艦これ Side.S   作:藍川 悠山

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 他ならぬ秘密兵器である戦艦 大和が完璧な状態で戦いに臨める為の協力ならば、扶桑型戦艦姉妹がそれに応えるのはやぶさかではない。それで作戦の成功率が少しでも上昇するのであれば、それは人類全体に対する貢献に等しい。故に、二人が明石の要請を断わる道理はなかった。しかし、山城は大本営に贔屓とも言える待遇を受けている大和に不満はあったが、この場は自分の感情は切り離して、協力する事を是とする艦娘としての判断に従った。

 

「各自、模擬弾の装填を確認してください。気付かず実弾を使ってた──なんて事になったら最悪死にますよ」

 

 海上に立つ明石はキーボードが付属された精密機器を片手に持ちながら、無線を通じて扶桑、山城、大和の三人に淡々と告げる。その間も空いている片手を使い、キーボードで情報を入力していく。ノートパソコンに近いその機器は、しかし、一般的なそれよりも数倍無骨なデザインだった。灰色の装甲で覆われ、用途不明の突起物が各所に設けられている。

 

「ダメージシミュレーター、起動。各艤装との無線接続を確認。同期開始」

 

 工程を確認しながら明石は準備を終わらせた。これより戦艦 大和の調整作業、その下調べが始められる。下調べの内容は実に簡単。扶桑型二人を仮想敵として、現在の大和の性能を測る事にあった。

 

「それじゃあ始めましょうか。あんまり長々としても燃料の無駄ですから。特に大和さんは破壊的な燃費の悪さなので」

 

 大和本人が気にしている事を遠慮なく言い捨てる明石は最初の指示を出す。

 

「ではまず扶桑型のお二人は大和さんに砲撃しちゃってください。全門一斉射でお願いします」

 

「いきなりいいわけ? 棒立ちなら当てちゃうわよ?」

 

 最初から攻撃しろと言う明石に山城が問い掛ける。

 扶桑型姉妹と大和の距離は極めて離れている。それこそ互いの姿が辛うじて満足に視認できる程度の距離があったものの、戦艦の射程ならば届く距離。大和が静止状態の今、命中させる事は難しいが、出来ない訳ではなかった。

 

「構いませんよ。というか当ててくれないとデータが取れないので絶対当ててください」

 

「……嫌なプレッシャーをかけてくるわね。──姉様」

 

「ええ、山城。準備は出来ているわよ」

 

 ぼやきながらも山城は姉に合図を送る。扶桑も了解し、二人は発射態勢に移行した。遠くの彼方にいる大和へと照準を定め、二人の砲塔──八基十六門が一斉に動作する。そして扶桑が右手を前に突き出しながら妹へと合図を送った。

 

「全門……放て!」

 

 轟く爆音と共に砲弾は発射される。弧を描いた模擬弾達は実弾の軌道を再現しつつ目標である大和へと迫った。十六発の内、三発が命中すると、砲弾の軌道を観測していた明石と大和自身が察する。このままでは直撃だが、これはテストだ。防御の姿勢を取る事もなく、大和は飛来する砲弾をその身に受けた。

 

「……っ」

 

 砲弾が命中した途端、その模擬弾は風船のように弾けた。甲高い炸裂音が響き、多少の衝撃が大和の身体を揺らす。通常ならば艤装にダメージを受けていただろうが、模擬弾故にそのような被害はない。模擬弾は実害を及ぼさず、着弾時のあらゆる情報を管制コンピュータに送信する事でダメージを再現する。その為、模擬弾は演習等で重宝されている。

 

「ダメージ算出中……判定完了。直撃弾三発で小規模の火災が発生するも、大和さんの性能ならすぐに鎮火可能。小破未満の被害だけど、まあ一応小破という扱いにしておきましょうか」

 

 明石がキーボードを操作しながら全員に報告する。それを聞いて扶桑型姉妹は唖然とした。

 

「戦艦の主砲が三発命中して小破って……」

 

「驚嘆に値する堅牢さね。大和型は攻防共に最強だと聞いていたけれど、なるほど、それに誇張はないみたい。山城、気を付けて。彼女は攻撃面や防御面だけじゃなくて、射程や速度においてもわたし達より上よ」

 

「それってつまり何から何までわたし達よりも上って事じゃないですか」

 

「年齢はたぶんわたし達の方が上よ?」

 

「それは若さでも負けているって事ですよ、扶桑姉様。……はぁ、不幸だわ」

 

 大和の耐久性に驚く二人の声を聞きながら、明石は続く工程の準備をする。

 

「えーと、次に攻撃時のデータが欲しいので扶桑型のお二人は最大戦速で大和さんへ突撃してもらえますか? 攻撃はせず回避行動もしないでください。言わば動く的ですね。大和さんは出来るだけ早く狙いを付けて砲撃してください。肉薄される前にお二人を大破判定に出来ればその時点で終了です。あ、副砲は使わずに主砲だけで迎撃してくださいね。……それでは、五秒後から開始します」

