13
MO攻略作戦失敗から三日。祥鳳を失った西方の鎮守府は活気を取り戻しつつあった。商船改装空母 隼鷹の配属という新たな風を受けて、彼女がいない日常に慣れていった。
寂しいようで、しかし、それは正しい心の移り変わり。人が生きる為に必要な順応だった。
その中で時雨は満潮と共にいた。
動き易い運動着を着た二人は鎮守府内に設けられている道場で組手を行っている。縛りのない自由組手。艦娘には重要度の高くない近接格闘術を競い合う。
小柄な満潮の拳が時雨に飛ぶ。それを手で払って、時雨は顎を狙い掌底を放つ。満潮は反射的に後退し、回避すると再度踏み込む。摺り足からの体重移動。そこから流れるような動作で後ろに引いた腕を突き出す。模範的な正拳突き。対する時雨は息を呑み──
「……フッ」
──そして息を吐いた。
身体を逸らし、正拳突きの打点から逃げると、こちらも踏み込む。突き出すのは手のひら。満潮の胸を捉えたそれは容易く彼女の体を後ろに転ばせた。
なんてことのない押し出し。難しい技術などない単なるプッシング。だが、二人の体格差を考慮すればそれは当然の結果だ。身長と体重の差はそのまま武器となる。それを理解している時雨は容赦なく活用した。
尻もちをついた満潮の頭部へと蹴りを繰り出す。横から薙ぐ鞭のように素早いキック。察知した満潮はすかさず顔を引く。目と鼻の先を爪先が掠めたが、辛うじて回避に成功した。しかし、息を吐く暇もなく、通り過ぎた足が戻ってきた。今度はかかと落とし。大きく振り上げられた足が落ちてくる。満潮はへたり込んだ腰を力任せに浮かせて床を蹴り、更に後方へと転がり込んだ。
「っ……」
間一髪、かかと落としを避けた満潮は顔をあげ、体勢を立て直す。眼前の時雨は呼吸を乱さず、振り下ろした足を後ろに引き、構えを取る。静水が如き振舞いに隙はなく、どこから攻めるべきか判断が難しい。故に一石を投じる。今は見えずとも、攻防の中に隙は必ず生じる。満潮はそこを狙う。
一瞬の脱力。けれど、次の瞬間には駆け出す。
僅かな助走の後、時雨へと飛び蹴りを放つ。そのような大技を正面から見ていて避けられないはずはない。時雨は勢いに任せたその蹴りを避け、無防備を晒す空中の満潮の脇腹に掌底を振り下ろした。
「か──っ」
苦悶と共に満潮は床に叩き落される。受け身は取ったが、その衝撃に顔が歪む。そんな歪んだ満潮の顔を目掛けて、時雨は足を振り下ろす。──だが、この時を満潮は待っていた。
攻撃の瞬間には必ず隙が生じる。
片足を振り上げた今、もう片方の足は動かない。なれば、それこそが隙に他ならない。
床を蹴り、コマが回転するかのように体を回す。末端の爪先は時雨の体を支える片足を薙ぎ払い、その身体が傾いた。咄嗟の機転で振り上げていた足を戻し、時雨は倒れる事なく着地するが、それでも体勢は崩れ、静水にも乱れが生まれる。
回転の勢いのまま起き上がった満潮はそんな時雨へと肉薄する。時雨もまた彼女を迎撃した。先手を取って下段蹴りを打つ。蹴りが直撃した満潮の細い足は、しかし、崩れずその場に踏み止まった。踏み止まった足から力は波及し、上体に伝わる。練り上げた力を呼吸と共に満潮は打ち出す。
「くっ」
放たれた正拳突きは時雨の腹部を捉え、初めて苦悶の声を漏らさせた。
打たせて打つのが空手の正道。忍耐の武道である事こそが空手の本質だ。それは満潮の気質と合致する。だがしかし──
「……あ」
──次の瞬間に意識を刈り取られたのは満潮だった。
正拳突きが時雨を捉えたのとほぼ同時に、満潮の顎を衝撃が襲った。それは時雨の蹴り。満潮の攻撃を察知した時雨は下段蹴りを放った足を戻す事なく、そのまま顎へと走らせていた。ここでも体躯の差異が有効となる。同等の相手には届かなかっただろう急ごしらえのハイキックは背の低い満潮の顎を的確に打ち抜き、意識を奪うのに十分な衝撃を与えたのだった。
忍耐の武道であるのなら、それは時雨にも合致する。
