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その後、北方・南方・MI方面に向かわせた調査隊の中で、MI方面を担当した第三水雷戦隊が最も有力な敵艦隊の攻撃を受けたとして、秘書艦兼作戦指揮官である戦艦 長門は棲地AFは棲地MIだと断定。次期作戦は棲地MI攻略作戦──『MI作戦』と呼称された。
目標を定め、次期作戦の準備が順調に進行していく中、同時に鎮守府内は戦いの気運が高まった。参加メンバーの発表はまだない。けれど、全員が鍛錬を怠らず、悔いが残らぬよう一日一日を噛み締めていた。それは次の作戦が持つ重要性を艦娘達が大なり小なり感じていたからだ。
僅かな予感。些細な違和感。不思議な既視感。それぞれ、大きな力に流されているような言い得ぬ不安定さを抱いていた。だからこそ、次期作戦に対する姿勢は真摯なものだった。──数少ない例外を除いては。
「吹雪が努力の末、改になって、赤城の護衛艦に任命されたらしいよ」
「ふぅん。となれば彼女が第一機動部隊としてMI作戦に参加するのはほぼ間違いないわけか。まあ、なるべくしてなった──って感じね」
その数少ない例外である少女二人──駆逐艦 時雨と同じく駆逐艦 満潮は並び立って言葉を交わす。鎮守府の港。穏やかな海と青く広がる空を一望しながら、運命を切り開く鍵である少女の話をしていた。
「作戦が刻一刻と近づいて、みんながそわそわし始めている中、吹雪だけは不安のふの字もないって夕立が言ってたよ。どうやら運命の存在をまったく感知していないらしいね。それだけ赤城の護衛艦になれたのが嬉しいのか、いつだってやる気まんまんだ。頼もしい限りだね」
「ハッ。あの子もあの子で、アンタ並に図太いわよね。赤城の護衛艦になるのが一つの目標だったみたいだし、夢見がちな女の子が夢を叶えたわけだから舞いあがるのも無理ない事だとは思うけど……いいのかしらね、アレで?」
「アレでいいんだよ。何かしてくれそうな雰囲気がするじゃないか」
「何かしでかしそうな雰囲気もするんだけど?」
「あはは。そればかりは仕方ないよ。他人に期待するって事は、成否を預けるって事さ。託したのなら、後は信じるしかない」
「まあ、そうね。私達は私達にしか出来ない事をしましょ」
時雨は満潮の言葉に頷く。
「提督が用意した布石は全て打たれた。……いや、あの人のことだ。あと一つや二つくらい、布石を用意しているかもしれないけれど、僕等が知る要素は全部揃った」
「いよいよってわけね。……駆逐棲姫、出てくるかしら?」
「出てきてもらわないと困るよ。“絶対に倒す”って、僕は宣言しちゃったからね」
「アンタもあんな化物相手に大きく出たもんね。なんか対策とか考えてるわけ?」
「そんなもの──あるわけないじゃないか。知っているんだったら教えて欲しいくらいだ」
「ハッ、呆れた。まさか無策だったなんて。……と言っても死なない奴を殺す方法なんて私も知らないけど」
でもまぁ──と満潮は言って、なんとかなるさ──と時雨は笑った。そうして時雨は満潮の左腕に目を向ける。石膏のギプスで固定され、三角巾に吊られた腕は未だ完治していない。MI作戦は遅くてもこれより一週間の内に発令されるだろう。ひび割れた骨が治るには、如何せん時間が足りなかった。
「いいんだね、満潮。その腕で戦う事になるんだよ?」
「当然よ。私が出なきゃ話にならないじゃない──でしょ?」
二人は自分達がすべき事を共有している。
時雨の役割、その一端を満潮は負担した。特別である時雨と同じ役目は果たせないが、その手伝いは出来る。最大限、時雨を支えると彼女は決めた。なにより『満潮の魂』が訴えるのだ。自分が傷を癒している間に仲間が没していくのだけは御免だと。
そして時雨もその覚悟に同意した。
「キミなら、そう言ってくれると思ってた。頼りにしてるよ、満潮」
そう言って信頼の笑みを浮かべる時雨は、左に立つ満潮に握り拳を作った左手を差し出す。意図を悟った満潮もまた健常な右腕で握り拳を作り、ノックするように時雨の拳を叩いた。
拳同士がぶつかって、音がコツンと響く。小さな痛みを共有し、意識を繋げる。目指す場所は同じ。その志向性は収束し、同調を果たす。いずれ辿る未来を否定する為、“時雨と満潮”は自らの運命に反旗を翻した。
──運命の日は近い。
-艦これ Side.S ep.4『交わる表裏』完-