艦これ Side.S   作:藍川 悠山

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「今宵は隼鷹さん歓迎会&満潮ちゃんと時雨ちゃんの送別会にご出席頂き誠にありがとうございまーす! イエーイ! 盛り上がってるーぅ!? ……よっしゃ、元気のいい返事は主賓である隼鷹さんくらいしかしてくれなかったですが、まあ主役が盛り上がってれば万事オッケーですよねー! アハハー! 司会はわたくし、皆さんご存じ秘書艦の漣が務めさせて頂きます! うるさい? やかましい? 漣的にはそれ褒め言葉なんで、はい残念。真夏の夜に耳元を飛ぶ蚊だと思って我慢してくださいませませ! 料理と飲み物はぜーんぶご主人様のお財布から清算しましたので、皆さま遠慮なさらずお好きなだけお楽しみくださいねーっ! はいはい、それでは皆さまグラスをお持ちいただけましたかー? おっとまだ飲まないでくださいよー? ──って、はいそこの主役ぅ! そうそうアナタです、ア・ナ・タ。お酒が大好きなのは知っていますが、ここは自重してくださいねー? はーいよくできました。ではでは改めましてぇ…………かんぱーーーいっ!!」

 

 ガラス同士がぶつかる小気味よい音が会場に反響する。それを皮切りに喧騒が広がった。

 

 場所は鎮守府内の食堂。そこで歓迎会及び送別会を称した宴会が繰り広げられている。昼間に満潮と時雨が中央の鎮守府に異動する事を知った艦娘達が、その日の夜に催したイベントだった。

 

 主賓である隼鷹、満潮、時雨の三人だけに席が設けられた立食パーティ。彼女達の席を中心に豪勢な肉料理と惣菜が並べられ、ジュースから酒類まで飲料関係も取り揃えられている。普段はあまり食べられない豪華な料理に舌鼓を打ちながら艦娘達は談笑に花を咲かす。

 

 華やかな光景を眺めながら、会場の隅で山城は発泡酒に口をつける。

 

「先の作戦に敗北して犠牲も出たのに、こんなどんちゃん騒ぎをしていいわけ?」

 

「えっと……、あれからそれなりに時間も経ちましたし、新しく配属された隼鷹さんの歓迎会をしないのも可哀想ですからいいんじゃないでしょうか。気持ちの切り替えも大切ですし、祥鳳さんもきっと許してくれますよ」

 

 隣にいた古鷹が苦笑混じりに返答する。そんな彼女はオレンジジュースを両手で持って、ちびちびと口にしていた。

 

「あなたはこんな隅にいていいの? わたしの隣にいても楽しくないでしょう」

 

 なにやら盛り上がっている中心部を指差して山城は言う。

 

「いいえ、そんなことないです。私は騒ぐのが得意じゃないので、こうして遠くから眺めているくらいがちょうどいいんです。かと言って一人も嫌なので山城さんの隣は落ち着きます」

 

「ふぅん、そう。まぁ気持ちはわかるけど」

 

 山城もこういう席での盛り上がりは苦手だ。どうしても勢いに任せて楽しむという事が出来ない。空気が読めないと言われようがこればっかりは仕方ない。

 

「でも、お誘いを断りはしないのねぇ?」

 

 ワインを片手に龍田が二人に歩み寄る。

 珍しいものを見たような顔を山城は浮かべた。

 

「療養中で参加できない姉様が代わりに行ってほしいと仰ったから来たまでよ。……にしても意外ね。あなたが参加してるとは思わなかったわ。天龍は来ていないのでしょう?」

 

 内臓がやられているのに立食パーティなんて来れないものね──と山城は続けた。龍田もそれに頷く。

 

「ええ。けれど、私はアナタほどお姉ちゃんにベッタリでもないの。天龍ちゃんがいなくても楽しそうな場所には顔を出すわぁ」

 

「ふん。そう言うくせに一番盛り上がっているところには行かないのね。ほら、わざわざ会場の隅になんて来ないで、中心でやってる酒飲み大会にでも参加してきなさいよ」

 

 会場の中心部。つまり主賓の席では新参者の隼鷹が発起人となって、誰が一番酒を飲めるかを競い合っていた。参加者は主賓の三人と加古、衣笠、龍驤、その他に食堂のおばちゃんや常任医師など。実況は青葉、解説は漣が担当していた。脱落者は今のところビールを一口飲んだだけでぶっ倒れた満潮のみである。

 

「ふふっ、ああいうのは見ている方が楽しいもの」

 

 それは山城も古鷹も同感だった。

 

「でもまぁ天龍ちゃんがこの場にいたらもっと楽しくなったのに」

 

「あの眼帯、お酒に強いの?」

 

「すごく弱いわぁ。けれど負けず嫌いだから顔を真っ赤にして頑張ってたと思うの。あぁ……、想像しただけで可愛い」

 

