クラピカは同年代で誰よりも強く、美しく、聡明で、勇敢で、子供たちの憧れの的だった。華やかに笑う彼女の後を子分のように付いていくだけで、誇らしく感じるくらいに。ところがその彼女は、今、青い顔で眠っている。なんだかやるせない。
脱臼した肩を入れ戻し、背負ってホテルへ移動。クラピカをベッドに寝かせ、皆で様子を見ることに。と言っても、医療的な処置はレオリオ任せ、念での癒しはセンリツの歌と「弟子のためですから」といつの間にかビスケのような回復系の念能力を開発していたウイング任せで、ズシは見ているだけだったが。
2時間後、クラピカは目覚めた。
「そうか。私は負けたのか」
天井を見上げながら、弱々しく、儚げにつぶやく。
「でも、終わりじゃないさ。ここから始まるんだ。楽しい人生が。まあ、お前自身が望まないと始まらないがな」
「当たり前だ。いくら行動を制限されようと、私の心の在り方を決めるのは、私自身でしかありえないからな。安心したよ。私の心をどうこうすると言っていたから、そんな基本的なことも頭にないのかと心配していた」
「……俺だって、本当はこんな強引な男じゃなかったんだ。だけど、体に精神が引っ張られて。それに、あのゴンという子に影響されて」
「まあ、似ている気がしていたさ。あいつほど突き抜けてはいないがな」
ふっ、と自然に笑う二人。おそらく顔を会わせてから初めてのことだった。互いに待ち焦がれていただろう、一族の生き残り(ズシにこの言い方は正しくないかもしれないが)相手だというのに。
「クラピカ、今後の予定なんだが」
「私は敗者だからな。よっぽどのことがない限り受け入れよう」
「よしてくれ。嫌なら嫌と……、と言うと面倒なことになりそうだからやはりなしで。とにかく、俺の予定を述べさせてもらう。しばらく、おそらく2、3年は、修行の日々だ。ウイングさんとビスケ師匠の下で、一人で旅団を壊滅できるようになるまで鍛える」
「なんだ、結局復讐なのか」
「違う。俺にとって復讐はついでなのさ。放っておいたら何を仕出かすか分からないから、捕まえて法で処刑するだけ」
「都合のいい言葉だな」
「目を見ろ。目を! 復讐に囚われているように見えるか!?」
ズシはぱっちり目を見開き、クラピカの目をまじまじと見つめる。
クラピカは呆けて2、3瞬きし、ふっと口元を緩める。
「分かるものか、そんなもの。それと、顔を赤くするのは止めろ。女としての生き方をやめたと言っただろうが」
「止めたところで、何度でもやり直せるのさ。お前にその気があればな」
「ない。だからありえんな」
「はー、美人なのに」
「だからそういう目で見るな! 軽蔑するぞ!」
「すまん。本気で辛いからやめてくれ」
「……今回限りだぞ」
クラピカはチッと舌打ちして、ズシに背を向けてふとんにくるまる。ズシからの返事はなかった。
「クラピカ、武道は好きか?」
「……そういうつもりで修めたわけではない。強いて言うならば、体を動かすことは好きだが」
「そうか。なら俺と一緒に鍛えたらいい」
「協力して蜘蛛と戦うためか?」
「いいや、修行を楽しむためだ」
「……楽しんだ方が効率がいいからか?」
「そうかもしれないが、それは理由じゃない。修行を楽しむのは、人生を楽しむためだ」
「優先順位の話をしているのか?」
「そうだ。これからは、人生を楽しむことを第一に生きるんだ。俺もお前もな」
「それで始めるのが修行、というのはどうなんだ?」
「だが、遊園地という柄でもないだろう? 俺もお前も」
「まあ、確かにな」
「それに、意外と修行は楽しいんだぞ。ビスケ師匠やウイングさんが上手いってのもあるだろうがな」
「いずれにせよ、楽しいかどうかを決めるのは私だがな」
「そうだな」
ははは、とズシは笑う。クラピカの表情は見えないが、口調から察するに穏やかな顔をしていると思いたい。
「そうだ。1つ聞きたいことがあった」
「ん? なんだ?」
「お前、私を蜘蛛の糸から解放すると言っていたよな。だが、結局私の意志を折って、自分に従わせた。これもまた、拘束ではないか?」
「言いたいことは分かるが、蜘蛛と俺は全然違うぞ。蜘蛛の拘束は、お前を不幸にする。俺の拘束は、お前を幸せにする気満々だ」
「……押し付けた善意は悪意と同じ。という言葉を聞いたことはあるか?」
「俺が押し付けるのは、善意ではなく幸福だ。幸福を押し付けても、不幸にはならないだろう?」
「無理矢理だな。というか、合ってるのかそれ?」
「合ってる」
ズシは自信満々に言う。
クラピカはしばらくの沈黙の後、はあー、とため息を吐いた。
「すまん。もう1つ聞いていいか?」
「ああ。いくらでも来い」
「なぜ私にそこまで拘る? 放っておくこともできるだろう。もし一族がどうと言うのならば、決闘の約束を違える気はないが、お前もまた、過去に囚われていることにならないか?」
「ああ、なるほどな。だがそれも違う。違うんだが……、その、だな。……前にも言っただろう?」
「前?」
「出会って30分後くらいの話だ。…………ああ、だが、確かに。過去ではないが、囚われているのかもしれないな。恋という言葉に」
「…………なあ、軽蔑してもいいか?」
「ジョークじゃないか! 俺だって傷ついた話で笑わそうとしたのに!」
ガバッ、と立ち上がるズシ。
ふふっ、とクラピカは微かに笑う。
気づいたズシはパアッと顔を明るくした。
それからは、もっぱらクラピカが刺々しいことを言って、ズシが情けない声で「参りました」なんて謝る形で、長々と会話を続けていった。しかし、二人とも上機嫌で、特にクラピカは、センリツによって別室に移動させられたレオリオが驚くほど、大きな声で朗らかに笑った。