それは愛が一番壮大ってことなのかな。それともその上があるのかな。
だとしたらそれって何だろう?
あるとすれば、それは多分、生と死。
頭痛がする…………は、吐き気もだ…………くっ…………ぐう、な、何てことだ…………この古明地こいしが…………気分が悪いだと?
フランにマッハで飛ばれて…………立つことが、立つことができないだと!?
「ごめん。…………まさかこいしが高速恐怖症だっただなんて」
「フラン、それは違うわ。あなたが速すぎるだけよ」
「そうなの? あ、でもお姉様の言うことは大体適当だから聞き流しとくね」
「私ってそんなに信用なかったの!?」
いやあ、姉妹そろって面白いなあ。
それに仲もいいじゃない。私とお姉ちゃんには劣るけどさ。
今私の目の前には地獄が広がっている。地獄絵図じゃなくて、地獄そのもの。
吸血鬼二人を前にしたら、そこはもう地獄でしょ?
フランドール・スカーレット。私の正反対の吸血鬼。殺し合いの果てに仲良くなった奇妙な友達。
レミリア・スカーレット。フランの姉にして、紅魔館の主。昔チラッと見た時にあったカリスマはどうやら引っ越してしまったらしい。ところでお姉ちゃんにカリスマが引っ越してくる日はいつ来るの?
私は今、フランに連れられて紅魔館の晩餐に招かれている。ひょっとしたら人肉が並んでいるのではないかと危惧したものだけど、意外なことに普通の料理がテーブルに置かれていた。凄い量あるんだけど、紅魔館の魔法使いとかメイドさんとか門番も来るんだよね?
「さて、料理が冷めるのも申し訳ないわ。早速いただきましょうか。…………ああ、古明地こいしは食べられないんだっけ」
「そうですね。腹から全部こぼれちゃうもので」
「もー。お姉様に敬語なんていらないよ? カリスマが戻ったらどうするの?」
「フラン? あなたは私をなんだと思ってるのかしら?」
「お姉様はお姉様よ。幻想郷一残念で愛でるべき存在、カリスマの故郷、レミリア・スカーレット」
「残念? カリスマの故郷? それどういう――――」
「いただきまーす」
「聞きなさいよ!」
私はニコニコしながらそれを見ている。
フランはレミリアさんの言うことなんて聞き流して、目の前の肉にかぶりついている。マナーもしっかり教えなきゃいけなさそうだ。
そもそも、それを教えるべき姉がテーブルを叩いて怒ってるのだから、呆れる他ないのだけど。…………テーブルが壊れないあたり、ちゃんと加減してるんだろうなあ。
で、他に人が来ないままお食事会。…………あれ? 来ないの?
「レミリアさん? 他の方達は来ないんですか?」
「ええ。此度の晩餐会のあなたのためのものよ。必要ないわ」
…………クビになったのかな?
違うことはわかってるよ、うん。
あとカリスマがない今のあなたがカリスマっぽい言い回しされても、なんだかなーってなる。
ただの中二病って印象。
「…………ところで、私に話があるんでしたっけ」
「そうよ。ああ、何も食べれないから手持ち無沙汰なのね。悪かったわ。さっさと話だけ済ませるわ」
「お願いします」
「単刀直入に言うわ。フランを助けてくれて、ありがとう」
その言葉にフランが反応する。
あまりいい反応じゃなかったから、「フラン」と牽制だけはしておく。
けど、効果は薄かったようだ。
「どの口がっ! 私をずっと、ずっと放っておいたのはお姉様でしょ!?」
「落ち着いてフラン。…………レミリアさん? それには理由があるんですよね? 教えていただけますよね?」
「もちろん。そのためにフランにも同席させたのだから。ちゃんと聞けるわね?」
「……………………こいしに免じて、黙って聞くわ」
「助かるわ」
一息ついてから、話し始める。
「あなた達の話は使い魔から聞いてるわ。古明地こいし、あなたの思った通りよ。フランは自分を何よりも優先させていた。他のことを教えなかった、私の責任だけど」
「……………………」
「けど、フランの狂気はそれ以前だった」
「何よそれ。どういうこと? まるで私が根本的におかしいみたいな言い方じゃない――――!」
「フラン。…………一緒に話を聞こう? 大丈夫だから」
「こいしもこいしよ! 何が大丈夫なの? そうやっていつも私が悪いみたいに! 私じゃない、悪いのは私じゃない!」
「ええ。フランは何も悪くない。ただ、運命の巡りが悪かっただけのことよ」
「お姉様はいつもそれだ! 何が運命だ! そんなのいくらでも破壊してやるって言ってるのに、何も教えてくれないじゃない! 何で一人ぼっちにするのよ!」
マズイ。
フランが発狂しだした。口で諭すのにも限界がある。
レミリアさんも苦悶の表情で席を立とうとしている。私も触手を伸ばしながら動き出そうと――――
「…………ダメじゃない古明地こいし。マナーを教えるんでしょう?」
――――いや、必要なかった。
もうフランは、怒ってなどいないのだから。狂気になんて囚われていないのだから。
狂気なんていうのはスイッチのオンとオフだ。平常か異常か。そのどちらか。
そこには確固とした境界がある。
「子守は、任せたはずだったのだけど?」
「フランは子供じゃありませんから、私の管轄外ですね。…………八雲、紫さん」
境界を操る、八雲紫の登場である。
「誰かと思えば、スキマ妖怪じゃないか。何しに来た?」
おお、レミリアさんにカリスマが戻りつつある。
茶化しちゃいけないところだね。わかったよ。
「あなたに死なれたらバランスが崩れてしまいますもの。助太刀に来ましたわ」
「何が目的だ?」
「吸血鬼姉妹の救出と、世界平和」
「はっ。貴様と会話に意義など見出すものじゃないわね」
