アルカとゴンをかついだメルエムはひたすら駆けた。
重力など無いかのように跳ね、風を裂く。試しの門もひとっ跳びだ。
メルエムは約1分で門から10キロほど離れた。
そして、そこでようやく立ち止まった。
「ここまで来れば大丈夫だよね」
「いや、安心はできない」
「はあ、苦しかった」
振り落とされないように必死につかまっていたゴンと、押しつぶされる形で苦しかったアルカが一息つく。
のだが、ゴンはそこで再び驚かされることになった。
「ま、まさか! 本当に!?」
思わず声を出してしまったのは、メルエムの円に触れたからだ。
ゴンはメルエムの桁違いのオーラを初めて実感したのだ。
当のメルエムはゴンを無視してアルカの方を向き、何やら集中している。
そして、突然アルカの身ぐるみを剥がし始めた。
「きゃっ」
「え? 何を……」
下着姿になるアルカ。メルエムは物色するようにアルカの服をごそごそ調べている。
ゴンは驚き、次いでいぶかしげな目でメルエムを見る。
「あった。これだ」
見ると、メルエムは小さな機械のようなものを手に取っている。
「発信機だな。ってことは、俺達がここにいることはバレている」
急にメルエムが円を展開したのは発信機を探すためだった。
予想通りそれはあった。そして、小細工するのも面倒なので、即座に握りつぶした。
「もう一回移動するぞ」
メルエムは当然のようにそう言ったが、ゴンとアルカは状況についていけずに固まっていた。
「ああ! なるほど。発信機か」
しばらくして、ようやくゴンは事態を把握した。
「この服の着せ方は分からないや。自分で着てくれる?」
メルエムは物色した服をアルカに返すが、やはりアルカは状況についていけていない。まだ固まっている。
「……はっ! きゃあーー! 痴漢ーー!」
などと大声で叫ぶのも無理はなかった。
少し時間をさかのぼる。ゾルディック家、ミルキの部屋でのこと。
「くっ、キルアめ! 後で親父に言いつけてやるからな!」
「黙って言われた通りにしなよ。ブタくん」
「ひっ!」
息を飲むミルキ。そののど元にはキルアの手刀が添えられており、しかも少し切れていた。
ちょびちょびと流れる血が、絶対的な主従関係を印象づける。
しばらくして、カタカタとパソコンを操るミルキは集中し始めた。
「チッ、やっぱり時間がかかるな」
始めはただ脅しに屈しただけで嫌々だったが、だんだんハッカーとしてのプライドに火が点いてきたのだ。
そうして、ちょうど一つ目の扉を開いたところで、ある声が聞こえた。
「兄さん。お爺様がここに近づいてきている」
「なっ! もうか! クソ!」
声の主はカルト。焦りを見せるキルア。
「はっはっはー! キルアめ。ざまあ見ろだ。つーかカルトいたのかよ」
喜ぶミルキ。
ちらりと言ったその言葉の通り、ミルキは気配を隠していたカルトに気付いていなかった。
「おいカルト! 逃げるぞ!」
「いや、それが、実はもう」
「ここまで来ておるぞ」
言葉と共に、祖父は部屋に入って来た。
ミルキは大喜びだ。
キルアはその姿を見て顔をしかめる。しかし、すぐに元の表情に戻った。
作戦変更。逃げるのが無理なら、話合うまでだ。幸いこの祖父は家の実力者の中で唯一と言っていい話の分かる人間だ。
「アルカを解放したいんだ。じいちゃん」
「うむ。それは分かっておる」
「認めてくれよ。今のままじゃ、かわいそうじゃないか!」
キルアは両手を腰の高さ辺りに広げ、懇願するように訴えた。
ゼノはそんなキルアの顔をジッと見る。
キルアのそばではミルキが「親父に逆らうんじゃねえ! バーカ!」などとごちゃごちゃ言っている。
「アルカが外に出れば、多くの災難が降ってかかることになるやもしれん。それが、あの子にとって幸せかどうかは分からん」
ゼノはゆっくりと、言葉に重みを乗せるように語った。
キルアはギリッと歯ぎしりすると、噛みつくように返す。
「それでも、今よりは幸せに決まっている。いや、俺が絶対に、アルカを今より幸せにする!」
勢いよく言い切ったキルアを、ゼノは変わらずにジッと見る。