積極的に打ち込まず、機会を虎視眈々と窺うそのカウンタースタイルもまた忍耐の技。対象的な両者だが、その本質は同質。実力もまた切迫したものだった。差があるとすれば、やはりその体格の差であり、勝敗を別ったのはそれだけの差である。
-◆-
「負けたわ」
道場の畳で大の字に寝転びながら満潮が言った。
胸を上下させて、全身に汗が滲む。運動した身体は心地良く疲労して酸素を求めている。これで勝利を得ていれば文句はなかったが、しかし敗北は敗北で悪くなかった。
そんな満潮の隣に立つ時雨が彼女を見下ろす。
「体格差があるのによくやった方だよ」
「勝ったアンタに言われても嫌味にしか聞こえないわよ」
もっとも嫌味で言っていないのは重々承知していたが。
「しかし、どうしていきなり組手なのさ。訓練なら艤装を着て、海上で模擬戦をした方が僕等の戦いとしては有益だと思うけど」
組手をしようと提案したのは満潮だった。とはいえ先に訳を聞かずに「いいよ」と即答した時雨の方がどちらかと言えばおかしい。
「……別に、なんだか無性に誰かを殴りたくなっただけよ」
「それはまた酷い理由だね」
「嘘。ホントは殴られたかったの」
「それは自責の念から?」
「そうね。それもあるけど……、一度すっきりしておきたかったからかな。殴って殴られて、こうやって汗をかいてさ。全部出しておきたかったのよ」
「ふふっ」
「なんで笑うのよ」
「いや……、すごく青臭い事を言うものだからさ。こういうのを青春って呼ぶんだね」
「ぬ……」
自分が恥ずかしい事を言っているのに気付いて満潮は赤面する。だが、恥ずかしさから顔を背ける事はしなかった。自分から出た言葉を素直に受け入れる。
「まぁ……そうなのかも。大人ぶっていたけど、やっぱり私はまだ子供なのよね。……悪いわね、アンタに甘えちゃって」
「ううん、気にしないで。僕だって子供さ。互いに甘えて、支え合っていこうよ」
「ええ、ありがと」
「あははっ」
「なんでまた笑うのよ」
「満潮も素直になったなぁ……って思っただけだよ」
中央の鎮守府にいた時とは大違いだ──と、時雨は笑った。そう言われた満潮は不服そうにしながらも、渋々それを認める。
「だいたいアンタの影響よ。アンタと寝食を共にするようになったせいでアンタの毒素が移ったのよ」
「キミ、今すごい酷い事を言っているからね?」
毒扱いは酷いなぁ──と頬を膨らませる時雨を見て、満潮はようやく一笑を零す。その笑みを見て時雨も笑う。仲間の死を乗り越えた二人の笑顔を陽光が照らした。
その時──
『ぴんぽんぱんぽーーーん! お知らせでーす! 中央の鎮守府からお越しの駆逐艦 満潮ちゃんと時雨ちゃん! 提督室でご主人様がお待ちですので、三十分以内に提督室までお越し下さい! 繰り返します──』
──そんなお気楽な声で放送がなされた。
二人は互いの顔を見合わせて、「なんだろう?」と同時に首を傾げる。漣の言動にもすっかり慣れた二人であった。
「とりあえずいってみましょ」
「待って満潮」
提督がお呼びならばと、さっさと立ち上がった満潮を時雨が制する。
「なによ」
「このままで行くつもりかい?」
自分達の身体を指差しながら時雨が言う。
着崩れた運動着と汗にまみれた肢体。およそ格上の相手に会える状態ではなかった。
「……そうね。まずは汗を流しましょうか」
「うん、急ごう」
時雨も立ち上がり、満潮の後を追う。
そうして二人は隣に併設されたシャワー室へと向かった。
-◆-
汗を流し、自室で制服に着替えた時雨と満潮は提督室へ移動した。ノックの後、許可を得ると重い扉を開けて入室する。中ではゴトウ提督が執務机に向かって書類を整理している最中であった。
「来たかね」
二人の来訪に頷きながら、ひとまず書類を一纏めにし、机の端に寄せると改めてゴトウは向き直った。
「何かご用でしょうか、提督」
「ふむ。相も変わらず君は堅苦しいな、満潮君。もっと楽にしたまえ」
「提督、満潮にとってはこの方がやり易いんだよ。わかってあげて」
上下関係ははっきりしていた方が満潮には好ましかった。真面目の化身たる姉──朝潮譲りなのか、彼女は礼節を重んじるタイプである。