「私は有意義ですけれど?」
「好きに言えばいい」
そこで区切り、八雲紫はスキマから椅子を取り出すとそれに座った。
警戒心の欠片もない、どっしりとした座り方だ。
後、私を視線で嘲笑うのやめてもらえませんか? というか、吸血鬼二人と対等に張り合えるのなんてあなたぐらいのものでしょうに。
フランはと言うと、不貞腐れたように頬杖をついてあらぬ方向を向いている。何かフォローしようかとも思ったけど、そっとしておくのが一番かな。
「さ、話の続きをどうぞ?」
「…………はあ。興が削がれる」
「私はレミリアさんの話、聞きたいな!」
「そう言われて黙ってるわけにはいかないわね」
あ、カリスマポイントが下がった。
話を進めるだけなのに下がるカリスマ。果たしてこの夕食会の間、カリスマを維持できるのだろうか。
「古明地こいし。あなたにもあるわね? その生まれ持った歪なもう一つの自分が」
「無為式、ですか? わかるんですか?」
「運命を操る程度の能力。私の力がそう呼ばれているのは知っているでしょう?」
「未来予知、みたいなものだと思ってました」
「違うわね。未来は不確定な明日。運命は約束された存在。不確定なものを操ることなんて、誰にでも出来ることだ」
運命。
いーちゃんの心を読んだ時、微かに見えたある運命論。
あれも同じことを言っていた。バックノズルとジェイルオルタナティブ。行われるべきことはいずれ必ず行わなければならず、自分が成さなければ他者が実行する。
あるべきことは、必ずある。
誰の行動にも意味はある。だがそれはあるべくしてあることであり、本人の意思も意味もない。個人の否定で物語の肯定。
レミリアさんも、同じことを言うのだろうか。
「けどレミリアさん、何て言えばいいかわからないんですけど、確定した未来が見える、みたいな感じでいいんですかね? それで何で無為式のことを?」
「運命を勘違いしているわね。さっきも言った通り、決まりきったことを運命と言うわ。それは先のことであり、過去のことであり、今のことよ。定められていること、定めているもの。それが運命よ」
「境界で操れないものよ。少なくとも、私にとってはね。…………注釈をいれると、1+1=2ね? これに対して正解と間違いという境界はあれど、1+1=2は操りようがないわ。ただそこにあるものってこと」
ちょっとややこしいけど。
1+1=2はあくまでも1+1=2であり、その答えが3になることはない。これが運命ってことかな?
ただの必然、当然。変わることのない絶対的なもの。不変の存在。
なるほど、それは境界もないわけだ。境界というのは変化があることを前提として存在する境目だ。私が被害にあったことを例とするなら、腕があると腕がないという変化が絶対的な条件だ。そして運命にはそれがない。
何気に天敵のひとりじゃないか? レミリアさん。
けどそれって根本的な解決にはなってませんよね? 私の無為式が見えることとは関係ないよね?
「では話を戻そう。この運命と最も近しいものは未来などではなく、宿命だ。生まれる前より決められた出会い。お前がそれと出会うことは元より決まっていたことだ」
「…………宿命と運命はどう違うんですか?」
「宿命とはただの出会いでしかない。運命という世界の中に宿命という存在があるということよ」
運命、何と壮大なもの。
「どんなことも全て運命で決められている、ということですか? 例えばここで私達が出会うことも全て運命?」
「違うな。全てが決まっているのなら、誰も生きている意味なんてないだろうに。…………運命というのはほんのひと握り。大体は有耶無耶な未来と曖昧な過去よ」
「ちなみに過去や未来も私の専門外ね。境界なんてどこにもないもの。過去と未来の境界を操ることは造作もないけど、過去の境界、未来の境界なんて触れない。あやふやなものに境目はないわ」
「ちょっと黙っててください。誰も聞いてないんで」
「…………寂しいわ」
ざまあみろ、と思わないでもない。
けど流石に可哀想だから、後で構ってあげよう。
そんなことより今は。
「運命よりも私のことよりも、フランのことです。もしかして、フランにも私みたいに何かあるんですか?」
「あなた程酷いものでもないけど。ただの嗜好の問題よ」
「嗜好? 何だ、そんなことですか」
「そんなこと、で済む問題でもないのよ。フランの好むものは――――破壊。破壊することが好きなのよ」
破壊することが好き?
いや違う。フランはそんなんじゃない。破壊することは、逃避の結果だ。壊しちゃいけないもののために違うものを壊し、それを正当化する。ただそれだけの、代替行為のはずだ。
好んで何かを壊すような子じゃない。
「破壊の結果ではなく、破壊そのものが目的。何かがあって壊すのではなく、ただ壊す。理由なく壊す。…………フラン、あなたは受け入れなくてはいけない。自分の中の狂気を」
それは。
その言葉は、私が言ったことと同じ。けどその指すものは、全くの別物で。
それの意味することは、まったくの別物で。
「待ってください! フランは、そんなことを思ってなんていません!」
「そうでしょうね。この平和な幻想郷でわざわざ生きたいなんて思う奴はいないわ。それはこの平和が常識で、生存が当然なのだから。誰しもが偶然を願っても――――当然を祈る奴なんていない」
「フランの破壊衝動が、当然のことだと?」
「少なくともそういう風にあの子は出来てるわ。出来上がり過ぎてる。それは、私にも責任があるけれど」
抗いようのない当然の深層心理。
心の奥にある欲望。
元々、破壊を望んでいた?
