第一駆逐艦戦闘詳報   作:<(゚∀。)ノ

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亀のごとき進行するよ。


奪還
第一話 戦闘哨戒


 足下からせり上がる感触に身体が自然と体重をかける。ぐいと持ち上がる感触に身体を傾け、右のつま先を波に突き立てるようにエッジをたてて、三角波の頂上に浮かび上がった。ふわりと一瞬の浮遊に紅の小袖が風をはらむ。袴を軽く押さえ、落下するように降りる波に身を任せ、だが、彼女の視線は素早く2号2型対水上電波探信儀の反応を確認する。

 時間をかけて十分に整備された機材は、熟練の観測妖精さんに見守られ正常に稼働を続けていた。しかし、いかんせん、波高3メートルほどの内海としては荒れた天候では、電探のスコープに表示される雑音(フラッタ)が多すぎて、波と奴らの区別などつきそうにない。彼女の視線に気がついた妖精さんも彼女を見上げて肩をすくめた。

 彼女は冷たい潮風に少し表情をこわばらせ、風になびく黒髪を抑えて苦笑を浮かべる。

「そのまま。電波を出し続けて」

 いいのですか、と視線で伺う妖精さんに彼女はうなずきと共に応えた。

 そうだ。いま、彼女がなすべきことは、ここに彼女がいることを示し続けること。

 奴らが少しでも頭を出せば、彼女の出す電波を奴らの逆探が拾うことになる。

 海中にひっそりと息を潜めている奴らが、彼女を無視して無力な船舶を狙うことなんて絶対に許さない。

 彼女の静かな闘志に微笑みを浮かべた妖精さんが姿勢を正して電探の画面に張り付きトグルを回す。少しでも波の影響を排除できれば、少しでも早く奴らを見つけることができれば。

 重く暗い曇天の下で、彼女の戦闘哨戒は続いていた。

 

 鎮守府正面海域1-1。

 ブラウザゲーム「艦隊これくしょん」では単艦で敵根拠地に殴り込みをかけてくるエリート駆逐艦さんと名高い偵察艦、2隻のはぐれ駆逐艦、そして、軽巡を旗艦とする最大4隻の駆逐戦隊が現れるチュートリアルの海域だ。

 ゲーム開始時に6隻の初期艦から選んだ一隻と特型駆逐艦二番艦「白雪」と共にレベルをあげ、駆逐艦と軽巡洋艦の仲間を増やし、最後には正規空母「赤城」さんが着任する。

 レベルがあがった後も戦意高揚(キラ付け)のために飽きるほど巡回することになる便利な海域である。

 でも、それはゲームの話だ。

 彼女が建造された横須賀鎮守府、奴らによって正面部隊が壊滅的な被害を受けた海上自衛隊の解体後に建軍された後継組織である日本海軍横須賀地方隊の正面海域とは、かつて世界屈指の交通量を誇っていた浦賀水道から伊豆諸島、東海地方へ繋がる西太平洋沿岸にあたる。

 人類の制海権が失われた今でも、人口過密地域である首都圏への物流を支える重要海域だ。

 沿岸部は奴らの空襲や艦砲射撃に大きな被害を受け、途絶した輸入による多くの餓死者を出している今、この海域の制海権の確保は多くの犠牲を払い続けてもなさなければならなかった。

 彼女が単艦でこの海域の哨戒を行っているのは、浦賀水道入り口付近に設置されている固定設置ソナー監視網(SOSUS網)に奴らのものとおぼしき音紋が複数検出されたためだ。

 日本軍横田基地の統合作戦本部は東京湾に複数の敵潜水艦が侵入したと判断、現時点で唯一対抗手段である彼女に出撃を命じた。

 横須賀の艦隊司令部は彼女単艦の出撃に難色を示したが、最終的には彼女の判断で戦闘を行うことを条件に出撃に応じていた。

 おかしなことになってるわね。彼女は想う。

 現場の状況を速やかに共有するために横田の司令部が設置されているはずなのに、後方と実戦部隊の上位組織が一体化されていないために実戦部隊に判断を委ねるという曖昧な行為が許されている。実戦部隊の戦力が彼女しか存在しないという特殊な状況ゆえの特例措置だと思うのだけど、その姿はかつて連合艦隊司令部が軍令を無視して独自の作戦に固執した姿に重なる。将来の禍根になる悪しき前例にならなきゃいいけど、そう思って彼女は苦笑した。

 まずは今日を生き残らなければ意味がない。

 彼女はその思索を友軍ではなく敵へと向けた。

 現在、浦賀水道に侵入したと思しき潜水艦は複数確認されている。これは、東京湾を取り囲むように設置されている SOSUS 網で同時に探知されていることから単艦での侵入でないことは明らかだ。こんな狭い水域に複数の潜水艦が、時には浮上して暴れまわるかと考えると怖気が走る。

