艦これ Side.S   作:藍川 悠山

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 戦いは続いた。

 空を覆う黒い艦載機の攻撃は苛烈さを増し、大破した祥鳳の周辺にだけ爆弾が落とされ、その進路には魚雷が投射される。艦娘達は彼女を守る為、敵を接近させないよう弾幕を張り、攻撃態勢にある者を優先して殲滅していった。

 

 それは精神をすり減らしていく戦いであった。一瞬の油断。一度の判断ミスで相手の攻撃を許してしまう。その一度で祥鳳が被害を被れば、恐らく彼女は耐え切れない。故に失敗は許されなかった。

 

 その負荷の大きい戦いは更に三十分続き、攻略部隊の面々の継戦時間は一時間にも及んだ。限界など、とうに超えている。汗すらまともに流れず、全員が顔面蒼白の状態で、それでも気力だけで戦況を維持していた。

 

 途中から合流した時雨と満潮は僅かな余力が残っていたが、十分に疲弊し、その表情には必死さしか浮かんでいなかった。

 

 敵艦載機の数は確実に減っている。

 七十以上の撃墜を確認し、見上げる空の青と黒の比率も目に見えて変わってきている。だが、それが希望に思えないほど、彼女達は疲弊していた。

 

 今にも力尽きそうな者がいる中で、時雨は思考を巡らせる。

 

 ……おかしい。敵は一切僕等を狙ってこない。祥鳳だけを執拗に狙ってくる。……大破している祥鳳に狙いを定めるのは理解できる。すぐに沈められる者を狙うのは常道。だから、それ自体は不思議じゃない。不可解なのは、戦闘を続けて疲弊し、みんな隙だらけになっているのにも関わらず、それでも尚、狙ってこないという事だ。一人を集中して狙うより、分散して各個を攻められる方が僕等としては守り難い。これだけの物量差があるんだ。僕等全員を攻撃目標とする事だって出来るはずだし、深海棲艦もその利点を理解しているはず。……それをしてこないのなら、そこにはなんらかの意思があるという事。ならば、それは──

 

「──最初から彼女だけが目的なのか」

 

 だがなぜだ。なぜ彼女を狙う。

 深海棲艦の敵は人類全体であって、選んで殺人なんかしないはず。少なくとも個人を狙って行動するなんて聞いた事がないし、見た事もない。けれど、ここまで露骨にされたら認めざるを得ない。敵は祥鳳を故意に沈めようとしている。それを前提にした上で、その理由は……なんだろう? 祥鳳だけを沈めて、相手になんの得がある? いいや、そもそも損得勘定でないとしたら? もっと別の……、それこそ僕達の使命のような──

 

「後方より砲撃ッ!!」

 

 満潮の注意を聞き、時雨はその思考を中断し、反射的に祥鳳の後方へと移動する。同じく移動してきた満潮と肩を並べて、万が一に備えた。

 

 飛来してきた砲撃は空中でバラけ、誰もいない海面へと着弾する。それを確認して青葉が安堵する中、満潮は遥か後方に見える駆逐イ級に囲まれている天龍を見た。彼女は疲労困憊な様子でありながら、前のめりに体当たりし、イ級の身体へと刀を突き立てている。その姿勢に力尽きるまで戦おうとする闘志を見た。

 

 

  -◆-

 

 

 駆逐イ級に突き刺した刃を、身体全体を使って水平に引き抜き、両断する。イ級は絶命したが、強引な斬り方をした天龍もまた体勢を崩し、水面に膝をついた。息荒く胸を上下させ、呼吸の度に渇いた喉が痛みを発する。酷使した四肢は小さな痙攣を繰り返す。休みなく稼働し続けた身体は休息を求め、警鐘を鳴らし続けていた。

 

「……クソッ、これで……何体目だ……!」

 

 途切れる声で文句を垂れる。

 倒した敵の数はもう覚えてすらいなかった。更に追撃してきた十二体を倒したと思えば、知らぬ間に敵が増えていた。その数、十六。全てがイ級であったが、第二派の十二体を倒した時点で天龍に余裕などなく、本隊への接近を許してしまっていた。それでも十六体の半数である八体を接近される前に沈めたのは、もはや意地のなせる技だった。