確かにそれで全部納得する。幽閉されていた理由も、そして何より歪み過ぎた思考回路も。
何かがあって破壊していた。その何かを直そう。私はフランにそう言った。…………八雲紫にはああ言ったけど、私も実際のところはフランを騙すつもりでいた。
過程がどうあれ、結果が良くなればそれでいいと、そう思っていた。
だから破壊に理由をつけて、そこから逃げていた。その可能性から無意識に逃げていた。
同時に、フランを逃がしていた。けど、レミリアさんはそれを拒んだ。
フランドール・スカーレットに、真実と向き合わせようというのか。
私は思わずフランの方を見た。彼女は、さっきまでと同じ体勢で黙って姉の言葉に耳を傾けていた。
「ちゃんと聞いてるわね? フラン」
「…………聞いてるよ。確認しないでよ、ムカつくなあ」
「あなたのそれを悪化させてしまったのは、衝動に身を任せることに恐れた私の責任よ。だから…………謝るわ」
「ごめんなさい。フラン」
「あなたに寂しい思いをさせてしまって――――何も教えてこれなくて、ごめんなさい」
その言葉は、彼女の本心だろう。
姉としての、心からの謝罪。本来ならば部外者である私と八雲紫がいる中でなんて絶対にしないであろう行為だ。しかし、今それをしている。恥も何もかもを放り投げ、頭を下げている。
これがどういうことなのか。わからないフランじゃないだろう。
けどフランは、何も言わない。動かない。
「フラ――――」
「古明地こいし。黙ってなさい」
八雲紫に制され、私は口をつぐむ。
私は何となくその理由を察し、フランの様子を伺う。さっきまでは表情はちょっとだが見えていたのだが、今はさっきまで以上にそっぽ向き、私の場所からはその顔が見えなくなっている。恐らくは、誰にも見えていないだろう、あの角度だと。
それはつまり、顔を隠しているということであり。
それはつまり、見られたくない顔があるということだ。
私はレミリアさんの言葉がしっかりと伝わっていることを確信して、思わず笑みがこぼれる。
よかった。
「…………おーい」
八雲紫に小声で呼ばれて、視線だけ動かしてそちらを見る。
スキマを開いて、私を手招きしている。…………そうね、ここは邪魔者は席を外したほうがいいよね。
私はそっと席を立ち、スキマの中にお邪魔する。
スキマが閉じ、紅魔館とは完全に別離されたことを確認すると、「はあ」と息を吐く。
「あー、息苦しかった」
「あなたは苦手でしょうね。あの空気は」
「何も考えずに笑っていたい妖怪ですから」
「何にせよ良かったわ。私も手を持て余してたフランドールのことも解決するみたいだし」
八雲紫はスキマをほんの少しだけ開けて、二人のことを見ている。幻想郷にプライバシーの保護を大切にする法律を作ろう。お願いします。
私も無意識でどこにでも入っちゃうから、人のこと言えないんだけど。
「あれって、解決するんですかね?」
「どういう意味かしら」
「レミリアさんがちゃんと謝ったから姉妹のわだかまりは解けるでしょうけど、あの話が本当だとしたらフランにはそれを抜きにしても破壊衝動はあるってことですよね。そっちの問題はどうなるんです?」
「だからあなたに同席させたのよ」
「あー…………」
それ込みで私の面倒を見ろということか。
フランのことをちゃんと理解した上で、友達になってあげて欲しい。レミリアさんはそう言いたかったわけか。世間知らずで破壊フェチの妹のことを、私に任せると言いたいのか。
だとしたら、条件はひとつだけ。私だけ何か任されるのなんて不平等だから、ずるいから、レミリアさんにも一つ、約束してもらおう。
ふふ、楽しみだな。
「お、中々いいシーンじゃない」
「…………どうなってるんです? まさか喧嘩に発展なんてしてないでしょうね?」
「少しは彼女を信じなさい。泣きながらレミリアに抱きついてるフランドールが見えるわ。やっぱりまだまだ子供ね。困惑してるレミリアもレミリアよ。カリスマがないわね、ホント」
「何実況してやがるんですか。そっとしておきましょうよ」
「退屈じゃない」
「神は何故こんな妖怪にこんな力を与えてしまったのか」
「守矢の連中なら関係ないわよ」
「外の世界ってことで。いーちゃん曰く、あっちの神様は人が不満をぶつけるのに一番都合がいいらしいから」
「…………嘆かわしいわね」
こっちの神様よりは価値がありそう。
結局、私のペットは強くしてもらえなかったし。蛇と蛙をペットに勧められただけだし。私はそんなのより猫がいいんですー。黒猫がかわいい年頃なんですー。
私は暇つぶしにプライバシーの侵害ではなく、この空間にあるもので遊ぶことにした。…………あ、電柱だ。あのオカルトごっこの時、外の世界から来た人間がよく使ってたなあ。ムカつくから壊しとこう。
他に何があるかな。お、これってパソコン? いーちゃんと買った奴とはちょっと違うけど、多分そうだ。ボタンもいっぱいあるし。どれどれ…………しまった。本体だけあっても電源がないじゃないか。いや待て。人間は皆身体に微弱ながらも電気を帯びているらしい。妖怪だって多分一緒だから、それを使えば何とかなる!
