艦これ Side.S   作:藍川 悠山

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 指令室を出た時雨は鎮守府内を歩き回っていた。それは赤城を探す為。運命の存在を感じ取っていたという彼女を探し回り、そして見つける。彼女ではなく、彼女の艦載機を空に見つけた。

 

 空母の訓練として鎮守府内で艦載機を飛ばしているのは、そう珍しい話ではない。それに加え、艦載機達は綺麗な編隊を組んで自由に空を舞っている。その錬度の高さは当鎮守府に置いても、赤城もしくは飛龍の艦載機達くらいのものだろうと、時雨は判断した。

 

「進路から見て、発艦位置は……」

 

 艦載機の進路から飛び立った地点を予測して歩を進める。そうして時雨は赤城本人を見つけた。埠頭の桟橋に正規空母 赤城は姿勢よく立っていた。手には弓を持ち、帰ってくる艦載機を待つように遥かな海を眺めている。

 

「こんにちは、赤城」

 

 そんな赤城に時雨は話しかけた。挨拶を背に受け、彼女は振り返る。

 

「あなたは……、時雨さん。ええ、こんにちは。珍しいですね、あなたが話しかけてくるなんて」

 

「そうだね。二人だけで話をするのは、これが初めてかな」

 

 赤城にとって時雨が話しかけてくるのは意外な事だった。これまで特別関わりを持たず、あくまで数多いる駆逐艦達の一人だと認識していた。決して親しくはない。故に、たまたま通りがかったから挨拶をしただけなのかとも思ったが、しかし、どうもそのような様子でもなかった。

 

 時雨の瞳には何かを感じる。訴えてくる何かを。

 

「何かご用でしょうか?」

 

「いいや、用はないよ。ただ少し心配でね。明日、MI作戦が実施されるからさ。キミの調子が悪いと色々支障が出てくるだろ? だから、心身共に具合はどうかなと思ってね」

 

「心配はありがたいけれど、わたしは大丈夫です。身体はこの通り元気だし、艦載機達も上手く飛ばせていますよ」

 

「そうか。なら、よかった。キミは──いや、キミ達一航戦と二航戦はこれからも失われてはいけない戦力だからね。万が一にも“全滅”なんて事になったら困るんだ」

 

「──ッ!」

 

 時雨の発言に赤城は声を詰まらせた。自分達が壊滅する未来を夢の中で目の当たりにした彼女にとって、時雨の言葉は今最も深くに刺さるものだった。

 

 その反応を時雨は見逃さない。そして、赤城の認識のほどを察した。彼女がどれだけ自分の運命を自覚しているのかを確認する為に、時雨はわざわざ不吉な事を口にしたのだ。

 

「やはり、そこまで感じ取っていたんだね」

 

 祥鳳と同じだ──と、時雨は思う。

 その運命に対して強い因果を持つ者ほど、はっきりとした予兆を感じ取る事が出来るのだと、考えてみれば当たり前の事を思った。

 

「なに……を」

 

 時雨の見透かしたかのような視線と言葉を受け、赤城は戸惑いの声を漏らす。

 

「MI作戦にて、キミ達一航戦と二航戦は壊滅する……──そういう予感や夢を感じ取った事があるんじゃないかな?」

 

「どうして、それを……!」

 

「僕もその結末を知っているからだよ」

 

「時雨さんも……? そう……、長門さんも薄々感じていたみたいだから、わたしだけが特殊ではないと思っていたけれど、意外な人がそうだったのね」

 

 赤城の受容は早かった。鎮守府の艦娘達が自分ほどではないとはいえ、何かを感じ取っている事を雰囲気から察していた為、驚きはそれほど大きくはなく、その事実を受け入れるのに時間はかからなかった。むしろ、自分が夢に見た運命を時雨が知っていると聞いて、自分だけの幻覚ではないと安心を覚えたくらいだった。

 

 そうして赤城は小さく笑う。

 

「カマをかけるなんて意地が悪いですね。単刀直入に聞いてくれればよかったのに」

 

「ごめんね。どこまで知っているのかわからなかったから探らせてもらったんだ。いきなり『キミ達は全滅する運命なんだけど知ってた?』とか聞いたら驚くと思って」

 

「十分驚きましたけどね。にしても、あなたは想像していたより、なんていうか……遠慮がないんですね」

 

「あはは、よく言われるよ」

 

 時雨の人となりを知らなかった赤城は苦笑しつつ、しかして、問いを投げ掛ける。

 

「時雨さん。あなたは運命を変える方法を知っているんですか?」

 

 知っているのなら教えて欲しい、と赤城は言う。長門にも同じような事を聞かれたな、と時雨は首を振った。

 

「わからないよ。けど、みんな手さぐりで探してる。キミのように運命に抗おうと手を尽くしている人達がいるんだ。僕もその一人さ。だから大丈夫。僕は僕の、キミはキミの役割を果たせばいい」

 

「わたしの、役割」

 

