息子は二回目の体験だったのである程度落ち着いていた。しかし、旅団を殺してなお残るやるせなさは引っ掛かり続ける。母親役の執事やアルカに対する心配も尽きない。
「あの、ここはどこですか?」
「天空闘技場です。次は私の質問に答えてください。あなたはズシに何をしましたか?」
「くっ」
メガネをかけた優男はすんなり応えてくれたが、その後が怖かった。キルアさんとなった時に初めて視認できた謎の力を、暴風として体に叩き込まれた。有無を言わせない威圧感。冬山にシャツ1枚でいるような感覚。イルミや蜘蛛達との初対面の時ほどではないが、つらい。
「しょ、正直に言います。実は僕は、人の意識を乗っ取るようでして。解除方法は自分にも分からず。あっ、いえ、しかし」
「なんですか?」
「あの、長くなるのですが……」
念に触れればなんとなく相手のことを理解できる。加えてキルア時代に養った危機察知の山勘がある。息子は目の前の優男に危険はないとし、今まであったことを正直に話した。
「ですから、再び蜘蛛のメンバーを全員殺せば、僕の魂は別人に乗り移ると思います」
聞き終えたウイングは目に見えて狼狽していた。
「そんなことが……。にわかには信じられませんね」
そう言ったっきり、黙って思案し始める。
しばらくして、「事実確認をさせていただき、それから君の処遇を決めます」と言った。
ウイングの調査で、クルタ族が蜘蛛に全滅させられたこと、ゾルディックは5兄弟だがアルカは弟であること、キルアはハンター試験に不合格となって家に帰ったこと、等が分かった。これはキルアとなった息子の世界に矛盾するが、旅団に殺された息子の世界には合っている。また、息子の目を見てウソを言っているように思えなかったので、ウイングは息子の発言を認めた。
しかし、「今回もナニカの能力で旅団を殺すつもりです」と続けたことは、認めなかった。
息子が「なぜ?」と問うと、「それは理に外れた力だからです。私利私欲で使っていいものではありません」と応えた。「私欲じゃありません。今も彼等のせいで被害が」と粘っても「それでもダメです。だいたいどうやってゾルディック家の少年と接触するというのです? 今おっしゃった能力が事実だとすると、屋敷の最も安全な場所に隔離されているはずです。核シェルターや毒ガス兵器に守られて。私はおろか、ハンター協会会長であっても一人でそこに辿り着くのは無理でしょう」と譲らない。
「ではどうしろと?」
「コツコツ鍛えて、彼等に負けない武人になればいいのです」
「何年かかると思ってるんですか。もしかすると死ぬまで無理かもしれない。元の人格に戻るのが遅くなってもいいのですか?」
「戻ったとしても、あなたが別の人格に移ってしまうのでは、その方に迷惑がかかります。それは認められません。ではなく、根本を解決するために、あなた自身の力でトラウマに打ち勝ち、あなた自身が解放される必要があるのです」
この短期間でそこまで考えていたウイングに、息子は驚愕する。しかし、身近な弟子よりもどこぞの誰かを心配するというのは、ちょっと薄情にも思えた。そんな考えに気付いてか、ウイングは自嘲気味に笑った。
「ズシの師匠として、これで正しいのかは分かりません。ただ、彼一人の時間を奪い、苦しめたくはありません。私も身を削ってあなたを鍛えます。できる限り早く幻影旅団を倒せるように」
それから、ウイングとマンツーマンによる修行の日々が始まった。
キルアさんの頃の感覚で、念の基礎はそれなり。電撃や雷速移動(電光石火を極めた技)の発も使えたが、念の総量が雀の涙だった。それに念の扱いそのものも、キルアさんの時とは肉体や精神の感覚が異なっているので、キルアさんの時ほどスムーズにはいかなかった。
問題を理解したウイングは、借金をして師匠のビスケにズシの訓練をつけてもらえるよう依頼した。ビスケは渋ったが、ウイングのあまりの熱意に、「才があるようならいいだわさ」と一度見てくれることになった。