「そうか。作戦も終わった今、嫌な事を強制する訳にもいかんな。承知した。そのままにしたまえ」
ゴトウは納得して、更に言葉を続ける。
「さて、君達を呼んだのは中央から辞令が下ったからなのだ」
「辞令ですか?」
「うむ。君達はMO作戦攻略の戦力として一時預かりにあった身だが、中央の鎮守府からの要請で戻ってもらう事になった」
「それは、僕等が中央の鎮守府に戻るって事?」
「そうだ。四日後にはここを発ってもらう。各々準備を進めておいてほしい」
「…………」
「…………」
突然の知らせに二人は言葉を無くす。
てっきりこのまま、この西方の鎮守府に所属する事になると思っていた。戦力が潤沢にある中央は特別自分達の力を必要にしていないはずだと、自分達を卑下する訳ではなく正当な判断でそう断じていた。故にその辞令は意外なものだった。
「返事はどうしたのかね?」
「は、はい! 了解しました!」
「同じく了解」
とはいえ拒否する理由のない二人は承服する。ただ扶桑達と離れてしまう事は、時雨にとって寂しい事実だった。
「……一つ聞きたいのだけど、提督は僕等が呼び戻された理由を知っていたりするのかな?」
時雨の問いを受けてゴトウは顎先を撫でる。
「さてな。私は何も聞かされていない……が、要望を出してきた中央の提督殿から伝言を頼まれている。『教えておきたい事がある』、奴はそう言っていた」
「教えておきたい事……」
反芻するも、その意図はわからない。けれど、自分の求める解がそこにある予感があった。時雨はその言葉を受け止め、一考した後に口を開いた。
「提督、その伝言に倣う訳じゃないけれど、話しておきたい事があるんだ」
時雨の発言に隣に立つ満潮が反応した。時雨に視線を向けて意思を確認する。満潮の視線に彼女は小さく頷いた。
時雨が語ろうとする事は運命の存在。
祥鳳の死。龍田の予感。青葉の言葉。それを経て至った抗うべき運命の存在を報告しようと思った。過去の記憶を夢見る時雨には、この先にどれだけの犠牲が生まれるかが漠然とわかっている。故に行動に移さなければならない。運命を回避する為、或いは打開する為に。それがきっと自分が幼い頃から地獄を見続けた意味だと思って。
「聞こう」
二人の表情が固くなったのを見て、ゴトウは眼光鋭く目を細める。
「僕は夢を見たんだ。MO作戦前日の夜、かつての珊瑚海を夢に見た。そして、その夢の中で祥鳳が沈んでいた。その時はただの夢だと思ったけれど、知っての通りそれは現実になった。まるでかつての運命に導かれるように。……根拠はないけど、確信があるんだ。艦娘はかつての艦艇と同じ結末を辿るって」
その言葉にゴトウの眉が動く。
「……にわかには信じがたいが、偶然ではないのかな? たまたま君が見た夢に現実が符合しただけの可能性は十分にあるだろう。戦場には死が蔓延っているのだからね。そもそも君の夢が過去の出来事だという証明はどこにある?」
ゴトウの疑問を受け、満潮が口を開く。
「それは私が証言します。作戦の前、時雨からその夢の内容について相談を受けました。それに時雨がかつての艦艇の記憶を見ている事は、以前から知っていました。私達が親しくなったのも、時雨が過去の駆逐艦 満潮を知っていたからで……! ……それを信じるかは提督次第なのですが」
「ふむ」
時雨が過去の記憶を見る。その特異性をひとまずゴトウは受け入れた。それを加味した上で言葉を投げ掛ける。
「……君達がこんな嘘を言う子だとは思わんよ。だが、それを主張してどうしたいのかね?」
「艦娘がかつての艦艇と同じ運命を辿る可能性があると、他の鎮守府や大本営に報告をお願いしたい」
時雨の提案に、ゴトウは頷かない。
「それは構わない。出立までに論文を纏めて提出したまえ。そうすれば上の連中に報告しておこう。……しかし、そのようなオカルトを信じる奴などおらんよ。信憑性の薄い雑多な意見と処理されるのがオチだろう」
「…………」
その言葉を素直に受け止めた。