 

 現在、彼女の周りには八体の駆逐イ級が残存している。その全体が祥鳳を目指して移動し、砲塔は常に彼女を狙っていた。間近の脅威である天龍を不可解にも無視して、ただひたすらに深海棲艦は進行していた。天龍が十を超える相手をたった一人で迎撃できたのはその為である。歴戦の勇士である天龍であっても、この物量差は覆し難く、敵がまともに戦っていれば既に彼女は没していただろう。

 

 被害を省みない強行軍。味方を盾にし、自らは進む。そんな戦法をする深海棲艦だったからこそ、天龍は目立った被害を受けず、数十の敵を相手に出来たのだ。だが、それは同時に時間稼ぎは出来なかった事になる。敵の数は確かに減らしたが、その進行は一切止める事は出来ず、短時間での接近を許す結果となった。

 

 攻略本隊を射程に収めたイ級は、祥鳳へ照準を合わせ、砲撃を一斉に放つ。砲弾の行方を確かめる余裕もなく、天龍は憤りと共に水面を殴り付けると、力の入らない身体を強引に動かし、波を蹴った。

 

「テメェ等!! 俺の事を無視すんじゃねぇ!!」

 

 砲撃を続けるイ級へと斬り込む。

 隙を晒す横腹に切先を這わせ、『装甲』ごと肉体を切断する。気合いを込めた一閃は一太刀で致命傷を与え、八体のイ級を更に減らした。

 

「次だ!」

 

 気合いだけで身体を動かし、天龍は海を走る。戦場を走って、倒すべき敵を見つける。全ては仲間を守る為。心と体を消費して、彼女は無骨な刃を振るう。

 

「──な」

 

 その刃は次の瞬間には砕けていた。

 中腹から折れ、砕けた刀身が天龍の頬を裂く。その痛みで現実を直視した。

 

 目の前には敵──駆逐イ級。先程まで無視していたイ級が、突然狙いを変更し、砲口を天龍へと向けていた。即、放たれた砲撃は度重なる戦闘で消耗し、脆くなっていた刀を撃ち砕き、衝撃で天龍の足を止めた。

 

 狙いを変えたのはその一体だけではない。

 天龍を取り囲む全てのイ級が一斉に砲口を祥鳳から、彼女に変更した。

 

 周囲から六発の砲弾が飛ぶ。一発は背中に、一発は右肩に、一発は左足に。それ以外は間近の海に着弾した。

 

「ガッ──!」

 

 倒れ込みそうになる身体を支えて、辛うじて顔を上げる。

 いつの間にか眼前へと接近していたイ級の口から魚雷が発射され、海に落ちるより先に、天龍の腹部に直撃した。

 

「────ッ」

 

 爆風は天龍の身体を吹き飛ばす。一度海面に叩き付けられた身体はバウンドし、二度目の着水で彼女の身体はとまった。

 

 うつ伏せに倒れた天龍はすぐさま起き上がろうと、折れた刀を杖にして身体を支える。

 

「かはっ……」

 

 身体に力を込めた途端、吐血した。

 腹部からは鈍痛。それに加えて脱力感を覚える。爆炎で燃え、剥がれた服の下から見える自分の腹部は紫色に変色し、一部が不自然にへこんでいた。

 

「あぁ……、中の物がやられたか……」

 

 内臓が損傷し、長くつきまとう痛みに苛まれながら、天龍は汚れた口元を乱暴に拭う。

 

「ったくよぉ……、無視すんなとは言ったけど、不意打ちはねぇだろ。──ハッ、だがいいぜ。もっと俺を狙って来い」

 

 自分が死ぬまでの時間は仲間に攻撃が向けられない。それは天龍にとって嬉しい事実だった。

 不敵な笑みを浮かべて、ゆっくりと天龍は立ち上がる。だが、その間に攻撃はなかった。それを不審に思い、彼女は首を傾げる。そして、その意図に気付いた。

 

