艦これ Side.S   作:藍川 悠山

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 例外はもう一人存在した。

 不意に出現した駆逐棲姫を認識して尚、その表情を僅かばかりも変えない者が一人、そこにいた。

 

 彼女が起こした行動は一つ。巻物を広げ、片手に飛行機を模した形代を持ち、その場の誰よりも迅速に臨戦態勢を取った。

 

「呆けるな! 驚いてる暇があるならさっさと動け!」

 

 彼女──龍驤から渇が飛ぶ。響いた声は第六駆逐隊を震わせ、呆けていた那智を我に返した。

 

「──ッ、全艦戦闘態勢! 特務隊は四航戦の護衛につけ! 我々は指令に基づき、速やかに南下する!」

 

「敵が目の前にいるのに、仲間を置いて逃げるクマか!?」

 

「そういう命令だ。それに強力な相手とはいえ単独ならば彼女達は遅れを取るまい。──そうだろ、龍驤!」

 

 球磨の人情を受け止めつつ、那智は龍驤へと声を張った。

 

「あったり前だのクラッカーや。四対一で負けるわけないやろ。この場はウチらに任せて、さっさといっちゃってくれ」

 

 敵を前に固まっていた隼鷹の肩を叩きながら龍驤は返答し、三機の艦載機を南方へと飛ばした。

 

「少ないが、索敵機を随伴させる。燃料切れたらキミらで回収してあげてくれ」

 

「かたじけない。……那智戦隊ゆくぞ、私に続け!」

 

 指示を受け、那智率いる陽動部隊は南下を始める。特務隊だけは逆に北上し、龍驤達の前に出た。

 

「第一特務隊はこれより第四航空戦隊の援護に入ります」

 

 満潮が業務的な報告を述べる。

 

「了解。援護に感謝する。──なぁ、ご両人。一つ確認なんやけど、アレはキミらが戦った駆逐棲姫と同じ個体で間違いないな?」

 

「ええ、間違いないわ。あんな個体、他にいたらたまったもんじゃないし」

 

「時雨も同意見かな?」

 

「うん。アイツは珊瑚海に現われた駆逐棲姫だよ」

 

「そか。そりゃあツイてるわ。……間接的な仇とはいえ、後輩が受けた借りは熨斗付けて返したる」

 

 酔いは既に醒め、ぎらついた眼光で龍驤は敵を睨む。明確な敵意が駆逐棲姫を射抜き、形代を握る手に力が入った。しかして冷静さを欠いてはいない。怒りで我を忘れるほど若くはない。ただ単に目の前の敵が、倒すべき敵から、倒したい敵に変わっただけの事。使命と私怨を以て、龍驤は仇敵と相対する。

 

 対して駆逐棲姫の動きは未だなかったが、その視線は南下し始めた那智達を見つめていた。

 

「──────」

 

 そして、何かを発した。

 その言葉に声はなかったが、しかし、駆逐棲姫の口が何かを唱える。音を出さない口パクのようでありながら、確かに何かが呼応した。

 

 真っ先に気付いたのは隼鷹。続いて龍驤もそれを察知した。

 上空を哨戒していた艦載機からの報告。那智達の遥か先の前方に不自然な気泡が発生しているのを哨戒機は発見する。僅かに遅れて、那智達に同行させていた龍驤の索敵機もそれを報告した。

 

「那智! アンタ達の前方になんかいるよ! 気泡が大きい……、潜水艦じゃない。きっと深海棲艦が浮上してくる!」

 

 普段の飄々とした態度はなく、隼鷹は精一杯の考察を踏まえて那智へと警告を発する。その所感は龍驤が考えていたものと同じであり、戦闘中ながら正しい分析が出来ていると後輩がちゃんと役目を果たしている事を喜んだ。

 

 隼鷹の警告を聞いて陽動部隊は単縦陣を取り、射線を前方へと向ける。そして敵の出現を待った。

 

 直後、深海棲艦は浮上した。途端に彼女達は砲撃を放つ。一斉に放たれた砲弾は海上に現われた深海棲艦へと容赦なく降り注いだ。命中弾多数。爆炎が遠目にも確認できた。しかし、その姿は黒煙に隠され、那智には視認できなかった。

 

「艦種を確認出来た者はいるか?」

 

「着弾する前の一瞬だけしか見れなかったから自信ないけど、ル級だったと思うにゃ」

 

「多摩は目が良いクマ。信用できるクマよ」

 

「そうか。ル級となればまだ動ける可能性が──」

「──気泡が複数! やっこさんはまだ来るみたいだよ!」

 

 続いて発せられた隼鷹の警告に陽動部隊は砲塔を構え直す。だが、先程砲撃を行ったル級と思われる深海棲艦から立ち昇る黒煙のせいで気泡の位置がわからなかった。

 

「隼鷹、気泡の位置は!」

 

「黒煙あげてる奴の真後ろ! 全部一直線に泡立ってる!」

 

「チッ……、最初に出てきた奴を盾にするつもりか。──全艦、先程命中させた敵に向けて、再び砲撃を開始せよ! なるべくその奥を狙うように仰角を上げてだ!」

 

