悪の秘密結社と一緒ぅ   作:C-K

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ちょこっと残酷描写有ります。


3話 黒山羊さんと一緒③

「お待ちしておりました」

「ッ!!?」

 

 背後で格納庫の扉が閉じていき、巨大ロボットの手のひらから降り立った一同。そこに執事服姿の女性が立っていた。

 

 年の頃は20代後半。腰まで伸びた銀の髪は、首の後ろでくくってあるだけ。茶色系の執事服を着こなしたその体は、スレンダーながら女性らしい膨らみもきちんと有している。美人ではあるがその顔は喜怒哀楽が抜け落ちていて、能面のような無表情からは何も読み取れはしない。

 

「やーやーやー。出迎えご苦労ご苦労。……んで首尾は?」

「簡単に、整えておきました」

 

 まるで数年来の主従のように息の合う椿櫻とその女性。

 並んでいるところだけを見ると姉妹のようだが。警戒心を継続しながら黒山羊首領が声を掛ける。

 

「あー……。嬢ちゃんや、知り合いかの?」

「ああ、これは失礼をば。今回みたいな細かいことをやってくれたりする助手です。プログラム構造エネルギー体ですので、人ではないんですけどね」

 

 助手は椿櫻がヒーローの巨大ロボットを解析した時に、通信ログからここへ直接送り込んでおいたものだ。実体化する際のエネルギーは基地から直接ぶん取るので、椿櫻に負担はない。

 

「それよりも何なんだいこれは……」

 

 目を見開いたレイラレイラが格納庫内を見渡して呟いた。その声色にはかすかな震えも混じっている。

 

 原因は格納庫内のそこかしこにある装飾と、充満する臭いである。

 

 口をかぱっと開け、呆然とする山猫怪人らの背後で膝をついたまま佇む巨大ロボット。それを格納、整備するための空間にはむせかえるような鉄錆(てつさび)の臭いが漂う。

 

 それは壁に大輪の華の如くべっとりと張り付いていたり、整備用アームから今も滴り落ちていたり。緊急用電源を備えた車両を赤く染めていたり、何かの缶になみなみと注がれていたり、大半は床にたっぷり貯められている。

 

 元は白黒灰色でまとめられていた格納庫内を凄惨に彩るもの。それは真っ赤な血であった。

 

「あんたがやったのかい」

「はい。ここだけでなく、基地内ほぼこのような感じです」

「注文通りね」

 

 恭しく下げた頭を椿櫻に撫でられ、「恐縮です」という助手。

 2人とも人の姿を持ちながら、悪鬼の如き所業とその有り様にミューガス一同に震えが走っていた。

 

「で、どうです? 条件的にここは『場』になりえますか?」

 

 クルリと振り向いた椿櫻の表情には罪悪感などはなく、いたずらっ子が成果を聞いてくるような笑顔だ。「あ、ああ。……充分じゃ」と黒山羊首領が返せば、「やった!」と助手とハイタッチを交わしてみせる。何度も言うが助手の顔は能面のような無表情なので、ちぐはぐなことこの上ない。

 

「それで贄になりそうなのはこちらです」

 

 助手はさらに格納庫内の奥からロープで縛られた10数人を引っ張り出してくる。

 全員後ろ手に縛られ、猿ぐつわをされていた。

 

 半分はここの制服だろうか、薄茶色のワイシャツにタイトスカート着の事務員風の女性。他は油などで薄汚れたツナギ姿の女性数人と白衣の女性とコック姿の女性である。

 

 そしてオマケとばかりに細身の壮年男性が1名。

 

 女性のほとんどは涙目だったり、未だに涙を流したまま目を見開いていたりと、放心状態である。この惨状に至った経緯をじかに見ていれば当然の結果だろう。女性だけを選りすぐって残していれば、自分たちの終わる運命が待っていると理解出来そうなものだ。気丈にこちらを睨み付けてくるのは白衣の女性と、壮年男性だけだ。

 

 「うーうー」言いながらもがく壮年男性に目を留めた椿櫻は首を傾げた。

 

「なんでこのオジサンだけ残ってるの?」

「コイツ確か奴らのボスだったハズだよ。一度だけ見たことがあるさね」

 

 首を傾げた椿櫻の疑問に答えたのはレイラレイラだった。椿櫻の確認を取るようなアイコンタクトに助手は頷く。壮年男性と視線を合わせるようにしゃがんだ椿櫻は、にっこりと小悪魔な笑みを浮かべた。

 

「こんにちは無能な司令官さん。ご機嫌いかが?」

「もがーっ! ふがもががっ!」

 

 よほどキツく絞めてあるのか、司令官は口をパクパクさせながら意味不明な叫び声をあげる。その際に涎が垂れるのも構わず、親の仇でも見るような血走った目で椿櫻を睨んでいた。

