メルエムに転生の時点では平均で7.5点あったのですが。
ペースが遅すぎでしょうか?
「可能性の話をすれば、それこそ明日世界が消え去ってしまう可能性すらあるので、当然王が旅団を好きになる可能性もあるでしょう」
ピトーはメルエムの方を向き、一字一句丁寧に語り始めた。
語尾の『にゃ』が消えていることから相当な真剣さがうかがえる。
「しかし、その可能性はかなり低く、限りなくゼロに近いと思います。なぜなら、かつての家族を思う王の気持ちが消え去るという可能性は非常に低く、その思いがある限り蜘蛛に対する嫌悪感も消えないだろうからです。蜘蛛が仲間以外に対し同情するようになった場合は嫌悪感もなくなるかもしれませんが、その可能性もやはりほぼゼロです。同情するようになった時点で蜘蛛ではなくなるとすら思えます」
最後の一字までじっとメルエムの目を見て話すピトー。メルエムもピトーの目を見て集中して聞いていた。
そして、ピトーの話が終わるとメルエムは視線を下げ、何やら思索にふけり始める。
しばらくして、メルエムはふと天井を見上げると、語り出した。
「なるほどな。俺が家族を思う限り蜘蛛を憎む気持ちはなくならないか。確かにそうなのかもしれないな。好きな人を苦しめる人間は嫌いになって当たり前だろうから」
そう言うメルエムはどこか満足げな顔になっている。
自分で当たり前と言ったことだが、メルエムは蜘蛛を憎む気持ちと家族を思う気持ちとの関連性に気付いていなかった。いや、どこかでは気付いていたかもしれないが、深く考えようとはしていなかった。これは、旅団のことを考える時は憎しみが、家族のことを考える時は親しみや悲しみが主観として現れて、感情的になって冷静に考えられなかったことが大きな原因となっていた。また、憎しみと親しみという対のような関係にある感情がちょうどオンとオフのように切り替えられていたことも、2つの事柄を別々に考えることを助長していた。これらの理由から、メルエムは『なぜ旅団を好きなる可能性を否定できないのか』と悩み、自分ではもどかしさの原因を見つけることができなかったのだ。
そこで今回、旅団に近い性格で、それでいて自分が好印象を抱いているピトーとヒナになら何か分かるのではないかと思い、悩みを打ち明けたというわけだ。わざわざ自分の考えを示すように長い前置きも入れて。
ともかく、その結果としてピトーがかなり核心に近い答えを言ってくれたのだ。メルエムとしては万々歳である。
相談してよかった。
メルエムは強くそう思った。そして、感謝を示すようにピトーにやさしく微笑む。
ピトーもこれには大喜びだ。場の空気を読んで騒いだりはしないが、顔はにやけている。
「ならば、逆はどうだろうか。蜘蛛を憎む気持ちが家族を思う気持ちの表れであるという風には考えられないだろうか。いや、違うな。これは手段を目的と誤認する例に近いものだな。いや待てよ。憎む気持ちの大きさを感じることで、家族に対する愛の深さを認識できたりはするんじゃないか」
独り言のようにそう言うメルエム。ピトーは喜びに浸り上の空。独り残されたヒナは気まずそうにしていた。
「まあこれはいい。では次だ。是非を問おう。お前達は、俺が旅団を憎むことをどう思う?」
「どうも何も、王がそれで満足しているなら、僕はそれでいいにゃ」
気楽なムードになったためか、ピトーは再び語尾に『にゃ』をつけている。
「私も、メルエムの気持ち次第だと思うよ」
申し訳程度にヒナも意見を述べる。
「ふふっ。こういう時は『死んでいった家族は残された人が憎しみに囚われることを望んでいない』とかってお約束が出ると思っていたのだがな。だが確かに、俺次第だな。魂だけとなり俺の中に眠る家族達も、きっと俺の幸せを望んでいるのだし、俺はただ自分の満足が行くようにやればいいわけだよな。憎むのも、憎むのをやめるのも」
柔らかい表情になるメルエム。『ふふっ』などと言って笑うのは、家族を失ってからでは初めてのことであった。
満足が行くようにやればいいということに思い至り、どこか吹っ切れたようだ。
「ははは。ありがとう2人とも。どこかすっきりした。今なら復讐以外の何かにも意味を見出せる気がする。いや、はっきり認識できていなかっただけで、意味は見い出せていたのかしれないな。満足が行くようにやればいいって、好きなことをやればいいってわけで、それは当たり前のことだからな」
はははは、とメルエムは快活に笑う。
「なら、蜘蛛のような人を一気に減らして行って、自分だけでなく人にも協力してもらって、教育から変えて行って、世界の仕組みも変えて行って、そのためには王になってから……」
せき止められていた水があふれるように、メルエムの頭にどんどんアイディアが浮かんでくる。
ほぼ無気力、蜘蛛を殺す以外ではほとんどやる気を見せなかったメルエムは、今、緋の目を持っていたかつてのような活気を取り戻していた。
「ところでピトー。よだれのようなものを垂らしているが、どうかしたのか?」
真面目な話は打ち切り、一転、ピトーにそう尋ねるメルエム。
ピトーはしばらく呆けていたが、自分の真下にある粘りっこい水滴のようなものを見るなり慌て始めた。
「これは、ええーっと、その……」
何か言おうとするが、いい言葉が出てこないピトー。
「おいおい。この唾液のようなもの、とんでもないオーラが込められているじゃないか。どうしてそんなものを」
再び尋ねるメルエム。しかし、やはりピトーは答えない。
ヒナはやっとこさ緊張感から解放されたところで、今はもう何も考えたくないため、ただ場に身を任せている。
そして、ピトーが落ちている唾液のようなものをふき取ろうとした瞬間、メルエムが動いた。
「待てピトー。これは俺が処理しておく」
そう言うメルエムは口に唾液を含ませて、うれしそうにピトーの真下にある液体を見ている。
うまそうだ。
メルエムは現在そう思っていた。オーラたっぷりの唾液のようなものがとてもおいしそうで、飲んでみたいと思っていたのだ。
ピトーはメルエムの言葉にピクッと反応し、ふき取ろうとした手を下げる。
そして、何かを言いたそうにメルエムの方を見る。
「もう遅くなったからな。寝てくれ。付きあわせてしまって悪かったな」
しかし、メルエムはピトーを無視して寝るように命じた。早く液体を飲み干すために。ピトーに液体を除去させないために。
結局、ピトーはメルエムに従い、抵抗することなく自分の部屋に移動した。もちろんヒナも抵抗などしていない。
この後、メルエムはこの唾液のようなものをおいしくいただいたわけだが、これには裏話がある。
実は、ピトーはヒナと共にメルエムに部屋に来るように言われた時、夜の行為を思い浮かべていた。そして、その時にキスのような形でメルエムにオーラを練り込んだ体液を与えることで、ユピーにつけられた差を挽回しようと考えていたのだ。
今回ピトーの真下に落ちていたものは、そうやってメルエムに与えるために、ピトーが部屋に入る前に口にため込んでいたものである。会話に集中していて口の中のことを忘れていたのと、王を満足させることができた喜びに力が抜けてしまったのが合わさって、よだれのような形で垂らしてしまった。
ちなみに、この作戦をピトーが思いついたのには、ヒナがクジラ島での初夜に女の色香云々を語っていたことも原因となっていた。
いい雰囲気をぶち壊す最悪の裏話。なぜ俺はこんなものを書いてしまったのか。