王を蹴飛ばして自身も後方へ飛んだズシは、ちょうどクラピカの付近へ着地する。
「頼む」
「ああ」
クラピカは初めに言っていた隙がこのことだと理解していて、既に“律する小指の鎖“を用意していた。突き刺すのも躊躇しない。
「ぐっ」
「あの王と呼ばれるやつを一撃で葬れなければ死ぬ。……これでいいか?」
「ああ」
うなずいたズシから、突然膨大なオーラが溢れ始める。あの護衛団にも匹敵するような、何十年もの修行の末に得られるはずの密度。
制約と誓約。それらは厳しいほど能力者に強い力を与える。
自らより遥かに格上で、つい先程までいかなる攻撃でもダメージ1つ与えられなかった相手に対し、一撃で殺さなければならないという制約。でなければ死ぬという誓約。この絶望的な条件だからこそ、得られる力も大きい。
「死ぬなよ」
「ああ、もちろん」
チラと視線をやって、再び戦場へ意識を向ける。
全ての力をこの一撃に込める。動けなくなったっていい。クラピカだけは何がなんでも生かすんだ。だから……っ!
「練」
ドドッ、とさらにズシの体からオーラが溢れる。それは王の自尊心やキルアさんの復讐心とは違って温かい。愛の力。さらにその何割かを、電気に変換していく。
そして、“電光石火“。先程までより遥かに速く、王の反対側へ移動していく。そして、反転。と同時に、さらにオーラが溢れ、速度が増す。いや、増し続ける。ズシが地面を蹴る度に。
“人間レールガン“
これが、キルアさん時代の最強の技。電光石火で速度を増し続け、雷速に迫る速さで体当たりするというもの。速さは重さ。威力は核シェルターさえ貫くほど。
しかし、作用と反作用は等しい。ズシ自身に頑丈さ、または衝撃を流す上手さがなければ、技を仕掛けた方が壊れて、衝撃も中途半端になる。
ズシの技量では、また体重では、筋力では、あの頃ほどの威力は出せない。スピードも雷速まで上がらない。不完全な状態では、あの王に届き、且つ一撃で葬ることができるか分からない。
しかし、だからこそ、王の雄叫びだ。慣れない挑発などをして、条件を整えたのだ。
「ご殺すろ゛殺すすう゛う゛う゛ううううう!」
王は無茶苦茶に怒りながら、無茶苦茶に腕や足を地面に叩き付け、まさに獸という動きでズシに接近する。今のズシには若干劣るが、先程までのズシよりは遥かに速い。
これを、利用するのだ。カウンターという形で。エネルギーは速度の2乗。仮に王がズシと同じ速度で接近していた場合、相対速度は2倍になり、衝突のエネルギーは4倍になる。
この衝突が、この場で出せる最強の一撃。あの邂逅の一時で思いついた一筋の光明。
怒り狂った王は、まさか避けないだろう。ガード一辺倒になることもないだろう。接近の一瞬で決めにかかるはずだ。だが、当てるという意味での接近戦はこちらに部がある。そもそも四肢の動きはこちらの方が若干速いし、反射速度ではなおさらだろう。王とて所詮脊椎で指示を出している。疾風迅雷による自動回避の方が反応は遥かに速い。そのパターンを見抜かれるほどの攻防はしてないし、怒りのせいで気付いているかどうかも疑わしい。だから、この勝負もらった!
と思い、一瞬表情が緩んだ間隙を縫うように、王とズシの間に黒い影が入った。
猫娘……っ!
「ぴどお゛お゛おおぉお゛おおぉ゛おお」
予想外の乱入者は、猫娘ことピトー。
気付いたズシは焦りに歯を食い縛り、侮られたと感じた王はさらに興奮してピトーにも怒りをぶつける。
そのピトーは、存外すっきりした顔をしていた。覚悟の決まった顔だ。死ぬ覚悟の。
王は自分を許さないだろう。自分でも忠臣として誤ったことは理解している。突然膨れ上がったズシのオーラに、また王が一度吹き飛ばされてしまった現実に、やつの牙は王に届きうる、と絶対であるはずの王を信じ切れなかったのだから。最もやってはならない王に対する侮辱だ。だが、たとえ自分が死んでも、王を侮辱してしまってでも、王が死ぬことには変えられなかった。
だから、ここは絶対に通さない。それだけの力だ。きっと制約も誓約も相当重いのだろう。ならば自分が犠牲になれば……っ!
