艦これ Side.S   作:藍川 悠山

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「はあ……、運命ですか」

 

「ええ。大和の話を聞く限りでは、そういうものがあるみたい」

 

 翌朝、自室にて目覚めた山城は姉である扶桑に『運命の存在』について話を受けていた。寝起きである為、理解には時間が掛かったが、基本的に扶桑の言う事に従順な彼女はすぐにそれを信じた。

 

「扶桑姉様もそれをお感じになる……と」

 

「そうなの。MO作戦が終わった頃くらいかしら。……山城、あなたは何か感じない?」

 

「いえ、ぜんぜんまったくこれっぽっちも」

 

 あっけらかんと山城は返答した。

 自分でも呆れてしまうほど、姉が言う運命とやらを感じ取った覚えはない。もしかしたら忘れているだけなのかもしれないが、少なくとも意識するほどの違和感を感じた事はなかった。

 

 扶桑としては自分と境遇を共にした妹ならば同じく感じ得るものがあるのではないかと思ったのだが、どうやら予想は外れたようだ。ただ、それも納得出来る事ではあった。姉の見地から言って、山城は深く考え込まない子である。思考停止と現実逃避を是としている、ある意味で強い子なのだ。その点を踏まえれば、妹が自分と違うものを感じ取っている事にも納得がいった。

 

「そう、ならいいの。でも、そういうものがあるって事は一応気に留めておいて」

 

「はい、姉様」

 

 そうして扶桑は寝巻である浴衣を脱いで、いつも通りの普段着に着替える。それを山城は目で追った。

 

「扶桑姉様、お出かけですか? 今日は一日中オフだったはずですが」

 

「仕事がないからと言って、部屋に閉じこもるのは不健全でしょう。まぁ読書に没頭するのもそれはそれで一興ではあるのだけれど、実は大和から朝食のお誘いを受けているのよ。山城もどう?」

 

 大和の名を聞いて山城の眉がピクリと反応する。

 

「彼女とずいぶん親睦を深めたのですね、姉様。昨晩も会っていたというお話でしたし」

 

「ええ。向こうが思った以上に好意的でね、真面目そうな見た目に反して、話してみるとなかなか愉快な子よ。彼女は山城の事も好意的に想っているようだけど、あなたはやっぱり大和の事を好意的に見られない?」

 

「……彼女自身が嫌いではないんです。でも、西方の鎮守府みたいな劣悪な環境で頑張っている人達を見た後だと、やはり彼女は恵まれていますから。いいえ、彼女だけではなく、わたし達も恵まれ過ぎているから、だから、自分の事も含めて彼女に苛立ちを覚えてしまうんです」

 

 境遇の差を山城は嫌う。

 自分達よりも幼い子達が激戦区に身を置き、十分な見返りもなく戦っている。対して自分達はなんだ。どのような理由があるにしても、戦いから離れ、恵まれた環境で生きてきた。同じ艦娘でありながら、どうしようもなく彼女達と自分達には境遇の差が存在する。無論、世の中が平等でない事は理解している。不平は蔓延しているし、みんな違っているのは当然だ。だが、それでも気に入らない──と山城は思ってしまう。

 

 戦場に戻って尚更強くそう思った。どれだけ自分が恵まれていたのかを思い知った。だからこそ、似たような境遇の大和を快く思えない。自分が重なって見えて仕方がなかった。

 

 そう吐露する山城に、扶桑は優しく微笑みかけた。

 

「山城は自分に厳しいのね。でも、それ以上に優しい子よ。誰かの為に怒りを抱けるなんて、優しさがなければ出来ない。わたしはそんな事思ってもなかったわ。自分の事しか考えていなかった。……立派ね、山城。姉として誇らしいわ」

 

 そして頭を撫でる。姉に褒められて山城はほのかに赤面した。

 

「すみません、姉様。なので大和とはあまり……」

 