ならなかった。
「何してるの? そこにあるのは全部壊れて捨てられたものだけど」
「そうでしょうね」
「さて、折角あなたと二人きりになれたことだし、ちょっと話でもしましょうか」
何か話すようなことでもあったかな。
そう言って惚けようとも思ったが、八雲紫の眼差しは真剣そのものだった。そんな目をされちゃ、こっちだってちゃんと向き合わなくちゃいけないじゃないか。
わかっててやってるんだろうけど。
「何の話をします?」
「そうね。スカーレット姉妹の麗しい姉妹愛を見せてもらった後だし、あなたの姉妹の事なんてどうかしら?」
「お姉ちゃんのこと?」
実はあなたには隠された妹がいるのよ、何て言うわけじゃあるまいし、お姉ちゃんのことで確定だけど。
「何が怖くて彼女を――――古明地さとりを避けてるのかしら?」
「…………プライバシーってマナー以前の法律で守られてませんでした?」
「外の世界なら、ね。茶化さずに話してみなさい。あなた一人で悩んでても泥沼に沈むだけよ」
「その方が都合がいいんじゃ」
「あなたの困った顔を見たいから」
最低だ。
こんなのが幻想郷を担ってるなんて……………………。
だからこその幻想郷なのか。
「で、何でなの?」
「…………お姉ちゃんといると、覚に戻っちゃいそうで」
「戻るのが嫌なの? それとも、心が見えるのが嫌なの?」
「……………………後者、かな」
「お姉さんと一緒に引きこもればいいんじゃないの?」
「それはちょっとなー。色んなところ見て回って、いろんな人と会いたいもん」
「我が儘」
「それを貫き通すのが私の流儀だから」
「はいはい」
少し真面目に話ししてたのに流されるとは。
「冗談はさて置き。詳しくない私が言うのもなんだけど、第三の眼って好きに操れないの?」
「閉じたり開いたりってこと?」
「そうそう。現にあなたは眼を瞑ってるわけだし」
「出来ませんよ。だから私は無意識になったんだもの」
好きに無意識になってるわけじゃない、ということ。
無意識にならなきゃ目は開いたままだった。苦肉の策だ。
そういえば、何でそうなってるんだろうね。
「…………ふうん。大体わかったわ」
「何が?」
「何でも、よ。けどそれは関係ないから放っとくわね」
「気になるんだけど」
「気にしないのがあなたのやり方でしょ?」
違いない。
「とりあえず、お姉さんに会ったからって覚に戻るわけじゃないと思うのだけど」
「お姉ちゃんは私が元に戻ることを望んでるから。…………私も、きっとそれに従っちゃう」
「好きなのね、お姉さんのこと。古明地さとりのこと」
「うん。大好き」
「…………ちょっと難しい話しようかしら。愛ってなんだかわかる?」
ふむ。
愛とは躊躇わないこと――――そういう話じゃないだろうな。
こういう時、自分の意見じゃなくて相手が何を求めてるかを考えてしまう。私が逃げのこいしと呼ばれる所以だ。呼ばれたことないけどさ。
相手とぶつかることが嫌なんだよね。
だから。
「わからないですね。難しいこと考えられないんで」
「愛は何でもあり、何でもないわ」
「…………どういう意味です? わかんないなー」
「何とでも解釈できるってことよ。自分を映す鏡ってところかしら。で、あなたの答えはわからない。見失うのは、眼を閉じたからではなくて?」
「……………………あ、思いついた。愛は安心、だよ」
「適当ばっかり。それに則るなら、あなたは安心がないということ?」
「……………………」
墓穴掘ってる? 私は今全力で墓穴を掘ってる?
穴があったら入りたいと思ってたところなんだ。ちょうど良かった。
それは置いといて。
八雲紫の言う通りかもしれない。確かに私は何もわからないし安心なんてどこに置いてきたのかもわからない。どうあがいてもぴったりあてはまってしまう。
けど私は。
何も受け入れたくないから。
本心になんて、絶対に捕まりたくないから。
「あなたの言う通りなら、愛って自分ってことなんですかね?」
「あら、揚げ足取られたかしら? けどあなたがそう思うなら、そうなんでしょうね。他人の意見に乗っかっただけのつもりでしょうけど、それも紛れもなくあなたの感想。…………さて、幻想郷の戯言遣い。これをどう見る?」
「知らん。そんなことは私の管轄外だ」
必殺、拗ねる。
私の嫌がることばっかりしやがって。それが目的なんだか知らないけどさ、良くないと思うなー。
けど律儀に相手に言われたことは守っちゃう私であった。
愛=自分。これは自分を愛するという意味ではない、はず。言ってしまえば「愛」を「自分」に置き換えるということだろう。
人を愛する、は人を自分する。…………はあ? 何のことだかわからん。
んー。人を自分する、人を自分にする、人を自分がする、人を自分でする。「に」が一番しっくりくるな。じゃあこの路線で考えてみよう。
自分にする、ということは相手と自分を同一視するということでいいのかな。
相手を自分にする。自分が二人いる。…………むむー。
結局のところ、これは付け焼き刃だったようだ。どうしたって思考が安心の方に傾く。こっちが私の本心だったらしい。
一番安心できる相手とは何か。一番の友人とは誰か。それはどうしたって自分自身になる。私みたいな自己否定ウーマンだろうとそれは変わらない。
それを相手に押し付ける、それが愛。なーんて結論に達してしまった。
けどこれはおかしい。相手に自分を重ねる、なんてしていたらぶっちゃけ相手のことなんて何とも想ってないということになる。誰でも良かった、そういうことになってしまう。
それは違うはずだ。だって――――それだといーちゃんが報われないじゃないか。
私が、救われないじゃないか。
「どう? 結論は出たかしら」
「全然。愛って何なんですかね」
「…………決まった答えはないわ。それは一人一人別の考えを持つし――――どんな愛かによっても変わってくるものよ」
「どんな愛?」
「愛にも色々あるでしょう? 自己愛、家族愛、殺し愛」
ん?