 

「うんうん。ヒーローの仇? そうね。自分たちのロボットに殺されるなんて前代未聞の情けない死に方よね」

「もががっ!?」

「大丈夫よオジサン。アナタの言いたいことは全部丸見えだから。口でする会話なんて不用よ」

「ふぶっ!?」

 

 目を見開いて絶句する司令官。

 試すように頭の中で目の前の女に疑問を飛ばせば、小馬鹿にした口調で望む答えが返ってくる。ならばと抗議を含んだ罵詈雑言を飛ばそうとした瞬間、助手のアイアンクローがコメカミを挟み顔面を激痛が襲った。

 

「下らん事を考えるなよ、ゴミクズどもが」

 

 頭蓋骨が粉砕されるような圧力を掛けられ、涙を流しながら脳内で許しを乞う。

 

「離してあげなさい。そのオジサンの生殺与奪権はミューガスさんにあるのだから」

「……御意」

 

 渋々と殺意を振りまき、名残惜しそうに司令官より離れる助手。「うふふ、あはは」と楽しそうにくるくる回る椿櫻。

 

「じゃ、この人たちの処遇は首領さまにお任せ致しますわ」

「それは構わんが嬢ちゃんはどうするんじゃ。見学していくかの?」

 

 哀れな生け贄どもを見渡し、少し思案した椿櫻は首を横に振った。

 

「結果だけ分かればいいです。私はここのデータベースを漁ってきますね。何かありましたらその辺に呼び掛けて下さい。この基地は掌握したので私に伝わります」

 

 それだけを事務的な口調でミューガスに伝えると、助手を引き連れて楽しそうな足取りでその場を後にした。

 

 

 

 

 助手を伴った椿櫻が格納庫から姿を消したところで、ミューガス一同は大きなため息を吐き、肩から力を抜いた。

 

「いいのかい、首領さま? あの嬢ちゃんの手を借りたままでさ」

 

 戦闘員たちへ生け贄どもを端にまとめさせたレイラレイラが、黒山羊首領へ声を掛けた。山猫怪人は椿櫻が向かった扉を困った目で見つめている。

 

「確かに末恐ろしい嬢ちゃんじゃな」

「このまま近辺に置けば寝首をかかれそうで……」

 

 怪人どころか将軍までをも葬り去る6人のヒーローをたった1人で下してしまい、ミューガスに再興の道を指し示した。

 

 しかもそれが行われてまだ数時間程度しか経っていない。

 数時間前に覚悟を決めた自分たちはなんだったのかと自明するばかりである。

 

 どうやら単独ながらその能力は一軍にも匹敵し、科学文明の中では無類の強さを振るえるらしい。味方にいれば頼もしい反面、獅子身中の虫のような感じもある。

 

「だから排除しろと。そうお前は言うのかい?」

「い、いえっ! 自分はそんなっ」

 

 見たままの姿に反して、その行動は彼等秘密結社以上に残忍な部分もある。後々を憂えるより今ここで、と零した山猫怪人は首領の厳しい視線を受けて震え上がった。

 

「どちらにせよ我等は後には引けん。あの嬢ちゃんをどうしようにも手数が足りん。しかし拾って来たのはお主じゃろう? それを恩義に感じてるそうじゃから、我等に無理難題は押し付けぬだろうて」

 

 と言いながら戦闘員に命じて人質から引き抜いてきた哀れな女性の喉元を掴んで持ち上げる黒山羊首領。

 

 顔で選ばれたのかは分からないが、目の前の生死に関係する脅威そのものに表情は歪み、充血した瞳からはとめどない涙が流れていた。猿ぐつわをされた口からは命乞いをしているのだろう、掠れた叫び声が漏れている。

 

 黒山羊首領は女性の自己主張の(たぐい)を意に介さず、鶏を絞めるように右手に精製した黒いビー玉を無造作に心臓へ突き刺した。

 

「――――ッ!?!」

 

 くぐもった悲鳴と共に突き刺された右胸から黒い葉脈に似たものが全身の肌に浮かび上がる。

 

「――――ォボォ―――ッ!!?」

 

 次の瞬間、女性の嗚咽と一緒に目、鼻、口、耳から噴水の如く真っ赤な血潮が飛び出した。

 

 黒山羊首領が手を離しても、体の力を失った女性は直立状態で宙に浮いたままだ。

 その足元からは体から植物の根に似た葉脈がコンクリート床にまで伸び、今しがた周囲に飛び散った血液だけでなく格納庫の床を赤黒く満たす血までドクドクと吸っている。

 