猫娘の後方に、巨大な人形がある。これは念で出来ているから、先程の大男のように王に蹴飛ばせるかは分からない。蹴飛ばせたとしても、直進の勢いは低下するだろう。それでは結局ダメだ。それに人形が退いたとしても、猫娘当人に邪魔されてしまえば同じこと。
「クソッ」
ズシは直進を止めて左に避ける。これで王も同じ方向に来てくれればと思ったが、彼の怒りは猫娘に向いていた。ズシへの殺意が無くなったわけではないが、一度立ち止まり念人形を飛ばしてしまったのだ。
ズキッ、と心臓が痛む。“律する小指の鎖“の刃が若干食い込んだ。これで一撃を終了と見なすためだろう。確かに、それくらいで無ければ王に届くほどの威力にはならない。充電の残りを考えても、途中停止という選択に意味はなかった。だが、だからと言ってここで終わりか? そんなこと認められるはずがない!
「ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛」
ズシは半ば反射的に、地面を蹴っていた。力の直進成分を消さないように、進んでいる方向とは直角方向に。
が、そうなると今までと空気抵抗や重心のバランスなどが異なって、体が弾かれたように傾く。だが、だとしても転ばない。直進成分を消さない。
先程の王を思わせる無茶苦茶な動き。腕や足を地面に叩き付け、右腕が折れるのにも構わず、ひねってバランスが乱れればばそのまま背骨を軸に回転し、その回転を止める間もなく、移動経路で呆ける蝶男を弾き、むしろ回転を速めて、ようやっと270度方向転換。直進成分を緩めぬまま、回転をさらに加えて、左手一本突き出して王に突っ込む。
“人間ライフルレールガン“
人間レールガンに回転を加え、衝撃ではなく一点の貫く力に重きを置いた技。当然左手は刃物のように変形させている。これならば、王の固い皮膚さえ貫けるかもしれない。
とかく、ズシは咄嗟の判断で技を昇華し、鎖の戒めを回避することに成功した。
対する王は、ピトーを殴り飛ばして若干落ち着いていた。死をもって願った忠臣の思いが少なからず届いていた。とは言え、避けるなんて選択肢はない。むしろ、自身を侮ったバカな従者や虫けらに、正しい現実というものを見せつけてやる。必要最低限の力で相手の全てを受け止め、持てる全ての力で木っ端微塵にする、という形で。レア物の食事などもはや頭にない。
王は怒りをオーラ計算や動体視力に回す形で昇華した。その結果、全力のオーラの4割もあれば、敵の突破を完全に止められると知る。だから、と左手に4割、目に1割のオーラを当て、残り5割を右手に残す。
来い! 虫けらが! それがお前の死ぬときだ!
