艦これ Side.S   作:藍川 悠山

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 直上より急降下した爆撃機が爆弾を投下し、駆逐棲姫に直撃する。既に傷だらけだった身体はいよいよ破壊され、肉の破片を撒き散らせながら海に横たわった。

 

 完全に致命傷。今は息を繋いでいたとしても、次の瞬間には息絶える。──普通ならばそのはずだった。だが、次の瞬間に訪れたのは再生。破壊された身体が凄まじい速度で修復されるという事実だけが現実に残された。

 

「はてさて、いったいこれで何回目やったっけ?」

 

「ちょうど十回目だね」

 

「か~~~っ。いくら仇敵ゆーても、流石に殺し飽きたわ」

 

「はあ……。初陣でこんなとんでもないのと戦うハメになるなんて、ついてないなぁアタシ」

 

 駆逐棲姫と対峙する時雨と龍驤、そして隼鷹の三人はその不死身な敵に文句を呟く。戦闘を開始して、かれこれ一時間ほどが経過した。その間に幾度となく駆逐棲姫を大破まで追い詰めるも、その悉くが回復されてしまうのだ。中途から陽動部隊の援護に出した艦載機達が戻ってきた為、隼鷹も攻撃に加わっていたが、それでも決着はつかず、現在に至っている。幸いにして全員被弾はなかった。

 

「腐らずに攻撃し続けるしかないよ、二人とも」

 

 前衛に立つ時雨が復活した駆逐棲姫に対して攻撃を再開する。相手の回避を誘ってからの回避位置を予測した射撃。依然としてその攻略法は通用し、攻撃自体は命中させる事が出来た。

 

「ま、せやな。ほな、いくで隼鷹。第何次攻撃かもうわからんけど、とにかく攻撃隊発艦や!」

 

「あいよー」

 

 時雨の後方──後衛に徹する空母二人は攻撃隊を発艦させ、時雨の砲撃で動きの鈍った駆逐棲姫に攻撃を仕掛ける。それらは命中し、駆逐棲姫の身体を砕いていく。時雨が敵の行動を抑制し、龍驤達が決定打を叩き込む。単純な連携だが、純粋に錬度が高い時雨と龍驤がいる為、その効力は絶大だった。

 

 しかし、爆炎の中から駆逐棲姫は飛び出した。空母二人の航空雷撃を受け、身体の各所が破壊されても尚、その驚異的なスピードに衰えはない。

 

「ちっ、なんやアイツ。再生する度に強くなってへんか?」

 

「確かに。最初の方は先輩の攻撃だけでも大破までもっていけてたのに」

 

「多分、蘇る度にどこかしらが強化されているよ。僕の砲撃もだんだん手応えを感じなくなってきた」

 

 高速で移動する駆逐棲姫に喰らい付きながら時雨は言葉を返す。その最中にも砲撃を命中させたが、装甲を貫通する砲弾数は明らかに減っていた。雷撃の使用も検討したが、これまでの戦闘で既に片舷二本ずつ、計四本の魚雷を消費している。いざという時の為に温存しておくべきだろうと時雨は思案した。

 

 流れ出る汗と返り血として頬に浴びた駆逐棲姫の青い体液を左手のグローブで拭いつつ、時雨は休む事なく動き続ける。

 

「しかし、時雨はよく動くねぇ。もう一時間以上戦い続けるって言うのに、敵の動きに付いていって、砲撃を避けて反撃もするなんて、空母のアタシからしたら信じらんないよ」

 

 時雨の戦闘を後方から眺めている隼鷹は心底感心するように言った。

 

「阿呆。どんだけ鍛えた奴でも限界は来るもんや。キミの言う通り、あれだけの運動量を長時間継続できる体力と集中力を持つ駆逐艦は最近じゃ珍しいが、いずれは駆逐棲姫に押され始めるよ。なにせ相手は体力も生命力も無尽蔵の化物や。……満潮が早いとこ戻ってきてくれればいいんやけどな」

 

「アタシ等にはアタシ等の仕事があるとはいえ、艦載機を出した後は基本的に見てるだけだからねぇ。なんていうか、貧乏くじ引かせちゃったみたいで心苦しいよ」

 

 状況を観察するしかない空母達は歯痒そうに顔を強張らせる。やがて龍驤の言葉通り、時雨のパフォーマンスは低下した。駆逐棲姫の動きに対する反応が、ほんの僅かだが遅れ始める。よく観察しなければ気付けないほど些細な衰え。しかし、それは艦娘達の優勢が傾く予兆でもあった。

 

 その事を龍驤はいち早く察する。

 

「こら、あかんなぁ。──時雨! このままじゃ埒があかん! 塵一つ残さん最大火力で一気に決めようや!」

 

「っ……、最大火力って?」

 

 交戦しながら時雨は応答した。

 

「ウチと隼鷹の全航空戦力で滅多打ちにする。少し準備に時間が掛かるが、奴を倒し切るにゃあこれしかないやろ」

 

「準備が済むまで──っと、僕は時間を稼げばいいんだね」

 

「そや。そろそろきつくなってきた頃とは思うけど、最後の辛抱だと思って噛み付いてくれ」

 

「……そうだね、流石に疲れてきた。了解。タイミングは任せるよ」

 

 最も負担の大きい時雨の了承を得て、龍驤は一度艦載機を呼び戻す。そして形代に戻った艦載機の一枚一枚に印を刻み、装備を整え始める。

 

「聞いてたな隼鷹。キミも早いとこ準備するんやで」

 