時雨にもそれが荒唐無稽であるのはわかっている。論拠はない。信じられるのは自らの感覚だけ。全てを偶然で片付けられる事を他人に説得するには、事実がまるで足りていない。
上層部に報告する事は現段階において無意味だろう。それを理解しながらも、他にできる事が思い付かない。
「それでも君はどうにかしたいのだね?」
ゴトウが問う。時雨は頷いた。
「運命を甘受しないと言うのだね?」
「僕は、あんな運命を受け入れない。絶対に」
思い出すのは弾けた肉塊。黒の海に浮かぶ紅蓮の華。無数に広がる圧倒的な死の軍勢。地獄の具現に沈んでいく仲間達。あんな光景を現実にするなど、断じて許容できるはずもない。
時雨の一言に込められた想いを見抜いたゴトウは愉快そうに口元を歪めた。彼女等が言う運命の存在の真偽は知れないが、その真剣な眼差しを受けて背中を押さぬは大人の恥。なにより前途ある若者の決意に満ちた姿ほど見ていて気持ちのいいものはない。
故にゴトウは言葉を贈る。
「ならば尽力する事だ。一つ一つ自分の及ぶ範囲で力を尽くせ。その積み重ねが未来を作るだろう。君が特別だというのならば尚更だよ。運命を変えるのは、きっと未来を夢見る者なのだからな」
「未来を夢見る……?」
「そう。人の意思というのは善し悪しを問わずに強大だ。それは時に不可能を可能にする事だってある」
そう言ったゴトウは肘かけのコンソールを操作して、座る車椅子を後ろに下げる。背後の窓に密着すると、遠くなった二人に向かって不敵な笑みを浮かべた。
時雨と満潮は意図がわからず困惑する。
執務机から車椅子で後ろに移動したゴトウ。机との距離は三メートルほど。距離を確認したゴトウはおもむろに立ち上がった。
同時に二人は息を呑んだ。ゴトウの下半身は筋力が衰え続ける原因不明の奇病に蝕まれていると山城から聞いていた。だが、彼はしっかりと自分の足だけで立ち上がったのだ。
「私の病を診て匙を投げた医者は言ったよ。……どれだけ努力しようと、もう二度と自力で歩行する事はできない。それが私の運命だと」
ゴトウは一歩踏み出す。足はほとんどあがらない摺り足のような小さな一歩。けれど、それだけで全身から汗が噴き出した。毎日欠かさずリハビリを課していたにも関わらず、嘘のように足は動かない。彼に告げた医者の言葉は決して間違ってはいない。しかし──
「──だがな、運命など誰かの決めつけだ」
歯を食いしばって二歩目を踏む。バランスが崩れ、倒れ込みそうになったのを必死に堪えて二歩目を歩み抜く。続けて三歩、四歩とゼンマイで動くお粗末な出来のブリキ人形が如く、その不格好な歩みを二人に見せつける。
「それが医者の決めつけだろうと、この世界が決めつけた事だろうと差異はない」
ゴールに定めた執務机が近付く。足が無意識に焦った。もつれかけた足を強引に前に出す。規則性などない千鳥足に近い不安定な歩行。時雨と満潮は何度も手を出そうとしたが、その度にゴトウの鋭い眼光に威圧され、動けなかった。
自分達より何倍も生きている大人が浮かべる必死な形相は、強烈な印象と共に胸を打つ。そこに余裕はなく、ただただ歩けない足を動かす為だけに全力を尽くす男の姿があった。
「気に入らない運命なぞ、全部まとめて蹴り飛ばしてしまえ!」
最後の力を振り絞った叫びと同時に、ゴトウは崩れるように執務机へと辿り着いた。もう動かない下半身を、机に手をつく上半身だけで支えて、眼前まで近付いた二人に顔を向ける。その顔はいつか見た悪戯っ子みたいな笑顔だった。
「どう……かね? 見ていてハラハラしただろう……?」
それは激励。意思を示した若者に贈る先人のエール。運命は変えられる事を実践し、彼女達に指針を与える為に見せた大人の意地だった。
汗を流し、胸を激しく上下させるゴトウを見て我に返った二人は車椅子を回収し、疲労困憊の彼を座らせる。その際に触れた足は、やはり枯れ木のように細く弱々しい。こんな足で歩いた彼に二人は心からの尊敬を抱いた。
「ありがとう、提督。僕のするべき事が見えた気がしたよ」