 ──その時、絶体絶命の窮地に立たされていた天龍の下へと一人の少女が駆け付けた。

 

 

  -◆-

 

 

「天龍も限界みたいだね」

 

 後方より飛来した駆逐艦の砲撃を見て、時雨は対空戦闘を続けながら呟く。

 遠くに見える天龍は疲弊し、膝をついている。なぜか敵の攻撃は受けていない様子だが、体力の限界が近いのは火を見るより明らかだった。

 

 その事に満潮はいち早く気付いていた。

 このままでは祥鳳だけでなく、天龍すら危険な状態になる。そう予見していた。けれど、助けには行けない。行きたかったが、大破している祥鳳の守りを薄くする訳にはいかなかった。

 

 仲間を守る為に戦っている満潮にとって、それは苦渋の選択だった。大破し、死にかけている仲間。敵に囲まれ、疲弊し切った仲間。そのどちらも満潮が助けたいと思う仲間であり、優先順位など付けたくもなかったが、しかし、満潮は祥鳳を守る為にこの場から動かなかった。それはひとえに時雨の見た夢を否定する為。抱いた不安を取り除く為だった。

 

 祥鳳さえ守れば、時雨の夢は予知夢などではなく、ただの夢になる。彼女が天龍よりも祥鳳を優先したのはそれだけの理由。──価値が等価なら意味合いを持つ方を優先させる。それは正しい判断だと自分を納得させる。

 

「満潮、自分を誤魔化すべきじゃないよ」

 

 時雨が言った。

 

「え……?」

 

「キミは素直じゃない子だけど、戦いに関してはいつも正直だった」

 

「いきなり何よ」

 

「皆を守りたい、誰一人切り捨てたくない──キミはそう思ってるはずだ。僕もそうさ。だから……二人で頑張ろう」

 

 そう言う時雨は空を睨みながら、口元だけに笑みを浮かべる。心中を見透かしたかのような事を言われた満潮は苦笑する。

 

 ──コイツは相変わらず人が一番指摘されたくない所を遠慮なしに刺してくる。まったく、堪ったもんじゃない。……でも、確かにその通りだ。その一点に関しては妥協したくない。

 

「時雨、ここは任せていい?」

 

「うん、任せて」

 

 二人は頷き合うと、祥鳳の手を引く青葉へと時雨は声を投げ掛ける。

 

「青葉、満潮を天龍の援護に向かわせたいんだ。許可してほしい」

 

「こ、この状況で、ですか!? そんな、今、満潮さんにいなくなられたら祥鳳さんの護衛が……!」

 

「わかってる。でも僕が満潮の分まで頑張るから、だから、許可してほしい」

 

 時雨の言葉を受けて、青葉は後方の天龍を一見する。疲労困憊な様子を見て、その要請が妥当であるとは思った。けれど──と、握っている祥鳳の手を感じる。痛々しい火傷が嘘のように冷たい手。温暖な気候なのに、その手は凍えるように震えていた。

 

 やはり優先すべきは彼女の安全だと青葉は判断する。

 

「すみ──」

「──行ってあげて」

 

 青葉の言葉を遮ったのは祥鳳だった。

 

「祥鳳さん、今のご自分の状態をわかってるんですか!?」

 

「わかってる。でも、私が生き延びても、代わりに誰か死んじゃったら、きっと辛いわ。だから、みんなでかえろう。ね?」

 

 火傷で張り詰めた頬を精一杯動かして、祥鳳は笑顔を作る。不格好な、しかし、懸命なその表情は慈愛に満ちていた。

 

「祥鳳さん……」

 

 そんな顔で言われた青葉に返せる言葉はなく、ただ頷いた。

 

「わかりました。満潮さん、天龍さんの援護をお願いします」

 

「ええ、了解よ。……絶対皆で帰りましょ」

 

