艦これ Side.S   作:藍川 悠山

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 日が沈み、復旧作業が完全に休止状態になった頃、秘書艦である戦艦 長門による今後の方針が発せられる。崩壊した庁舎の前に集合した艦娘達はドラム缶にくべられた炎の明かりに照らされながら、威風堂々たる長門の言葉に耳を傾けた。

 

「提督は残念ながら今現在も行方不明だ。しかし、ここに提督が残した作戦指令書が見付かった」

 

 艦娘達がざわつく。そのざわつきが治まるのを待たずに長門は言葉を続ける。

 

「作戦と共に、ここに提督の言葉が書かれている」

 

 長門の視線が一人の艦娘に向けられ、射抜くように眼光を鋭くした。

 

「駆逐艦──吹雪!」

 

「は、はい!」

 

 指名された黒髪を一つにまとめた少女──吹雪は緊張しつつも返答する。周囲の視線も自然と彼女に集まった。

 

「提督からの言葉を伝える」

 

 長門はそこで一度息を吸う。そして事務的に、私情を殺した声色で指令書に記されていた文字を声にした。

 

「──“改”になれ!」

 

 その言葉に吹雪は息を呑んだ。『改になれ』。言い方を変えれば『強くなれ』と言われたのと同義。それはつまりそれだけ彼女の力に期待しているという提督の意思に他ならない。

 

 そこに拒否権はない。提督の期待に応えないという選択は艦娘にはない。それがなかったとしても、吹雪に拒む意思はない。期待されたのなら、それに応えられるよう努力する。それが駆逐艦 吹雪の行動原理。細かい思慮など必要なかった。

 

「了解!」

 

 はっきりと返答し、吹雪は決意を口にする。それに頷いた長門は最後に明日の復旧作業の計画を述べると、その集会を閉じた。解散していく艦娘達を見送ると、長門も先んじて歩く陸奥に続いてその場を去る。──その背後を何者かが追った。

 

「長門秘書艦」

 

 そして彼女を呼び止める。

 長門は振り返り、「やはりな」と小さく笑みを浮かべた。

 

「そろそろ来る頃だと思っていた。久しいな、時雨」

 

 振り返った先には見違えるように成長した時雨の姿があった。長門の慧眼はその成長が外見だけでなく、内面にも及んでいる事を看破した。

 

「はい、お久しぶりです」

 

「今は公式の場ではない。かしこまらずともいい」

 

「そうかい? じゃあ遠慮なく。……それで長門、一つお願いがあるんだけど──」

 

「これを見たいのだろう?」

 

 長門は手に持っていた作戦指令書を掲げて言う。「見抜かれてたか」と時雨は苦笑した。

 

「残念だが、ここに記されている全容は一介の駆逐艦に開示していい情報ではない」

 

「今後の作戦行動に関わる物だからね、それは当然だ」

 

「それをわかっていながら、いいから見せろと貴様は言うんだな?」

 

「うん」

 

 時雨は即答する。

 揺るがない青の瞳と同じく揺るがない赤の瞳。両者はぶつかり合う事なく、互いの心中を覗き込む。

 

「──フッ」

 

 不意に長門が鼻で笑った。それで視線が途切れる。

 

「いいだろう。お前を一介の駆逐艦として扱うのは逆に危険だ。それに実はな、この指令書にも書かれているんだ。『駆逐艦 時雨がこの指令書の閲覧を強く望んだ場合、例外として扱い、了承する事』と提督の直筆がな」

 

「提督が?」

 

「ああ。お前を西方の鎮守府に向かわせる前から、提督はお前になんらかの特異性を見出していた。私自身もお前が普通ではない事を薄々感じてはいたが、提督はもっと深く理解していたのだろう。今思えばあの時から──お前と扶桑型を出会わせようとしたあの任務を命令した時から、提督はお前に期待していたように思える。吹雪とは違う、お前だけの役割を」

 

「僕の……役割」

 

 時雨はその言葉を噛み締める。それが真に提督の『教えておきたい事』であるのを、彼女は直感的に察した。

 

 長門は指令書を時雨に快く差し出す。

 長門にとって時雨は底の知れない駆逐艦。知らないはずの事を知り、見えている世界が異なっているような澄んだ瞳を持つ少女。それに可能性を感じる事もあった。それに懐疑の念を抱いた事もあった。だが、今この瞬間に一切の疑念はない。彼女に指令書を渡す事が、自分達にとって正しい事だと迷いなく実感できる。故に快く、信頼を以て手渡した。

 

「ありがとう」

 

 時雨はその信頼を受け取る。そうして指令書に目を通した。

 記されていたのは棲地AFを目標とした作戦計画。『棲地AF』という単語に聞き覚えはない。ならばそれは暗号。機密漏洩防止の為、設けられた秘匿記号なのだろう。

 

「それは後日、北方と南方、そしてMI方面へと調査隊を向かわせ、その反応を以て棲地AFを見定めるつもりだ」

 

「なるほど、キミ達にもわからない事なんだね」

 

