艦これ Side.S   作:藍川 悠山

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 空に暗雲が垂れ込める。風が強く吹き始め、今にも雨が降り出しそうな天候だった。

 

 その中で戦闘は続いた。

 時雨達四人と駆逐棲姫一体の戦闘は一方的ながらも、しかして決着は依然つかぬまま泥沼化の一途を辿っていた。

 

 艦娘側の優勢。当然だが、四対一の戦況は駆逐棲姫であっても覆せない。ましてや連携の取れた四人だ。いくら性能で圧倒していようとも単騎の限界は存在した。規格外の深海棲艦は、四人の絆の前に押されている。それを事実として駆逐棲姫は観測する。

 

 駆逐棲姫が大破した回数は四。その都度、再生を果たす。やがて四度目の再生にて金色の光は蒼い光へと変異した。深い海の色。蒼く、暗い、深海の色だった。

 

 威圧感のあるその変色を艦娘達は更なる強化だと看破する。

 

「……本当際限ないのね、あの深海棲艦は」

 

 忌々しく呟いた山城は滝のように流れる汗を拭う。それは山城だけではない。長時間の戦闘は確実に艦娘達の体力を奪っていた。それだけではない。扶桑と山城はこれまでに数発被弾もしており、重大な損害はないとはいえ小破状態にあった。駆逐棲姫は脅威であるからか重点的に戦艦を狙ってきたのだ。流石の時雨と満潮も敵の攻撃全てを妨害できずに扶桑達の被弾を許してしまっていた。

 

「扶桑、山城。大丈夫かい?」

 

「わたしは大丈夫。各部に異常もないわ」

 

「わたしも姉様と同じよ」

 

「よかった。……今は攻撃し続けるしかない。二人とも頑張って」

 

「ええ、勿論よ」

 

「言われるまでもないわ」

 

 時雨は二人の戦意を確認しつつ限界が近い事を悟る。この優勢はもう長くは続かないと、自分を含めた全員の疲労とダメージを考慮して冷静に分析した。満潮に視線を送る。彼女も意見は同じであり、その視線に小さく頷いた。

 

「最後にもう一回だ」

 

 あと一度だけ駆逐棲姫を打ち倒す。予兆は見えた。あと一度、なんとかして大破まで追い詰められればどうにかなるかもしれない。そう時雨は気合いを入れた。

 

 敵を見据える。

 青黒い光を纏う規格外。対峙するのはこれで何度目か。いい加減見飽きてしまった。そんな自分に似た影へと時雨は駆け出す。

 

 展開した艤装、それに設置された砲塔を全て前方に向ける。そして全砲門で攻撃する。一斉に撃たれた砲弾はUFOが如き急加速によって回避された。だが、その砲撃によって打ち上げられた水飛沫の中から満潮が現れる。駆逐棲姫の側面へと肉薄した彼女は回避が間に合わぬ距離で砲撃を放つ。被弾しながらも駆逐棲姫は反撃を敢行し、左腕を真横に向けて満潮を狙い撃った。

 

「……ッ!」

 

 満潮は急制動をかけて速度を落とし、それを間一髪のところで回避する。眼前を通過した砲弾に冷や汗を流したのも束の間に、満潮は驚きで息を呑んだ。──駆逐棲姫が真っ直ぐ満潮の方へと突進してきたのだ。両者の距離は近く、制動をかけたばかりの満潮では避け切れない。対処する余裕もなく満潮は弾き飛ばされた。

 

「う──ぐっ」

 

 満潮の身体は宙を回転しながら海面へと叩き付けられる。車にはねられたような衝撃。身体の大きさ的には大差ないのに、ここまで一方的に跳ね飛ばされるなんて──と満潮は顔を歪めた。

 

「満潮!」

 

 扶桑が心配して声を荒げる。だが他人の心配をしている場合ではない事を認識し、言葉を発した口を噛み締める。満潮を突破した駆逐棲姫はその勢いのままに扶桑の方へと突進してきていた。

 

 砲口を定め、迎撃する。しかし当たらない。駆逐棲姫の後方から時雨と体勢を直した満潮が接近を阻止しようと急行しているが、速度差がある以上それも間に合わない。唯一死角から降り注いだ山城の援護砲撃だけが駆逐棲姫へ二発命中するも、今の駆逐棲姫は止まらなかった。

 

 山城の砲撃によって炎上した身体で駆逐棲姫は扶桑の至近距離まで近寄る。扶桑も全速力で逃げてはいたが、如何せん速力が違い過ぎた。装填が完了した砲塔で間近の駆逐棲姫を撃つが、相手の行動の方が早かった。瞬きの間に駆逐棲姫は扶桑の射線から消え、側面に回り込んでいた。振り向く事すら間に合わず、脇腹に大型単装砲の接射を受ける。続けて背後へと回り込み、駆逐棲姫は扶桑の無防備な背中に全砲塔を用いて攻撃を集中させた。

 

「あっ……、ぐ──ぁ! ……この!」

 