一つだけ、おかしなものがあった気がする。気のせいだよね。
「古明地こいし。あなたが今考えてたのは、どんな愛なの?」
「…………特にイメージはないですね。漠然と愛を思い描いてたんで」
「そう。じゃあ具体例を挙げるわ。お姉さんに対する愛は?」
お姉ちゃん。
私の大好きな、お姉ちゃん。
安心、だと思う。執着、それもある。恋慕、だろうか。目標、かもしれない。
けど強いて言うなら。
「――――――――幸せ、かな」
「もっと詳しく」
「何というか、お姉ちゃんといるだけで優しい気持ちになれるの。ドキドキするし、ワクワクする。気分が高揚してる。一緒にいるだけで楽しい」
「それは幸せね。…………もしかするとこの子…………」
小声で何か言ってたけど、よく聞き取れなかった。
え、何だって?
「ゆかりーん。どうしたのー?」
「今度その名前で呼んだら、人と妖怪の境界を混ぜるわよ」
「それって自己再生しないってことですよね?」
「その状態でフランドールと遊んでもらうわ」
「死刑宣告じゃないですかーやだー」
けど実際、それも悪くないかもしれない。
私が人間だったら――――いーちゃんと一緒にいられたかもしれない。
戯言だけど。
「…………まあいいわ。で、その気持ちはあなただけのものだと思う?」
「お姉ちゃんも同じって言いたいの?」
「あなたならわかるでしょう?」
「一緒かも知れませんね。けど確信はないから――――」
「眼を逸らすなって言ってるのよ」
「…………あ、そっちの意味?」
「両方よ」
それはつまり――――そういうことか。
けど、私とお姉ちゃんは違う。同じなのは覚妖怪っていう、ただそれだけ。
無意識の私、無為式の私。こんなのが、お姉ちゃんと一緒なわけない。
「私は――――」
思ったことを口にしようとしたが、それは言葉にしなかった。
八雲紫が私の口に指を当て、暗に沈黙を示したからだ。
「結論はまだ早いわ。フランドールと一緒にいることは、彼女のためだけじゃない。あなたのためでもあるわ」
「私のため? どういうことです?」
「あの子は異常者だけど、その価値観は正しい。私が見習おうとするぐらいに、ね。…………お互いに教えあうのがいいわ」
「だから、どういう――――」
「さて! 姉妹の話し合いも終わったみたいだし、私達も戻りましょう」
「説明を希望。っていうか、私は戻るけどあなたは部外者じゃない」
「あれだけご馳走が並んでるんだから、少しぐらい分けてくれてもいいじゃない」
「幻想郷のトップ、落ちぶれたなー」
「レッツゴー」
スキマを大きく開いて、八雲紫が再度あの場所に出る。スキマが閉じられようとしていたから、私も急いで外に出る。
ギリギリだった。もう少しで足がちょん切られるところだった。
容赦なさすぎ。
晩餐会に再出席したところで、さっきの席に戻る。フランもレミリアさんも自分の椅子に座っていた。八雲紫は私の対面の場所に椅子を移動させて、当然のようにワインを嗜んでいる。
私が席に着いたことを確認すると、レミリアさんが話しかけてきた。
「恥ずかしいところを見せてしまったわね」
「いえいえ。お気になさらず」
「恥ずかしいついでに、あなたに一つ、お願いしたいことがあるわ」
「…………フランと一緒にいてあげて欲しい、ということですか?」
「そう。聞いてくれるかしら?」
「条件が一つだけ」
「友情に条件が必要?」
そう言われるときついけど。
これは何とかして聞いてもらわなきゃいけないことだ。
ああ、フラン。そんな悲しい顔しないで。
「友情は永遠ですよ。条件も何もありません。だから言い換えますね。私からもお願いがあります」
「何?」
「フランの話をちゃんと聞いてあげてくださいね。私と遊んだあとの土産話でも、他のことでも。私からのお願いはそれだけです」
「そんなことでいいの? 言われるまでもないわ」
それはよかった。
そんなことなんて言うけど、それで繋がっている姉妹もいるのだから。
私とお姉ちゃんみたいに。
「ありがとう、こいし」
「気にしないで。私は私のしたいようにやってるだけだし」
「そうね。あなたはいつも好き勝手ね」
「八雲紫とかいう部外者を何とかしてください。あいつ、勝手にワイン飲んでますよ?」
「残念だったわね。これは持参のものよ」
「な、なんだってー!」
「ワインって何? お姉様、私も飲んでみたい!」
「まだ早いわ。私ぐらいになってからじゃないと…………」
「そんなに身長変わんないじゃない。勝手に飲んでやる」
「ちょ、誰かフランを止めて! 酔われたらどうしようもない気がするわ!」
「カリスマが足りないため、誰も応援に来なかった!」
「八雲紫さーん。煽るのは止めてくださーい」
「フランドール、一気行きまーす!」
「やめて! 咲夜、咲夜ぁ!」
……………………。
この後、紅魔館の住人総出でフランの飲酒を咎めようとしたものの止められなくって、かつてないほど規模の小さい最凶の異変が起こったけど、あまり気にしないでいこう。