そのテストの手合わせで、ビスケは「一撃当てれたら合格だわさ」と条件を言った。どうせ当たらないが、絶望的な状況でも諦めずに立ち向かい、その戦いの中で成長でも見せてくれたら、わざと当たって合格にするつもりだった。
息子は相手が油断している隙にと、いきなり練でオーラを限界まで爆発させた。が、ビスケとしてはいまいちだった。才が無いわけではないが、自分が面倒を見るほどではない。技巧派ならギリギリ許せるかどうかというところ。見た感じ強化系なので、やはりこれでは物足りない。
しかし、ちょっとやる気がなくなった隙を、暗殺者として鍛えられた息子は見逃さなかった。電光石火と肢曲(緩急をつけて歩き分裂しているように見せる技)を組み合わせ、残像を残したまま接近し、至近距離で両手から放電。
「かっ、うっ」
当たったビスケは痺れて動けず、鳩尾に硬による膝げりを受け、吹き飛んだ。
「何よ今の卑怯な発は! 凶悪な初見殺しじゃないの!」
スカートの埃を払いながら怒鳴るビスケ。凝によりダメージはないらしい。しかし、一撃は一撃と認められて、修行をつけてくれることになった。
それからしばらくは、オーラを増やし、基礎体力をつける日々だった。ビスケの念能力マジカルエステにより疲労回復が速まり、効率はかなりよかった。一方、あれほど意気込んでいたウイングはすることがなく、やったのは買い出しと声かけと情報集めくらいだった。
息子の執念、またキルアさんという1つの完成形の経験もあって、上達は元のズシの才能ではありえないくらい早かった。
ビスケは当てがいい方向に外れたことに驚き、ウイングはそこで初めてビスケに事情を話した。
「あんたそれ信じたの?」
「はい」
ビスケは呆れたような視線を向けたが、彼女も電光石火など不釣り合いに完成された技を見ているので、心の中ではその話通りの可能性が高いことを認めるしかなかった。
そうして二ヶ月を過ぎた頃、徐々に実践もということで、ズシは天空闘技場に出場者登録をする。条件は、念を使わずに200階まで登ること。数々の暗殺術を持ち、ビスケの元で身体能力も上げた息子になら、そう難しくはだろうと思われた。
しかしそれとほぼ同時、ウイングにとってはある程度予想通りの、息子にとっては会いたいが叶わないと思っていた相手の片割れが現れた。
「キルア選手対ズシ選手。10ポイント制でノックアウトあり。準備はよろしいですね。それでは、ファイッ」
銀髪の少年キルアはポケットに手を突っ込んだまま、余裕の表情。ズシは焦ってぎこちなく構える。と、不意にキルアは肢曲で残像を残し、ズシの後に移動する。
そのまま右手の手刀を後ろ首に打ちつけて試合終了、いや、打ちつけたつもりが残像だったので空ぶった。
「なにっ!?」
まさか相手も肢曲を使ってくるとは思わなかった。
驚愕する間にも、真横から僅かな気配。咄嗟に逃れようとするが、空ぶったせいで体制が悪く、顎をかすってしまう。
「チッ」
脳が揺すられ、視界がぼやける。キルアは距離を取ろうと後ろに飛ぶ。が、相手はしっかりついてきて、乱打戦に。
脳が揺れるままでは思考が遅れ、動きも鈍り、防戦一方。躱したつもりでも当たってしまう。しかも、相手の狙いが鋭く、顎や間接部など急所ばかり。
そして、命の危険を感じてしまう。
「う、うわあ゛あ゛あ゛アアアアアア!!!」
キルアは無茶苦茶な動き、しかし火事場の馬鹿力とでも言うべき凄まじい力で、ズシを振りほどいた。直後、自身は後方へ逃げ出す。
「な、なんだ……?」
そのまま武舞台を降り、外へ。
「ちょ、ちょっとキルア選手!」
「あ゛あ゛アアアアアア」
係員の制止も聞かず、異常な叫び方で逃げ続ける。
「キルア! 待ってよ!」
黒髪の少年が追いかけるなか、勝ち名乗りを挙げられるズシは、呆然として力なく右手を上げた。