17
駆逐艦 時雨は夢を見る。
意識して、その夢を見た。古い記憶を辿るように、その夢を思い出す。
ページをめくる。次の作戦は『────』。名称は思い出せない。ただ、自分はそれに参加していた。自分が組み込まれた艦隊の構成メンバーを閲覧する。ぼやける視界の中、親愛なる彼女達の名前を見つけて、少しだけ嬉しかった。この時も、自分は二人を護衛していたのだ。
閑話休題。
敵機動部隊を誘き出し、殲滅する。それが作戦目標。自分達がこれから行おうとするプランと同一。この夢は過去であると同時に未来の事柄でもある。再確認し、ページをめくった。
この作戦において自分の活躍はない。最前線から離れ、主力部隊を護衛していた自分にとって、この戦いの記憶は薄い。──だが、それでも忘れなかったのは、この海戦が決定的だったからだろう。
この作戦は中途で終了する。
前哨戦を以て中断され、作戦が果たされる事はなかった。
原因は受けた損害に由来する。
ページをめくって愕然とした。その被害の大きさは、珊瑚海海戦の比ではない。
正規空母『赤城』『加賀』『飛龍』『蒼龍』。栄光の南雲機動部隊。その落日を知った。
次の作戦で彼女達が失われる。
主力中の主力。主幹となる戦力を欠けば作戦行動などとれる筈もなく、そこで作戦は中断された。
敗北する。自分達は敗北する。そして、この敗北こそ決定的だった。
これ以降、流れが変わる。空気が変わる。全てが変わる。
抗えぬ濁流に飲み込まれるが如く、これ以降の戦いはひたすらに苦しいものとなり、いつしか地獄を迎える。敗北に敗北を重ね、死に死を重ね、やがてそれは終わっていく。……過去、駆逐艦 時雨は事実として、そんな結末を辿っている。
なればこそ、これが最後の機会であり、最大の好機でもある。
次の一戦で全てが決まるのならば、それに打ち勝てば運命を変える事が出来る。少なくとも結末は変わるだろう。それが望ましいものか、望ましくないものなのかはわからないけれど、それでも未来は変わるだろう。
この機を逃せば、恐らく次はない。
敗北を喫せば、それ以降、どれだけ運命を覆そうと、大きな流れには太刀打ち出来やしないだろう。
故に決戦だ。
世界に対する。運命に対する。そして自分達に対する決戦。全てはこれから始まり、或いは終わっていく。そういう戦いが待っていた。
記憶を閉じる。夢を終える。
暗中を漂い、時雨は自身と向かい合う。
「キミはもういいのかい? 僕に訴えたい事は、もうないのかな?」
目の前の自分に問い掛ける。
「うん……。そうだね、今更迷う事なんてない」
言葉もなく、もう一つの自分が思う事を感じ取り、時雨は左手に握り拳を作る。
「運命を変えようとしているのは僕だけじゃないし、協力してくれる友達もいる。……守ってあげたい人、救ってあげたい人がいっぱい出来た。その人達に未来を──より良い未来を創ってあげたい」
想いを込めて握り締める。
「……たとえ僕の命を賭ける事だとしても、それが生命の使い時なら、対価として僕は喜んで差し出そう」
拳を胸にあて、そして掲げる。ここに覚悟は完了した。