艦これ Side.S   作:藍川 悠山

69 / 94
01

 

  1

 

 

 早朝より出発した陽動部隊は昼前に第四航空戦隊との合流地点に到着した。そこには既に二人分の影が立っている。小さな影と大きな影。軽空母 龍驤と隼鷹である。

 

「やーっと来たか。中央の子らはのんびりさんやね」

 

 やれやれと肩を竦めながら、龍驤はそんな言葉で那智率いる陽動部隊を出迎えた。その龍驤に那智が代表として反応する。

 

「待たせてしまったようですまない。だが、合流時刻には間に合っているはずだ」

 

「待ち合わせには、せめて十分前に着いておくもんやで。社会人の常識やよ。後ろのちびっこ達はともかく、キミは大人なんやから気を付けや」

 

「作戦行動においては時刻丁度に合わせるのが最適解だと思うがな。合流地点に留まる時間は双方とも極力短時間で済ませるべきだ」

 

「せやな。その判断は正しい」

 

 那智の意見に龍驤はあっさりと迎合する。そして「ま、早く来すぎて待ちぼうけをくらったもんやから、つい愚痴っちゃっただけや。笑って許してな」と悪びれる様子もなく快活に笑った。

 

 なんとも掴みどころのない龍驤の言動に那智はやや困惑しながら、隣にいた彼女と面識のある時雨へと問い掛ける。

 

「彼女はいつもこんな感じなのか?」

 

「いや、僕が知ってる限り、誰に対しても誠実な人だったと思うけど」

 

 時雨も不思議そうに、へらへらしている龍驤を見つめる。そして、ふと気が付いた。僅かだが、彼女の頬が赤いと。

 

「龍驤……、もしかしてキミ酔ってるの?」

 

「よぉわかったね。いい感じにほろ酔いなんやな、これが」

 

「またどうしてそんなことになってるのさ」

 

「どーもこーも、このおたんちんアホが酒なんか持ってくんのが悪いんや。おう後輩、元凶たるキミが説明せい」

 

 龍驤は頭に付けた鋼鉄のサンバイザーで隣に立つ隼鷹の胸部をつついた。つつく度に隼鷹の豊満な胸部は元気よく揺れる。

 

「あたっ、痛いッスよ先輩」

 

「ほれほれ、無駄にでっかい乳をつつかれたくなかったら、さっさと説明しいや」

 

「はいはい、わかりましたわかりましたよー。……えっと、合流地点に早く着いたんで、少しの休憩がてら先輩が水分補給をしようとしましてね。携行飲料はアタシが持ってたんで、先輩に渡して、先輩がそれを飲んだら、この通りってわけなんだよねー。アハハー」

 

 腰に引っかけたひょうたんを見せながら隼鷹はそう言った。それに龍驤の眼光は鋭くなる。

 

「携行飲料に大吟醸持ってくるアホがどこにおんねん! 普通に水持ってこいって言ったやろが!」

 

「いやぁ、アタシにとって酒は水みたいなもんだし」

 

「あーもう、コイツに備品の調達を任せたウチが馬鹿だったわ、ホンマ。訓練の時は真面目にしてるから、ちっとは艦娘としての自覚が芽生えてきたと思ったけど、相変わらず性根は酔っ払いのままなんやね、キミは」

 

「やだなー、そんな褒めないでよー」

 

「褒めとらんわーーーっ!!」

 

 そうして龍驤は渾身の力で隼鷹の胸部をつっついた。豊満な胸部の弾力にも負けずにサンバイザーの先端は胸に沈み、そして反発を以て胸は揺れる。隼鷹は痛がっている様子だったが、傍から見ている陽動部隊の面々からしたら愉快な光景だった。

 

「まぁなんだ。面白い人物達であるのは理解した」

 

「うん。悪い人達ではないよ、決して」

 

 那智と時雨が感想を述べる。

 その後ろで第六駆逐隊の暁・響・雷・電も二人──特に龍驤の方を見つめていた。

 

「まったく、一人前のレディには程遠い人達ね。片方は色々とちっこいし」

 

「ハラショー」

 

「へぇ。あんな色々小さいのに空母なのね、あの人」

 

「い、雷ちゃん! 失礼なのです!」

 

 それぞれ好き勝手に感想を呟くのを聞いて、満潮が怪訝な顔をする。

 

「お子様は黙ってなさいよ」

 

 そして、ぼそっと呟いた。

 その呟きは四人の耳に届いたのか、暁がムッと表情を強張らせて満潮に視線を向ける。

 

「お子様言うな。それにちっこいのは満潮も一緒でしょ」

 

「誰も見た目の事なんか言ってないわ」

 

「ふーん。でも、暁は知ってるのよ。あなたが身長低い事を気にしてるの。鎮守府にいる時は毎日欠かさず牛乳飲んでるのも知ってるんだから!」

 

「…………」

 