 

 明石の指示を聞き、扶桑と山城は機関に火を入れる。対する大和は重厚感のある艤装を稼働させ、左右に設けられた二基の大口径三連装砲を扶桑達に向ける。大和の艤装は巨大にして強大。大口径三連装砲が三基、副砲として中口径三連装砲が四基と充実した武装面に加え、全身を取り囲むような装甲で守られている。扶桑達の艤装も戦艦として立派な物ではあったが、しかし、大和のそれと比較されれば数段見劣りしてしまうほど、彼女の艤装は圧倒的だった。

 

 互いに態勢を整えつつ、明石のカウントを聞く。一、二、三、四──と続き、五とは言わずに「テスト開始」と明石は告げた。

 

 扶桑型姉妹はすぐさま直進を始め、大和もまた迫りくる二人に狙いを定める。

 

「大和さん、動きながら狙いを定めてください」

 

「えっ」

 

 始まった途端に明石が大和に指示を付け足した。いきなりの言葉に大和は戸惑う。

 

「左右や後ろに動くでも、なんだったら前進するでもいいんで、とにかく動いてください」

 

「そんな、いきなり言われても──」

 

「──いくら射程が長いからって、足を止めてじっくり狙える状況なんて実戦じゃありませんよ。相手が撃ってこないだけ、まだ簡単なんですから、つべこべ言わずに従ってください」

 

「……はい、わかりました」

 

 明石に言われて大和は移動を開始する。後退しながら再度二人に狙いを絞っていく。

 

「明石って案外厳しい事言うんですね」

 

 そんな二人の通信を聞いていた山城が呟く。

 

「彼女は相手に厳しいというより、自分の職務に忠実なのでしょう。ちゃんとしたデータを取る事が彼女の今の仕事だから、それを妥協したくないんじゃないかしら」

 

「そうですか? 始める前に言わなかったところを考えると、あえて黙っていたように思えますけど」

 

「きっとそれも含めてテストなのよ。不意の命令にも対応できるかどうか、それも試しているのでしょう」

 

「なるほど」──と、山城が姉の言葉に納得した時、遠くより砲撃音が聴こえてきた。大和の砲撃である。二基六門から放たれた砲弾は、しかし、二人の周囲に散らばって着弾した。命中弾はない。

 

「命中弾ゼロ。散布界が広いですね、狙いを絞り切れていない証拠です。大和さん、焦らないでください。貴女が現状で発揮できる力をしっかり見せてくれないと調整のしようがありません。……それとも、それが貴女の全力ですか?」

 

 容赦のない言葉を明石は言う。

 動く相手を初弾から命中させる事は難しいが、その甘えを明石は許さない。相手は回避行動を取らずに直進し続けるだけの的。その程度の標的ならば初弾からでも撃ち抜いて見せろと彼女は言う。それはひとえに大和の性能を評価しているが故の言葉だった。

 

「────」

 

 明石の言葉に大和の表情が変わる。堅く真剣な表情に変わった。返事はしない。あえてしない。その問いの答えは結果で返すと、華奢な体に気合いが入った。

 

 大和はずっと待っていたのだ。

 他の者達が戦場で戦っている中、自分は何不自由のない暮らしを享受していた。運用が難しいから、相応しい戦場がないからと、そんな理由を背負わされ、或いはそういう存在として生まれたのだから仕方ないと自分でも諦め、戦いから離れて暮らしてきた。いつか自分も戦える時が来ると、そう信じて生きてきた。その為に訓練を重ね、研鑽を積んだ。出来得る限りで努力してきたつもりだ。そして、その時はようやくやってきた。作戦への参加。それをずっと待っていた。だから、こんなものではない。自分の努力は──自分の切望は──自分の全力は──こんなものではないのだと、大和は返答の代わりに砲撃を轟かせる。

 

 明石の言葉を覆すように放たれた大和の砲弾。それらは飛散せずにまとまって山城へと直撃した。風船が破裂したような音が四つ響く。その瞬間、直進していた山城の進行が止まった。

 

「六発の内、四発が命中。全て直撃ですね。文句なしの一発大破判定なので、山城さんの機関を強制停止しました。山城さんはしばらく待っていてくださいね」

 

「ちょっ、一撃で大破なの!?」

 

「はい。むしろ実弾だったら轟沈もありえたくらいのクリティカルヒットです。大和さんが高火力なのもありますが、まあ概ね当たり所が悪かったですね。頭部と胸部にそれぞれ一発ずつ直撃してますから」

 

「うぅ……不幸だわ」

 

 生命の維持に必要となる部位に当たった場合、そこを保護する為に艤装の力が通常よりも大きく消費される。それにより『耐久値』もまた消耗する事となるのだ。この現象は通称『クリティカル』と関係者の間では呼ばれている。

 

 山城が脱落したものの、未だ扶桑は健在。明石と山城が会話している間にも扶桑は大和に迫っていた。

 