 苦悶に歪んだ顔で、扶桑は背後の敵を睨む。前へ倒れそうになる身体を支えて、後ろへ振り返ると同時に好き放題攻撃している駆逐棲姫を長い砲身で殴り飛ばそうとした。けれど、それを予見していた駆逐棲姫は最低限の距離を離れる事でその殴打を回避する。

 

 正面に位置した駆逐棲姫は尚も攻撃を続けた。『装甲』を削り取っていく砲撃に耐えつつ、扶桑は頭部を庇った腕の隙間から戦意の衰えない眼光を向ける。そこから勝機を探り、自らが取るべき行動を選択する。

 

 砲撃は回避される。逃げても無駄だ。耐え続けてもこちらが先に果てる。ならば────扶桑は砲塔を左右の海面へ向け、そこを目掛けて大口径砲を撃ち放った。

 

 巨大な砲弾は海を撃ち抜き、その威力に比例した巨大な水柱があがる。──その水柱を抜けて左右から複数の砲弾が飛び出した。それらは駆逐棲姫を襲い、攻撃動作を中断させる。砲弾に続いて水柱の後ろから満潮と時雨が姿を現し、駆逐棲姫を急襲した。

 

 時雨が弾幕を張り、その隙間を縫うように満潮が接近する。時雨の砲撃を嫌って回避運動を取る駆逐棲姫を先回りし、満潮はほぼ密着した状態で胴体へと砲撃を放った。超至近距離で撃ち込まれた砲撃は強化された駆逐棲姫の『装甲』を貫通し、怯ませるほどのダメージを与える。

 

「満潮、しゃがみなさい!!」

 

 山城の声に反応して満潮はその場にしゃがみ込む。その次の瞬間、満潮の頭上を越えて大口径砲弾が駆逐棲姫へと飛び込んだ。山城の砲撃は直撃。駆逐棲姫の身体を吹き飛ばした。視界の先に転がった敵を確認して、満潮は痛みに震える左腕を押さえる。先程の突進と今の突撃で治りかけていた左腕は再び腫れてきていた。

 

「時雨……、扶桑は?」

 

「中破ってところかな。主機が酷くやられてて、しばらく動けないと思う。満潮は扶桑についていて。前衛は僕だけでやる」

 

「ちょっと勝手に決め──」

「──迷ってる暇はないんだ。……来るよ」

 

 時雨は満潮の横を通り過ぎて、損傷を修復しながら前進し始めていた駆逐棲姫に対する。満潮も舌打ちを零しつつ、傷付き膝をついた扶桑に寄り添った。遅れて山城もやってくる。

 

「姉様大丈夫ですか!?」

 

「……いえ、少しやられ過ぎてしまったわ」

 

 扶桑の様子を見た山城は耳に手をあて、後方の龍驤へと連絡を取る。

 

「今、龍驤達を呼びました。姉様は二人に曳航してもらって、可能なら退避してください。満潮、それまではお願い」

 

「ええ、任せなさい」

 

 その返事に頷いた山城は一人戦っている時雨の後に続く。姉の事は気になったが、今は努めて前を向いた。戦っている子供の為に戦う。それが山城の戦う理由なのだから。

 

 前を見た。

 時雨は扶桑から駆逐棲姫を引き離そうと、しつこく張り付いている。その甲斐もあって両者は山城から見ても随分と遠くに位置していた。とはいえ戦艦の射程ならば容易く届く距離。速度を落とし、砲撃姿勢を取る。そして援護砲撃を放った。時雨に当てぬよう気遣いながら、駆逐棲姫が次に動くかもしれない地点をいくつか予測して砲弾をばらけさせる。その砲撃は見事駆逐棲姫の逃げ道を塞ぎ、動きを停止させた。

 

 その隙に時雨は可能な限り近付いて砲撃を撃ち込んだ。反撃を器用に回避しながらも撃ち放たれた砲撃は『装甲』を穿ち、ダメージを蓄積させる。だが受けたダメージはすぐさま修復された。その中で首筋に走った亀裂がもう一つ増えている事を時雨は視認する。

 

 駆逐棲姫の両眼に宿った青黒い光が燃え盛る。その両眼が見るのは時雨──ではなく山城。脅威度を更新し、排除すべき標的を定めた。

 

「させない!」

 

 自身を無視して移動しようとする駆逐棲姫を時雨は許さない。相手の狙いなど承知している。故にやらせまいと行く手を塞ぎ続けた。相手の速度に翻弄されながら、持ち前の観察眼と操舵技術を以て喰らい付く。競い合うように一進一退を繰り返したが、やがて振り切られた。疲労から集中力が一瞬だけ緩んだのだ。その刹那の隙を突かれ、距離を離されてしまった。一度間合いを離されれば純粋な速度では追い付けず、徐々に両者の距離は開いていった。

 

「……っ」

 

 悔しさを表情に浮かばせて時雨は離れていく駆逐棲姫の背中を追いかける。敵の前には山城が迫っていた。彼女の顔に焦りはない。正面から駆逐棲姫を迎え撃つ姿勢を見せていた。

 