「それがなんなのかは、キミが見つけて、キミが決める事だ。でも、一つだけ伝えておくよ。助言というより応援みたいなものだけど、運命と戦う上で最も重要な事だから」

 

「それは……?」

 

「陳腐な言葉で言えば、“最後まで諦めない事”──だよ。人の意思は不可能を可能にすると、僕はこの目で見たし、教えられた。これだけは確信を持って言える。運命を変えるのは未来を夢見る、人の意思だって」

 

 時雨は祥鳳の輝きを見た。死の恐怖に立ち向かい、必死に戦い、最後の最後まで彼女はその命を燃やした。それは運命を越えるには僅かに届かないものだったが、確かにあと一歩まで運命を追い詰めた。時雨はそれを知っている。

 

 西方のゴトウ提督からは言葉と行動を以て、運命は越えられる事を教えられた。決して不可能な事ではないと、人の力というものを見させてもらった。もし、かつての艦艇達が人の身に魂を宿らせた理由があるとするのなら、それはきっと運命に抗う為。艦艇達はかつて自身に乗せていた人間の力を信じたのだ。時雨はそれを知っている。

 

 だからこそ、その言葉を贈った。

 

「……最後まで諦めない事」

 

「うん。それだけは覚えておいてほしい。……まあでも、キミの傍には彼女がいるから、そう簡単に諦めている暇はないかもしれないけどね」

 

「彼女?」

 

「キミの護衛艦になった吹雪の事だよ。ひたむきに頑張ってる彼女を見てると、それに応えてあげたくならないかい?」

 

「ああ……」

 

 時雨の言う事はなんとなくわかった。提督がなぜ彼女を鎮守府に招いたのかは未だにわからなかったけれど、それでも赤城にとって吹雪という駆逐艦は己を正す鏡のように感じていた。自分と似ている訳ではない。しかし、彼女の真摯な姿勢を見ていると、その眼差しを裏切りたくないと思えた。故に律する。彼女が憧れる先輩でいたいと、赤城はいつだって思っていた。

 

「そうですね。確かに、あの子より先に挫ける事は考えられません」

 

「だよね。だから、僕等も頑張らないといけないよ。吹雪に負けないくらいにさ」

 

「ええ。……ありがとう、時雨さん。自分の考えが正しいのか迷っていたけれど、光明が見えた気がします」

 

「それは何よりだね。それじゃあ、僕はいくよ。そろそろ日も暮れる」

 

 赤城の背後にある海に日が沈んでいく。最後になるかもしれない、その夕暮れを時雨は瞳に焼き付けた。そして踵を返し、桟橋から去っていく。

 

「──時雨さん!」

 

 赤城に呼び止められ、半面だけ振り返る。

 

「あなたは明日どうするんです。もしよければ、わたしが長門さんに掛け合って第一機動部隊に編入を──」

 

「──ううん、それはいらない世話だよ。言っただろう? 僕には僕の役割があるんだ。その役割はキミ達と一緒じゃ果たせない」

 

「そう……ですか」

 

「赤城。未来を切り拓くのはキミ達だよ。僕がするのはその手伝いだ。何があっても余計な手出しはさせないから……、だから勝とう。明日の戦いは絶対に」

 

 時雨の決意の込められた言葉に赤城は力強く頷く。それに満足した時雨は、今度こそ桟橋から去った。

 

 

 夕日に照らされる鎮守府を歩く。

 残照は眩しく、そして暖かい。朝の寒さはとうに消え、暫くすれば生温い夜が待っているだろう。運命の日の前日は、いつも通りのそんな夜か──と時雨は思った。

 

「あっ、時雨ちゃん!」

 

 不意に角から現れた人影は時雨を見るや否や快活な笑顔を振りまいた。噂をすれば影。その人物は駆逐艦 吹雪だった。

 

「やあ、吹雪。キミはいつも元気そうだね」

 

「うん! わたし、元気なのが取り柄だから! あっと、そうだ。今さっき赤城先輩の艦載機が見えたんだけど、時雨ちゃん、赤城先輩がどこにいるか知ってたりしないかな?」

 

「赤城なら桟橋にいるよ」

 

 あっさりと時雨は答える。隠すような事ではないし、吹雪と話す事は赤城にとっても有意義だろうと気遣った。

 

「そうなんだ、ありがとう! じゃあね、時雨ちゃん!」

 

「──待って吹雪」

 

 桟橋へと走り去ろうとする吹雪を止める。

 

「ん、なに?」

 

「明日のMI作戦、頑張ってね。夕立の事もよろしく頼むよ」

 

「うん、任せて! ──って言いたいけど、第一機動部隊の中ではわたしが一番錬度低いと思うから活躍とか出来ないと思うけど……でも、頑張るよ! 精一杯、期待してくれるみんなの分まで!」

 

「ああ、キミはそれでいい。キミの頑張りは人を動かす。きっと運命ですらも……」

 

「……? よくわからないけど、わたしは行くね。それじゃあ!」

 

 手を振りながら吹雪は去っていく。時雨はその姿が見えなくなるまで、それを見つめ続けた。

 

 


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