艦これ Side.S   作:藍川 悠山

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 夏が近いと言うのに、その日は朝露が降りていた。

 朝日に照らされた水滴が草木を伝う。特別に冷える朝だった。

 

 そんな朝を迎えた中央の鎮守府で彼女は目を覚ました。

 

「…………ッ」

 

 目覚めて胸に去来したのは安堵。眠りから覚めた事を心から安心した。

 

 薄らと汗が滲む。

 見慣れた天井。見慣れた自室。そして、隣に眠る見慣れた戦友。現実を認識して、滲み出た汗はひいていく。

 

 起床した彼女──正規空母 赤城は未だ眠っている戦友──正規空母 加賀の寝顔を眺めて、小さく微笑みを浮かべた。だが、その笑みもすぐに消える。

 

 悪い夢を見た。悪夢……そう形容するのに相応しい酷い夢だった。

 

「またあの夢。作戦が決まってから毎晩のように……」

 

 覚醒して尚、脳裏にこびりつく夢の光景。それは一向に薄れず──否、日に日に濃く残留するようになった。

 

 夢の中で自分は戦っていた。自分だけではない。気心の知れた加賀、飛龍、蒼龍、そして他の船達。みんなが戦っていた。それが次の『MI作戦』の出来事であるのを、なぜだか無意識に把握していた。空に舞う無数の艦載機。それらは自分達が飛ばしたものではなく、敵が放った航空戦力。制空権は奪われ、その果てに自分達は甚大な被害を受けた。壊滅したと明言してもいいほどの大損害。最後は味方に魚雷処分を願い、後悔の中で正規空母 赤城は海底に没する。……そんな夢だった。

 

 夢。……そう呟いてみたが、あれが夢だという確信は、実のところなかった。無論、否定はしたかったけれど、しかし、あまりにも鮮明な光景であったが故に振り払えなかった。それだけではない。頭の中で何かが訴えるのだ。これは決して夢などではない──と。

 

「…………」

 

 眉間にしわを寄せながら、赤城は布団の上に乗せていた羽織を肩にかけ、加賀を起こさぬよう静かに立ち上がる。意識にかかる霧を払うように朝日を求め、窓辺に立った。カーテンを開け、白い朝日が部屋に入り込む。一瞬だけ目が眩んだものの、次の瞬間、明るく照らされた鎮守府が一望できた。少しだけ気持ちが晴れた気がした。

 

 ふと視界に動くものを見つける。

 二階に位置する赤城と加賀の自室から見下ろせるグラウンドに誰かがいた。走っているのだろうか、規則的に移動しているようだった。

 

 あれは……──と、それが誰であるのかに気付いた時、奇しくも相手も赤城の姿を見つけた。不意に目が合ったと思えば、その相手は元気よく赤城へと手を振ってくる。

 

「赤城さーーーん!」

 

 早朝にも拘らず、その声は溌剌としていた。

 駆逐艦 吹雪。先日、自分の護衛艦に指名した女の子だった。

 

 チラリと加賀の方を窺って、吹雪の声で目覚めていない事を確認すると、返答として手を振り返した。それに満足したのか、吹雪はランニングを続行して、赤城の視界から消えていく。

 

「……吹雪さんは相変わらず努力家ですね」

 

 そして、それはきっと自分の為でもある。正規空母 赤城の護衛艦として、その努力を積んでいる。悪夢に怯えるこんな自分を守る為に、ひたむきに頑張っているのだ。

 

 カーテンを握ったままの手に力が入る。

 このままでは駄目だ。吹雪の努力に応える為にも、ただ怯えているだけではいけない。自分も行動を起こさなければ、恐らくこの悪夢は襲い掛かってくる。そういう大きな力の流れを予感した。

 

「抗わなければならない。例えそれが“運命”と呼べるモノだとしても」

 

 白い朝日に決意する。

 まずは戦艦 長門に掛け合い、自分と行動を共にする第一機動部隊の編成を提案しよう。他の鎮守府から精鋭を借り受ける話が出ているらしいが、実際に戦場を共にした信頼できる戦力を傍に置きたい。実力も大切だが、次の作戦は艦娘同士の絆が試されているような気がした。