「ええ、わかった。無理に『好きになれ』──なんて言わないわ。皆が皆仲良くしないとダメって道理はないし、一人くらい嫌な相手がいる方が人としては当たり前よ。清濁を併せ呑んでこその人生だもの。あなたは間違ってなんかいないわ」

 

 朝食にはわたし一人だけでいくわね──と言い残して扶桑は部屋から出ていった。

 

「はぁ……」

 

 姉が去り、山城は深い溜め息を吐く。

 扶桑はああ言ってくれたが、この感情を隠して大和と親しくなれない時点で、自分は矮小な人間なのだと思わざるを得ない。そもそも自分に対する苛立ちを彼女にぶつけているのだから、ほとんど八つ当たりみたいなものだ。優しさなどはない。少なくとも大和には優しくない。

 

「いつか謝らないといけないわね」

 

 それがどれだけ先の事かはわからないが、もし自分を許せる時がきたら彼女に謝ろうと山城は思った。

 

「我ながら身勝手な話だわ」──と呟きながら自分のベッドに横になる。そして、だらけた。寝巻の浴衣がはだけて少し涼しくなったが、今は朝、気温が上がり始める時間故にちょうどよかった。

 

 自身が呟いた“身勝手”という言葉を聴いて、山城は扶桑の話を思い返す。

 

「運命……か」

 

 姉は運命を変える為に戦うと、大和に約束したらしい。自分にはよくわからないが、運命に身を任せると良くない事が起きると、姉と大和はそんな予感を感じたという。それに疑いはない。扶桑の言葉である事を抜きにしても、昨日まで関わりの無かった二人が感じた奇妙な予感が偶然一致するなど、それこそ運命的だと言えるだろう。

 

 その運命とやらは、かつての艦艇の魂が辿った運命であると言っていた。つまり艦娘はかつての艦艇と同じ運命を辿る……らしい。姉達は自分達に宿った魂が影響を及ぼして、このような予感を感じ取れているのではないかとも考察していた。

 

「艦艇の魂としては、宿主が再び同じ運命を辿ろうとしているから、それを回避しようと訴えてきている──って感じかしら。かつての艦艇の魂を味方と信じるなら、よほど悪い運命が待ち受けているんでしょうね」

 

 まぁ艤装を使えるのは宿ってる魂のおかげだし、わたし達に力を貸してくれているようなものだから、十中八九味方と思うべきでしょうけど──と山城は右手の甲を額に置く。

 

 どちらにしろ、その予感を感じない自分にとっては実感のない事だ。あまり気にしてもしょうがない。

 

「そういえば姉様は初めて聞いた『MI作戦』に聞き覚えがあったり、『かつての戦艦 大和』を知っていたりしたっておっしゃっていたけれど、それってどんな気分なのかしら。他人の記憶を知っているって、あんまり良い気分じゃないわよね。ましてや大昔の船の記憶なんて……──」

 

 何気なく言った自分の独り言を反芻して、山城は突如起き上がった。

 

「わたし、今なんて言った? 姉様は『かつての戦艦 大和』を知っていた……? それって、その予感を感じ取れる艦娘はかつての記憶を大なり小なり知っているって事よね? まだ出会ってない相手の事も、かつての記憶の中にあれば知っているかもしれないのよね?」

 

 そんな艦娘を知っている。

 姉以外にも、そんな風だった艦娘を知っている。

 

 初対面のクセに馴れ馴れしくて、やたらに距離感が近くて、嬉しい時に涙する駆逐艦。あの少女がなぜあんなにも自分達を特別視したのか。あの子がなぜあれほど強情なまでにわたし達を守ろうとしたのか。どうしてわたしに“やるべき事”を教えてくれなかったのか。運命の存在という世界の秘密を知って、山城は今までわからずに放置していた事の解答を得た。

 

「そうか、あの子は……──時雨は、出会う前からわたし達を知っていたのね」

 