 その姿を見た時雨は少し呆けて、そして小さく笑う。「やっぱり守られるだけのお姫様じゃないね、キミは」──と呟いた。

 

 山城は前進し続け、接近してくる駆逐棲姫を迎撃する。それは駆逐棲姫としても好都合。先程の扶桑と同じく肉薄すれば戦艦の機動力では駆逐棲姫の動きにはついてこれない。その事は既に実証済みであった。

 

 山城は砲撃を撃ち、駆逐棲姫はそれを避ける。視界外から撃たれなければ戦艦の主砲は駆逐棲姫に当たらない。砲弾が巨大ではっきり視認できる分、小口径砲よりも避け易いくらいだった。山城が攻撃したのを確認し、駆逐棲姫は砲塔を向ける。装填が完了するまでの時間、駆逐棲姫は一方的に攻撃できた。

 

 後方の時雨との距離は十全。横槍を入れられる可能性はない。故に全火力を撃ち放つ。全ての砲塔で砲撃を放ち、頃合いを計って魚雷を発射した。山城に回避できる距離はなく、それらは彼女へと命中する。

 

「いっ……つぅ!!」

 

 防御態勢を取ってはいたが、被弾を受け苦悶の声が漏れる。砲撃はともかく雷撃は全身を揺さぶる衝撃として浸透した。身体に火の手が回り、衣服が燃え落ちる。苦しみに耐える山城の側面へと駆逐棲姫は回り込む。扶桑の時と同じパターン。そこで両腕を突き出し、密着状態から接射を撃ち込んだ。容赦なく直撃した砲弾は山城を爆炎で包み、更に炎上させる。だが──

 

 

「────捕まえたわ」

 

 

 突如、爆炎の中から白い手が伸びた。その手は突き出された駆逐棲姫の両腕を掴み、『装甲』に指先を食い込ませた。爆炎が晴れ、山城が姿を現す。燃え盛る身体に構わず駆逐棲姫を捕えた彼女は痛みに震えながらも不敵な笑顔を浮かべていた。

 

「迂闊ね。姉様の時と同じ行動を取るなんて。柔軟性がないのよ、あなたは」

 

 山城を引き剥がそうと駆逐棲姫は全速力で後退するが、微動だにしなかった。戦艦の馬力と重量に固定されては規格外だろうとなんだろうと、抗える駆逐艦はいない。

 

「逃がさない」

 

 山城に掴み取られた両腕の砲塔が軋みをあげ、握力のみで握り潰される。逃げられぬように引き寄せられ、未だ装填が終わらない山城の砲塔が稼働する。四基八門、その全砲口が駆逐棲姫へと向けられた。危機を察した駆逐棲姫は両足の小口径単装砲二基を乱射する。至近距離から撃ち続けられたが、山城は顔を痛みに歪めながらも決して手を離す事はしなかった。

 

「扶桑型戦艦を甘く見たわね。……っ、その代償を頂くわ」

 

 次弾装填が終わった。それと同時に砲撃が放たれる。

 

「さあ、これはお返しよ!」

 

 爆音が轟く。

 意趣返しのように長い砲身を突き付けられて放たれた接射砲撃は、いとも簡単に駆逐棲姫の身体を撃ち貫いた。全弾が胴体へと直撃し、固定されていた両腕は肩の根元から引き千切れ、ズタズタに弾けた身体は爆風によって吹き飛ばされる。着水した駆逐棲姫は踏み潰された虫のように痙攣しながら、それでも再生を始めた。

 

「──扶桑姉様!!」

 

 山城は後方の姉へと声を発する。退避してほしいと言いながらも彼女にはわかっていた。今の敬愛する姉ならば、きっと戦う事を選ぶと。

 

 その声に応えて、扶桑は膝をついた身体を起き上げる。既に龍驤達は到着しており、彼女の身体を支えていた。

 

「なんや、ウチらはキミの杖になればええんやな」

 

「ごめんなさい。でもお願い。これがわたしの撃てる最後の一撃だから」

 

「それなら盛大にいこうか。パーッとさぁ!」

 

「扶桑、この状況で『無理するな』なんて言わないわ。歯を食いしばってでも、ちゃんと当てなさい!」

 

 隼鷹が背後から扶桑を抱え、龍驤と満潮が左右から肩を貸して身体を支える。その支えを得て、戦艦 扶桑は傷付いた身体と艤装を動かした。軋む音と共に砲塔は固定され、仰角が合わせられる。片手を目標へと差し伸ばす。そして──

 

「ありがとう。……いくわ、全砲門──撃てぇ!!」

 

 ──砲撃は撃ち出される。一斉に放たれた砲弾達は弧を描き、完璧な軌道を以て駆逐棲姫へと降り注いだ。再生の途中だった駆逐棲姫の身体を再度撃ち砕き、肉体の断片が周囲に散らばる。本来ならば即死。だが、これで終わらない事を誰もがわかっていた。

 

 完膚なきまで叩き潰したものの、残留した駆逐棲姫だったものは未だ胎動している。

 

 


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