「あいあい。もうやってますよー」

 

 隼鷹も同様に艦載機を呼び戻し、雷装と爆装の補填作業に移っていた。行動の早い後輩に満足して、龍驤は指を走らせる。

 

 その間、時雨はただ一人で駆逐棲姫と対していた。パフォーマンスは一時的に回復している。疲労で低下した性能を余力を消費する事で補い、駆逐棲姫に喰らい付く。駆逐棲姫は時雨を振り切り、空母へと接近しようとするが、それを時雨は許さない。行く先に砲撃を放ち、逃げた先にも砲撃を置いて、その進行を抑制或いは操作する。そして自ら接近し、自分を狙わせる事で龍驤達の時間を稼いだ。

 

 性能において駆逐棲姫は時雨を凌駕しているが、こと技量においては時雨の足元にも及ばない。──否。それは違う。技術で言えば正確無比な攻撃と回避を駆逐棲姫は有している。弱点を的確に狙う射撃。慣性を無視した回避運動。それを技術とするなら、とんでもない技量を持っていると言える。……だが、そこに応用はない。反省もなければ学習もない。入力された動きを繰り返すロボットのように、正確であっても柔軟ではなかった。

 

 それが駆逐棲姫と時雨の差。駆逐棲姫には思考がないのだ。故に、こうして手玉に取られる。決して埋まらない性能差がありながら同等の戦いを迫られる。その事に対しても疑問すら抱かないまま、駆逐棲姫は作動し続けた。

 

「──待たせたな!」

 

 そうしている間に龍驤達の準備は終了する。

 二人同時に巻物を広げ、次々と艦載機を発艦させていく。全て雷装か爆装が施された航空戦力。その数は優に六十機を超えた。それらは大挙して時雨と駆逐棲姫の位置へとやってくる。

 

「────」

 

 危険性を感知したのか、標的を時雨から航空戦力に変更し、全砲塔を上に──向けようとした所で砲塔が爆発した。

 

「よそ見はダメだよ」

 

 駆逐棲姫の視界から外れるや否や、時雨が砲塔を狙って砲撃を放ったのだ。見えていなければ駆逐棲姫は回避できない。そのある意味致命的な欠点を突いた。

 

 艦載機が迫る。しかし、対空迎撃の手段は破壊された。修復は間に合わない。なれば──

 

「──決まりや」

 

 龍驤がパチンと指を鳴らす。それを合図に攻撃は実行された。

 初撃は駆逐棲姫の視界外から低空飛行で忍び寄った攻撃機編隊によって齎される。五本の雷撃がまず足を破壊した。続いて爆撃が落ちた。直前に修復が完了した両腕の砲塔が再度破壊される。更に爆撃が続き、腕が両肩から千切れた。雷撃。雷撃。爆撃。雷撃。爆撃。爆撃。爆撃。雷撃。怒涛の波状攻撃は再生し続ける駆逐棲姫を殺し続ける。流石の規格外も多勢無勢。この時初めて再生速度よりも破壊する速度の方が上回った。

 

 体積が見る見る内に小さくなり、駆逐棲姫はもはや粉々になっていた。だが、その破片の一つ一つが未だ胎動の兆しを見せている。欠片が一つでも残れば、そこから復活しても不思議ではなかった。

 

「時雨、出し惜しむな! トドメはキミの魚雷や! 全部燃やし尽くせ!」

 

 龍驤の声が飛ぶ。その声に賛同して、時雨は残していた四本の魚雷を駆逐棲姫の残骸に向けて発射した。

 

 魚雷群はほとんど密着したまま直進し、駆逐棲姫の残骸の中心地に達する。それを見計らっていた龍驤の爆撃機が爆弾を投下。その爆発を以て魚雷は誘爆し、周囲一帯を焼き尽くす大爆発が発生した。

 

 熱風を受けて時雨は顔を背ける。そして、次に前を見た時、そこには何も残っていなかった。あるのは海面とそこから昇り立つ薄い水蒸気のみ。駆逐棲姫の破片は一つたりとも存在してはいない。

 

「…………」

 

 暫くの間、用心深く周囲を警戒し続けるも何かが起こる気配もない。空母達も空から警戒していたが、結論は時雨と同じだった。

 

「呆気ないけど……、終わったのかな」

 

 展開していた艤装を収納しながら時雨は呟く。そこへ艦載機を格納し終えた龍驤達が合流する。

 

「呆気ないはないやろ。一時間以上にも及ぶ激闘の末にもぎ取った勝利やん」

 

「そーだよ。潤沢に用意した雷装と爆装をたった一隻の敵だけにほとんど使い切っておいて呆気ないはないって」

 

「うん、そうだね。ごめん」

 

 深海棲艦は『運命』の手足。その中でも駆逐棲姫は他の深海棲艦とは性質が異なる規格外の抑止力。それを打倒したとなれば、自分の役割はこれで終えた事になる。想像していたよりも簡単に決着が付いた事に拍子抜けしつつも、時雨の目から見てもなんらかの異変が起きる様子はないのであれば、そう結論付けるしかない。──駆逐艦 時雨の戦いはこれにて完了。そう判断する他になかった。

 

「なんや、浮かない顔してるね」

 

「ううん。なんでもないよ」

 

「そか。ほんならAL諸島の制圧をしちゃおうか」

 

 決着はついた。

 幕切れは案外早かったな──と、時雨は脱力し、空を見上げる。曇天の空はひたすらに暗かった。

 

 


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