天空闘技場に選手登録したクラピカはみるみるうちに上の階へと登って行った。
全試合楽勝で、200階までは何の問題も無かった。
と言っても、1日に組める試合の数は決まっているのでそれなりの日数はかかった。
修行の合間に試合を組んでいたこともあって、200階に来たころには天空闘技場に訪れてから1月ほどの時が流れていた。
その間の修行は、メルエムとの組手とタコとの試合の実戦形式が中心だった。
メルエムとの組手では、体力が尽きるまで全力を出し尽くした。堅を維持したままの戦闘で、自他の攻撃が当たる瞬間にできる限り速い流をするよう心がけた。オーラ総量を増やしたり、流のスピードを速めるためだ。また、単純に身体能力を上げる効果も狙っている。また、ちょっとした隙や動きの無駄があったりした場合はメルエムに『地味に痛い』とか『ちょっとこそばい』程度の攻撃を仕掛けられて、体感的に隙の無い動きを覚えた。そうやって動きを洗練して行った。
タコとの組手では、ひたすら勝つことを目標に戦った。タコの方も全力で戦わせた。リッパー・サイクロトロンなど致死性のある非常に危険な技も構わず使わせた。そして、本当に危険な時にはメルエムが飛び込み、戦闘を中断させた。
また、実践ながらもメルエムとの組手は基礎訓練に近く、タコとの試合は応用のような感じだった。
先に言ったように、メルエムとの組手では体力、オーラ量、戦闘技術のようなものを養い、タコとの試合では発想力、判断力、瞬間的な集中力のようなものを伸ばした。
訓練が終わると、主にピトーとヒナがクラピカの疲れを癒した。ピトーがドクターブライスで主にケガを治し、マッサージ系の能力を手に入れたヒナが主に疲れを癒した。
軽く書いたが、実はヒナが誰よりも早くマッサージ系の能力を手に入れた。念は本人の意思の影響を多分に受けるものだ。美容に興味があり、除念腹ぼてを気にしていたヒナがマッサージ系の能力に目覚めたのは不思議では無かったのかもしれない。ちなみに、この念能力開発にはプフの助力もあった。
これらの修行の効果は抜群で、クラピカはどんどん強くなって行った。
流の速度は繰り出す拳と遜色なく、堅の持続時間は1時間も伸びた。
これはクラピカの才能やメルエム達のバックアップを考慮しても、それだけではさすがに不可能な成長速度だ。その不可能を可能にしたのが、クラピカの心情の変化だった。
本当に、クラピカにとっては衝撃的なことの連続だった。
まず第一に、憎んでいた蜘蛛達が全滅した。
次に、全滅したはずの同胞に生き残りがいた。
さらに、その同胞は『転生』というありえない経験していた。
しかも、その同胞は信じられないほどに強かった。
そして、その同胞の仲間が蜘蛛の死体を操っており、自分も訓練のような形でその死体と戦っているのだ。
衝撃の連続と言う他無いだろう。そして、これらの衝撃がクラピカにいろんな考え方、世界観を知らしめ、その心を動かしたのだ。
心の変化は当然、念に影響する。今回はそれが、オーラ量を上げたり流を素早くしたりと、いい方向に影響したようだった。
また、クラピカは緋の目時にかかる身体への負荷も克服した。
エルエムはクラピカに、攻撃の一瞬だけ力を爆発させ、それ以外ではジッとして精神を研ぎ澄ませるように徹底させた。静から動へ、動から静へ、この切り替えが非常にうまくなった。
そうして、蜘蛛の死体との戦いの中で、怒りながらも心は落ち着いているような、内なる闘志を燃やす術を覚えた。
これにより、緋の目状態でもほとんど疲れないようになった。
緋の目状態で心を静められるようになったことについて、同胞であるメルエムの存在が大きかったことは言うまでもない。蜘蛛を見て感情が高ぶった時、メルエムの一言一言がクラピカを安心させた。
そんなこんなで、現在は、今にもクラピカとタコとの模擬戦が始まろうとしているところだ。
場所はグリードアイランド内の道場。滅多に人が立ち寄らない場所であるため、存分に暴れられる。
クラピカは緋の目状態の完全な戦闘モードだ。タコも額に汗を浮かばせながら緊張感を高めている。
「始め!」
と、メルエムの声と共に、2人の戦闘が始まった。
「
まず攻めるのはタコ。
フランクリンの死体を操り、クラピカ目がけて念弾を連射する。
2人の距離は約20メートル。
タコの念弾は初速が秒速400メートルほどで、念による補助があるためそのスピードがなかなか落ちない。
初めに放たれた念弾は音より先に、0.05秒で目的地にたどり着いた。
しかし、それらは何もない場所をただ通過するだけだ。
タコの口が動くとほぼ同時、クラピカは足にオーラを集め、横に飛び込んていたからだ。
転がるように、自身から見て右に飛び込こんだクラピカは、今度は右手にオーラを集め始めた。それは一瞬で濃密になり、鋭くなり、刃物のようになる。メルエムがよく作っている手刀だ。いろいろと便利なために教えていた。
飛び込んだクラピカは受け身を取るように回転しながら、水をすくうように右手の手刀で床を裂き、振った腕の勢いでさらに体を反転させ、左手で畳を一枚拾った。
手刀で切ったため、台形の畳だ。クラピカは周を使いこの畳に念を纏わせ、念弾に対する盾にした。
その一連の動きは、洗練された舞のように見事なものだった。
隙の無い、無駄の無い動きで、着地するかと思われた寸前にクルクルと回転し、即座に防具を作ってみせた。
美しい。
そう思ったタコは、その動きに見とれてしまっていた。
だから、クラピカが次に取った行動に対しても、判断が遅れてしまった。
「しまった!」
クラピカは畳で前面を覆いながら、タコの懐に入っていた。
タコは叫びながら、目の前に迫った畳目がけて一斉に念弾を放つ。
ズタズタに引き裂かれる畳。その破片が散らばるのを見て、タコは一層焦り始める。
どこへ行った!