 妄想を肴に龍田はワインを飲む。そして艶美な表情で恍惚とした。

 

「あなたの愛は歪んでるわよ」

 

「知ってるわぁ」

 

 即答する龍田に、救いようのない女ね──と山城はドン引きした。その隣の古鷹は苦笑いを通り越して、可哀想にも震えていた。

 

 そんな折、中心部から実況である青葉の声が聴こえてきた。

 

「おおーーーっと!! ここで加古選手が眠気に負けて脱落です!! 解説の漣さん、彼女の敗因はなんでしょうか?」

 

「そうですね。加古さんはお酒には強いんですが、睡眠欲にはまず勝てない人なので、えー、まー、はっきり言って今が夜だったのが敗因ですね」

 

「はいっ、身も蓋もない解説ありがとうございました! すみませーん、誰か彼女をお部屋まで運んであげてくださーい!」

 

「あっ、私が行きます」

 

 加古が眠ったと聞いて古鷹が中心部へと走っていった。そうして加古を背負って会場から出ていく。出入り口付近で一度山城達の方を見て会釈すると、そのまま艦娘寮に向かった。

 

「彼女も大変ね」

 

 山城はそう零して、中心部に目をやる。早々に潰れた満潮に対して時雨は次々と出されたグラスを飲みほしている。見た感じ、まだまだ余裕がありそうだった。

 

「あの子、お酒に強いのね」

 

 龍田が呟く。感心しているというよりかは驚いている様子だった。

 

「わたしも初めて知ったわ。……というより、時雨は思いっ切り未成年だけどいいのかしら」

 

「こういう時は無礼講でしょう。それに万が一アルコール中毒になっても艤装の自浄作用で治療できるらしいから安心よ」

 

「いや、法的な意味ではダメでしょ」

 

「艦娘に人権なんてないわ。人でないなら法なんて関係ないでしょう」

 

「艦娘も人間よ。その人権は保障されている」

 

「強制的に戦わせられる事以外はね」

 

 使命の為だなんだと言っても、自ら戦い始めた者などいない。そう意識付けたのはやはり社会だ。『深海棲艦と戦えるのは艦娘のみ。だから戦わなければならない』──その印象を与えたのはこの世界であり人々の総意。それはどう綺麗事を並べようと、個人の善性に付け込んだ脅迫に相違ない。

 

 誰もが普通の幸福を望みながら、それでも戦わざるを得ないから戦っている。──艦娘ならばこの言葉を否定できるものは少ない。戦わなくてもいいと言われれば戦いをやめる者がほとんどだろう。それは無論山城もだった。

 

「……嫌な事言うのね」

 

「事実だもの。まぁ愚痴の一つと思って聞き流して」

 

 そう言って龍田はワインを口に含み、ゆっくりと嚥下した。

 

「けれど、あの子は違うわ。強制されなくても、今の彼女は戦う事を選ぶでしょうね」

 

 時雨を指して龍田は不明瞭な事を言う。ただ山城にはその意図がなんとなく理解できた。

 

「アナタはそれをわかってあげる事ね」

 

「…………」

 

 飲みほしたグラスをテーブルに戻すと、彼女は山城の傍から離れていく。

 

「じゃあね、戦艦さん。もう十分に楽しんだから私は退散するわぁ」

 

 振り返る事もなく言い残して龍田は去っていった。言いたい事だけを言って去った彼女の背を睨みつけながら山城は沈黙する。そして飲みかけのグラスを置いて、会場の喧騒から逃げるように外を目指した。

 

 

  -◆-

 

 

 飲み比べもいよいよ佳境に迫っていた。

 加古に続いて衣笠を含めたほとんどの参加者が脱落し、残りは隼鷹、龍驤、時雨の三人。もう既に相当量のアルコールを摂取しており酔いが回っていない者などいない──はずにもかかわらず、未成年である時雨だけが顔を赤くする事もなく、最初から一切変わらぬペースで酒を飲んでいた。

 

 そんな時雨を見て、刺々しい髪を振り乱しながら新しく配属された軽空母 隼鷹が豪快に笑う。

 

「アハハハハッ! ヤバいよぉ、先輩。アタシ等、初めてお酒を飲んだっていう駆逐艦に負けそうだよぉ?」

 

「んあ……、うっさい。ウチはもうとっくのとうに限界やっちゅうねん。あとは……キミに任せるわ。あ、負けたら明日の訓練量、倍やからね」

 

「うえぇぇぇっ、そりゃないよ先輩!?」

 

「……気張りや」

 

 最後にその言葉を振り絞ると龍驤は机に伏した。そして、もうこの夜中に起き上がる事のない深い眠りに付いた。

 

「はいっ、龍驤さんもダウンです! 解説の漣さん、もうここまで来ると敗因も何もありませんね!」

 

