艦これ Side.S   作:藍川 悠山

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 そうしてMI作戦は終了する。

 棲地MIの攻略に成功し、ほぼ全ての艦娘が生還を果たした。戦略的・戦術的の双方の観点から見ても艦娘側の大勝。活動可能海域を広げた彼女達は、見事、人類の復権に寄与したと言えるだろう。

 

 それだけではない。一部の艦娘しか実感しない事ではあったが、彼女達は自分達の『運命』すらも変えてみせた。一航戦及び二航戦は負傷しながらも生存し、歴史に刻まれていた悲劇を乗り越えた。彼女達を縛り付けていた『運命の楔』。それはもはや存在せず、未知なる未来が艦娘達を待っている。

 

 希望溢れる結末を手にした艦娘達は帰るべき場所──鎮守府へと帰還した。作戦の終了を知って集まっていた、作戦に参加しなかった艦娘達から盛大な歓迎を受け、彼女達は凱旋を果たす。見渡す限りの笑顔が広がる。喜びだけが伝播し、誰もが歓喜に震えた。

 

 けれど、数人がその輪の中から離れ、海をひたすらに眺めていた。AL方面から帰還した満潮と、一時的に入港していた扶桑・山城・龍驤・隼鷹の五人は、勝利に沸く艦娘達の歓声を背中に感じながら戦友の帰還を待ち続けた。

 

 ──しかし、待ち人が帰ってくる事はなかった。

 

 

  -◆-

 

 

 駆逐艦 時雨の未帰還は提督ひいては秘書艦へと伝達され、すぐさま捜索隊が結成される。MI作戦に本格的な参加をせず、余力のあった軽巡 長良を旗艦に、自ら志願した白露と五月雨、そして疲労状態にありながらも本人の強い希望によって満潮も捜索隊に組み込まれた。

 

 満潮の他に扶桑と山城も捜索隊への参加を望んだが、負傷した戦艦──それも低速艦を迅速な行動が求められる捜索隊として出撃させる訳にはいかず、意見は却下された。二人もその正論を断腸の想いで納得した。

 

 編成された捜索隊の四人は満潮の案内の下、AL方面にある時雨と最後に別れた海域へと赴く。未だ波は荒く、海流は激しかったものの、既に雨はやんでおり、厚い雲の切れ間から夕陽が注ぎ込んでいた。

 

「時雨ーーーッ!! 生きてるんでしょ、返事してよ!! 時雨ーーーッ!!」

 

 現場に到着するや否や、白露の必死な声が海に響き渡った。心配からか余裕のない彼女は指示もないままに駆け出し、独自に捜索を始める。長良はそれを咎める為、怒声をあげようとして──やめた。時雨が彼女の姉妹艦、それも仲が良い友人であるのを知っている長良はその勝手を理解し、見守る事にした。

 

「あたしはあの子が遠くに行き過ぎないように見てるから、二人は一緒にこの付近を捜索して。一応周辺警戒は怠らないでね」

 

 五月雨と満潮にそう告げて、長良はどんどん進んでいく白露の後を追う。二人は悲痛なほど叫ばれる白露の声を聞きながら頷き、言葉もないままに捜索を開始した。

 

 それがどれだけ続いただろうか。日が沈み始め、段々と世界は夜に変わっていく。その境目。日没直後の黄昏時。空が僅かな時間、赤く染まった時、五月雨は何かを見つけた。海に浮かぶ何か。残照に照らされたそれを彼女は拾い上げる。──それは五月雨にも見覚えのあるものだった。敬愛する姉が身に付けていた金色の髪飾り。大切なものだと言っていたそれが、この場に残されていた。

 

 五月雨はその意味を察して、きゅっと口を閉じる。頑張って噛み締めなければ今すぐにでも泣き出してしまいそうだった。

 

「……あの、満潮さん。これ……」

 

 感情を懸命に押し殺した彼女は震える両手の上に髪飾りを置いて、行動を共にしていた満潮へと差し出した。それを見た満潮は一瞬目を見開いて、しかし、次の瞬間には真顔に戻っていた。

 

「……間違いない、時雨のものよ」

 

 短く告げた満潮は自分の腰に差した同じ金色の髪飾りを一見し、そして深く目を閉じる。ふと目の前の五月雨から嗚咽が聞こえた。我慢し切れずに零れ落ちた涙は、時雨によく似た青い瞳から止め処なく頬を伝う。そのしゃくりあげる泣き声を聞いて瞼を開けた満潮は、優しく彼女の頭を撫で、涙が止まるまで傍らに寄り添い続けた。

 

 結局として捜索隊が見つけられたのはそれだけだった。時雨が最も大切にしていた小さな髪飾り。それだけが彼女が生きていた証となった。

 

 


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