が、いつになく見えるはずの視界に、不必要な線が映った。ちょうど虫けらの両目をつなぐように。まっすぐ横に、細い線。
「チッ」
王は舌打ちして、瞬きする。いつの間にかゴミでも入ったのだろうか。ともかく、これでゴミは消えるか移動するかするだろう。
と思いきや、ゴミは消えていなかった。余計イライラする王は、線が大きくなっていることに気付くのが遅れる。
ともかく、虫けらを迎え撃つ。自身の能力が相手を上回っていることはもちろん、どれだけ上回っているかを最も正確に理解しているのが自身だということも証明する。それで自身の絶対性、自尊心が守られる。愚かなピトーもあの世で理解するだろう。
なおも線を映す王の視界は、実は狂っていなかった。線に見えたのは、本当はクラピカの放った鎖鎌の刃。念能力“断ち切る人差し指の鎖“。それに王が気付いた時には、刃が眼球に触れる寸前にまで来ていた。
さすがの王も眼球は固くない。当たれば容易く切り裂かれるだろう。だが、冷静になって虫けらを受け止めるまでの流れを計算し、途方もない怒り、張り詰めていたものからやっと解放される、と思っていた王にとって、今更手順を変えるにはエネルギーが必要だった。そもそも、避けたくない。
強いて避ける理由などあるのだろうか? この虫けらも向こうのゴミくずも、片目1つなくとも楽に屠れる。気に障ったら後で目を修復するか移植するかすればよい。眼球程度で余の絶対性が崩れるわけではないのだから、これ以上気に病むことはない。
避けられない、とはつゆも思わず、王は平然と鎌に眼球を抉られた。それとほぼ同時、左手に虫けらの衝撃が走る。予想通り虫けら全力の威力は4割のオーラで止められている。ただ、足の踏ん張りがきかないので、尻尾を地面にさしてその場に止まる。
が、不意にバチっという音が聞こえたかと思うと、視界も思考も何もかもぐちゃぐちゃになった。
痛み、恐怖、悲観、愉悦。全部そうで全部違う。わけの分からない不快。相変わらずバチバチと静電気音は止まない。なんだこれは。
答えは分かるはずもない。彼の母が食べたどの生物にも、それをされた記憶などなかったのだから。
王に受け止められたズシは、再び心臓が刃に突かれる感覚を覚えながら、鎌が王の目を抉るのを見た。
そこからはただ必死。ほぼ無意識に、抉られた王の眼球めがけて放電する。眼球は脳に近い。電流が鎖鎌の刃を伝うことで、王にもかなりのダメージがあるようだった。
しかし、充電の方がもう残りわずかだった。王の脳を完全に焼き切れるか怪しい。ではどうするか。電気と眼球と脳を使ってできること。そんなキーワード疾風迅雷でしか聞かないが。
いや、それだ。疾風迅雷だ。
思い立ったズシは、疾風迅雷の要領で王の右手を操作し、思いっきり顎にぶつけた。王の意識が曖昧になったためか、右手に溜めていたオーラはいくらか離散していたが、それでも膨大で、ほぼ絶状態の顎を抉りながら、なお進んだ。やがて顎は捻りきり、衝撃を流せない首の骨が間接で折れ、なお勢いは止まらず、顔は回転しながら、何かに引っ張られるように浮き上がり、胴体から千切れて飛んだ。
幽霊のように飛び続ける生首に、無言で呆気に取られるズシ。しかし、そいつに真っ直ぐ伸びる鎖にようやく気付いて、状況を理解した。
「私に従え! 王を殺されたくなければな!」
パッと、王の生首を左手に取り、右手に持つ血濡れた鎌を生首のおでこに当てながら、クラピカは叫んだ。
「えっ」
ズシ、大男、蝶男の声が重なる。
というか、死んだんじゃ……。
ズシが簡単に連想する言葉も、護衛二人にとっては、連想すること自体が王に対する侮辱となる。
護衛二人はそういう思考に行き着いて、いろいろと分からなくなった。何せつい今しがた、茫然と立つしかできなかった己を恨み、発狂しそうだったのだから。そういう思考の間隙で、つい敵であるはずの者の言葉にうなずいてしまう。
「いいか。私の言葉に従えばお前たちの王は生きることができる。だが、従わねば死ぬ。そういう念能力だからだ。見ていろよ」
そう言うと、クラピカは“律する小指の鎖“を発動し、王の頭に突き刺した。
「ズシ! 目をつぶれ!」
「な、なぜだ?」
「いいから私がいいと言うまでつぶれ!」
「ああ」
ズシはおどおどしながら目をつぶる
「条件1。お前達二人が王に会おうとすれば王は死ぬ。条件2。お前達が人間の目に触れれば王は死ぬ。条件3。私達が無事のまま1年が過ぎれば王は生き伸びる。以上だ。分かったら人の目のつかないところで生きろ。博愛主義者の私を恨みながらな。真に王に忠誠を誓うなら、決して人の目につかぬことだぞ! 行くぞ! ズシ!」
「あ、ああ」
話を理解したズシは、立ち上がろうとして、両足の筋肉がズタズタで出来なかった。一旦足の治癒力を強化し、なんとか歩ける程度まで待つと、患部に響かぬようひょこひょこと歩き始めた。