一人の吸血鬼を抑えるのに、吸血鬼と魔法使いとメイドと悪魔多数と覚妖怪(読心不可)。最終的にはこれに八雲紫も加勢してやっと終戦を迎えたことなんて些細なことだ。
犠牲もなく、ただ皆の疲労を溜めるだけに終わってくれたことに感謝。
それから、お疲れ様という意味で入浴までさせてもらった。地霊殿ではゆっくりしてたんだけど、それから色んなところを歩き回ったせいで汗もかいてるし、一日一回は入りたいものだよね。
あんまり迷惑をかけるものじゃない、とは思うけど向こうから勧めてきたら、断るのも失礼だし、甘えさせてもらった。
地霊殿よりも立派なお風呂だった、とだけ言っておこう。格差社会ってやつか。
その後はフランの部屋まで戻ってきた。フランは一足先にベッドで夢の中のようだ。あれだけ動き回ってたんだし、汗とかかいてないかな、と思ったけどそんなことはなかった。
むしろさっぱりしているようだった。吸血鬼がそんな体質、というわけではなく、単純に咲夜さんにでも身体を拭いてもらったのだろう。
って、あれ? 部屋自体は無事でも、家具は焼け落ちてたよね? それは私の目で確認したから間違いないと思うんだけど…………加えて、何かピカピカだし。まるで新品みたい。
ああ、新品なのか。いつの間にか新しくしたのか。食事中にかな? ここのメイドさんは優秀だなあ。
私はその新品のベッドに潜り込んだ。お風呂に入っていい気分のまま眠りたい。
フランの横にくっつきながら、目を閉じる。
今夜はいい夢が見れそうだ。
※
私を呼ぶ声が聞こえる…………フラン?
何故だか嫌な予感がして目を覚ます。
「あ、おはようこいし」
「…………おはよう。その手に持っているものは何?」
「レーヴァテイン。剣っぽい炎っぽいやつ」
「あ、そう」
で、何でそれを構えてるんですかね。
またこの部屋を戦場にしたいんだろうか。
私はフランの部屋にはもう泊まるまいと心に誓った。
心がないから実質ノーカンだけど。
「フラーン。今何時ー?」
「九時。午前よ」
「…………吸血鬼って思ったより早起きなんだね」
「今日だけ。何だか変な夢見てさ」
夢。
ちなみに私はよく覚えていない。昨夜、いい夢が見れそうだとか思ってた気がするけど、実際どうだったんだろうか。
悪夢なら割と頻繁に見るから思い出せるんだけど、良い夢は全く思い出せない。そういうものなんだろうか。
今は私のことはいいか。
「どんな夢だったの?」
「こいしのお姉さんの夢」
「へえ?」
「こいしに会いたがってたから、会いに行こう」
これ絶対あのお節介の仕業だよね?
夢の中にまで干渉出来るのか。境界を操る程度の能力、正しく無敵の能力なんじゃないだろうか。
そうじゃなくて。
「私、まだ傷が治ってないからさ。お姉ちゃんに心配かけたくなくって――――」
私の些細な抵抗。本音はただ会いたくないだけなのだが、フランにそれを言ってもわかってはくれないだろう。それっぽい言い訳で誤魔化せ。
だがしかし、フランは全く聞き入れてくれなかった。
フランのフランたる所以。
絶対的な自己中心。
「いいじゃん、行こうよ。来てくれない方が心配するよ」
「えー…………そうかな?」
「そうよ。こいしだって、お姉さんが一年ぐらい行方不明だったら気になるでしょ?」
「そりゃそうだけど」
「一緒だって。顔を見れただけで嬉しいもんだよ」
何も考えていないわけではないみたいだけど、そもそもにおいて夢に出たから、という理由で行動するのはいかがなものだろうか。
八雲紫は、何を言いたかったのだろう。フランを使ってまで、何をさせようとしてるのだろう。
そして、何が目的なのだろう。何を目指しているのか――――。
まあいいや。考えてもキリがない。
とりあえずは従っておこう。諦めもついた。
「わかった。それじゃ行こう」
「決まりね。咲夜に言って日傘貰ってくる」
そういえばこの部屋に日傘はなかった。フランも人間を取りに外に行ってるみたいなことを言ってたから、おかしいと思ってたんだ。
咲夜さんが管理してるっていうなら納得。フランに任せてたら、壊されかねないもんね。
「咲夜ー」
「はい、何でしょう」
「外に出るから日傘持ってきて」
「ここに」
「ありがとう」
「いってらっしゃいませ」
「行ってきまーす」
流れるような異常な光景、私じゃなきゃ見逃しちゃうね。
唐突に現れるのはメイドの必須スキル、ということか。
「どうしたの? 早く行くよ」
「あ、はい」
これも常識にカウントして教えたほうがいいのかなあ。
私の悩みの種が増えたところで、フラン先導の元紅魔館の外に出る。
もちろんフランは先に傘をさしてから重厚な扉を開く。微かな日光でもダメージは大きいらしい。細心の注意を払って一歩ずつ進むフランに、私は何か暖かいものを感じる。
はっ! これが母性!