 満潮はその挑発に言い返さず、露骨に不機嫌そうな顔で暁を睨み付ける。暁に弱みを突かれながらも、有無を言わさぬ迫力がそこにはあった。

 

「うっ」

 

 その視線を受けて、暁がたじろぐ。そんな姉を庇うように響が暁の前に出た。

 

「…………」

 

 彼女は言葉もなく、じっと満潮を見つめ返し、その底の見えない瞳を向けた。満潮の眉間にしわが寄る。厄介な事に、その透明な瞳は、満潮が最も不得手とする時雨のものによく似ていた。

 

「なになに、ケンカ?」

 

「ケ、ケンカは良くないのです」

 

 不穏な雰囲気を察した雷と電も暁の周りに集まってくる。四人に視線を向けられ、仕方なく満潮は目を逸らす。一つ溜め息を吐くと、横目で四人を再度睨んだ。

 

「ともかくアンタ達、言葉を選びなさい。あの龍驤って人はアンタ達の軽口程度で怒りはしないだろうけど、彼女の実力を知っている身としては不愉快極まりないわ」

 

「な、なによ。あの人の為に怒ってたの?」

 

「後々のアンタ達の為に忠告してやってんのよ。彼女の手腕を見て、さっきの発言を恥ずかしく思わないようにね」

 

 それだけを言い残して、満潮は前列の方へと移動していった。

 満潮の意味深な言葉に首を傾げながら、しかし、第六駆逐隊の面々はそれ以上龍驤を揶揄するような事は言わなかった。

 

「賑やかだクマね~」

 

「でも、そろそろ真面目に移動し始めなくていいのかにゃ」

 

 龍驤と隼鷹が合流して騒がしくなった陽動部隊の様子を一歩引いた所で見守っていた軽巡 球磨と多摩のそんな呟きで、停滞していた進軍は動きだす。目的地は棲地AL。ここより先はいつ深海棲艦と遭遇してもおかしくない海域。緩んだ気合いを入れ直し、陽動部隊は進路を取った。

 

 

  -◆-

 

 

 先行する時雨と満潮の頭上を哨戒機が通り過ぎる。その編隊は前方へ扇状に広がり、瞬く間に見えなくなった。

 

 哨戒機を放った隼鷹が一息を吐くと、腕に巻いた掛け軸のような飛行甲板を丸め、一本の巻物へと収納した。隼鷹及び龍驤はこの巻物と艦載機を内包した形代を用いて航空機を発着陸させている。適性のある者しか扱えない『航空式鬼神召喚法』と呼ばれる手法であり、主流となる弓術を用いた発着艦技法に比べればマイナーではあるが、軽装で済む分、習熟すればその利便性は弓術式を上回る神秘の技法である。

 

「ちょっと先輩も働いてよー」

 

「キミが酔わせたせいでやる気でえへん。責任取って索敵くらい一人でやりや」

 

 愚痴る隼鷹をあしらう龍驤は、自分の巻物を腰に吊り下げたまま、ふらふらと航路を進む。瞳はとろーんと落ちかけ、今にも眠ってしまいそうだった。

 

「龍驤。本当に大丈夫か? 要である空母がそれでは困ってしまうぞ」

 

「あぁ、だいじょぶだいじょぶ。事が起きればしゃっきりするから心配せんといてや。それに隼鷹の奴に経験も積ませてやらなきゃならんしね。周辺警戒くらいウチの補助がなくても出来るようになってくれんと困るわ」

 

「なるほど、そういう意図もあるのか。その酔いがどこまで演技かは知らんが、しかし、その瞼が落ちた時はげんこつを覚悟してもらうぞ」

 

「はいはい。肝に銘じておきますよ」

 

 隼鷹が哨戒機で周辺を索敵し、駆逐艦達が周辺警戒を徹底する中、陽動部隊は順調に歩を進めていく。やがて、正午になろうとした頃。哨戒機が何かを発見した。

 

「おっと、三番哨戒機ちゃんより入電。AL方面の諸島を観測したってさ」

 

「駐屯している敵戦力は?」

 

「今んとこ見当たんない。深海棲艦がいた形跡もないね」

 

「守備隊がいないとは妙だな。……ともあれ道中は会敵する事なく棲地ALまで進めたか。隼鷹は引き続き索敵をしてくれ。伏兵が潜んでいるやもしれん。駆逐艦達もだ。気を緩めるな、ここからが本番だぞ」

 

 那智の指示に全員が了解の意を返す。

 しかし、それから彼女達が諸島の一つを目の前にするまで警戒は続けられたが、敵影を捉える事は一切なかった。島の周辺を肉眼で視認しても尚、敵の気配は感じられない。不気味なほどに静かだった。

 

「幸運にも敵の配置の穴を突けたのか、或いはこちらの攻撃を予測し、敵の方から身を引いたのか。さて……」

 

 緑が生い茂る島々を眺めながら、那智は顎に手を置く。思考を巡らす那智に隼鷹が言う。

 

