艦これ Side.S   作:藍川 悠山

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ep.3『運命』(アニメ時系列:七話~八話)
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 空に雲は多く、湿り気のある風が吹いている。

 生温い空気。波は少しだけ高い。温暖な海は美しいが、常に美しい顔であるとは限らない。現在の気候から察するに、どこかでスコールでも起こっているだろう。風を読みながら祥鳳はそんな事を考える。

 

 攻略部隊の進行は順調だ。

 援護部隊と別れてから随分時間が経過したが、敵影はなく、また周囲を警戒している索敵機からの報告も無い。

 

「出撃前の不安は結局杞憂だったのかな」

 

 やがて、索敵に出した艦載機達が戻ってくる。

 矢に姿を変えた艦載機を矢筒に格納──しようとしたところで気が付いた。艦載機が姿を変えた矢が不完全なのだ。先端となる矢尻の部分がなくなっている。それはつまり未帰還機がいたという事。

 

「矢尻は一番機……、索敵に向かわせた方向は正面十二時の方向……その子が戻ってこない? ────ッ!」

 

 自問から答えを導き、ハッと顔をあげる。──その視線の先。正面の空。分厚い雲の中から、それらは突如として現れた。……への字に並んだ黒い影。爆装、雷装を施した敵艦載機が十機単位の大編隊を組み、次々と白い雲を突き抜けて空を遮っていく。

 

「そんな……どうして……、いきなりこんな大編隊が……」

 

 確固たる根拠もなく、無策に大編隊を送り込む事はない。故に攻略部隊の位置は深海棲艦に察知されていた事になる。だが、周辺警戒を徹底していた攻略部隊が敵索敵機を発見し損ねた可能性は低い。敵の索敵以上に、敵に発見される事を警戒し、付近の哨戒に艦載機を多く割いていたのだ。もし発見されても、自分達が発見された事程度は事前に察知できたはず。なのに、なぜこんな不意を突かれる状況になっているのか、それがわからない。

 

「最初から私達の居場所がわかっていたというの……?」

 

 そんなはずはない──と首を振る。

 馬鹿げた考えを振り払って、迎撃の準備をする。矢筒から矢を取ろうとして掴み損ねた。手が震えて思うように動かない。

 

 真実はどうあれ、この現状は自分の失態に変わりはない。索敵を怠ったつもりはないが、結果としてそれは足りなかった。その自責の念が身体を鈍くする。

 

「敵機正面! だ、大編隊!」

 

 祥鳳の次に気付いた古鷹が声を荒げる。

 

「な、なによ、あの数……!」

 

 続いてその黒い空を見上げた衣笠が驚愕する。敵艦載機の数は次々と増えていき、その数は百に迫る勢いであった。

 

「全艦対空戦闘用意! 大至急です! 準備出来た人から順次対空砲火を始めてください!」

 

 突然現れた敵艦載機に青葉は動揺を隠しながら、旗艦として指示を発する。

 

「祥鳳さん──」

 

 ──索敵機から報告はなかったんですか、と言いかけて青葉は言葉を噛み殺した。隣にいた祥鳳は酷く動揺しており、その質問をするまでもなく、彼女にしても予想外であった事が窺えた。

 

「祥鳳さん」

 

 呼び掛ける。

 

「祥鳳さん!」

 

 呆けている彼女に呼び掛ける。

 声に気付いた祥鳳が、揺れる瞳で青葉を見た。

 

「大丈夫です。皆で頑張れば、きっと大丈夫です」

 

 祥鳳は辛うじてそれに頷く。

 早くなった呼吸を強引に抑えつけながら口を開く。

 

「青葉、指示を頂戴。……私も頑張るわ。ちゃんと戦うって決めたもの」

 

 その言葉に青葉は力強く頷いた。

 

「祥鳳さんは戦闘機から優先的に発艦! 爆撃機と攻撃機も装備を捨てさせて、全機を敵艦載機の迎撃にあててください! それから索敵に出していた子達も至急呼び戻してください! 今は何より数が必要です!」

 

 攻撃能力を捨て、制空に尽くす。後先を考慮しない指示。そうしなければならないほど、青葉が考える現状は深刻であった。

 

 祥鳳はそれに同意し、矢に手を掛ける。今度はしっかりと掴み、弓につがえた。そうして放つ。風を切る音を発し、飛び立った矢は数機の戦闘機に分かれ、編隊を組み、黒い空に向かっていく。

