艦これ Side.S   作:藍川 悠山

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 不意に現れた大戦力。この流れはMO作戦と同じ。祥鳳を沈めんと大挙してやってきた艦載機群に似た意図を感じる。今度も誰かを沈めに来たのか。ならば標的は誰なのか。もしくは単純に那智達を棲地MIに向かわせない為の足止めなのか。敵戦力を考えれば彼女達全員を沈めに来たのかもしれない。けれど全ては憶測。結局としてその線引きはわからない。しかし──

 

「私のやる事は変わらない」

 

 援護の為、陽動部隊の下へと向かう満潮は自答し、左腕を吊っていた三角巾を首から外す。そして海に投げ捨てた。位置を固定されていた左腕は解放されたが、依然として石膏のギブスによって前腕部から手首にかけて頑強に固められている。それでも左腕を吊り下げているよりかは動き易い。これより先は戦闘が待っている。魚雷発射管を装備していない今の満潮は、ただでさえハンデがあるのだから、少しでも身軽でなければ戦い抜く事すら難しい。

 

「ましてや、私はみんなを守るつもりなんだから、骨にヒビが入っていようが気にしてらんないわ」

 

 小さく自嘲を零して、右腕に持った連装砲を見る。頼れる武器はこれだけだ。時雨のように多くの砲塔を持っている訳でもない。魚雷発射管のない今の自分には、たった一基の小口径連装砲だけが頼みの綱。けれど文句などは言えない。それを覚悟で、長門に掛け合い、自分はこの舞台に立たせてもらったのだから。

 

「……頼むわよ」

 

 祈るように連装砲を眼前へと掲げて目を瞑る。暫しの瞑想。その研ぎ澄まされた集中力は上空の気配を察知した。

 

 瞳を開けて、空を見上げる。

 遥か空の上に飛行機が飛んでいた。目を凝らしてようやく見える程度の距離。地上からは音など聞こえない。けれど、満潮はその気配に気づいた。戦場を前にして、彼女の感覚域は拡大されている。

 

「あれ、龍驤さんの艦載機ね。流石に飛行機のスピードには勝てないか」

 

 自分が陽動部隊の方へ移動した後に発艦された艦載機だったが、速度において船と飛行機ではやはり飛行機の方に軍配があがる。先に移動し始めたとて、追い越されるのは当然の事だった。

 

「ん?」

 

 龍驤の艦載機を見つけたついでにそれを発見する。

 満潮の進路上。陽動部隊に合流する為の航路に、黒煙をあげる艦影を見た。味方……ではない。黒く、刺々しいシルエット。深海棲艦の戦艦ル級が大破した状態で海に漂っていた。

 

「見るも無残ね。那智達がやったのかしら」

 

 大破したル級は片腕を失い、両足が砕け、新たな関節が出来たかのように折れ曲がっている。全身の表皮は炎上によって焼け落ち、どろどろに焼け爛れた肉が垂れ下がる。航行など出来る筈もなく、沈むのも時間の問題だろう。

 

「準備運動がてらトドメを刺そう」

 

 誰に向けた言葉でもない事を呟き、満潮は連装砲を構える。距離は射程ギリギリと言ったところ。正確な狙いを定めねば当たらず、初弾から命中させる事は至難の業だ。だが、だからこそ今日の自身の調子を測るのには丁度いい。

 

 ル級に動きはない。当たり前だ。あの足で動ける訳がない。故に、あれはただの的。悪趣味な、訓練用の標的に差異さない。

 

 それを目掛けて、連装砲を発射した。

 満潮が放った砲弾は静寂の海に空気を裂く音を鳴らしながら進み、ル級の頭部に直撃する。装甲は既に剥がれ落ちており、小口径の砲弾でも容易く貫通できた。頭が弾け、身体は糸の切れた人形が如く海上に倒れた。

 

「命中。撃破。……調子は上々みたいね」

 