「戯言だ戯言」
「何か言った?」
「何にも」
私はそれ以上言わず、フランに着いて行く。
着いて行く。
着いて行く。
着いて行く。
「ねえこいし」
「どうしたの?」
「地底ってどうやって行くの?」
まあ、そうなるな。
私は行きたくないから言わなかったんだけどね。普通、地底の行き方なんて知らないよね。
どうしよっかな。素直に教えようか、はたまた忘れたーって言って適当なところに行くか。
後者の場合、スキマと吸血鬼から襲われそう。いくらなんでも死ぬ。
よって前者。フランの前に出て、こっちだよ、とガイドを務める。
「けどフラン。何で地底に行こうなんて思ったの?」
「さっきも言わなかったっけ。夢で見たからよ」
「あれはお姉ちゃんに会いたいってことでしょ? それと地底に行くのは別問題」
「…………まるで地底に行ってほしくないみたいね」
「地上にいられなくなったやつらがいるところだしね。あまり楽しくないよ」
「嘘だ」
「何で?」
「こいしは地底から来たんでしょ? じゃあ地底にも良い人いっぱいいるよ」
何その理屈。
これもフランの真骨頂ってところかな。
ただのポジティブかと思いきや、思い込みが激しすぎる。
何でも自分のプラスに考えて、それを疑わない。確信している――――盲信している。
これを直すのは、骨が折れそう。実際には骨どころが肉体持って行かれてるんだけどさ。
私の正反対。対極にして鏡写し。けど頑固なところは一緒。
おまけに戯言を弄しても第三者に殺されかねない状況…………これはあれか、命を懸けてでもー、みたいなやつか。あるいは死を持って云々。
私の人生にコンティニューをください。コイン二個出します。
「こいし? どうしたの? どこか痛い?」
「ううん、何でもないよ」
傷はあっても、痛みはもうないしね。
フランは人を気遣うことも出来ないっと。これも自分の価値観のせいなのかな。レミリアさんのあの言い方だと、破壊衝動こそはどうしようもないけど、他はなんとなるって感じだったし。
それを見せてあげなきゃいけないのか。
地底に行くのはその観点でどうなんだろう。感情的なことならパルスィさんなんてどうだろう。嫉妬を操るあの人ならフランに何か教えてあげれるかも。
最悪の場合「根暗」の一言でどっかーんされるかもしれないけどさ。ああいうネガティブダウナー系って、フラン嫌いそうだもんね。
私にも当てはまっているんですがそれは。
…………同じ鬼ってことで勇儀さんは? あの怪力とフランが戦ったら地底がどうなるかわかったものじゃない。会わせちゃいけないな、うん。
けど豪快なあの性格だし、フランの相談相手になってくれるかも。上手くいけば解決しそうでもあるし、下手したら余計に拗らせそう。ハイリスクハイリターン。お姉ちゃんよりは確実にマシだけど。ハイリスクローリターンだからね。
力といえば地霊殿一の火力、お空は――――ダメだな、うん。
何を解決してくれるんだろう?
良心的なのはキスメさんとヤマメさん、それとお燐ぐらいか。
キスメさんは小心者。フランはそういうの嫌いそうだからなー…………残忍なのは気が合いそうなんだけど。死体を玩具にするあたり似たものを感じる。逆に玩具なんて言うとお燐が怒るかな?
ヤマメさんはアイドルやってるからね、上手く打ち解けそうではあるな。やりすぎたら死ぬだろうけど。それでもまだ安全な選択肢だ。彼女は有力。…………いや、友達として、に限られるかな。それだけで十分な気もするけど、フランの問題を解決する点で言えばまだ勇儀さんの方がいいだろう。
最後にお燐。実のところ最有力候補。世話焼きな性格といい、常識人(猫?)なところもグッド。死体を集める共通点でも仲良くなれるだろう。集めた後のことは置いといて、だ。そして何より一番フランの問題について考えてくれそうな相手だからだ。初対面の相手とそう深い中になれる奴はそういない。けど猫であるお燐は人懐っこい。気兼ねすることなく互いに好き会えることだろう。
結論。地底の道中は出来る限りスルーして地霊殿に向かう。そしてフランにはお燐に相手してもらおう。私は私でお姉ちゃんに話さなきゃいけないことがある、みたいだし。
八雲紫が仕向けた以上、何かあるんだろう。
よし、改めて地底に――――地霊殿に向かう決心がついた。
そして前を向いて、一言。
「あれ、ここどこ?」
見たこともない森に来ていた。
私とフラン以外に、生き物の気配を感じない。
「…………こーいーしー?」
「何でもないよ。これは近道だから」
「騙されないよ? 今の呟きを聞かなかったことにはしないよ?」
「無意識のせいだから」
「じゃあ自分のせいじゃない」
イグザクトリィ(その通りでございます)。
無意識に何かをしてる時っていうのは、決まって意識が目の前のことじゃなくて別のことにいっている時だからねー。今だと地底に行くことより地底に行ったあとに思考がシフトしちゃってたわけで、それで適当ぶらついてたってことね。誰にでもあることだけどさ。
たまに私のこれが私特有のものだなんて話を聞くと、何を見ているんだって思う。
何も見えない私の戯言。
「世界は繋がってるって言うし、歩けばどこか知ってる場所に出るんじゃない?」
「それはそうかもしれないけど、だけどもなんだかなー」
「退屈? それとも不安?」
「どっちもないけど、んんー何て言うのかな」
私は黙ってフランの言葉を待つことにした。
言葉が出ない、あるいは自分の感情がわからない。前者なら私が教えてあげればそれでいいのだけれど、後者だとしたらフランが自分で見つけなきゃいけないことだから。
私が口を出すわけには行かない。同じ感情しかなかったフランが外に出たことで、かつ私と一緒にいることで何を感じるのか、それはとても大切なことに思える。…………思えるだけ。
歩く速度を少し落としながらも、考えるフランをじっと待つ。少しして、フランの顔が納得いったような表情に変わったのを見て聞いてみる。
「わかった?」
「うん。呆れてる」
「…………ごめん」
「こいしに、じゃないよ。いやまあ、こいしにでもいいんだけどさ」
「んん? どういうこと?」
「人里に素体探しに行った時に聞いたなー。こんなへんちくりんな妖怪のこと」
悲報、吸血鬼が人里に出没。
で、へんちくりんな妖怪って誰のこと?
