「だいたいあなたはいつもいつも怠けてばかりで……」
プフは移動中もずっとピトーにグチグチ言っており、ピトーは気まずそうな顔でそれに耐えていた。
メルエムは終始そんな2人の姿を微笑ましく思いながら眺めていて、おかげで退屈しなかった。
もうそろそろ目的地に到着する。
「ただそれだけのこと……じゃないかにゃ」
「ああ! 私のマネをして! 馬鹿にしているのですか!?」
怒りを見せるプフにそう迫られたピトーは、知らないとばかりにそっぽを向く。
しかし、そっぽを向きながら口に笑みを浮かべていたのを、メルエムは見逃さなかった。
「くっくっく」
思わず声が漏れる。
ピトーのささやかでしたたかな反撃。してやられ怒りを見せるプフ。
今はむしろ、ピトーよりプフの方が幼稚に見える。プフは教育係的立ち位置で偉ぶっているが、役者はピトーの方が上だったということか。
それに、メルエムとしても、プフの「ただそれだけのこと」などというどこか悟っているような、ある種偉ぶっているような、そんな口癖には思うところがあったため、ピトーがそこを突いてくれたことですっきりすることができた。
と、メルエムが笑っていると、ピトーはそれに気付いたようで、王への同意、またはプフへの反撃成功の喜びを示すように、メルエムに向かってにやりと笑って見せる。
「くっくっくっくっく、ははははははは!」
この対応にメルエムはさらに機嫌を良くし、はばからず声を出して笑う。
「王! どういうことですか! 今は笑う時では」
興奮しているためか、メルエムの性格がこんなだからか、いつもの過度とも言える臣下の礼を忘れ、感情任せに訂正を求めるプフ。
しかし、王は語らずに笑うのみである。
「王、あの島がそうでしょうか」
プフが一人でさらに機嫌を悪くしていると、今まで黙っていたユピーが口を開いた。
目的地に着いたようである。
「うむ、そのようだな。大分薄れているが、俺の記憶が正しければあれがくじら島だ」
メルエムがくじら島を隠れ家に選んだのは、人が少ないというのもあるが、それよりもバラが使われにくいということが大きい。
ゴンやジンの出身地である。メルエムにとってはここが現実であるため、創作物の主人公補正というものを信じきっているわけではないが、それでもゴンには似たようなものを感じており、その故郷がバラで吹き飛ばされることは無いように思えた。それに、ゴンが関係ないにしても、ここでバラを使えばジンを敵に回すだろうということで、陰で命令を下すお偉いさんがその危険を冒すとは考えにくい。
ということで、この島が一番安全だろうと、メルエムにはそう思えたのだ。
山奥に着地するメルエム。今日からここでひっそり暮らしながら、人間社会で姿を隠せる念能力を開発していく。
メルエムの予想では、ちょっと頑張ればユピーならできる。それを身に付けたユピーを食べればメルエムもできる。
ピトーは耳と尻尾を隠すだけでいい。あとは服を着ればなんとかなる。まあゴンとかに顔がバレたら大変だが、それも軽い変装でごまかせるだろう。においは香水かな。
プフは小型化して人形のフリをすれば大丈夫なはずだ。
の前に、とりあえず飛行能力を手に入れるためにユピーの肉体と言うか、それをしぼった汁を飲むことにする。
おいしいらしい記憶はあるが、絵的に辛いものがあるため気分はあまり進まない。
「あの、コップが……」
申し訳なさそうにそう言うユピー。
急ぐわけでもないし、直に飲むのは嫌なので、とりあえずコップを、ついでだから人間らしい生活をするために使う品一式を集めることにした。
「……というわけで、今から家具やらなんやらを集めるわけだが、盗みは許さんぞ。魚などを取ってお金と交換するのだ。むろん、正体がバレぬようにな」
旅団を嫌うメルエムは盗みはしたくない。多少の遠回りは受け入れる。
プフは内心ではこのような考え方は気に食わないと思っているのだが、旅団に関連することで自分の考え方を述べるメルエムには鬼気迫るものがあり、その気迫には滅多に見せない王の器を感じるため、特に注意することもなくその考え方を受け入れていた。
「いや、泥棒から盗むのならかまわんがな。特に重犯罪者などむしろ奪ってほしいくらいだ。命もろとも」
この発言も旅団を嫌うゆえだ。
「王。そのことですが、今こちらに連れてきているヒナというキメラアントがお金を多く持っています。彼女は見た目も人間と変わりませんし、彼女に人間との交渉役になってもらうのはどうでしょうか」
「うむ。それがいいだろうな。ならばそのように計らえ」
「はっ」
先ほどは笑ってしまったが、やはりプフは使えると、そう再認識するメルエムであった。
それから、このくじら島でのルールを話合ったり、プフが用意した睡眠や食事や勉強のスケジュールを聞いたりして、遅れてやってくるキメラアント達が来るまでの時間をつぶした。