 しばらく直立していた女性だが今度はカクンと顔を上に向ける。ゴボリとコールタールのようにねっとりとした黒い液体を口から吐き出した。ドロドロとした液体は頭から爪先までを覆い、端から硬質化していく。

 

 数分後には白い血管が浮き出たような模様の赤黒いローブを纏った怪人神官と生まれ変わった。

 

 頭からすっぽりとローブで覆われているが、顔の位置から覗く部位は馬の鼻先である。

 

 馬怪人神官が黒山羊首領へ恭しく頭を垂れる仕草を、他の面々は恐怖と驚愕を顔へ貼り付けて見ていた。

 数分前には自分たちの同僚だったのが、変わり果てた姿で敵方の支配下に置かれたのだ。無理もない。

 

「さて、次じゃ」

 

 黒い玉を手の中で弄び、次の生け贄を選ぶ首領の視線に、人間たちは震え上がった。

 

 

 

 

「あれ、もう終わったんですか?」

 

 1時間以上経って椿櫻が格納庫に戻って来た頃には、神官3名と新たな怪人がその場に増えていた。

 

 代わりにあれほど格納庫内を赤黒く染め上げていた血液は、綺麗さっぱりなくなっている。もちろん捕獲されていた人間も一人残らず消えていた。

 

「場を提供してくれて感謝するぞ嬢ちゃんや。お陰で神官だけでも揃えることが叶ったのじゃ」

「お役に立てて良かったです」

 

 神官はどれも鼻先しか見えてはいないが、一番背が高いのが馬型。やや肩幅が太くてがっしりしているのが(サイ)型。背の低いのが犬型である。彼等は椿櫻にも恭しく頭を下げると、首領の背後に控えた。

 

 新しい怪人はがっしりとしたゴリラのような胴体に、マントヒヒとオランウータンの顔を前後に備えた首を持つ猿型の怪人だ。首領によると、長官と科学者とヒーローの死体まで利用した将軍候補であるらしい。

 

「どっこらしょ……と」

 

 さすがに怪人神官を3人と、その協力のもと強怪人まで生み出したのには黒山羊首領にも堪えたようで。ふらついた首領を慌ててレイラレイラが支え、手近な台へ座らせる。

 

「ところで嬢ちゃんはこれからどうするつもりじゃ? ワシ等はここを借り拠点にもう数体怪人を増やす予定じゃが……。もちろん嬢ちゃんが危惧するような過度な人間の殺傷は控えるがの」

「そうですね。だいたいの情報も得られたので西にある結社でも訪ねてみようかと思います」

 

 どこからともなく取り出したタブレットに地図を表示させ、指でなぞりながら大陸の西側をズームアップする。

 この基地にある情報が正しければ、今現在もあちらを拠点とする悪の秘密結社と青と銀のヒーローが攻防を繰り広げているらしい。

 

 それだけ椿櫻が告げると、黒山羊首領は腕を組み「うむうむ」と頷いた。

 

「あやつらか」

「あれ、お知り合いですか?」

「古い馴染みじゃな。首領はお茶目じゃが、部下は頭が固い。対応には注意せよ、と言いたいところじゃ。まァ嬢ちゃんなら問題ないじゃろう。ついでにこれも持って行くがいい」

 

 と、椿櫻に投げ渡されたのは手のひらサイズの六角形の金属板。表面には六亡星に山羊の顔が刻まれている。

 

「なんですかこれ?」

「ワシ等ミューガスのエンブレムじゃ。持っていけばあ奴等から無駄に警戒されることもないじゃろうて」

「何から何まですみません」

 

 ぺこりと頭を下げるとレイラレイラから動揺するような気配が伝わり、首を傾げた。

 

 椿櫻は完全な善意でもってミューガスに手を貸している。しかし、むこうはそれでも椿櫻に疑心暗鬼を懸けざるを得ない。それ程までに実力差が有りすぎると分かったからだ。

 

「何かあった時のため、助手をここに置いていきますね。私よりは数段レベル落ちしますが、あっちのポンコツを操るくらいはできますので、使ってください」

 

 椿櫻が壁に手を伸ばす仕草で背後に写った影より、ズルリと助手が姿を現す。

 

 黒山羊首領が手が足りなくならないかと聞いたが、彼女の助手はコピーなので無限に増殖が可能である。例え倒されたところで椿櫻には痛くも痒くもない。

 

 

 山猫怪人と新たな猿型怪人に見送られ、屋外で影から椿櫻が喚び出したのは銀色の10mはあろうかという巨大甲虫であった。

 

「……っ!?」

「大丈夫ですよ。噛みつきませんから」

 

 差し出された前脚へひょいと乗り、二人の怪人に向かって「それではまたー」と手を振る。巨大銀色甲虫はふわりと音もなく浮き上がると、西へ向かって高速で飛んで行った。


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