「ですね。これより先は小手先のテクニックなど通用しない修羅の領域。どちらがよりアルコールジャンキーであるかが勝敗を別つと言えるでしょう」

 

「なるほど。しかし、時雨さんは今日が初めての飲酒という話ですが……あの平静ぶりはどうでしょう? 解説の漣さん的にはブラフと見ますか?」

 

「ええ、そこが難しいですよね。あの子、腹芸が得意そうなので漣的にはブラフの可能性が高いと思いますが……かといってあそこまでシラフを装えるものなのか見極めが難しいです。どちらにしろ、ここまで飲み続けている以上、アルコール耐性はかなり高いと思いますね、はい」

 

「ふむふむ──おっと、ここで何か動きがあったようです!」

 

 頬を赤く染めた隼鷹がおもむろに大ジョッキのビールを次々とテーブルの上に乗せていく。それが十個並んだ所で隣の時雨に指を刺した。

 

「よっしゃ、一気飲みで勝負だ、お嬢さん!」

 

「一気飲み? ああ、このビールを飲むんだね。うん、いいよ」

 

 口にしていた日本酒を置いて、時雨は目の前に並べられたビールジョッキを手に取る。隼鷹もそれに続いた。

 

「おおーーーっと、隼鷹さんはここで勝負に出てきました!! 一気飲みでの短期決戦!! 解説の漣さん、この一手をどう見ますか?」

 

「ペースを乱して、時雨ちゃんのシラフの仮面を引き剥がそうという魂胆ですね。このまま飲み続けても勝機はないと判断した結果でしょう。諸刃の剣ですが、上手くすれば大逆転もありますよ。いやぁ、根っからの勝負師ですね隼鷹さんは」

 

「なるほど。おっ、早速一杯目が飲まれようとしていますね」

 

 ジョッキを握った二人は同時にビールを飲みほしていく。まだ両者には余裕が見える。間髪入れずに二杯目。一度隼鷹がむせて口を離したが、間もなく飲みほした。時雨も苦しそうに腹部を撫でている。酔いが回っているようには見えないが、胃の許容域は着実に無くなっていた。

 

 両者苦しそうに三杯目に口をつける。飲みほす速度が見るからに遅くなったが、互いに飲み切った。

 

「か~~~っ! きくぅ~~~!」

 

 飲みほしたジョッキをテーブルに置いて隼鷹が咆える。酩酊状態にありながらも、その意識はまだ残っている様子だった。

 

「ヒャッハーッ! いいねいいね、どんどんいこうよ!」

 

 勢いのままに次のジョッキに手を伸ばす。少し遅れて時雨もジョッキを手に取った。

 

 その後、四杯目、五杯目と続き、八杯目まで二人は飲み切った。──だが、それが限界。八杯目を飲み切った瞬間、直前までテンションMAXだった隼鷹は糸が切れた人形のように机へと倒れ込んだ。青葉が顔を覗き込んで見れば幸せそうな寝顔がそこにあった。

 

「勝負ありっ!! 隼鷹さんはお酒に呑まれて幸せな夢の世界に旅立ちました!! ──今大会は酒飲み会脅威のルーキー、時雨さんに軍配が挙がりました!! 解説の漣さん、一言お願いします!」

 

「はい。えー、日常的に飲酒している隼鷹さんを小細工なしで倒してしまったのはもはや筆舌し難い偉業ですね。初飲みでこれとは末恐ろしい。彼女こそ生まれながらの飲兵衛と言えるでしょう」

 

「ありがとうございます! では、優勝した時雨さんには提督が引き寄せてくれた間宮さんにてご利用可能な御食事券を贈呈します! 中央の鎮守府に行ってもこれで美味しいものを食べて元気に暮らしてくださいね! 時雨さん、最後に感想をお願いします!」

 

 青葉から数枚の食事券を渡され、時雨はマイクを握らされた。苦笑を浮かべながらも彼女は口を開く。

 

「えっと、まずはお酒も料理も美味しかったよ。特にお酒。こんなに美味しいモノとは思わなかった。顔には出なかったけど、これでも結構酔いが回ってるんだ。うん、でも今がちょうどいい感じに気持ちいいくらいかな。……それから、まぁ僕以外の主賓が二人ともダウンしちゃってるから、二人の代わりも含めてこの場の皆にお礼を言いたい。──僕等の為にこんな楽しい宴会を開いてくれてありがとう。すごく楽しかったよ」

 

 そう言って青葉にマイクを返還する。

 

「実に優等生らしいスピーチをありがとうございました! それでは宴もたけなわですので、そろそろ閉会とさせて頂きましょう! ではでは漣さん、閉会の挨拶を──」

 

「──ほいほい、了解です。……えーと、皆さん、明日からまたいつも通りの仕事が待っていますが頑張っていきましょう! 簡単ですが、まあこんな感じで閉会です。それでは解散っ!」

 

 


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