「うむ。だが一人で気張る必要はない。頼れる友がいるのなら、それに頼るのもよかろうよ」
満潮に視線を向けて言う。
時雨はそれに頷き、満潮もまた頷いた。
「ではゆくがいい。私は少し疲れたのでな」
ゴトウに促され、二人は力強く敬礼をすると提督室から退出していった。残されたゴトウは一人、汗が伝う頬を拭う。
「運命など蹴り飛ばせとは、私も大した強がりを言ったものだな」
細い両足に震える両手を置く。
その実、自分が歩けた事に最も驚いていたのは彼自身だった。
やり切れたのは誰かが見ていたから。女の子に格好悪い所を見せたくなかったから。恐らくそんな瑣末な理由。
「ふっ、単純な男だな私は」
自分を笑う。だが、その笑みは自らの呟きで消えていった。
「しかし、艦娘がかつての艦艇と同じ運命を辿る……か。よもやあの若造は──」
-◆-
提督室を出た満潮と時雨の二人は通路を歩く。
「それでどうするわけ?」
「どうするって何が?」
「いや、やるべき事が見えたって言ってたじゃない」
「するべき事が見えた気がしただけで、具体的に何をすればいいかなんてわからないさ」
「はぁ? 何よそれ」
「でも、僕にも戦う理由ができたよ。──僕は艦娘の運命を変える為に戦う」
どうすればいいかはわからないけれど指標はできたと、時雨は拳を固める。戦いに関して確固たる意志を持たなかった時雨に、ここで一つの志向性が生まれた。
かつての艦艇の記憶を夢見る彼女が自問し続けた自分の特異性の価値。その答えを得られた気がした。
「運命を変えるなんて大きく出たわね。絵物語の主人公みたい」
「そんなつもりはないさ。けど、運命の存在を知った上で、何もせず傍観できるほど僕は潔くないんだ」
「はっ、アンタが諦め悪い事くらい知ってるわよ。……それじゃあ私も付き合ってあげるわ。運命が艦娘を殺すなら、それを変える事が私の戦う理由とも繋がるしね」
満潮は仲間の為に戦う。誰一人死なせない為に戦う。運命が誰かを殺すのならば、彼女は運命にだって立ち向かう。
「ありがとう満潮。とっても頼もしいよ」
「ふんっ、当然でしょ。ま、中央に戻っても一緒に行動できるかはわからないけどね」
今は特務隊として一緒だが、その役目を終えた今、同じ隊に所属するかはわからない。着いた途端、別行動を強いられる可能性だって無論存在する。
「そこのところは中央に戻ってみてから考えるよ。提督の『教えておきたい事』っていうのも気になるし。……僕の勘では提督は何かを知っていると思うんだ」
「そもそも作戦を立案したのも、私達をこっちに送ったのもあの人だもんね。祥鳳の死を予見してここの戦力を増強したのなら、私達の運命に関してより多くの事を知っているのかもしれないわ」
「それこそが提督の『教えておきたい事』なのかもね。……とにかく僕等は知る必要がある。どうすれば運命を変えられるのかを」
そうね──と、満潮が頷いた瞬間、彼女の腹の虫が鳴った。咄嗟に腹部を押さえるも事既に遅し。その空腹の合図はばっちり時雨に聞かれていた。羞恥に顔が歪む。
「そういえばそろそろお昼過ぎだね。激しい運動もしたし、僕もお腹が減ったな」
「笑いなさいよ。緊張感のない私のお腹の虫を笑いなさいよ!」
「あははははっ──イタッ」
言われた通りに時雨は笑ったが、即満潮に頭を殴られた。
「うぅ……笑えと言ったのはキミなのに、どうして殴るかな」
「ホントに笑うアンタが悪いわよ」
「僕としてはちょっとした冗談のつもりだったんだけど、殴られるとは高くついちゃったな」
「アンタ、私にはホント意地悪よね」
「それだけ信頼してるんだよ」
「はぁ……簡単に言ってくれるわね」
しかし、その言葉が嘘じゃない事は満潮が一番よくわかっていた。
「さぁ、食堂に行こう。何をするにもまずは腹ごしらえをしないとね」
そう言って時雨は満潮の手を引く。
繋がれた手と手は互いに体温を交換し、温かさを以て感触を実感させる。
この先も彼女の温かさと一緒にいられる事を願って、満潮は引かれる手に抗わず、前に一歩その足を踏み出した。