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逃走していたリ級とイ級を追撃し、見事撃沈させた天龍と満潮は扶桑達と合流した。手酷く被害を受けていた扶桑達を見て、事の顛末を聞いた天龍は難しそうな顔をした後、溜め息と共に脱力する。
「龍田を軽くあしらえるほどの駆逐棲姫ね。昔やり合った奴の強化型か、はたまたガワだけ一緒の別物か、どちらにしろ厄介な奴が出てきたな。……だがまぁ、とりあえず無事でなによりだ。各人、被害報告をしてくれ」
「はぁ~い、私──龍田は小破。応急修理は済んでるけど、主機が被害を受けたから速力が低下中。薙刀が無くなったから戦力としても微妙になっちゃったわねぇ」
「山城は被雷により中破。全体的にダメージを受けているけど、致命的な損害はなし。性能は低下してるものの、戦闘は行えるわ」
天龍は二人の報告を聞き、続いて扶桑の方を向く。艤装の原型が残っている山城に対し、半壊した艤装を身に付ける扶桑の被害は甚大であった。艤装だけでなく肉体も負傷し、応急処置として上半身の大半を覆うように巻かれた包帯からは痛々しいほどの赤色が滲んでいた。
「扶桑は……、報告するまでもねぇか。大破寸前の中破。砲塔の半数が大破し、心身のダメージも多大。戦闘続行は無理だな」
「……ごめんなさい」
「いいや、謝る必要はねぇ。過失があるとすれば俺の判断ミスだ。更なる増援を見越して龍田も護衛にまわしたが、それでも見通しが甘かった」
追撃を断念して、全員で援護に行くべきだった──と、天龍は目を瞑って自らの判断を反省する。慰めの言葉はなかったが、天龍を責める者も誰一人としていない。先の戦いはあまりにもイレギュラーが多過ぎた。それを全員無事で乗り切っただけ、天龍の采配は優れていたと誰もが思っていた。
「だが悔んでる暇はねぇな。まだ作戦は終わってない以上、ゆっくりしてもいられない。こっちにかなりの戦力がいた事だし、攻略部隊はある程度安心できるとは思うが、どーもこの戦場はキナ臭いしな。俺達もさっさと合流するべきだろう。……という訳で龍田、戦艦二人を護衛して鎮守府まで戻れ」
瞳を開けた天龍は被害を受けた扶桑達三人を見つめながら淡泊にそう告げた。三人に反論はなく、ただ悔しそうにその言葉を受け止める。特に龍田は眉間に深い皺をよせて、不本意な気持ちを呑み込んだ。
「仕方ないわねぇ。速力が落ちた巡洋艦に中破の戦艦が二隻いたんじゃあ、艦隊行動は行い難いもの。戦況が落ち着いてる内に退却させるのが懸命な判断だと思うわぁ」
「そういうこった。わかったらちゃっちゃと動け。……あっ、なるべく隠密行動して、すぐにこの海域から離れろよ? 敵がどこに隠れてるかわっかんねぇからな」
ぶっきら棒に心配しながら天龍はシッシッと手を払う。そんな彼女を楽しそうに見つめていた龍田は不意に時雨へと視線を移す。視線に気づいた時雨は首を傾げた。そんな時雨に近付いて、誰にも聞こえないように龍田は耳打ちをした。
「私がいない間に天龍ちゃんが沈んだりしたら──……アナタ達を殺してあげる」
声色からそれが冗談でない事は瞬時に理解できた。背筋が凍るほどの殺意が込められた呪詛を聴いた時雨は驚きから間近にいる龍田の顔を覗き込む。……彼女は笑顔だった。
「だから、ちゃんと守らなきゃダメよぉ?」
笑顔を浮かべていたが、決して笑ってはいなかった。
それは明確な脅迫。仕方なく自分は別行動になるけれど、自分が守れない時に大切な人が死んだら、守れなかったお前等を殺害しちゃうぞ──という脅し。それを誇張なしに、本心から言っていた。
時雨は恐怖する──事なく、逆に笑ってしまった。なぜならそれは彼女自身も思っていた事だったのだから。
龍田の耳元で、時雨は囁き返す。
「そのセリフ、そっくりそのまま返すよ。僕のいない間に扶桑達が沈んだりしたら──……キミを絶対に許さない」
驚くのは、今度は龍田の番だった。
笑顔を浮かべて、そして本当に笑いながら、時雨は龍田を脅していた。その凶悪なほど攻撃的な笑みに、龍田もまた本当の笑顔を浮かべる。
