艦これ Side.S   作:藍川 悠山

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 提督室にて座する彼。その威厳ある肩書にしては若年な男。一週間前に帰還を果たした提督。それが彼だった。

 

 室内に彼は一人。執務机に向かい、神妙な面持ちで手帳にペンを走らせる。それは手記。そこには彼の想いが綴られていた。

 

《私が特別か異常かは定かではない。故に私の行動における正当性を保証するものは一切存在しない。多くの者達にとって私の行動は奇行であり、理解など到底得られないものだろう。だが、それは当然の事である。私は自分が信じた正義を行使し、夢見た願望を成就しようとした異端者だ。そこに正当性など微塵もない。あるのはひたすらな我欲。着飾るような言葉は要らず、我が行いは結局として多くを巻き込んだ独りよがりに差異はない。その事に関して言い訳をするつもりはなく、そして後悔もない。

 

 ただその為に犠牲となった者達には詫びなければならない。今はまだ償える時ではないが、いずれ私は地獄へと落ちる事だろう。その罪の在処をここに記す。

 

 駆逐艦 如月。最初の犠牲は彼女だった。彼女がW島にて沈む運命である予感はあった。しかし、駆逐艦 吹雪の介入によって回避できると想定していた。私が見た夢が真実であるのなら、吹雪こそ運命を変える鍵であるはずだからだ。だが、私の認識が足りなかった。当時の吹雪はまだ運命を変えるほどの影響力を有してはいなかったのだ。結果、彼女は轟沈した。念の為、比較的安全な部隊に組み入れたつもりであったが、運命の前には無意味だった。自らの認識の甘さから、むざむざ彼女を殺してしまった。彼女の死によって私は運命の強大さを身を以て思い知ったのだ。

 

 航空母艦 祥鳳。二人目の犠牲。MO作戦にて彼女は沈むと夢を見た。如月の失敗を経験した私にとってそれは悪夢だった。彼女は我が鎮守府の所属ではなく、西方の鎮守府──ゴトウ提督が管理する艦娘である。その為、私が彼女の為に打てる手は非常に少なかった。運命を変える可能性を持つ駆逐艦 時雨を西方の鎮守府に派遣させる事。それが精一杯の助力であった。……果たして彼女は助からなかった。けれど報告を聞いた限りでは運命を打開する一歩手前であったように思えた。それはひとえに彼女自身の尽力と、運命を認識したであろう時雨の行動によるものである。訃報ではあったが、私には同時に朗報でもあった。白状すれば、当初、駆逐艦 時雨に対する期待は薄かった。運命を変える希望は吹雪であると確信していたからだ。彼女に対する期待は“運命は変えられずとも運命の抑止力の注意を少しでも引き付けてくれればいい”。身勝手な考えながら、その程度に思っていた。故に時雨が第二次改装を果たし、運命をあと一歩のところまで追い詰めるほどの逸材になったと知って、手のひらを返したと言わざるを得ない。この後を想えばこんな事は口が裂けても言えないが、嬉しい誤算であったのは否めない。

 

 そして駆逐艦 時雨。最後にして最大の犠牲者であると言えるだろう。最初から最後まで私は彼女を利用していた。元より言い訳をするつもりはないが、しかし、彼女に関してだけは言い訳する気があっても言い訳できない。それほどまでに私は彼女を駒の一つだと認識していた。彼女が過去の記憶を夢に見る事は幼少期の調査記録から知っていた。そういう艦娘は稀にいるのだ。東方の鎮守府にいる駆逐艦 雪風もそうだと聞く。私と同じで過去の悲劇を知る手段がある彼女には興味があった。錬度は申し分ない。駆逐艦の中で指折りの実力を持っていた。しかしながらそれだけだった。運命の存在を自覚している様子はなく、彼女もまた運命の鎖に囚われている艦娘に過ぎないと当時の私は判断していた。『特別でありながら運命を切り開く鍵には成り得ない存在』。それが私が抱いた彼女の評価である。故に──と言えば心底自分が嫌になるが、そうであったからこそ私は彼女を囮とした。彼女が心の底で固執している扶桑型戦艦によって刺激し、彼女の特別性を強く発現させた。『運命は特別な存在に惹かれる』。これは特別な存在と自認する私の経験からなる持論である。何度この身が深海棲艦に狙われた事か、それを知る者は少ないだろうが、大本営の上様方ならばご存じであるだろう。『運命』は過去の戦船として既に命運が決まっている艦娘を積極的に殺そうとはしない。だが、普通の人間は必要とあれば容赦なく殺害する。殺せば運命を改変してしまう艦娘と異なり、我々普通の人間相手に結末を再現する意味がないからだ。故に自分が特別な資質を持つと自覚し、我が使命を果たそうと行動し始めた時から私は命を狙われ続けた。もっとも、その経験のおかげで敵の特徴を知る事になった訳なのだが。