 

 この鎮守府の仲間達となら運命を覆せる。そんな予感もまた自分の中に芽生えていた。

 

 赤城は着替え、部屋を出る。

 決意を宿した瞳で、彼女は長門がいるだろう指令室へと向かった。

 

 

  -◆-

 

 

 その日、中央の鎮守府にてMI作戦の艦隊編成が発表された。発表は放送によって行われ、鎮守府内の全艦娘へと情報は波及する。

 

 第一機動部隊を赤城・加賀・飛龍・蒼龍・金剛・比叡・利根・筑摩・北上・夕立・吹雪とし、トラック島から出撃する大和を旗艦とした艦隊に、当鎮守府より榛名・霧島・大井が合流する事でこれを攻略の主力部隊とする。この二つの艦隊が棲地MIへと向かう。

 

 そして、陽動部隊として棲地ALにも艦隊が出撃する。西方の鎮守府から参加する軽空母 龍驤・隼鷹を主幹に、那智・球磨・多摩・暁・響・雷・電がその陽動部隊として選別された。それ以外の艦娘達には鎮守府及び近海域の警備が命じられた。

 

 その艦隊編成は正規空母 赤城の進言を受けて組み立てられたものであり、他の鎮守府からの戦力は極力組み込まれていなかった。第一機動部隊に至っては全て当鎮守府所属の艦娘によって構成されている。「信頼できる戦力を傍に置きたい」という赤城の希望を付和雷同とも思えるほど反映した内容ではあったが、自分が検討していた艦隊編成に違和感を感じていた司令官代理の長門にとって、赤城の提示してきた内容は不思議と受け入れられるものであった為、ほぼ希望のままにそれは採用されたのだった。

 

 放送を終えた長門は指令室で姉妹艦の陸奥と共に息を吐く。

 編成メンバー及び作戦行動を公表してしまった以上、もはや取り消す事は出来ない。MI作戦の火蓋は既に切られたのだ。

 

「よかったの? 最初は他の鎮守府から舞風達、第四駆逐隊を──という編成案もあったのでしょう?」

 

「あぁ。だが、ああ言われてはな……」

 

 長門は数時間前、赤城と交わした言葉を思い出す。

 突然、編成内容を変えて欲しいと訴えられた時の事を思い出す。

 

 

『編成を変えろ、と?』

 

『はい』

 

『言っておくが、吹雪だけは外せんぞ。改になった吹雪を必ず第一機動部隊に入れる事。それは提督が残した指令書に明記されていた事だからな』

 

『わかっています。わたしが指定させて頂きたいのは吹雪さん以外の艦娘なんです』

 

『……理由を聞こう』 

 

『時々、頭の中で何かが……何かが囁くのです。わたし達をある方向へ常に誘う何か。まるでかつて起きた出来事を再び繰り返させようとしているかのような。長門さん、あなたはそんな大きな流れにも似た何か……──定めのくびきのようなものを感じた事はありませんか?』

 

『…………』

 

『思い過ごしかもしれません。でも、もし本当にそんなものがあるなら、わたしは……──わたしはその運命に抗いたい』

 

 

 そう赤城は言っていた。

 

「定めのくびき……か」

 

「信じるの?」

 

「……実を言うと暗号名AFが棲地MIを指すと判断した時、全くと言っていいほど迷いがなかった」

 

「──!」

 

 白状するように、長門は自分の気持ちを吐露する。その不可解な感覚を不安に思うような声色だった。

 

「なぜかそこだとわかったし、今もそれがあっている事に疑いはない。私達は絶対に棲地MIに向かわなければならないと……そう思ったんだ。まるで、何かに突き動かされるように」

 

 瞳を閉じた長門は甘えるように、傍にいた陸奥の豊満な胸に顔を寄せる。陸奥もまた、そんな長門の肩に優しく手を回した。

 

「陸奥、時々どうしても考えてしまうんだ。……我等はいったい何の為に存在しているのだろうな」

 