「生意気ねぇ、気に入らないわ」
「だとしたら、きっと同族嫌悪だと思うよ」
そう言葉を交わして、二人は極めて物騒なシンパシーを感じながら笑い合う。その傍から見たら奇妙な光景を天龍と山城は不思議そうに眺めていた。
時雨と龍田が互いに脅し合っている中、満潮はコソコソと扶桑の隣まで近寄ると、ボロボロになった扶桑の袖を遠慮しながら引っ張った。それに気付いた扶桑が満潮に邪気のない笑顔を向ける。そんな扶桑に、彼女は錠剤の入った薬ケースを差し出した。
「……これ、鎮痛剤よ。水なしで飲めるタイプだから、道中で飲んでおきなさい」
その言葉に扶桑の笑顔は更に輝きを増した。満面の笑みを浮かべながら、しかし、それを受け取る事はしなかった。
「大丈夫よ、心配しないで。見た目は悪いけれど、そんなに痛くはないから」
「──嘘ね」
扶桑の言葉を満潮は斬り捨てる。扶桑の笑顔が僅かに揺れた。
「心配掛けまいと、そんな笑顔を張り付ける必要なんかないわ。……今更遠慮なんかしないでくれる? 強引に人生相談してきた図々しさはどうしたのよ」
「…………」
笑顔の裏に隠した本心を見破られて扶桑は言葉を無くす。満潮の鋭利で不器用な優しさが胸に刺さった。どうしてこの子は、こんなにズバズバと心の芯に斬り込んでくるのだろう──と、扶桑は心中で苦笑する。扶桑にはその遠慮のなさが嬉しかった。そうして彼女は差し出された薬ケースを受け取った。
「ごめんなさい、本当は今すぐ泣き出しそうなほど痛いの」
「謝られても困るわ。こういう時は感謝してもらいたいわね」
「ふふっ、ありがとう満潮。また何かお礼しなくちゃいけないわね」
「そういうつもりで薬をあげた訳じゃないわよ。……ま、二人とも無事に帰れたら、何かしら考えとくわ」
時雨と龍田とは対照的に穏やかな笑顔で二人は笑い合う。
それぞれに別れを告げて、援護部隊の半数は被害甚大の為、鎮守府へと退却していった。
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「時雨、お前はなんともないんだな?」
「うん。過熱状態にあった機関も今は落ち着いてる。航行に問題はないよ」
鎮守府へと戻った三人を見送った天龍、満潮、時雨の三名は自身の状態を最終確認し、攻略部隊に合流する為、進路を取った。予め合流時刻と合流地点を定めていたが、予想外の苦戦と被害を受けた事により、その予定通りとはいかなくなっていた。
「攻略部隊は合流地点より先に進んでるだろうな。少し急がねぇと」
「速度をあげるわけ?」
「ああ。時雨も構わないな?」
「大丈夫だよ」
これまでは扶桑達の航行速度に合わせていたが、既に彼女達は退却している。戦力が低下した分、援護部隊は身軽になっていた。
出力を上げ、加速する。
これで多少は予定の帳尻が合う。そう思ったのも束の間に、天龍の鼓膜を音が刺激した。鎮守府──提督からの電報であった。
「鎮守府より入電だ」
頭に響く電子音。暗号を解読し、天龍は内容を読み取る。その知らせを聞き、彼女の表情は徐々に険しいものへ変わっていった。
「──MO攻略本隊より、祥鳳が多数の敵艦載機による攻撃を受け、大破炎上中。現在も尚、攻撃は続行中。されど敵空母の姿はなし。敵空母の索敵及び撃破は機動部隊に任せ、援護部隊は至急合流されたし……。お前等、聞こえたな?」
天龍の言葉を受けて、時雨と満潮に衝撃が走る。二人は互いに視線を交わし合い、その嫌な予感を共有した。
出撃前に話した夢の話。その“もしも”の話を思い出す。
夢見た『祥鳳』の沈没。揃って否定し、目を背けた仮説。感じていた違和感は確かな予感となって、二人の心中へ訪れた。
「おいお前等、返事をしろ」
その声で二人は我に返り、天龍に聞こえていた事を返答した。
「ったく、しっかりしろよ。……余計な事を考えるのは後だ。少しじゃなく、スゲェ急ぐぞ! 全艦、最大戦速! 俺に続け!」
天龍の号令に頷き、援護部隊は合流を最優先に行動を開始する。その胸に焦りと、絡み付く様な不安を抱えながら。
-艦これ Side.S ep.2『異分子/規格外』完-