 それだけを言い残し、満潮は陣形を出た後方に位置する天龍の下へと急行する。祥鳳を狙う航空戦力は高速で移動する満潮に目もくれず、彼女だけを狙い続けている為、その移動に邪魔はなく、異様なほどにあっさりと天龍の近くまで辿り着く事が出来た。

 

「天龍ッ!」

 

 近くに見えた彼女は煙にまみれ、その身体は傷付いているようだった。速力をあげ、満潮は天龍の眼前に躍り出る。そして、すぐさま天龍を取り囲んでいた駆逐イ級達へと砲口を向けた。

 

「……っ」

 

 だが、不気味なほど反応がない。

 その場に静止するイ級は攻撃や回避の準備をする事もなく、ただこちらを見つめるだけだった。

 

「なんで、こっちに来た」

 

 天龍が腹部を庇いながら言った。

 

「アンタを助ける為に決まってるでしょ」

 

「…………ッ」

 

 返答を聞いて、天龍は苦虫を噛み殺したような顔をする。

 

「何よ。私に助けられるのがそんなに嫌なわけ?」

 

「……違う。自分の馬鹿さ加減に嫌気がさしただけだ」

 

 天龍の言う事が理解できずに、満潮は眉間にしわをよせる。──その時だった。

 

「■■■■■■ッ!!」

 

 突如、七体の駆逐イ級が吠えた。

 低い反響音。鐘の音に似たその咆哮は何かの合図のようで、けれど笑っているかのようにも満潮には聞こえた。

 

「やられた」

 

 天龍が忌々しそうに呟く。

 

「ちょっと、どういう事よ!?」

 

「アイツ等、俺をエサに使いやがったんだ。仲間を犠牲にしてまで、わざわざ俺を生かしたまま接近し、本隊に近付いたところで俺を攻撃して被害を与え、本隊の中から援護を引き摺りださせる。手の込んだ釣り方だぜ、クソが……!」

 

 それを聞いて、満潮は空を見上げる。黒い影が隊形を組み直し、攻める用意をしていた。自分の血の気が引いていくのを、満潮は確かに感じた。

 

「敵の狙いは祥鳳ただ一人らしい。目障りな障害が一つ減って、やっこさんは大喜びみたいだな」

 

「私はまんまと誘き出されたってわけ……?」

 

「そういうこったな。わかったら、さっさと戻れ。……コイツ等に背中を撃たせねぇからよ」

 

 天龍はギラついた目で、行動を開始したイ級を捉える。イ級達はこの場に閉じ込めるように、二人の周囲をグルグルと周回していた。

 

「この包囲をどう突破すんのよ」

 

「俺が穴をあける。追撃もさせねぇさ。……なに、命を賭ければどうにかなる」

 

「なら却下ね」

 

 冷や汗をかきながらも満潮は即答する。

 

「私はアンタを助けに来たのよ。アンタに助けられるつもりなんかないわ」

 

「……お前、自分の言ってる事わかってんのか? このままじゃ祥鳳は死ぬぞ」

 

「彼女を助けようとすればアンタが死ぬわ」

 

「旧式の天龍型と小さいとはいえ空母。今後の戦局を考えればどちらを優先すべきかなんて一目瞭然だろうが!」

 

 天龍の一喝を受けて尚、満潮の気持ちは変わらない。

 

「私は誰にも死んでほしくないの。アンタは私が守るし、祥鳳は時雨が──皆が守るわ」

 

「……利口な考えじゃねぇぞ、それはよ」

 

 懐かしくも悲しそうな目をして天龍は言う。まるでかつての自分を見ているような気分になった。

 

「わかってるわよ。でも、やらないと。それが私の戦う理由なんだから」

 

 満潮の決意が宿った瞳を見て、天龍は口内に溜まった血を吐き捨てる。すっきりした口で言葉を紡ぐ。

 

「なら、やる事は一つだな。──俺達でコイツ等を片付けて、二人で祥鳳を守りにいくぞ!」

 

 天龍は折れた刀を肩に担ぎ、半端に破れたネクタイを投げ捨て、満潮は「そうこなくちゃ」と汗で張り付いた前髪をかきあげた。

 

 


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