 しかし、不思議だった。

 これまで敵潜水艦による群狼戦術(ウルフパック)は行われていない。

 初期にさんざん通商破壊で暴れまわられた時期もほぼ潜水艦単独の、あるいは、偶然複数の潜水艦が単独で攻撃をした結果の被害がほとんどだ。理由は単純で現代兵装で武装した護衛戦力による阻止行動がほとんど効果を伴わなかったためだ。

 大群に戦術は不要とばかりに数で圧殺を図る深海棲艦に対して、1.5戦闘単位程度の弾薬しか持たない現代艦船では対処のしようがなかった。10隻の駆逐イ級を倒す間に100隻の敵艦に群がられる。海面を塹壕に群がる歩兵に対応する能力は現代兵器にはない。

 奴らは深海から顕れる。

 潜水艦は奴らに深海に引きずり込まれ喪失した。海中にばかりに気を取られていると、気づけば砲戦距離。誘導弾は撃ち尽くし、群がる深海棲艦に蹂躙される。

 後に残されるのは無力な輸送船だ。

 ゆっくりと沈めればいい。

 そんな敵潜水艦が複数同時に鎮守府正面海域に現れる?

 今まで散々暴れまわった敵潜水艦らしからぬ行動だ。

 そして、今までとは異なる行動を取っているということ自体が、今までと異なる「何か」を想定した行動に他ならない。

 わたしのことを把握した?

 人類は共通の敵についても味方に付いても十分な情報を共有していないのに、敵はこの対応能力だよ。

 彼女は舌打ちもしたくなる。

 そうなると、このSOSUS網に引っかかったという事実自体が疑わしく感じられた。

 2隻、ないし、3隻と見ていたんだけど、最悪、6隻(フルスタック)かな。

 彼女は首から紐でかけた通信機を手に取ると、送信ボタンを押してヘッドセットのマイクに語りかけた。

「駆逐艦『神風』より、作戦司令部。

 SOSUS 網での敵潜探知位置を時系列順に見せてくれませんか?

 敵潜水艦(ボギー)の目的が読めたかもしれません」

 彼女、大日本帝国海軍が八八艦隊計画の大型駆逐艦として建造した神風型駆逐艦のネームシップ『神風(かみかぜ)』は、敵潜水艦の動きにかつての戦いを思い出していた。

 

 暑い暑い日のことだった。

 戦局は圧倒的に連合国軍に傾き、彼女の所属する第一駆逐隊は彼女ただ一隻。奇跡の輸送作戦と言われた北号作戦に参加し輸送物資を運ぶ歴戦の戦闘部隊と入れ替わる形でシンガポールにたどり着いた。編入された第五戦隊も満足に動けるのは妙高型重巡洋艦足柄と修理未了の羽黒のみ。

 ペナン沖で羽黒を守れず、むざむざ足柄を沈められて、ただ一隻、シンガポール唯一の帝国海軍稼働艦になってしまった彼女は、マレー半島での輸送船団の護衛中に6隻もの潜水艦による執拗な襲撃を受けたことがあった。あの時の彼らは迷うことなく神風を狙ってきた。神風を沈めればあとに残されるのは無力な輸送船のみ。そうなれば、あとはどのようにでも料理することができる。

 脅威度の高い艦から潰す。

 では、いま、新たなハンターにとって最も脅威度の高い艦は誰か。

 壊滅した海上自衛隊の護衛隊群か、否。

 港内に閉塞したアメリカ海軍第七艦隊か、否。

 奴らにとって最も脅威度が高い艦など、彼女以外に存在しなかった。

 空電が耳にかけたヘッドホンに雑音を生じさせる。電探を見張る妖精さんが強力な電波の干渉に非難の目を向けていた。神風は右手を軽く上げて無言で詫びる。

『作戦司令部より、駆逐艦『神風』。

 転送を完了した。端末より確認せよ』「こちら『神風』、了解です」

 網膜投影型のディスプレイに送信された海図に検出位置、時間がマッピングされる。深海棲艦が侵入した軌跡を SOSUS 網はしっかりと押さえていた。

 現代兵器の利点て、この充実した支援能力よね。

 彼女は時間にばかり口うるさく、無駄に細かい指示を出すくせに結果は現場に投げっぱなしの帝国海軍を思い出す。

 戦争に夢を見ていた。総力戦を理解していなかった。でも、あれが当時の日本人の精一杯だった。

 思いつかなかった。そのこと自体が知的敗北だった。

 異常を検出したソナーの座標を追う。今回の侵入も二か所の侵入口を通る複数の潜水艦が探知されていた。

「副長さんはどう思いますか?」

 彼女に呼ばれて妖精さんがひょこりと顔を出した。そして彼女の視界を共有して海図を覗き込む。

 地形と水深、そして、最後に SOSUS 網に検知された位置から、無人偵察機による安全な海域の切り出し結果を見比べて、彼女の華奢な肩に乗った妖精さんは身振り手振りで海図にラインを示した。侵入ルートから二つ重なるように探知の幅がある。まるで最初の発生源が通過した後に、もう一度発生源が通り過ぎたようだった。