 珍しく弱音を零す長門に、陸奥は返答しなかった。彼女はただ慈しむように、まわした腕に熱を込める。問いに対する答えは得られなかったが、長門はその温かさから安心を得た。

 

 

「──それは次の戦いの後、はっきりするんじゃないかな」

 

 

 その問いに答えたのは陸奥でも、ましてや長門本人でもなく、不意に聴こえた第三者の声だった。

 

 声の主は遅ればせながらのノックをして指令室に入室する。指令室の扉は元から開いており、ノックは開かれていたドアをわざわざ叩いてのものだった。

 

「よりにもよって指令室のドアを開けっぱなしにするなんて不用心だね。まぁ、おかげで珍しいものが見れたわけだけれど」

 

 肩を竦めながら入室してきた人物──駆逐艦 時雨は微笑ましそうな笑みを浮かべて長門を見つめた。そういえば放送用の原稿を用意した時に閉め忘れていたなと思いつつ、なぜ時雨がそんな笑みを浮かべているのかと考えて、長門はハッと気が付く。そして咄嗟に陸奥から距離を取った。

 

「こ……これは違うぞ、時雨。これは……あれだ、脈を測っていたのだ。そう、陸奥の奴がこの頃不整脈と言うものだから──」

 

「誤魔化さなくてもいいよ。誰にでも甘えたい時があるし、甘えられる相手がいるのはとても幸せな事だ。それを偽る必要はないさ」

 

「ぬ……ぐっ」

 

「あらあら。時雨ちゃんの方が、アナタより大人みたいね」

 

 甘えていたところを見られて慌てる長門を陸奥が笑う。笑みの種類が異なるとはいえ、二人に笑われた長門は羞恥に耐えつつ、咳払いを一つ零し、なんとか威厳を取り戻す。

 

「ゴホン。……そろそろ来る頃だと思ってはいたが、それより時雨、先程の言葉の意味はなんだ。何がはっきりするというのだ」

 

「そのままの意味だよ。艦娘は強大な因果によってただ翻弄されるだけの存在なのか、それとも運命を打倒し、人類の為に自分達だけの未来を切り開ける存在なのか。僕等は今、その岐路に立たされているんだと僕は思ってる」

 

 時雨の言葉に陸奥は驚きを隠せなかった。赤城や長門が言っていた事を、より端的に言い表したものだった。対して長門は平静にそれを受け止める。

 

「やはり、お前は知っていたんだな。この絡み付くような感覚を。運命とも呼べる大きな流れを」

 

 以前、時雨と再会した時に確信した特異性。普通からは逸脱した特別な雰囲気。それを考慮すればこの程度驚きには値しない。

 

「ならば聞かせて欲しい。私が決めた艦隊編成や我等が進もうとしている道は間違っていないだろうか。……正直に言うと不安なんだ。次の一戦が重大であるのがわかるからこそ、決断する度に手が震える。恥も外聞も捨て、お前に聞きたい。──私の決断は正しいのだろうか?」

 

「残念だけど、僕はキミが望むような答えを持ってないよ。僕にも先の事はわからない。どうすれば運命を打倒できるのか。キミの判断は適切なのか。はっきりとした事は何一つないし、具体的になんて答えられない。実際に訪れる未来なんて誰にもわからないさ」

 

 時雨が認識するのは過去。このままではいずれ辿り着いてしまう、未来と言う名の過去の出来事だけだ。絶望は知っていても、希望を目にしたわけではない。

 

「長門、望む未来は結局自分の手で掴むしかないんだよ。運命に抗うのは簡単な事じゃない。でも、だからこそ価値がある。成し遂げる意義がある。……そう思わないかい?」

 

 自分にも言い聞かせるように時雨は長門に言った。壁は高いほど乗り越え甲斐があるだろう──と。その言葉に長門は唖然として、次の瞬間には思わず笑っていた。

 

「剛毅な奴だ。しかし、その通りだな。不安がっている暇はないか」

 

 今は自分を信じて進むしかないと、長門は考えを改める。成否は遠くない未来にわかるのだから。

 

「それで? お前はわざわざそれだけを教えに来た訳でもないのだろう?」

 

