白状すべきだと満潮は思い直す。

 

「──……まぁ、少しは」

 

 それでも多少の虚勢を張って彼女は答えた。そんな満潮を天龍は笑う。

 

「ハッ、わかるぜ。背低いと格好付かねぇし、見上げてばっかなのもムカつくもんな」

 

「……癪だけど、同意してあげる。でも、私が身長を気にしてるのはそれだけじゃ──」

 

「──守りてぇからだろ?」

 

「……!」

 

 満潮の心を見透かしたかのような言葉を、天龍は笑みの消えた顔で言った。

 

「でっかくなれば、それだけ強くなれる。手足が伸びればその分届く。身体の面積が増えれば庇える範囲が増える。今よりもっと誰かを守ってやれる。……そんな事を考えてるだろ?」

 

「…………」

 

 天龍の言葉に、満潮は言葉もなくただ頷く。

 一言一句間違いなく、彼女の言葉は、満潮が思っていた事を代弁していた。

 

「ハッ、マジかよ。そこまで一緒かよ。マジで龍田の言った通りかよ」

 

 途端に深い溜め息を吐いて、天龍は脱力する。それを見て満潮は眉をひそめた。

 

「アンタ、何が言いたいのよ」

 

「五年前の俺も、お前と同じ事考えてたって話だよ」

 

 身長如きで誰かを守れるようになるはずもねぇのにな──と、天龍は一笑する。そして満潮へと視線を向けた。少しだけ笑みを浮かべた凛々しい顔付きだった。

 

「明日、生き残れよ」

 

「え……あ、当たり前でしょ」

 

 それだけ言うと天龍は階段を上り、去って行った。

 残された満潮は要領を得ないまま頭を掻く。

 

「なんなのよ……アイツ」

 

 ふと階段の傷が視界に入る。

 力強く彫られたその傷痕からは、どことなく彼女の必死さが感じられた。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。