 頷いて時雨は読み進める。

 作戦目標は棲地AFの解放及び敵機動部隊の撃滅。陽動として他方面にも攻略部隊を並行して向かわせ、戦力を少しでも裂いた上で第一機動部隊を筆頭にした主力艦隊で棲地AFを叩く。それにより敵機動部隊をあぶり出し、殲滅する。大雑把な作戦内容はそのような流れであった。

 

 しかし、作戦内容が記されたその下部。余白の部分に提督の言葉が刻み込まれていた。

 

 ──『全ては見せ掛け』と。

 

「この言葉の意味は?」

 

「さてな。それだけはあまりに広義的な為、真意を測りかねている。何に向けたものなのか、誰に向けたものなのか。それすらもわからん。司令官としては一番の悩みの種だ。……時雨、お前はこの言葉をどう捉える?」

 

 問われて考える。

 見せ掛け。虚偽。偽り。偽物。騙す。策謀。誘う。陽動。乱す。撹乱。

 

 様々な言葉が浮かんでは消えていく。その輪郭は掴めない。

 

「ごめん、僕にもわからない」 

 

「そうか」

 

 仕方ないな──と、長門は納得する。

 

 彼女を横目に、時雨は指令書へと目を向ける。

 次期作戦の編成メンバーは具体的に記されていない。しかし、唯一明記されている事がある。『第一機動部隊に駆逐艦 吹雪を編入させる』。それだけは執念すら感じさせる筆跡で書かれていた。

 

「長門。どうして提督は、ここまで吹雪を特別視するのかな? 吹雪が重用されているのは知っていたけど、それは未熟な彼女を一人前の戦力として成長させる為だと思ってた。でも、これを見る限り、この作戦の為に吹雪を鍛えていたように見える。さっきの『改になれ』って指示もそうだけど、彼女には一体何があるっていうのかな?」

 

 純粋な疑問として時雨は投げ掛ける。

 突然配属されてきた駆逐艦。彼女は配属された初日から重要な作戦に編入され、その後も主要戦力として投入され続けた。腕前は未熟。初戦での活躍はなく、むしろ足を引っ張る結果となった。だからこそ彼女は努力し、技術を磨いた。派手な活躍こそ聞かなかったが、その結果、技量は一人前になったと──戦闘詳報から時雨はそう認識していた。

 

 けれど、彼女自身に秀でた部分はおよそない。指揮能力が優れていると言っても、鎮守府内を探せばそれ以上を持つ人材はいるだろう。性能は凡百。人格的に成熟している訳でもない。彼女は夢見がちな少女。そんな普通の女の子であるはずだ。にも拘らず、ここまで重要視される意図がわからなかった。

 

「その疑問は私もずっと抱いていた。提督に問い掛けた事もある。だが、答えを得るには至らなかった。それでも提督は言っていたよ。──『駆逐艦 吹雪が運命を変える鍵となる』とな」

 

「…………」

 

 運命を変える鍵。その一言に時雨は目を見開いた。

 作戦指令書のページをめくり、一文を見つける。そこにも『駆逐艦 吹雪がこの作戦の鍵となる』と記されていた。

 

 その時、断片が全て集まったような気がした。

 

 ──『運命は特別な存在に惹かれる』、『運命を変えるのは必ずしも特別な存在ではない』、『深海棲艦は鎮守府じゃなくて、提督の抹殺を最優先にしていた』、『提督がその特別な存在だとすれば』、『自分もまた特別な存在だとするのなら』、『陽動として他方面にも攻略部隊を並行して向かわせ』、『第一機動部隊を筆頭にした主力艦隊で棲地AFを叩く』、『全ては見せ掛け』、『第一機動部隊に駆逐艦 吹雪を編入させる』、『駆逐艦 吹雪が運命を変える鍵』。それらが全て提督の『教えておきたい事』だとするなら自分の役割とは──

 

「あぁ……、そういう事か」

 

 天啓にも似た閃きを以て、時雨は自分の役割を理解した。

 提督がしようとする事、その為に敷いてきた布石、そして彼が描く未来の形を掴み取る。不明瞭な要素もあったが、自分のやるべき事に関しては明確に把握した。

 

「その顔……。どうやらお前の役割に気付いたようだな」

 

「うん。おかげさまではっきりしたよ」

 

 そう言って、時雨は作戦指令書を長門に返す。

 

「それを教えてくれとは言わん。お前のやるべき事と、私達がやろうとする事は違うのだろうからな。お前はお前のやるべき事を果たせ。私は私で、提督の問いに対する答えを自分で探そう」

 

 それは実直な言葉だった。実に質実剛健で不器用な戦艦 長門らしい物言いに、時雨は小さな笑みを向ける。長門もまた時雨の澄んだ瞳に微笑みかけた。

 

「でも一つだけ、貴方には知っていてもらいたい事がある」

 

「なんだ」

 

「提督は死んでないよ。深海棲艦に命を狙われたから表舞台には立てなくなってしまったけどね」

 

「それは確かか?」

 

「確かとは言えない。けど確信はある。多分あの人は誰にも──深海棲艦にも見付からないように暗躍しているんじゃないかな」

 

「暗躍とは……、酷い言い草だな。だがわかった。お前の言葉、信じよう」

 

 提督が生きていると思えるのなら、私は次期作戦に集中出来る──そう長門は安堵を得た。

 

 


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