 保留にしていた、時雨がここにやってきた理由を聞く。時雨も思い出したかのように口を開いた。

 

「ああ、うん。僕もMI作戦に参加させてほしくてね。どうにか組み込んでくれないかと頼みに来たんだった」

 

「フッ。そう言ってくると思ってな、お前の出撃枠も用意してある」

 

「そうなの?」

 

「当然だろう。提督が指令書を見せてもいいと認めた艦娘に近海警備などさせては勿体ないからな。……お前には榛名、霧島、大井と共にトラック島へ赴き、主力艦隊の護衛についてもらう予定だ。主力艦隊には大和他、扶桑型戦艦も二人所属している。どうだ、お前にとって悪くない配置だろう?」

 

「──!」

 

 悪くないどころか、最高の配慮だった。扶桑と山城にまた会える。それは本当に嬉しい事であるのと同時に、あの二人も戦場に赴く事になったのかと時雨に複雑な気持ちを抱かせた。しかし、それは一瞬の気の迷いでしかない。なぜならば時雨は棲地MIに行くつもりがないのだから。

 

「……魅力的な話だけど、ごめん。僕は主力艦隊として棲地MIには行かないよ」

 

「なに?」

 

「MI方面ではなく、AL方面に向かう那智達の艦隊に加えてほしい」

 

 時雨は断腸の思いで長門の心遣いをはねのける。時雨の真剣な視線を受けて、長門は静かに息を吐くと腕を組んだ。

 

「……なぜ、とは聞くまい。それがお前の役割に必要な事であるのなら可能な限り都合はつけよう」

 

「ありがとう。それから僚艦として満潮も一緒に行動させてほしい」

 

「満潮は怪我を負っていたはずだが、それでも出撃させろと?」

 

「うん。本人もそれを望んでる」

 

「……お前の言葉を疑うつもりはないが、責任者としてそれには容易く頷けんな。直接満潮本人の意思を確認してから、実際どうするかを決める。それでいいな?」

 

 治療が済んでいるとはいえ、未だ負傷が完治していない艦娘を戦場に送り出すのは司令官として看過出来るものではない。それはその艦娘だけでなく、艦隊全体に影響を及ぼす。故に問わねばならない。それを承知した上で、それでも出撃する強い意思があるのかを。

 

「わかった。それで構わないよ」

 

 時雨も長門の言葉に頷く。

 

「そういえば、この頃のゴタゴタでお前たち第一特務隊の解隊は二の次になっていたな。丁度いい、もし満潮が出撃させられるようであれば駆逐艦 時雨と満潮を特務隊の名目で棲地ALに配置するとしよう。……だが、一つ留意しておいてほしいことがある」

 

「なにかな?」

 

「那智以下、AL方面に向かう艦娘には棲地ALに到着後、すぐさま棲地MIに急行してもらう。那智達には当日まで知らせず作戦内容を記した指令書を持参してもらい、現地にて指令書を開封、指示に従ってもらう予定になっている。これはまだ私と陸奥しか知らない、ついさっき決めたばかりの計画だが、確実に決行するつもりだ」

 

 棲地ALの攻略と見せ掛けて、棲地MIに戦力を集中させる。長門の考える陽動はそういう事だった。旗艦の那智にその事を当日まで知らせないというのは情報漏洩を警戒するにしても過剰であったが、時雨には長門の意図が理解できた。

 

「なるほど、敵を騙すにはまず味方からという訳か。それが提督の残した『全ては見せ掛け』って言葉の、キミなりの答えなんだね」

 

「ああ。敵と味方を欺き、提督が考案した作戦の根幹を揺るがす。それが私の導いた答えだ。……お前が言うように運命を打開する為の正解はわからない。しかし、少なくとも正攻法では駄目な気がしたんだ。ただ強大な戦力を投入するのではなく、MI作戦そのものの流れを変えるべきだと感じた。かつてはありえなかった一手。運命を騙し、運命を打倒する一手。それには賭けとも言える奇策が必要。そして、その奇策とは──“提督が残した作戦行動を書き換える事”だと私は判断した」

 