「向こう三つの島まで偵察に行かせたけど、どこも敵なんていないみたいだよ」

 

「そうか、御苦労。争わずに占拠できるとは喜ばしい事だが、些か拍子抜けだな。まあいい。──各員、上陸の準備をしろ! 妖精用の通信施設を設営し、AL諸島を観測下に置く!」

 

 号令を放つ那智に時雨が耳打ちをする。

 

「待って那智。そろそろ長門の指令書を開封する時刻じゃないかな」

 

「ああ、そうだったな。少し早いが、行動を起こす前に確認しておくか」

 

 時雨の忠言を受け、筒に入った指令書を那智は開封した。書類は一枚。防水性の用紙に端麗な文字でそれは記されている。

 

『この指令書を確認次第、次の行動に移られたし。第四航空戦隊を除く那智以下陽動部隊はすぐさま南下し、急ぎ棲地MIへと向かえ。当AL作戦は敵の虚を突く見せ掛けなり。ALの制圧は第四航空戦隊に一任し、MI攻略部隊と合流を果たした後、直ちに敵勢力を撃滅せよ。──但し棲地ALに敵勢力が配置されていた場合、第一特務隊を切り離し、第四航空戦隊の支援にあてられよ』

 

 記された命令に目を通した那智は「そうきたか」と先程の指示を撤回する。

 

「総員聞け! 先の号令は無しだ! これより我が艦隊は南下を開始し、棲地MIを目指す! これは指令書に書かれた正式な命令だ!」

 

 那智の声に多くの者が首を傾げる。特に第六駆逐隊は顕著だった。

 

「どういう事なのです?」

 

「どうやら我等は別動の急襲部隊であったようだ。ここの制圧は龍驤と隼鷹に任せ、MI攻略部隊と合流せよとある。故に龍驤、この海域の制圧、任せられるか?」

 

「ええよ。元よりそういうオーダーを長門から受けとったからね。敵がいないなら、ウチら二人だけでも余裕のよっちゃんイカや」

 

 指令書を簡単に確認した龍驤はそれを那智に返し、自らの仕事に納得する。元々龍驤達は外部の戦力。重要な局面に用いられるとは思っていなかった。

 

「敵がいないからと警戒を怠るなよ」

 

「いらん世話やね。既にここの制空権はウチらにある。空に目がある以上、不意打ちなんざ受けへんさ。……さ、いきなよ。出遅れて祭りに参加し損ねてもしらんよ?」

 

「フッ、後の祭りは御免だな」

 

 笑みを零して、那智は誰よりも先に進路を南に取った。旗艦として後に続く者を先導する為、龍驤達──第四航空戦隊から離れていく。

 

「作戦は一刻を争う。故にゆくぞ! この那智に続け!」

 

 気合いと共に指示が下される。

 意見する者はいない。旗艦である那智が判断した事に文句などない。彼女を信頼するからこそ、艦娘達の行動は早かった。言葉もなく、アイコンタクトだけで動きだす。──けれど、ただ一人、そうではない者がいた。

 

「了解! “僕等”は棲地MIに南下するよ!」

 

 特務隊の時雨だけが自分達の行動内容を復唱した。特別おかしな事ではない。命令の復唱は軍属として当然の習慣である。しかし、それはやや不自然でもあった。……一つに。普段もの静かな時雨にしては大きな声だった事。二つに。復唱にしてはくだけた口調だった事。最後に。わざわざ“僕等”の部分を強調した事。

 

 それらの点から、この場の全員がふと不思議に思った。先導する那智は不可解に思い、時雨の方、即ち後方を振り向き──それを目撃した。

 

「な────!」

 

 不意に立ち昇った水柱。時雨の後ろのそのまた後ろ。ちょうど龍驤達が目を向けていた島々の前へと立ち塞がるように、水柱が高く噴出する。それは一瞬の出来事。高くはねた水柱は空中で拡散し、霧状になって周囲に散布される。やがて晴れたその中に見慣れぬ人影が立っていた。

 

 人間。否、それは人の姿をした悪鬼。いくら見た目を似せようと一目でわかる異形の魂。圧倒的な雰囲気を纏い、その影は海の中より現れた。

 

 駆逐棲姫。作戦前に配布された資料に記載されていた出現する可能性のある深海棲艦、その中で最大の評価を受けていた規格外の化物。珊瑚海に現われ、単騎で艦娘達をなぎ倒し、軽空母 祥鳳が轟沈する間接的な要因になったという。それを目撃した那智は瞬間的にその記憶を引き出した。

 

 対面状態にあった龍驤と隼鷹は無論、水柱があがる音と那智の反応を見て、その場の全員が出現した駆逐棲姫を凝視する。その存在を認識して、例外を除き、多くの者が驚愕した。だが、その中で時雨と満潮はほくそ笑む。瞳は一切笑っていない。けれど、口角だけが僅かに歪む。そして不敵に呟いた。

 

「釣れた」──と。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。