艦これ Side.S   作:藍川 悠山

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「お前達は他の鎮守府に一時異動となる」

 

 結論から言ってしまえば満潮と時雨の両名は戦力外などではなかった。朝潮が言った通り、別の任務があっただけである。

 

「後で朝潮に謝らないとだね、満潮」

 

「うっ、うっさいわね」

 

 時雨は楽しそうに小声で囁き、満潮はバツが悪そうに悪態をつく。そんな二人の前に立つ秘書艦である戦艦 長門は「私語は慎め」とは言いつつも、さして咎める風でもない声色で釘を刺した。

 たしなめられて姿勢を正した二人を確認して、長門は背後に座る提督の言葉を代弁する。

 

「改めて説明するぞ。次期作戦であるMO作戦に向けて戦力の再編成をしているのは知っての通りだが、それはこの鎮守府だけの話ではない。MO作戦を共同で行う他の鎮守府を含めた全体的な戦力の再分配も並行して進めているんだ。我が鎮守府は戦いの主軸となるべく主力艦が多く所属しているが、それは戦力の一極集中とも言える。将来的に、更に拡大するだろう戦線を考慮し、試験的ながらこちら側から戦力を提供する事となった」

 

「それが私達という訳ね」

 

「その通りだ。他に青葉と衣笠が対象になっている。扱いは一時的な配属だが、戦況次第では正式な所属になる可能性がある事を承知しておけ」

 

 駆逐艦の両名は「了解」と返答する。それに頷くと、長門は満潮に一枚の指令書を手渡した。

 

「但しお前達二人にはもう一つやってもらいたい事がある。現在とある民間企業の工廠にて改装を受けている艦娘二名をお前達が配属する事になる鎮守府まで護衛し、無事に送り届けてほしい」

 

 長門の言葉を受け、満潮は渡された書類に目を通す。護衛する旨を確認し、そして護衛対象の名称に目を向けた時、不意に息を呑んだ事を満潮は確かに自覚した。僅かに見覚えのあるその名称。既視感に似た違和感が脳裏をかすめる。

 

「扶桑型……戦艦……」

 

 呑み込んだ息を吐くように言葉を紡ぐ。微かに聞き覚えもあるこの名称。けれど、どこで聞いたのか、そもそも本当に聞いたのかすら判別が付かないわだかまりを満潮は感じた。

 その言葉に反応したのは満潮の隣に立つ時雨も同様だった。一瞬だけ肩が強張る──ただそれだけの反応だったが、そんな刹那の緊張を長門は見逃さなかった。

 

「どうした二人とも。何か問題があったか?」

 

「……なんでもない、です」

 

 満潮は違和感を振り払う。強烈に感じたわだかまりは瞬く間に氷解して、気付けば腑に落ちたようにこの名称を受け入れていた。

 

「…………」

 

 隣に立つ時雨だけが噛み締めるようにゆっくりと瞳を閉じた。一秒ほどの沈黙を経て瞳を開ける。

 

「長門秘書艦。質問よろしいでしょうか」

 

「ああ、構わん」

 

 時雨の問いに長門は応じる。

 

「彼女達は満足に戦える状態なんでしょうか。扶桑型戦艦は多くの問題を持っていたはずですが」

 

「確かにお前が言う通り扶桑型は様々な問題を抱えているが、それを解消する為の改装を現在行っている。多少曰くつきとはいえ戦艦ほどの戦力を遊ばせておく余裕がなくなったという事だ。……しかし、よく知っているのだな、扶桑型の事を」

 

「…………以前、偶然に調べた事があったので」

 

「ほう」

 

 戦艦級の情報は一介の駆逐艦には公開されていないはずなのだがな──と、長門は心中で呟く。懐疑の眼差しを時雨に向けるが、しかし、その眼差しを真っ向から受け止めて、彼女は澄み切った青の瞳で見つめ返す。その瞳は“やましい事など一切ない”と語っていた。故に長門は嘆息を吐く。

 

「まあいい。いずれにしろ扶桑型は既に戦力として数えられている。今更覆す事は出来ん」

 

「……了解」

 