 

 閑話休題。

 そうする事で時雨を深海棲艦の標的に仕立て上げたのだ。酷い話だと我ながら思う。何も知らない彼女は大切とする者達の為に戦い、そして更なる力を得た。そこからして私の予想を超えていた。MO作戦を経て運命の存在を知ったと察し、私は彼女を鎮守府に呼び戻した。彼女の評価を上方修正したのだ。深海棲艦にとって彼女は運命を変える危険性を初めて見せつけた艦娘だ。『運命』は必ず彼女の対処をしてくると確信した。故に私の真意を伝え、計画に協力してもらおうと考えた。……残念ながら深海棲艦に命を狙われ、表舞台に立っていられなくなった私にはそれを果たす事は出来なかったが、断片的に残しておいたメッセージから彼女は私の望みに辿り着いた。自分の役割を彼女は自ら導き、そして認めた。囮などという貧乏くじ以外の何物でもない役回りを時雨は受け入れたのである。その結果、彼女は犠牲となった。最大の働きをして命を落とした。彼女は私の予想を超えた上で全ての期待に応えてくれたのだ。このような形でしか残せないが、ここに感謝の意を述べる。ありがとう。君がいなければ未来は得られなかった。本当にありがとう。

 

 以上が私の罪である。

 罰ならば甘んじて受ける所存にある。だが、全てを終えるまでは待って欲しい。やるべき事が残っている。ここからが本当の始まりなのだ。

 

 犠牲となった者達の為にも私はここに誓う。

 彼女達によって作られた未来を守り、必ずや艦娘を戦争から解き放つ──と。

 

 そして、その時には私がこの罪の下に裁かれる事を切に祈る。》

 

 思いの丈を綴り終え、提督はペンを置く。手帳を閉じ、それを施錠可能な引き出しの中に仕舞うと鍵をかけた。

 

 立ち上がり、窓の外を見る。

 外は雨。強くはないが、弱くもない丁度いい雨だった。そんな雨の中、傘も差さずに歩く人影を見た。その人物と不意に目が合う。駆逐艦 満潮。常に時雨と行動を共にした艦娘。彼女もまた運命を変える為に尽力した一人である。

 

 慰安と休養の為、医療機関に収容されると聞いていた提督はまだ鎮守府に残っていたのかと彼女を見下ろした。交わった視線はしばらく続く。眼下の少女に見上げられ、提督は視線を逸らすに逸らせない。

 

 やがて満潮の近くに車が停車した。中から青年が降り、後部座席のドアをあける。彼女を医療施設に送迎する為に用意した下士官の車だった。満潮はそれを一見し、再び提督の方に目を向ける。そして何かを口にした。彼我の距離は遠く、加えて雨音に消されてしまう彼女の声は届かない。──しかし、提督には彼女がなんと言ったのかわかった。

 

 動かされた口元。なめらかに動く薄めの唇を見て発せられた言葉を理解した。読唇術である。その技能を以て満潮の言葉を受け取った。

 

「──未来を始めましょ──」

 

 そう、満潮は言った。

 それを口にした彼女は車に乗り、鎮守府から去っていく。遠くなっていく車を目で追いながら、提督はその希望に満ちた言葉に頷いた。

 

 小さく微笑み、彼は机に置いた軍帽を深く被る。未来を始める気合いが入った。罪の十字架を背負い、彼は“提督”としての役目を全うする。

 

 提督室の扉がノックされた。入室を許可し、秘書艦である長門と、その補佐である陸奥が顔を覗かせる。

 

「提督、今後着手すべき項目をまとめた。一考して頂きたい」

 

 長門は手に持ったリストを提出する。提督は受け取り、簡単に目を通した。それを見て、踏み出そうとしているのは自分だけでない事を知る。どうやら目の前の彼女達も、彼と同じ道を進んでくれるようだ。

 

 口元に嬉しそうな笑みを浮かべて、提督は長門の提案を受諾した。そして宣言する。未知なる道を踏み出す第一歩。力強く、しかしていなくなった者達への感謝を込めて、彼は決意を胸に受け取った言葉を紡いだ。

 

 ──さあ、未来を始めよう。

 

 

 

 

 -艦これ Side.S ep.final『未来』完-

 

 

 


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