 命中した事を偶然と言えばそれまでだが、運の要素も含めて今日は調子がいいようだと満潮は確かめる。そして、そのまま進み、ル級が漂っていた地点を通り過ぎる。横目で見た首のないル級はもうほとんどが沈んでいた。

 

 それを見届けて、満潮は前を向く。やがて、視界の先に複数の艦影を認めた。今度こそ間違いなく味方──陽動部隊のものだった。それに隣接して深海棲艦の戦艦群が追走している。状況を察して、満潮は速度を上げた。

 

 敵深海棲艦はもれなく損傷している。良くて中破。中には大破している者も見受けられた。陽動部隊を執念深く攻撃しているが、被害を受けた体では満足にそれを行えてもいない。これまでに何があったかは知れないが、無傷の陽動部隊の面々を見るに、上手く立ちまわったのだろう。今も逃げ切りの姿勢に入っており、このまま自分が援護せずとも振り切れる可能性はある。しかし、だからといって傍観出来る筈もない。振り切れる可能性があるという事は、振り切れない可能性もまた同時に存在しているという事なのだから。──だが、そんな事を度外視したとしても、満潮に傍観するという選択肢は存在しない。彼女は仲間を守る為に戦う。その事に一切の妥協はなく、そして一切の葛藤もない。

 

 快速の満潮は敵戦艦群の最後尾へと忍び寄る。

 深海棲艦達は眼前を進む陽動部隊にしか目を向けておらず、満潮の気配に気づく事すらなかった。

 

(この様子じゃ、私に構う余裕はなさそうね)

 

 間近に迫った深海棲艦達の様相を観察して、満潮は冷静に導く。

 戦艦群はあらぶっていた。傷付いた身体から体液を撒き散らし、残された生命の活動時間を削ってまで追走、追撃している。相手からすれば敵を逃がさんと必死なのだろうが、満潮からしてみれば僥倖でしかなかった。

 

 最後尾に位置するル級の背後から、その膝を連装砲で撃ち抜く。ほぼ接射で放たれた砲弾は消耗した装甲を射抜き、膝の内部で爆発した。片足が弾け飛ぶ。バランスを著しく損なったル級は横に倒れ、その追走レースから脱落した。

 

(まず一体)

 

 不意に先を進む那智と目があった。

 こちらの砲撃音に気付き、振り向いたのだろう。丁度良く前を見た満潮と視線が交わり、互いの存在を認知する。アイコンタクトで意思を疎通すると、那智は先を急ぎ、満潮は粛々と自身の仕事を全うし始める。

 

 残り五体となった深海棲艦を後ろから順に背後を取っていく。敵が対応するよりも早く接近し、次々と砲撃を撃ち込んだ。狙いは足。接射すれば傷付いた戦艦の装甲を貫通できるとはいえ、満潮の武器は連装砲が一基のみ。一体につき一撃で対処しなければ泥沼にハマる。故に足を撃つ。足を砕く。足を殺す。装甲が薄いだろう膝裏を的確に狙い、か弱い駆逐艦の砲撃で戦艦を航行不能にしていった。

 

 だが、順調にいったのは三体目までだった。

 続けて三体もの戦艦ル級をその場に置き去りにする事に成功したが、流石の敵も異変に気付き、対応を開始する。僅か二隻となった深海棲艦──戦艦タ級とル級は陽動部隊の追撃を断念し、背後の満潮へと振り返った。

 

「■■■■!?」

 

 後部に位置していたル級が振り返った視界の先に広がったのは爆炎だった。顔が衝撃で砕ける感覚と顔が焼かれる感覚。その両方を知覚し、目の前が赤く染まった。

 

 満潮は既にル級に肉薄していたのだ。そして振り返った瞬間、顔面へと砲口を突き付け、引き鉄を引いた。ル級の顔は砕け、身体に伝達される指令は一時的に停止する。仕留められてはいない。ある程度時間が経過すれば行動を再開できるだろう。だが、それもすぐにではない。満潮にはその時間だけあればよかった。