「扶桑さん、そろそろ距離も詰まってきたので回避運動をしてもらえますか。ここまで近付くと当てるのも簡単過ぎてテストデータとしては成り立ちませんから」

 

「了解」

 

 明石の指示を了承して、扶桑は左右に揺れながら前進していく。不規則な動きに大和の照準はなかなか定まらない。だが、間合いは確実に狭まっている。大きな偏差は必要ない。左右に動き始める瞬間に進路上へ撃ち出せば命中するはずだと、大和は大雑把に狙いを付けた。

 

 そして、撃ち放つ。砲撃は狙い通りに移動していた扶桑の艤装へと命中した。

 

「一発命中。小破判定ですね。甚大な被害はありませんが、三番砲塔が大破して使用不可の状態になりました」

 

 攻撃を受けた扶桑も「やるわね」と当ててきた大和を称賛する。

 

「調子が出てきたみたいですね。ここまで来たら扶桑さんも砲撃してください。撃ち合い時のデータも欲しいので。……あっ、とりあえず被害がない状態でのデータを収集していますから、扶桑さんはなるべく至近弾になるように狙ってもらえますか?」

 

「そんな器用なマネはできません」

 

「まあ、なるべくでいいのでお願いします」

 

 無茶な注文に眉をひそませたものの、言われた通り、なるべく直撃させないよう狙いをズラして扶桑も砲撃を開始した。三番砲塔が使用できない為、残りの三基六門で攻撃する。放たれた砲弾は大和の周囲に降り注ぎ、後退し続ける彼女の身体を大きく揺らした。

 

「流石は姉様。注文を受けた通りに全て至近弾です!」

 

「偶然よ、山城」

 

 扶桑は謙遜していたが、続く第二次砲撃も多数の至近弾で済ませており、実戦経験が少ないとはいえ、訓練で培った錬度の高さを彼女は発揮していた。それには注文した本人である明石も驚くほどだった。

 

 至近弾が降り注ぐ中、大和は視界を覆う水柱と激しく上下する足場に苦戦していた。戦艦たるもの砲撃訓練を怠った事はない。むしろ砲撃の命中精度に関しては自負を持つほど成績は優秀だった。けれど、攻撃を受けながらの砲撃だけはした事がない。そのような訓練はなかった。莫大な運用コストのせいで演習すらした事がないのだから、これが初めての経験。その不確かな技量で、しかし、大和は努めて冷静に思考を巡らせる。

 

 扶桑の攻撃は断続的にやってくる。だが、大きな間隔がある訳ではない。三つの砲塔を僅かな間隔を開けて順次撃つ事で、こちらが攻撃する隙を器用に潰してくる。上手いと正直に思う。自分と同じく長い間戦場と関わりを持ってこなかった戦艦と聞いていたが、流石に年季が違うようだ。技量で言えば彼女は自分よりも上位だろう。それを理解した上で、ならば──と、大和は後退をやめた。

 

 そして前に出る。

 後退から前進へと進路を変え、最初よりも随分と近くまで迫った扶桑に接近していく。このまま近付いていけば自ら肉薄する事になり、その時点でテストは終了する。だが、そうなる前にケリを付けると、大和は艤装を構えた。

 

 前傾姿勢で突進し、左右の大型三連装砲の仰角を上げ、短時間で狙いを付ける。彼我の距離は近い。駆逐艦が持つ小口径砲が辛うじて届かない距離まで近付いた。故に精密な照準は必要ない。大胆に接近して、撃ち抜いて見せる。

 

 その行動を目の前で見た扶桑は狙いを悟る。先んじて狙いを定め、大和へと砲撃を放った。この時だけは至近弾など狙わない、正確な照準だった。

 

 扶桑の砲撃が大和に直撃した。命中弾は五発。小型艦ならば即轟沈。大型艦でも致命傷になり得るクリーンヒット。しかし──

 

「命中五発、中破判定。各モジュールに異常なし」

 

 ──大和型戦艦はその限りではなかった。

 

 模擬弾のシャワーを越え、大和はその砲口を突き付ける。そして間髪入れずに撃ち込んだ。扶桑に命中した砲弾の数は同じく五発。だが、その火力の差は歴然だった。

 

「命中五発、大破判定。実弾だったら轟沈不可避でしたね」

 

 明石が結果を告げる。

 

「はい、このテストはこれで終了です。最後は自身の高性能さに頼ったゴリ押しとも言えますが、それだけ自分の性能を理解しているという事でもありますか」

 

 感想を述べて、カタカタとキーボードに情報を入力していく。マイペースな明石に目を向けつつ、残りの三人は一息を吐いた。休憩も束の間に、明石はポンと手を叩く。

 

「それでは次のテストに移行しましょうか」

 

「……まだあるわけ?」

 

 既にうんざりした表情で山城が問う。

 

「当然です。これくらいのテストで性能の全てを把握できるわけないじゃないですか。あと十三項目ほどテストがあるので、みなさん、お覚悟を」

 

 明石の言葉に、大和も含めて戦艦達は頭を抱えた。

 

 


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