 提督は『全ては見せ掛け』と書き残した。その“全て”とは何か。それは助言を書き残した指令書そのものに他ならない。提督自身が残した指令書──そこに記された作戦内容こそが見せ掛けなのだと、長門は思い至った。

 

 直筆で書かれた部分だけが提督の伝えたかった真実。それ以外の作戦内容に関する記述は運命を欺く為の見せ掛け。『かつてのMI作戦』の書き写しであり、提督は長門がそれを書き換えてくれる事を期待した。他ならぬ艦娘の手によって改変される事を彼は期待したのである。

 

 その解答に至った長門に、時雨は感心を込めて頷いた。

 

「流石だね、長門。きっとそれは提督がキミに望んでいた決断だと思うよ」

 

「だとすれば赤城のおかげだな」

 

「赤城の?」

 

 意外な人物の名を聞いて時雨は首を傾げる。

 

「今朝やってきてな、お前と同じような事を言われたんだ。運命に抗いたいから編成を指定させてほしいとな。彼女の進言があったからこそ本日中に艦隊編成を発表出来たし、運命の存在を示唆してくれたおかげで私はこの結論に至れた」

 

「へぇ、赤城も運命を感じ取っていたんだね」

 

「そうらしい。今朝の口ぶりからすると、少なくとも私より明確な予感だったと思うぞ」

 

 思わぬ情報に時雨は少しだけ思案する。

 多くの艦娘達が運命の存在を薄々感じ始めているのはわかっていた。鎮守府を少し見回してみれば、そういう兆候は窺えた。なればこそ、次なる作戦において重要な位置にいる赤城がはっきりと自分の運命を感じ取れてもおかしくない。むしろMI作戦にあまり関わりのない自分なんかよりも、彼女がその予感を得ている方が自然とすら言えるだろう。

 

 納得して時雨は頷く。

 

「とにかく、キミのプランはわかったよ。棲地ALに着き次第、那智達は棲地MIに向かわせる。でも──」

 

「──お前達はMIに行かない、と言うのだろう?」

 

「うん」

 

「フッ、わかっているさ。……西方から参加する龍驤と隼鷹にはそのまま棲地ALの制圧を命じている。第一特務隊はその支援として残れ。何をするつもりかは知らんが、ALに居残る為の言い訳にはなるだろう」

 

「出来れば那智に渡す指令書の内容も指定させてほしい」

 

「ならば今日の深夜にここへ来い。こちらの都合を優先するが、可能な限りお前の意見も取り入れてやる」

 

 長門の理解ある言葉に、時雨は感謝の笑みを零す。

 

「ありがとう、長門。そして色々面倒を掛けてごめん。大きな借りが出来たね」

 

「構わん。お前はお前の役目を果たせ」

 

「うん、必ず」

 

 時雨は期待を受けて力強く頷く。長門も威厳を残したまま、信頼を感じさせる笑みで返答する。そうして時雨は指令室から去っていった。

 

 時雨のいなくなった指令室で沈黙を保っていた陸奥が長門に問い掛ける。

 

「ねぇ長門。あの子がしようとしている事……、いいえ、あの子の役目をアナタは知っているの?」

 

「……いや」

 

 陸奥の問いを否定した長門は腕を組んだまま瞳を閉じる。

 

「アイツは私達よりもずっと先の光景を見ている。到底、見透かす事は出来ん。……なぁ陸奥。時雨は我々では見通す事の出来ない真っ暗な未来に光を見出している──……そんな目をしていたとは思わないか?」

 

 転じて陸奥に問い返す。彼女は小さく頷いて、しかし、視線を逸らした。

 

「でも、あの子を見ているとなんだか不安になるわ。彼女の目には強さを感じるけれど、それと同じくらい儚さも感じてしまう。何かを残して、気付いた時にはいなくなっている。そんな儚さを……」

 

 陸奥の言葉を聞いて、長門は薄らと瞳を開ける。その赤の瞳は揺れずに、ただ憂いだけを帯びていた。

 

「……時雨の見つめる未来に、アイツ自身がちゃんと居ればいいのだがな」

 

 


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