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棲地MIでの戦いは勝利の予感を感じさせていた。援軍が到着した事で水上戦力、航空戦力共に殲滅する事ができ、敵の中核である中間棲姫を丸裸まで追い詰めている。そして今、トドメの一撃が放たれようとしていた。
「よしっ、皆よく頑張った! これで……変える! 全艦──砲撃用意ッ!!」
長門の指揮の下、号令が発せられる。
砲撃に参加できる全ての艦娘が砲塔を構え、彼方にいる中間棲姫へと照準を定めた。
「ってぇぇぇーーー!!」
幾重にも鳴り響く砲撃音。放たれた砲弾全てが中間棲姫に降り注ぎ、その肉体を破壊する。──だが、その壊れた肉体はすぐさま再生されていった。
その場の全員が息を呑む中、誰よりも早く我に返った長門は再度の砲撃を指示する。続けて撃ち放たれた砲弾も中間棲姫を破壊したが、またもやその肉体は異常な回復を見せ、十秒も掛からぬ内に全快した。
「そんな……」
「再生……している」
「……馬鹿な」
「敵は無敵なのかにゃ?」
「こんなの勝てるわけないクマー!!」
それぞれ悲鳴に似た弱音を吐く中で吹雪だけが活路を探る。中間棲姫だけでなく戦域全てを見回して、ふと気がつく。中間棲姫が佇む島の横。そこに目立った行動を見せない敵機動部隊が居る事に。
「……空母です」
「なんだと?」
「司令官がおっしゃいました。敵機動部隊を叩き、棲地MIを攻略せよ──と!」
「…………」
それを進言された長門は一考する。僅かな逡巡の後、決断を下す。
「駆逐艦 吹雪! 夕立・最上・川内・神通・那珂と共に敵空母を撃沈せよ!」
「はい!」
指示を受けた面々は吹雪を先頭にして、敵機動部隊へと肉薄する。
「対空防御はわたしが! みなさんは空母を!」
「まかせて!」
彼女達は息の合った連携を見せ、次々と護衛戦力を撃破し、敵空母を撃沈させた。その機動部隊の消滅を確認した長門は、もう一度中間棲姫への攻撃を試みる。けれど、やはり破壊した途端に修復されてしまった。
「あらら、ダメなの?」
「空母を倒せば何かが変わるんじゃなかったの!?」
「やはり、抗う事は出来ないの……」
中間棲姫から航空戦力が飛び立ち、空は再び深海棲艦のものとなる。艦娘側も制空権を奪還しようとしたが、如何せん艦載機の数が足りていない。空を取られ、攻撃が意味を為さず、艦娘達の士気が消沈し始める。長門すら──否、率先して運命を打開しようとする彼女だからこそ、この絶望的な状況は重く圧し掛かる。戦いの成否が今後の運命を分かつと認知しているが故に顔を曇らせた。
「……、……提督──」
途方に暮れ、敵色に染まった空を見上げながら呟かれた長門の言葉は、しかし、その続きを発する事はなかった。
後方より反撃の狼煙が上がる。一筋の光。それは天に昇り、刹那の閃光と共に飛行機の形となった。次々と希望の光は撃ち上がる。それら全てが翼を持ち、瞬く間に黒い空を駆逐していく。
「──誰……だ」
それは長門すら認知していないイレギュラー。その姿を見つけた吹雪が指差す先。そこには──見知らぬ空母がやってきていた。
「優秀な子達、力を見せて」
その空母が持つボウガンに似た射出機から光は放たれる。飛翔した翼達は他の艦載機とは一線を画した機動を取り、深海棲艦の航空戦力を圧倒した。
「誰なのです?」
「……レディ?」
その正体を誰も知らない。長門が知らぬのだから無理もない。だが、彼女は厳然とそこに存在していた。
「本日付けで鎮守府に配属となった装甲空母 大鳳です。無線封鎖の解除を」
彼女──大鳳は自らを語る。それを聞いて艦娘達はざわついた。こんなタイミングで配属などあり得ないと。ましてや今の鎮守府にその配属を承認できる権限を持つ者はいない──はずだった。
「大鳳!? 長門が連れて来たの!?」
「い……いや」
困惑する中、唐突に無線が飛び込んだ。無線の先にいる大淀の涙混じりの興奮が聞こえ、その言葉は紡がれる。
『──聞こえますか!? 鎮守府、全艦隊に……全艦娘に告げます! 提督が……提督が鎮守府に着任しました!』
その朗報を誰もが耳にした。行方不明だった提督の帰還。それを聞き、多くの者が涙を零して喜んだ。提督の生存という情報が全艦娘に共有されたのを確認し、大鳳は告げる。
「提督からの伝言です。敵機動部隊を殲滅せよ。繰り返す。敵機動部隊を殲滅せよ。それがMI攻略の──いや、この戦いに勝利する唯一の手段だ」
大鳳より告げられた作戦目標。しかし、機動部隊は既に全滅させている。そう思っていた長門は落胆するように瞳を閉じたが、吹雪の一声によりそれは覆された。
「長門秘書艦! もう一杯現れました! 空母です!」
「なに!?」
島影より影は現れる。
半面が砕け、青い炎をその目に宿す空母ヲ級。以前、吹雪によって傷を負わされた個体であった。それを吹雪も認識する。何かを感じ取り、あれは自分が倒さなければと、そんな予感を抱いた。
「いったい、いくついるっぽい~!」
「サインは勘弁だよ! 切りないからー!」
「……きっとこれが最後です。最後の一杯」
夕立と那珂が愚痴を漏らす中、吹雪は力強く口にする。
「どうしてそう言い切れるの?」
「わかりません。でも、敵の主力空母は三杯。そんな気がするんです」
確証はない。けれど確信はあった。何か、内より湧き出る何かが訴えてくる。その予感は真実だと。吹雪は素直にそれを信じた。
「ブッキー!」
彼女の雰囲気が変わったのを察したのか、金剛が吹雪の傍に駆け寄った。顔を覗き込み、その決意に満ちた表情を目にする。吹雪に何かを感じたのは長門も同様だった。提督が残した言葉。──『駆逐艦 吹雪が運命を変える鍵』。その言葉が脳裏に浮かび、自然と命令を下していた。
「いいだろう。金剛と共に、あの空母を撃破せよ」
長門はそれを口にした時、肩の荷が下りた気がした。まるでこの命令を吹雪に言い渡す事が、自分の最後の役割だったかのように言い得ぬ物が胸に落ちた。そして、ふと時雨の事を想起する。「アイツは自分の役目を果たせたのだろうか」と、遠い海の彼方を見つめて彼女を想った。
「金剛さん、援護お願いできますか?」
「ブッキー……、わかったネ!」
駆逐艦 吹雪はゆく。真っ直ぐに前を進む。
棲地MIでの決戦は未だ終わらない。しかし、やがて終わりを迎えるだろう。
吹雪は己が役目を果たし、きっと敵機動部隊を撃滅するだろう。そこで勝敗は決する。運命は改変される。与えられた役割を損なった中間棲姫は『運命』からの力を失い、艦娘達によって倒される。それを以て、この戦いは決着。彼女達は不確かなれど希望のある未来を掴む。そんな大団円が待っている。
笑顔に満ちて表の幕は閉じ、物語は終わっていく。──そして物語は裏返る。雨降る物語に裏返る。