 

 戦闘機を十八機飛ばし終え、続いて爆撃機を発艦させる用意をした時、いよいよ敵艦載機の攻撃が始まった。

 

 祥鳳の眼前に爆弾が投下され、衝撃と共に水柱が上がる。被害はなかったが、もうここまで肉薄されていた事に彼女は息を呑む。自身の真上を見上げれば、黒い影が数え切れぬほど飛び交っていた。今はまだ戦闘機が交戦している為、敵艦載機の攻撃はある程度抑止されていたが、絶対的に数が劣る以上、それにも限界があった。

 

 発艦を急がなければならない。

 戦闘機ほど対空能力がある訳ではないが、爆撃機や攻撃機でも敵艦載機の行動を抑制する事は可能だ。数少ない戦闘機の負担を減らさなければ、あの物量を相手に勝ち目はなかった。

 

 既に攻略部隊の全艦は対空射撃を行っているが、その効果は薄い。発見が遅れた代償に空は乱戦と化し、敵味方の艦載機が入り混じっていた。その為、無遠慮に弾幕を張る事が出来ない。味方に当てないよう正確な砲撃が必要とされ、本来以下の対空性能しか発揮できていなかった。

 

 矢をつがえ、放つ。

 頬を流れる汗を拭い、焦る心を落ち着かせる。

 

 正しく放たなければ艦載機は思うように飛んではくれない。艦載機は心で飛ばすもの。乱れた精神では、その機動も乱れる。空母の戦いとはつまり自身との戦いに他ならない。

 

 一意専心。心を澄まして矢を放つ。一射、二射と放ち、艦載機は綺麗に飛び立った。

 

 残された矢は最後の一本。先程戻って来たばかりの偵察機。これを放てば、全機を発艦させた事になる。自分の仕事、その大部分が次の一射で完了する。

 

「────」

 

 精神を研ぎ澄まし、想いを込める。

 矢尻の欠けた矢をつがえ、弓を引く。

 

 だが、矢を放とうとしたその間際、祥鳳に衝撃が走った。

 

 背後から爆弾を投下された。

 中身のない矢筒が破壊され、白い肌は爆炎に焼かれる。背中から波及する熱と痛み。堪えられずに姿勢が崩れる。弓につがえた矢は外れ、取りこぼしそうになるも、海に落ちる寸前で掴み取った。

 

 まだ軽傷。『耐久値』はさして削られていない。

 歯を食いしばって顔をあげる。その途端、敵艦載機の機銃掃射が彼女を襲った。降り掛かる弾丸は脆い『装甲』を抜いて、魂を削り取る。

 

 痛みが心を乱す。

 それでも掴み取った最後の矢だけは胸に抱えて守り抜く。

 

 機銃の雨が止み、祥鳳は今度こそ弓を引く。最後の一射。これだけは放たなければならない。

 

「祥鳳さん! 左から魚雷!」

 

 右側から青葉の声が聞こえた。

 同時に左側からは水中を進む魚雷の音が聴こえた。自身を狙う航空魚雷。今から避けるのは間に合わない。ならば、せめて──

 

「──お願い、飛んで」

 

 願いを込めて、矢を放った。

 それがちゃんと飛び立てたのかを確認する間もなく、祥鳳に魚雷が直撃した。

 

 真っ白になる視界。はっきりと感じる浮遊感。糸を切られた人形のように四肢には力が入らない。次に気付いた時、彼女は空を見上げていた。

 

 雲の多い空。湿り気のある風が彼女の乱れた髪をさらう。

 その空は黒かった。空を埋め尽くすほどの黒。異質な空に舞う黒い影達は、殺意を持って、自分を狙っていた。“自分だけ”を狙っていた。

 

「……ぁ」

 

 そういう事か──と、祥鳳は得心した。

 

 黒が迫ってくる。

 急降下爆撃。仰向けの彼女から見れば正面から突撃してくるように黒は迫る。

 

 黒は一つではない。五機まとまって落ちてくる。

 

「…………」

 

 絶望を前に祥鳳は言葉も無く傍観した。その視界の中で最後に空へと放った偵察機が飛べていたのを確認して安堵する。──やがて、五つの爆弾による爆炎が彼女の全身を包み込んだ。

 

 


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