 那智の号令で再度砲撃が行われる。

 敵の出現を目視できない以上、いつ出てきてもいいように飽和攻撃を仕掛けた。

 

 隼鷹の観測情報を元に狙いを付け、砲弾は断続的に降り注がれた。黒煙をあげるル級を中心にした直線状に爆発が散発し、浮上してくる深海棲艦にも砲撃が命中しているのが那智達にはわかった。やがて、爆炎の中から逃れるように深海棲艦達が姿を現す。

 

 先制攻撃で被害を受けながらも、砲弾の雨から強引に脱出した敵影は十体にも及んだ。そして、その艦種を視認して那智を含めた陽動部隊全員の背筋が凍る。──現れた深海棲艦は全て戦艦級だった。

 

「ル級七に、タ級が三。私の見間違いではないな?」

 

「多摩の目にもそう見えたにゃ」

 

「マジクマか。正直ぶるったクマ」

 

「い、いい、一人前のレ、レディはこの程度でうろたえ、え、え」

 

「……ハラショー」

 

「ヤバいわね。流石にこれはわたしに頼ってとは言えないわ」

 

「な、なのです」

 

 その情報は艦載機の目を通して龍驤と隼鷹にも共有される。

 

「どうしたの、二人とも」──と、時雨が問う。

 

「那智達の前に戦艦が十隻も出現したみたいやね。えらいこっちゃ」

 

「どうすんのさ、先輩! これヤバいんじゃないの!?」

 

「わめくな、後輩。ヤバいのなんて全員わかってるっちゅーの」

 

 幸い、まだ動きを見せない駆逐棲姫を睨みつつ龍驤は考える。思考はすぐさま終了した。

 

「隼鷹。キミの艦載機は哨戒機以外、全部向こうの支援にまわせ。ウチも半数は向こうにまわす。こっちの相手はウチの子が二十もいれば足りるやろ」

 

 龍驤の言葉に隼鷹は頷く。指示の通り、隼鷹は巻物を広げ、形代を展開する。『勅令』の灯火が飛行甲板の形代に触れた時、飛行機を模した紙は滑走し、力強く大空へと飛び立っていく。隼鷹は次々と発艦させ、その全てが那智達がいる南方へと向かって行った。

 

「特務隊。キミらはどうする?」──と、龍驤が時雨達の判断を窺う。

 

 時雨と満潮は一瞬だけ視線を合わせた。

 

「満潮」

 

「わかってるわ。那智達はMIへ送り出さないといけないものね」

 

 長門が策を弄した“運命を打開する一手”。その一翼を欠けさせる訳にはいかない。

 

「うん。キミが守ってあげて」

 

「気軽に言ってくれるわね。ふん、任せておきなさいよ」

 

 特務隊は分離して、隼鷹の艦載機と共に満潮は南下を始める。その行動を駆逐棲姫は見逃した。

 

 これにて駆逐棲姫と対するは時雨・龍驤・隼鷹の三人。隼鷹は攻撃機を全て陽動部隊の支援に向かわせた為、実質、戦えるのは時雨と龍驤のみとなった。

 

 そうなって、ようやく駆逐棲姫は起動する。

 両腕の顎が開く。整った歯並びは人間のものに酷似している。その口が開けられた。中からは巨大な砲身が覗き、まるで両腕に小さな駆逐イ級が装着されているかのような威圧感があった。

 

 太股にも似たような顎が側面に形成され、その上に小口径砲が設置されている。更にその側面には魚雷発射管も装着されていた。艦娘に似た装備配置は、特に艤装を展開した時雨とは瓜二つ。足を得て背丈も時雨と同一となり、加えて衣服もまた白露型のものと類似点が見られる。彼女を模して造られたかのように、この二つの存在は似過ぎていた。

 

 鏡に向き合うように時雨も艤装を展開する。

 敵が自分と似ている事を時雨は理解している。その理由も理解している。だが、知った事ではない。彼女が抱く、駆逐棲姫に対する感慨はただ一つ。──この敵は自分が倒さなくてはならない。そんな確信のみだった。

 

「龍驤、いけるかい?」

 

「もちのろんや」

 

「油断はしないでね。相手は規格外だよ」

 

「たわけ。ウチの子達はそう簡単には撃ち落とされへんよ。数じゃあ赤城や加賀には敵わんが、一機一機の質でならウチはどの空母にも負けへん。──見せたるよ、元一航戦の超絶技巧ってやつをな」

 

「それは頼もしい限りだ」

 

 時雨は一歩前に出て、龍驤は甲板に形代を配置する。そして、その指に火が灯る。

 

「勅令を下す。航空式鬼神召喚法陣龍驤大符より蒼穹を駆けよ。キミらは自由。自由は権利。権利には義務を。故にキミらはその義務を果たす者──」

 

 触れた形代は飛び立ち、自由を得た。龍驤に付き従う艦載機は開戦の狼煙を上げるように空を舞う。

 

「──さぁみんな! お仕事、お仕事!」

 

 艦載機達が駆逐棲姫へと飛ぶのと同時に時雨も駆け出す。艦娘の行く末を決める運命の一戦の初動はこうして始まった。

 

 


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