 

 ル級の停止を確認したタ級は砲塔を満潮へと伸ばす。白いマントの内側より伸びた砲塔の数は六基。中破しているとはいえ、そのどれもが満潮を一撃で叩き潰せるだけの破壊力を持っている。それを理解しているからこそ、満潮はル級を行動不能にしたのだった。

 

 満潮はル級の陰に身を隠す。長身かつ巨大な艤装を持つル級に、小柄な満潮が隠れる事など造作もない。海上戦において、壁となる遮蔽物は基本的に存在しない。しかし、敵に肉薄した場合は別だ。密着した敵の存在が壁となり、身を守る盾となる。深海棲艦と言えど、敵味方の区別は付く。むやみに味方を攻撃する事はない。

 

 ル級を盾に、満潮は脇から腕を伸ばし、タ級へと一方的に砲撃する。駆逐艦の砲撃とはいえ、中破したタ級にとっては無視できない攻撃。ましてや間合いは近く、満潮の砲撃が外れる事は無い。

 

 砲撃を四射分その身に受けて、タ級の口から青い体液が大量に零れ出た。限界を無視して追撃を敢行した深海棲艦達に余力はない。限界稼働し続けた機関は今すぐにでも焼き切れかねず、生命を燃焼させて動かし続けた身体も崩壊の一途を辿っている。残された時間は少ない。与えられた命令を果たす為に、タ級は味方であるル級に狙いを定めた。──そして撃った。

 

 六基の大口径連装砲が火を噴き、顔が潰れたル級の背中を撃ち抜く。爆発と同時にル級の上半身はザクロのように四散する。周囲に炎と黒煙を撒き散らせながら、ル級は海面へと沈んでいった。

 

 その爆炎の中から満潮は現れる。

 服に僅かな炎が燃え移っていたものの、爆発の衝撃からは逃げていたのか、目立った負傷もなく彼女は連装砲を構え、飛び出した。

 

 タ級は次弾を装填している。それが完了するまでは満潮の独壇場。素早く近付き、まず一射目を放つ。もはや前進するだけで精一杯のタ級に回避など出来はしない。砲弾は右足の大腿部を穿った。破裂した砲弾は肉を抉り取り、タ級の膝を折らせる。だが、片足だけでバランスを取り、倒れる事はなかった。続けて二射目は砲塔に命中する。消耗していた砲塔は容易く満潮の砲撃を受け入れ、弾薬に引火、派手に爆発した。隣接したもう一基の砲塔も被害を受け、合計二基の砲塔を沈黙させる。

 

 満潮が三射目を放つ寸前に、タ級の装填は完了した。既に照準を定めていたタ級は装填完了と同時にトリガーを引く。互いの砲撃は同じタイミングで放たれ、交差して、それぞれの敵へと飛来する。

 

「────」

 

 打ち上がるのは大きな水飛沫だけ。──双方の攻撃は、どちらにも当たらなかった。けれど、雌雄は決した。

 

 砲撃を放った瞬間、タ級は多量の体液を全身から噴出し、崩れ落ちる。限界を越えた稼働。その限界がこの瞬間に訪れた。砲撃によって決着は付かず、自壊を以て戦闘は終了する。

 

 満潮は対象の沈黙を確認すると、特に感慨を抱かず、迅速にその場を去る。彼女の胸にあるのは揺るがぬ心。皆を守るという理想は未だ遂げられてはいない。一喜一憂している暇など満潮にはなかった。

 

 けれど、ふと背後を振り向く。

 後ろには自分が潰した戦艦達が転がっている。動きだす様子はない。それを見て安堵の息を漏らした。

 

「お願いだから、追ってこないでよね」

 

 理想の為とはいえ、単騎で戦艦と撃ち合うなんて戦いは流石にもう御免被りたかった。 

 

 


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