 山城は噛み締めるように呟く。

 過去に何があったかはわからないけど、たぶん良い思い出ではなかったんだと思う。それは時たま見せていた彼女の寂しそうな顔から理解が及ぶ。

 

 時雨が自分達に対して抱いていた異常とも言える執着。いつだって時雨は自分達を守ろうとしていた。ならばその執着の理由は自ずと見えてくる。……恐らく『かつての駆逐艦 時雨』は、『かつての扶桑型戦艦』を守れなかったのだろう。だから、今度こそ守ろうと……、守りたいとあそこまで自分達を想ってくれたのだ。

 

「そして、あの子は運命の存在に気付いた」

 

 それが出会うより前の事か、つい最近の事かは知らないが、きっと自分と別れる時には知っていたはずだ。MO作戦の後から時雨は一人でずっと先を見つめていた。出会った頃より何倍も綺麗な目をして、真っ直ぐに前だけを見ていた。今になって思えば、あの時から時雨は運命に目を向けていたのだろう。

 

 あの子は『やるべき事が出来た』と言った。ならば、そのやるべき事とは──運命を変える事。自惚れでないのなら、あの子はわたし達の為に自分の知る結末を否定する。『駆逐艦 時雨』が『扶桑型戦艦』を守れなかったという運命を覆そうとするだろう。山城にはそれがわかった。そして、よくわからなかった時雨の言動が繋がっていく。

 

 彼女の馴れ馴れしい態度。出会った夜に流した彼女の涙。守らせてほしいという彼女の懇願。彼女の第二次改装の条件。その全てが繋がっていく。

 

「わたしに“やるべき事”を教えなかったのも、どうせわたしを巻き込みたくなかったとかなのでしょうね。……ホント、身勝手なんだから」

 

 だが、そんな彼女を信頼すると山城は決めた。頑固で強情、自分勝手にひたむきな、そういうあの子だからこそ尊いと思うし、愛おしいと思う。真に時雨の気持ちを理解した上で、その想いを受け入れた。

 

 大体の事情は把握した山城は、怒るでもなく喜ぶでもなく、ただ脱力する。強張った背筋の力を抜いて、再びベッドに倒れ込む。見慣れない天井を眺めて、やがて瞳を閉じた。そして、自分の魂に問い掛ける。「わたしはこれからどうしたらいいと思う?」──と。

 

「────」

 

 返答はない。以前、時雨が涙した時に訴えてきた心は応えない。けれど、その沈黙が回答のように思えた。姉や大和の魂は運命を変えろと警鐘を鳴らした。運命を認識した今でも自分にはそれがない。ならば、それが『戦艦 山城』の意思なのだろう。

 

「……わたしの好きなようにしろ、ってわけ」

 

 運命など関係ない。現代の山城がしたい事をしたいようにすればいい。そう言われているような気がした。或いは姉達のような素養がないから警鐘すら感じ取れないのかもしれなかったが、それでも山城はそう思った。

 

「だったらわたしは──」

 

 ──あの子の……あの子達の為に戦いたい。大人として、そして友人としても、身命を賭して戦っている子達の為に戦ってあげたい。

 

 それが正直な山城の気持ちだった。

 時雨の想いはわかった。満潮もまたそれを理解し、志を同じくしているだろう。望まぬ未来を拒む為、彼女達は戦っている。それをどうこう言うつもりはないし、仮に全て自分達の為に行ってくれているのだとしても、それが二人の決めた事ならば受容しよう。

 

 だが、時雨達に信ずる道があるように、山城にも胸に灯った信念がある。自分もそういう子供達の為に戦うと決意した。戦えぬ大人の分まで子供の為に戦うと、恩師の前で宣誓したのだ。それを嘘にはしたくない。

 

「時雨は不服に思うかもしれないけど、願わくばあの子達と一緒の戦場に……」

 

 間近に迫った運命の一戦を前に、山城は二人との再会を願って、その言葉に祈りを込めた。

 

 


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