 そうして時雨は口を噤む。普段と異なる雰囲気に満潮が怪訝な目を向けていたが、それも無視して目を伏せた。

 

「出撃は明朝。わかっているとは思うが、小規模の艦隊になる為、指令書に指定されている近海の安全な海路を進むように。旗艦は満潮が担当しろ。お前の視野の広さと秀でた護衛能力を提督は高く評価している。時雨共々、なぜ自分達がこの任務を任せられたかをしかと考えて行動してほしい。以上だ」

 

 長門の言葉に二人は敬礼で応じると、提督室から退出していった。部屋に残るは提督と長門、そして秘書補佐の大淀のみとなる。

 

「大淀、彼の鎮守府に一報を頼む。『重巡洋艦 青葉及び衣笠の両名は本日正午より出立。駆逐艦 満潮及び時雨は明朝より出立予定』と」

 

 大淀は頷き、打電を始めた。それを確認した長門は続いて提督へ目を向ける。

 

「提督、やはり彼女も特殊な艦娘だ。本来知り得ない情報を知っている。一度強引にでも問いただすべきでは──」

 

 提督は言葉もなく静かに首を横に振る。

 

「そうか。お前はあくまで彼女達自身の意思に委ねると言うのだな。承知した。ならば私はその意思を尊重しよう」

 

 戦艦 長門はそこでようやく肩の力を抜いた。

 

 

  -◆-

 

 

 提督室を出た満潮と時雨の二人は異動の準備をする為、駆逐艦寮を目指して歩を進めていた。耳を澄ませば未だ再編成された艦隊の内容にざわめく艦娘達の声が聞こえてくる。二人が一歩歩くごとに、その声は遠ざかった。

 

「朝潮の言った通りだったね」

 

「なにがよ」

 

「キミの価値に提督は気付いているってさ」

 

「ああ……、まぁ、そうね。間違ってたのは、確かに私だったわ。後でちゃんと謝っとく」

 

 反省は素直に受け止める。満潮という少女はとかく自分に厳しい故に自戒する時だけはいつだって実直だった。

 

「キミのそういう所、すごく素敵だね」

 

 時雨は言う。“そんなキミが好きだ”と、臆面もなく、深い思慮も特別な感情もなく、ただ素直にそう思ったから、その言葉を口にする。今や聞き慣れた時雨の綺麗な言葉──けれど、やはり慣れたからと言って平気な顔など満潮には出来なかった。

 

「アンタのそういう所、すごくズルイと思うわ」

 

 少しだけ紅潮した顔を背けて、満潮はいっそ忌々しく呟いた。対する時雨は満潮の言葉の意味がわからず首を傾げる。それを横目で確認した満潮は、自覚がないから始末が悪い──と溜め息を吐いた。

 溜め息を吐いて落ち付いた満潮は、ふと視線を時雨へと投げ掛ける。

 

「……それよりアンタ、扶桑型戦艦に覚えがあるんじゃないの。変だったわよ、さっきのアンタ」

 

「…………キミ相手に誤魔化しても意味ないか。うん、あるよ。夢で何度も、鮮明に、見続けてきた相手だ」

 

「ふぅん、そう。ならいいわ」

 

 自分から聞いておいて、満潮はあっさりと引き下がる。

 

「深く聞かないんだね」

 

「興味ないもの。今ここにいる私達が本当よ。前世がどうだったかなんてどうでもいいわ」

 

「あはは、白露も似たような事言ってたよ」

 

「あんな一直線一番バカと一緒にしないでくれる?」

 

 そう言う満潮も僅かに笑みを浮かべる。

 

「でも、そうね。一つだけ聞かせて」

 

「うん、どうぞ」

 

「──『駆逐艦 時雨』にとって、彼女達はどんな存在だったの?」

 

 満潮の問いに、時雨は少しだけ考える。断片的な記憶の中で、唯一完全な形で記憶するその姿を幻視して、瞳を閉じた。

 

「──忘れる事の出来ない存在……かな。曖昧な夢の中で、彼女達だけは残酷なまでに美しかったから」

 

「……そう」

 

 喜びと悲しみが入り混じった表情で言う時雨を見て、満潮はただそれだけの言葉しか返せなかった。

 

 


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