艦これ Side.S   作:藍川 悠山

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 三人は静かな海を進む。

 敵の脅威はないが、警戒を厳として鎮守府へと退却していた。

 

「──ッ!」

 

 その途中、龍田が突如背後を振り向いた。只ならぬ反応に同行していた扶桑と山城が表情を険しくする。

 

「どうしたの? 敵襲?」

 

 扶桑の問いに龍田は首を横に振る。

 

「いいえ……。なんだかとても嫌な予感がしただけ」

 

「ちょっと、嫌なこと言わないでよ。縁起でもない。……なに? 後ろから追撃が来る予感でもしたの?」

 

 そう言って山城は龍田と同じく背後を向く。けれど、変わらず静かな海が続くだけだった。

 

「“私達”は大丈夫よぉ、きっとね」

 

 山城の言葉に龍田は短く返答する。

 要領を得ない事を言う龍田に、顔を見合せながら扶桑型戦艦姉妹は不思議そうに首を傾げた。

 

 

  -◆-

 

 

 目覚めた時に感じたのは誰かの温もりだった。

 炎のような熱さではなく、焼け爛れるような痛さでもない。優しい温度。それを背中から感じた。

 

 霞む視界は動いている。自分の意思とは関係なく、後ろへ、後ろへと動き続けている。 

 

「ぅ……ぁ」

 

 痛みを訴える喉は上手く言葉を発してくれない。それでも何度か発声を試みて、なんとか言葉を作り上げる。

 

「ここ……は……」

 

「祥鳳さん、気が付きましたか! よかったぁ……、意識がなくなってから三十分、その間ぜんぜん動かないからすごく心配しましたよぉ!」

 

 耳元に聞こえる快活な声。大きい声なのに、なぜだか鬱陶しくは感じない。

 名を呼ばれた彼女──祥鳳は首だけで振り向き、自分の背後に密着する青葉を認めた。なぜこんなに密着しているのだろうと思うも、両脇から回された青葉の腕と、後退し続ける視界から、彼女が自分を引き摺っている事に気付く。

 

「……そうだ」

 

 纏まらない思考を振り払って思い出す。そして空を見上げた。

 

 ──空には黒。深海棲艦の艦載機が未だに跋扈している。

 

 自分が放った艦載機も戦っているが、確実に数が減っていた。制空権は劣勢。誤射の危険性が薄まった為、水上からの対空砲火は積極性を増していたが、身を守るのが精々。現状を打開する前にジリ貧となるのは目に見えていた。

 

「現在、我が攻略部隊は撤退中です。残念ですが、作戦遂行は不可能と判断しました」

 

「そう……よね」

 

 正しい判断だと祥鳳は頷く。

 作戦の要である自分が大破してしまった以上、棲地MOの攻略は自殺行為に等しい。それは目隠しで断崖絶壁を進む様な愚行だ。そんなものは勝つ為の作戦とは言えない。

 

「青葉、もういいわ。自分の足で逃げられるから、貴女も対空迎撃に参加して」

 

「ですが、その怪我で放っておく訳には……!」

 

 青葉に言われて自分の身体を見る。

 美しかった彼女の肢体は見る影もなく変貌していた。

 

 上に羽織った着物はほとんど燃え尽き、その下の地肌は爆撃による炎熱によって焼かれ、多くの部分が真っ赤に色付き、水泡が溜まって腫れ上がっていた。けれど、不思議と痛みは薄く、その事実に祥鳳は微かに口角を歪ませた。

 

「大丈夫よ。たいして痛くないから。それよりも、これ以上被害が大きくなる前になんとかしないと……。だから早く!」

 

 自分を中心に輪形陣を取る他の艦娘達を見まわして、祥鳳は青葉に訴える。足に力を入れて自立し、支えていた青葉を押し退けた。鬼気迫る表情の彼女に気圧されて、青葉は支えていた腕を離し、一歩下がる。

 

「わかり、ました。ですが、青葉の後ろにいてください! 必ず守りますから!」

 

 そう言って青葉は祥鳳の前に出て、肩にかけた中口径連装砲が二基装備された艤装を構えて空を睨んだ。それを確認した祥鳳は今にも崩れそうになる両足を踏ん張って、自力で後退を始めた。

 

 祥鳳にもはや戦う力は残されていない。

 弓を失い、矢も尽きた。大破した身体で出来る事など、無様に逃走するだけしかない。故に逃げる。周囲の仲間は自分の為に戦ってくれている。だから、それに応えなければならない。生き残る事こそ最大の貢献だ。無様でも足掻け。それだけしか出来ないのなら、それだけでも成し遂げて見せろ。──彼女はそう自分に言い聞かせ、言う事を聞かない身体に鞭を打つ。

 

「でも」

 

 けれど呟き、空を見上げ、笑みを零す。

 

「それを許してくれそうにないなぁ……」

 

 空を飛ぶ全ての敵の視線が突き刺さる。目の前に広がる黒い影全てが、自分を沈める為に存在している。その事を全身で感じ取り、恐怖を超えて、笑いが零れた。

 

 殺意を受けて、抱いていた不安の正体を知る。自分は知っていたのだ。ここが──この海が運命の果てなのだと。

 

 自分だが、自分じゃない者は知っていた。この胸に宿る『祥鳳』は知っていた。戦えばその運命に没する事になると訴えてきた。数日前から感じていた警鐘。それは臆病風などではなく、この魂が運命に抗った結果なのだろう。

 

「だとしたら、戦おうと決意したのは余計な事だったのかな……」

 

 いや、そんな事はない。そんな事はないはずだ。戦いを恐れて、死を恐れて、自分だけ逃げる事が正しい選択なはずはない。そんな方法で運命を乗り越えて何になる。その先には何もない。残るのはきっと後悔だけ。我が身可愛さで逃げた矮小な自分が残るだけ。……そんなのは御免だ。

 

「まだ運命が決まった訳じゃない。まだ戦いは終わってないんだから」

 

 自分はまだ生きている。辛うじてだけれど生きている。だから折れるな。諦めるな。踏ん張れ。這い蹲ってでも生き延びろ。その最後の瞬間まで、ちゃんと戦い抜け。自分はそう決意したはずだ。

 

「────ッ」

 

 空を睨み付ける。殺意を浴びて悪寒が走る。歯を食いしばって、それに耐える。睨みつけるだけで何一つ出来る事はないが、その諦めない視線だけは絶望へと突き付け続けた。

 

 瞬間──閃光が空を横切った。

 彼女の想いに応えるように幾つもの光が横から降り注ぎ、空を埋め尽くす黒い絶望を次々と焼き払った。

 

 


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