タコは急いでクラピカを探す。
畳が簡単に砕け散ったということは、畳に周はかけられていなかったということだ。クラピカは畳を目隠し代わりに使い、タコが相手を見失っているうちにどこかへ消えたのだ。
瞬間、鋭い風切り音が響く。
それと同時にフランクリンの動きが止まり、しばらくして、首がずれ落ちた。
「クラピカの勝ちだな」
メルエムが勝利者の名前を告げる。
「くっ」
と、すぐ目の前にいたクラピカを見て、タコがくやしがる。
あの時、畳で姿を隠したクラピカは、さらに懐の深いところに潜り込んでいたのだ。
ほぼ真下。背が高く、胸板も厚いフランクリンにとっては厄介な死角だった。
「ふう」
と、クラピカは一息ついた。
そして、慣れた手つきで右の人差し指についた鎖を拾い上げると、それを小型化し、指にはめた。その鎖の先端は鎌のようになっており、刃の部分には少し血が付いていた。
つまり、クラピカはこの鎖鎌でフランクリンの首を切り落としたのだ。死角から。素早く。迷い無しに。
「おいおいイカルゴ、お前最近弱くなってねえか?」
と、タコを茶化すのはメルエム。
確かにクラピカは強くなった。
最初の頃はタコが勝つこともあったが、ここ一週間くらいはクラピカの全勝だった。
しかし、メルエムの見立てでは、タコはもう少し戦えるはずなのだ。
それに、もう少し張り合ってもらわないと、クラピカの練習にならない。
「いや、そんなはずはねえよ」
と、タコは自分に言い聞かせるように言った。
「でもさ。なんかこの頃は、判断がにぶいじゃん。前はもっと、次から次へと攻めて行っていた気がするよ」
「つってもよ。隙が無いからどう動けばいいか分からないんだ」
これは事実だった。メルエムもこのことは認めていた。
というより、クラピカの動きが洗練されて行ったのは自分との修行の影響が大きいため、メルエムは鼻が高かった。
「でもさ。なんか行動起こせよな。攻撃は最大の防御だろ」
「うーん。俺がどう動いても、それが隙となって付け入られる気がする」
再びタコが言ったこのことも、また事実だった。
しかし、それにしたってタコが弱くなっているようにメルエムには感じられた。
その答えは、タコがクラピカの洗練された動きに見惚れ始めたからなのだが、タコはそれを口に出すつもりは無かった。それに、見惚れているということは、自分でもはっきりとは分かっていなかった。
「とりあえず、フランケンシュタインの首を縫いつないでおくか」
ふと、メルエムはフランクリンの胴体を見てつぶやいた。
「念糸縫合!」
そして、マチの心臓を食らうことで身に付けた念能力で、あっという間に首と胴体をつなげた。
「後は任せた」
「はいにゃ」
ピトーは返事をすると、ドクターブライスで細かい部分を治して行った。
「クラピカ。もう旅団は敵では無さそうだな」
「と言っても、イカルゴの操る旅団なら、だがな」
「本物相手でもクソソ以外なら十中八九は勝てると思うぞ」
「過信をするつもりはないが、メルエムの目は正確だからな。素直に受け取ろう」
「俺の見立てではクソソも、あと1年もすれば簡単に倒せるようになると思うぞ」
今のままの成長速度ならあと一か月あれば十分なのだが、さすがにそれは無理だとメルエムもクラピカも分かっていた。
やはり今回の成長は衝撃的な出来事が続いたことによる影響が大きいのだ。こんなことは滅多に無い。今後のクラピカの人生において、このひと月ほどに爆発的に成長することは無いだろう。