艦これ Side.S   作:藍川 悠山

66 / 94
07

 

  7

 

 

 日が沈み、夜を間近にした頃、駆逐艦 満潮は戦艦 長門と対峙していた。艦娘寮のエントランス、その隅で小さく言葉を交わし合う。

 

「自分の負傷を弁えた上で、それでも尚、お前の意思に変わりはないのだな?」

 

「はい。私を時雨と一緒にALへ向かわせてください」

 

「万全でない状態の者を戦場に送らせる危険性は承知しているな? 場合によってはお前自身だけの被害では済まない。味方の負担を増やす結果になるやもしれん。それを理解して言っているんだな?」

 

「はい。それでも私はアイツと一緒に戦うと決めました」

 

「……なるほど、意思は固いか。だが、時雨の事が心配だからという理由で了承する訳にはいかんな。友人が行くから自分も行くなどという子供の理屈はまかり通らないぞ」

 

 満潮が作戦に参加する事を否定する長門に、満潮は首を横に振る。その様子は落ち着いていた。

 

「いいえ、時雨の心配なんてしていません。アイツならどんな状況もたった一人でなんとかするでしょう。確かにアイツを支えてやるつもりではいますし、同じ目的を持っていますが、どれも私の戦う理由ではありません」

 

「ほう……、その理由とは?」

 

 満潮は不遜な態度で胸を張る。その態度は堂々と腕を組んで仁王立ちする長門にも負けていない。

 

「『仲間の為に戦う事』です。……どうやら長門秘書艦は勘違いしているようだけど、別に私は『怪我をしているけど、足を引っ張らないから作戦に参加させて欲しい』って言ってんじゃないんですよ。これは戦力的な進言で……──」

 

 途中まで言って満潮は煩わしそうに頭を掻いた。

 

「あーっ、堅苦しい言い方だと面倒臭いからわかり易く言ってあげるわ。いい、長門秘書艦? 私はね──『みんなを守ってやるから作戦に参加させろ』って言ってんのよ」

 

 敬語をやめ、彼女らしい言葉で言い放つ。そこに強がりや見栄はなく、“自分を戦場に出さないと損をするぞ”──と上官である長門に忠告するような物言いだった。

 

 対する長門は鼻で笑いを零す。

 

「フッ──大きく出たな、小娘め。できるのか、お前に?」

 

「できるできないじゃなくて、やるのよ。私はそうやって生きるって決めたの」

 

 互いの眼光がぶつかる。冷たさを帯びた長門の瞳と熱を秘めた満潮の瞳。その睨み合いを制したのは──満潮だった。長門は瞳を閉じ、静かに口を開く。

 

「なるほど……、大きく成長したのは時雨だけではなかったというわけか。そこまで熱意の込められた視線は生半な気持ちで出来るものではない」

 

 眩しさすら感じられる一直線な想いを、長門は満潮の瞳に見た。強い。その瞳は何物よりも強く輝いている。ならば否定はできない。時雨と同じモノを見てきた彼女が自分で決めた事だ。そんな満潮の答えを無下にするなどできるはずもない。例えそれが果てなき理想だったとしても。

 

「いいだろう。お前の可能性に私も賭けてやる。──……駆逐艦 満潮ッ! 皆を守り、そしてお前も生還しろ! それが第一特務隊旗艦に下す、ただ一つの任務だ! ……出来るな?」

 

 最後の問い掛けだけは優しい声色で長門は言う。望んでいた返答を聞いて、満潮は強気な笑みを浮かべた。

 

「ったりまえでしょ」

 

 当然の回答を口にして、小さく敬礼を返す。その無礼とも言える態度に満足しながら、長門は「そうか」──と頷き返して艦娘寮から出ていった。

 

 それを見送った満潮は敬礼していた右手を下ろし、石膏で固められた左腕に力を込める。僅かに石膏が軋んだが、しかし、そこに自由はなかった。左腕はやはり使えない。

 

「それでもよ」──そう満潮は口にして、見据えた理想に火を灯す。

 

 もう二度と哀れな理想論者にはならないと、あの日流した後悔の涙に誓った。そして自分の先を歩む天龍の後押しを受けた。片腕が使えずとも、この理想だけは揺るがない。否。元より駆逐艦 満潮に迷いはなかった。それは原初からあった願い。『駆逐艦 満潮』の源衝動。故に、最初から最後まで彼女は彼女で在り続ける。

 

「──満潮」

 

 不意に声をかけられ、視線を声の方に向ける。二階に続く階段から降りてきた位置、そこに満潮の姉妹艦──朝潮が心配そうな表情で立っていた。

 

「ごめんなさい、長門秘書艦との話を聞いてしまったわ」

 

 日が沈んだとはいえ、ここは艦娘寮のエントランス。偶然会話が聴こえる事もある。しかしながら、偶発的とはいえ盗み聞きをしてしまった事に、真面目な朝潮は申し訳なさそうに謝った。

 

 そして、その整った顔を曇らせながら、彼女はゆっくりと満潮に歩み寄る。

 

「構わないわ。こんなところで話をしていた私達が悪いもの」

 

 すぐ隣へ近付いた朝潮に目を向けたまま満潮は気遣った。だが、朝潮の表情は晴れない。彼女が見つめるのは、やはり満潮の左腕だった。二人は姉妹であり友達。片腕が使えない状態で戦場へと赴こうとする妹を心配しない姉はおらず、無茶をしようとする友人を止めるのも友達の役目だ。故に、続く言葉は当然のものだった。

 

「その腕で、作戦に参加するつもりなの?」

 

「聴いていたのならわかるでしょ」

 

「……危険だわ」

 

「わかってる」

 

「だったら──」

 

「──それでも行くと決めたの」

 

 問答は淡々と静寂の中にこだまする。

 波のない声に感情を込めて朝潮は満潮を説得しようとし、対する満潮は朝潮が言わんとする事を把握しているように即答していく。その声色は穏やかなものだった。

 

「快く送り出して欲しいとは言わないわ。でも、わかってほしい。ここで行かなかったら、私は一生後悔する。その確信があるのよ。だからお願い。私を行かせて」

 

 守るべき生命がある。果たすべき使命がある。戦うべき運命がある。そして、貫きたい信念と叶えたい理想がある。その全ては次の一戦に収束している。全ては明日に終わりを迎え、全ては明日から始まっていく。人類史の分岐点。特異点とも呼べる因果の終着点にして起点。『駆逐艦 満潮』の生き方にも一つの解答を得られると、そんな予感が確かにあった。

 

「…………」

 

 朝潮は少しだけ沈黙して、眉間に込めた力を緩める。

 

「いつもみたいに突っぱねないのね」

 

「え?」

 

「今までのアナタだったら『うるさい』とか『私の勝手でしょ』とか言って、ワタシに理解なんて求めなかった。でも今はちゃんと言葉を尽くしてくれる。……少し寂しいけど、もうワタシのお節介は必要ないみたいね」

 

「朝潮……」

 

「行ってきなさい、満潮。今のアナタなら、アナタが掲げた高い目標だって果たす事ができるはずよ」

 

 慈しみを込めて朝潮は満潮に微笑む。その優しさに報いるように、満潮も潤んだ瞳で笑顔を浮かべた。

 

「いつも心配させてごめん。あと……いつも心配してくれて、ありがと」

 

「……うん」

 

 真面目な姉と手の掛かる妹。そんな姉妹はこうして初めて笑い合った。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。