 それは神風の推測と一致していた。

「そうですね。さすが副長さん」

 神風の言葉に妖精さんが照れたように帽子に手を当てる。

 やはり、深海棲艦は5隻、ないし、6隻の潜水艦を意識して送り込んできている。

「戦力の欺瞞まで行う以上、目的は明らかにわたしね」

 SOSUS 網での探知から彼女の出撃までおよそ2時間ほどの時間差がある。移動時間を含めると彼女を罠にかけるために半日ほどのアドバンテージが敵潜水艦にはあった。

 圧倒的に不利。

「単艦で1-5。はぁ、なんて罰ゲーム」

 ため息もつきたくなる。

 それでも、退くことはできなかった。

 この先に、守るべき全てがあるから。

 それに、前ほど状況は悪くない。爆雷投射機は八一式軌条爆雷から急遽開発した九四式爆雷投射機に、憂鬱なソナーもパッシブのみならずアクティブソナーである三式探信儀を搭載している。

 大丈夫。きっとやれる。

 大波に揺れる中、観測妖精さんが感を告げた。

 向こう(深海棲艦)も準備が整ったようだった。

「『神風』より作戦司令部。

 敵潜水艦を捕捉。距離3500。本艦はこれより対潜水艦戦を開始します。

 戦闘!」

 神風は海図から敵の配置を想像しながら、無線機に敵艦感知の報を送った。

 

 すでに水道の内側に入り込まれていると考えるべきだった。

 護衛戦時のセオリーからすれば、浅瀬近くに迂回し潜水艦の動ける範囲を抑制することになるが、神風はその行動を採ることに躊躇いを覚えた。

 浅瀬近くでの航行は神風自身の回避運動にも制約が出る。深海凄艦はすでに有利な位置取りを完了している以上、罠が張られていることは双方承知。

 観測機が欲しい。

 初期に投入したグローバルホークは燃料の関係から退避していた。

 つくづく、現代の駆逐艦がうらやましいと思う。オートジャイロの一機も飛ばせれば、安全な距離をもって攻撃できるのだ。

 躊躇いは一瞬。

 神風は華奢な小首を振って決断した。

「機関四分の一。聴音機下ろせ」

『『『機関よんぶんのいちー』』』『『『聴音機、おーろーせー』』』

『手すきのものは上甲板。見張りにつけー』

 さすがは熟練の妖精さん。

 神風の言葉からその意志を覚ると、どこからともなくわらわらと現れた妖精さんが前、後ろ、頭の上によじ登って海面の見張りについた。敵潜の姿を可能な限り、そう、できれば魚雷を撃たれる前に発見するためだ。

 神風はあえて水道側から敵艦に近づくことに決めていた。

 敵の包囲網を外側から突き崩す。

 堅牢な城郭も支城から落としてしまえば、あとは本丸を包囲するだけだ。

「探信儀発信」

 神風の指示とともにアクティブソナーの探信音が発せられた。

 反響音はすぐに返った。それも一つではなく複数。

『魚雷発射管注水音、たすう!』『2時方向、距離1200、雷跡4』

「進路そのまま、面舵用意」

 思った以上に近くまで接近していた。これがのこのこと沿岸部に逃げ込んだ時の半包囲網の外延だろう。位置取り前の早すぎる探信音に慌てて雷撃を試みたと言うところか。

『距離500』

 引きつける。回避も想定した魚雷だが、そのぶん、集束は甘い。

 神風は自身の航路を見つめると告げた。

「面舵10度。舵そのまま」

 ぐらりと右に身体を傾け、海面に緩やかな弧を描く。魚雷と魚雷の隙間へと、身体を滑り込ませ、すぐに艦体を起こした。

「主機二分の一。舵正面」

 耳をつく雑音を無視して、増速する。魚雷の間、20mとない隙間を滑り抜けて、敵潜の左手前から回り込むような進路を描く。

「左爆雷戦用意。調定深度20」『聴音機上げー』『左爆雷せんよーいー!』『信管深度ふたまる』

 これからの戦いを察して、次々と指示が飛んだ。さすがの練度。

 魚雷を撃ったとおぼしき敵潜の前をあえて横切った。そして、再び大きく舵を切る。

「取り舵ー、いっぱい」『取舵一杯』

 こちらの回避を左と見て素直に左に避けるか、艦の足下に潜り込むか。いずれにせよ、外れ。

「探信儀発信」『発信!』

 直ちに反響音が響く。右に潜航してこちらの足元に逃げ込もうとしていたか。敵潜の右側面から、進路を横切る。

「爆雷発射」

 火薬の軽い爆発音を立てて、左舷の九四式爆雷射出機から敵潜の予測進路に爆雷が射出された。

 




やっぱり駆逐艦は最高だろ!

神風、来ちゃったので修正したよ。

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