プフはどこからどう見ても親バカなお母さんだった。しかし、メルエムもプフの熱意を感じ素直に感謝していた。
そうこうしていると分身プフとキメラアント達4人(人じゃないけど)が到着する。
恭しく臣下の礼をする4人のキメラアント達。王を恐れているのは確かであるが、心から敬意を持っているわけではない。
彼らが望むのはギブアンドテイクの関係だ。メルエムも護衛団もそれは分かっている。
「よく来たな。まずは一番重要なことから言おう。俺はお前達が操られここがハンター協会にバレることを恐れている。だから、許可無しで外に出ることは許さないし、許可した場合も常に監視を付けさせてもらう。もっとも、人間への変装がうまくいき次第ここを離れるから、それまでの辛抱だ」
特に驚いた様子も無くうなずく4人。メルエムは少し違和感を覚えた。
「プフよ。ここに来る間に説明していたのだな」
「はい。畏れながら」
「うむ。では一から説明する必要もないか。そうだな。プフよ、今一度この場で確認してみせよ」
「はい。では、王がおっしゃった続きから」
プフはルールやらスケジュールやら各員の仕事やら給与やらを語っていく。
「……というわけで、王の意向を理解しない身分をわきまえない野蛮な盗賊を打ち取った後、王による偉大な政治が、全生命体が歓喜する統治が、史上最も尊い時間が始まるわけです」
「ちょっと待て。俺は統治とかには興味がないと説明したはずだが」
途中までは良かったのだが、プフの話が怪しい方向に走り出したと思ったらこれだ。
プフはどうしてもメルエムに偉大な王になってもらいたいようである。女王の腹から出てここに来るまでに「統治に興味はない」と何度も説明したのだが、これだけは折れようとしない。メルエムも呆れ半分諦め半分である。
メルエムは内心無駄だと思いつつも、プフに再び自分の考えを説明していくのだが、今回は今までと違った反応があった。
「ええ~!! もっと大きいことやらないの? どーんとさ!」
除念腹ぼて娘が心底驚いたという反応を見せる。
上下関係をわきまえぬその無礼な物言いに、王の逆鱗に触れるのではないかと、護衛団以外のキメラアント3人は焦りを見せている。
が、そんなものは当然杞憂である。このおだやかなメルエムがそんなことで怒るはずがない。
逆に、それくらいは分かってほしいと、メルエムはこの3人に対し軽い不満を覚えた。思えば、自分がブウであったころ、安全だと説明してもなかなか理解しようとしない界王神とキビトとベジータにはうんざりしたものだったのだ。
逆に、このヒナはメルエムは安全らしいと確信を持って言っているのだ。馬鹿だから後先考えずにこういう発言をしたのではない。これは非常に印象がいい。
「大きいことをやってほしいのか?」
だから、メルエムもこの娘の話をしっかり聞いてみようと思った。
「うん。そうだと思って付いてきたのに。というか王なんでしょ? この世界の」
「別に偉くなろうとは思わん」
「どうして?」
「俺はゆっくり過ごすことができればそれでいいからだ。偉くなって余計なことに神経をすり減らしたくない」
「じゃあ神経をすり減らさない範囲でなら偉くなってもいいの?」
このような王の心理の細部を調べるような発言は上下関係を重んじる護衛団にはなかなかできないものだ。
しかし、それゆえの新鮮さもあってか、メルエムはこの問答を楽しんでいた。
「特に問題は無いな」
「今一番したいことは確か幻影旅団を倒すことなんだよね」
「ああそうだ。ゆっくり過ごしたいとは言えそれだけはゆずれない」
「同じく幻影旅団のような連中も憎いんだよね」
「まあそうだな」
「旅団以外のそういうやつらを倒さないのなぜ?」
「キリが無いからだ。片っ端から片付けるという、面倒なことをするほどのやる気がない。旅団を除けばそこまでの憎しみは感じていないからな」
その言葉を聞き、ヒナは勝利を確信したかのごとくにやっと笑う。
それを見たメルエムも、何かありそうだという期待に笑みを浮かべる。
「じゃあ面倒じゃないならやるんだよね」
「ああやるさ」
「それはやりたいの?」
「くっくっく。やりたいかな」
「じゃあ、面倒なことなしに旅団のような人を狩れて、面倒なことなしに王になれるなら、王になるんだよね」
「くっくっくっくっく、はははははははは!!!」
ヒナが遠慮無しに自分に都合のいい方向へ誘導しようとしているのは、それをやっても怒らない懐の深さを相手に感じているということで、やはりメルエムへの信頼の証しにもなっている。その信頼と、弱者の見せる積極性が、メルエムにはおもしろかった。
しかし、絶対の安全という確信を持っていたヒナも、さすがにこのメルエムの変容には危機も覚え、笑みの中で冷や汗も流す。
「ああ! なろう! お前の言う通りならば、王になってやろう!」
だが、もちろんそれも杞憂だ。このメルエムはおだやかなのだ。