「あの力で多くの命が奪われることになるかもしれん。それも、殺し合いなどとは無縁な、無関係な人達の命が。そうなった時、お前は耐えられるのか? ここで踏みとどまらなかったことを、後悔するのではないか?」
「可能性なんて関係ないね。今俺にとって大切なのは、そんな見ず知らずの他人の可能性じゃなくて、大事な妹の幸せなんだ」
「感情か」
「ああ感情だ。だけど、この感情は譲れない。ここで動かなければ絶対に後悔する」
「乗り越える気があるのか? 多くの困難を」
「それがアルカのためならば」
力強く言うキルア。
その言葉を聞き、ゼノは小さく笑った。ここへ来て初めて見せた表情の変化だった。
そして、カルトの方をチラと見た。
カルトは緊張した面持ちで、ジッとゼノを見ていた。
「ならば、好きにするといい。困難な道を行くのも、一つの選択じゃ」
ゼノはフッと緊張感を解き、おだやかな声でそう言った。
「ありがとう! じいちゃん!」
喜ぶキルア。カルトもホッとため息を一つ入れる。
ミルキは一人、「なんでだよ、じいちゃん!」などと言っていた。
そして、ちょうどその時、庭で暴れるユピーの爆発音が響いた。
「執事達とドンパチやってるのはお前の仲間か?」
尋ねたゼノに、キルアはこくりとうなずく。
「まあ、これくらいは乗り越えて見せろよ。わしは手出しせんからな」
「分かってるよ、じいちゃん。ありがとう」
笑顔で返事をしたキルアは、カルトの手を引いて走って行った。
途中で母親や執事に邪魔されながらも、キルア達は1分かからずに屋敷を出た。
出たキルア達がまず目にしたのは、大慌ての執事達。そしてその中に、冷静に戦闘機ツボネにまたがる父と兄がいた。
まずい、とキルアは思った。
電光石火のスピードには自信があるが、彼らから簡単に逃げられるとは思わなかった。
しかし、キルアの願いが通じたのか、父たちはどこかへ飛び去ってくれた。
ホッと一息つくキルア。他の連中なら軽くかわせると思った。
そして、キルアはカルトをおんぶすると、電光石火を使い一目散に山を下りた。
「チッ、速えな」
空へ逃げたユピーは1人、焦っていた。
戦闘機に化けた念応力者と、それに乗っかる2人組が追いかけてきている。その3人が思ったより強いのだ。しかも、戦闘機はユピーの飛行速度より速く、振り切れそうにもない。
山を超え、ゾルディック家の敷地を出たユピーは森林に逃げ込むことにした。
相手の戦闘機はこういう場所を動くのは苦手そうだからだ。
森の中に入ったユピーはまず姿を変え、ミノタウルスのような、4足に2つの腕を持つ姿になった。
地上を駆ける場合はこの姿が一番都合がいいのだ。これについて来られるのはピトーと王くらいしかユピーは知らない。もっとも、ユピーはスピードにはさして自信がないのだが。
ユピーの狙い通り、戦闘機は森の中に入れないようだった。
このまま木に隠れて移動していればいずれ見失うはず。そう考えたユピーにはしかし、一つ誤算があった。
「円か、厄介な」
戦闘機に乗る男の一人が、半径300メートルほどの円を展開したのだ。
ユピーはその円の中にどっぷりつかっており、隠れようがない。
戦闘機はユピーより速く、今ではユピーのほぼ真上に来ている。
「クソッ。戦闘しかないのか」
ユピーはそうこぼしたが、戦闘はなかなか始まらなかった。
戦闘機に乗っているうちはシルバ達の方が速いが、降りてしまえばユピーの方が若干速い。
そのため、降りた隙に逃げられないように用心しているのだ。だから、いいタイミングが見つかるまで、シルバ達も不用意には飛び込まない。
そんな感じで縦横無尽に駆けるユピーを戦闘機が追っかけていたのだが、5分ほどして突然、変化が起こった。ユピーが突然消えたのだ。
「消えた」
ぼそりとつぶやくシルバ。
「消えたって、どういうこと?」
イルミが尋ねるが、シルバにもユピーが突然消えたとしか分からなかった。
「やっと捕まえたにゃ」
その声を聞いて、ユピーは全てを理解した。
ピトーがメレオロンを背負って自身に抱きついたのだろう。
「急いでこの森から離れるにゃ」
「分かっている」
言葉通り、ユピーは一目散に森から、戦闘機から離れて行った。