艦これ Side.S   作:藍川 悠山

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 黎明の時がきた。

 朝日が昇り、夜を明かす。白い空の下、鎮守府に所属する全ての人間が例外なく海を見つめた。

 

『諸君、遂にこの時が来た。いよいよMI作戦が発動される。我々にとって、これはかつてない規模の大作戦となる。今後の我が方の戦い、全ての帰趨を決すると言っても過言ではなかろう。本作戦の目的は敵の空母機動部隊を叩く事にある。その為に棲地MIを攻撃目標とし、ここを攻撃する事で敵機動部隊を誘き出し、撃破する。この作戦は提督の意志だ。その想いは常に我等艦娘と共にある。──諸君、暁の水平線に勝利を刻むのだ!』

 

 戦艦 長門の号令が発せられ、出撃が始まる。

 まずは主幹となる第一機動部隊が海に降り、主力部隊が後に続く。そこから少し遅れて陽動部隊が出撃し、最後に特務部隊の二人──満潮と時雨が海を進み出した。

 

 振り返れば見送りに来た艦娘達で港は満ちている。親しき者、さして交流のない者。様々な顔があったが、しかし、その想いは同じ。皆が作戦の成功を祈り、全員の生存を願っていた。見送られる側としては、これ以上のない応援。或いは重圧とも感じられる期待の眼差しであった。

 

「ねぇ満潮」

 

「なによ」

 

「ちゃんと帰ってこよう。みんな一緒に」

 

「当たり前でしょ。誰もがそれを望んでいるんだから、きっと大丈夫よ」

 

「うん、そうだね」

 

 短く言葉を交わして、二人の特務隊は重巡洋艦 那智が率いる陽動部隊に合流する。

 

「那智、僕等は前方に展開するね」

 

「ああ、よろしく頼む」

 

「それと長門から作戦指令書は受け取ってる?」

 

「勿論だ。時間がきたら開封するよう指示されている」

 

 那智の返答に頷いて、時雨と満潮は陽動部隊の前衛につく。後ろに続くは那智、球磨、多摩、暁、響、雷、電。ひとまず彼女達は西方より加わる第四航空戦隊──龍驤・隼鷹との合流地点を目指す。

 

 運命の日。その早朝は静かに、しかして、着実に過ぎていった。

 

 

  -◆-

 

 

 中央の鎮守府から順次出撃していく艦娘を南方の断崖より見下ろす者が二人いた。一人は女。一人は男。女は切り立った崖に立ち、男は一歩引いた所から海を見下ろしている。

 

 最後に出撃した特務隊──特に時雨を注視した二人は彼女達を見送ると口を開く。

 

「駆逐艦 時雨は主要部隊ではなく、陽動部隊としてALに向かいましたか。どうやら彼女は貴方の期待通りに動いてくれたようですね」

 

 女が言う。男は頷く。

 

「断片的な情報だけでよく自分の役割に気付けたものです。私なんて貴方に一から十まで教えてもらわなければ、今、こうして海を望む事すらなかったというのに」

 

 肩までの髪を揺らし、女は自嘲を漏らす。男はそんな女の肩に手を置いた。

 

「ええ、わかっています。私も自分の──自分だけの役割を果たします。その為に私は訓練課程を繰り上げて、ここまでやってきたのですから。……本来ならば存在しない戦力として、この大鳳、運命を翻弄してみせましょう」

 

 女──装甲空母 大鳳は凛々しい表情を男へと向ける。大鳳の返答に満足した男は踵を返し、その場から真下の鎮守府へ歩を進めた。

 

「行くのですね、提督。貴方の戦場へ」

 

 振り向く事もなく、男は軍服の上着を羽織り、その背中で語る。

 全てはこの日の為。試行錯誤を重ね、数多の犠牲を生み、ようやく辿り着いた今日という日。あらゆる手練手管を用いて布石を打った。そして、その布石達は期待に応えてくれた。状況は盤石。ならば、後は王手を打つのみ。

 

 その一手はきっと──

 

「…………」

 

 寡黙な男は夢に見た少女へと想いを馳せる。

 駆逐艦 吹雪。彼女は知らないだろう。自分の知らぬ間に、多くの者達の願いが繋がり、それが道になっているという事を。その期待が自分の双肩に圧し掛かっている事すら知らないだろう。だが、それでいい。気負う必要はない。普通な君は、思うままに未来を夢見ればいい。それがきっと誰もが望む未来へと繋がっているのだから。

 

 寡黙な男は自分と同じ少女へと想いを馳せる。

 駆逐艦 時雨。彼女は知っているだろう。自分の失敗が全ての崩壊に繋がっている事を。彼女には辛い役目を押し付けた。恨むがいい。憎むがいい。私はその全てを受け入れよう。だが、どうか役割を果たして欲しい。その役割は特別な君にしか出来ない。特別な夢を見る君は、誰よりも過酷な現実と戦わなければならない。それがきっと君が望む未来へと繋がっているのだから。

 

 二つの鍵はそれぞれの戦場に向かった。それに続いて彼はゆく。

 運命の鎖に囚われた艦娘という存在を解放する為に、男は提督として鎮守府へと舞い戻る。

 

 

 

 

 -艦これ Side.S ep.5『それぞれの戦場』完-

 

 

 


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