「悪戯好きな大妖怪様がどこかにいるわね。いつの間に術にかかったんだろう、気づかなかった」
「回りくどいよ」
「こいしに言われたくない」
「それはそうだけど…………で、何? スタンド攻撃?」
「スタンドで言うならあれかな、嘘しか吐けなくなる奴」
「トーキング・ヘッド? フラン、嘘吐いてるの?」
「状況的には、ってこと。当然のことが反転してるっていうのかな、あるものと別のものがあるって言うのかな――――」
…………ああ、そういうことか。
ティナー・サックスでもいいような気がするけど、トーキング・ヘッドを選ぶあたり渋い。
いいセンスだ。
私は自分の無意識を操る。
あの能力は相手の無意識に依存するところが大きい。私との相性は最悪だ。基本スペックで負けてるから、試合に勝って勝負に負けるようなものではあるけどさ。
無意識的に、誰しもが自分の求めることを見てしまうことがある。それは視覚的にということでもあり、それ以外でもあるけれど。
例えば、友達を待っている時。後ろから声をかけられたら、その声が友達のものではなかったとしても一瞬友達かと勘違いしてしまうことがある。で、振り返ってみたら別人で落胆したりね。
その最初のイメージを固定する、そう表現したらいいのかな。だとしたらクラフト・ワークもいいところだけど。
それによって本来あるものが別物に化ける。
「ねえ? ぬえっち?」
「誰だそれは。何時から私とお前はそんなあだ名で呼ぶような仲になったんだ?」
「たった今。私は今友達募集キャンペーン中なの」
「隣の吸血鬼は友達ってわけ?」
「そういうこと」
気づいてしまえば何ということはなかった。
私の周りの景色は地底の入口。目的地の目の前だ。帰巣本能だ。私は意識がなくてもここに変えることを望んでいた、だからちゃんとここに辿り着いていた。もう何歩か進めばハブられ者のの隠れ家に突入していたわけだ。
それを妨害する困ったちゃんが一人。
――――封獣ぬえ。外の世界だと大妖怪らしい。
右と左で別物な羽が凄くカッコよかったから、分けて欲しいって言っても断ってくるケチだ。
「で、そのぬえっちがどうしたのよ。…………寂しいの?」
「幽閉吸血鬼さんとは違って友達は多いんだよ、私は」
「ダウトー。命蓮寺でいつも一人でふて寝してるんじゃん」
「それは言わないで」
「……………………可哀想」
「同情の視線はやめてよ…………かえって辛いよ」
相変わらずぬえ弄りは楽しかった。
彼女が地底にいた頃から交友はそこそこあった。能力に関する共通項から一緒に悪戯したり、他にも外の世界のことを教えてもらったり。地底でのひと騒動の時に逃げ出してたことは後々お姉ちゃんに教えてもらってたけど、まさかこんなところで出会えるとは。
「ひょっとして、里帰り?」
「別に地底が里ってわけじゃないよ。だからそれはおかしいな」
「お、目を発見。潰してみよう」
「ダメだよフラン。そいつ死んじゃう」
「突然の死!? お、おい冗談でしょ?」
「……………………」
「無言の笑顔の意味は何!?」
ぬえは落ち着くように深呼吸を一つ。改めて私を見る。
「――――随分と変わったな。前より輝いてるんじゃない?」
「友達のおかげよ。もう私は一人じゃないから」
「そりゃ良かった。もうぼっちじゃないんだな。安心安心」
…………またか。
また私をぼっちと呼ぶのか。今回のは「ぼっちじゃない」って言ってくれてるけど、ひっくり返せばぼっちだったって言ってるよね? 私は前からぼっちじゃない。地霊殿の皆もいたし、ぬえもいるじゃない。
どうしてぼっちにされるのか、そろそろ真面目に考える必要がありそうだ。
「どうしたの? 怖い顔してる」
「気のせいじゃない? 私は何時でも笑顔よー」
「その笑顔のせいで誰もお前がわかんないんだって、前に忠告しなかったっけ」
「笑顔は周りを笑顔にするっていうのが信条だからね」
「こいし格好いいー」
「吸血鬼、あまり褒めるなよ? すぐに調子に乗るから」
知った風な口を。
ある意味ではお姉ちゃんよりわたしのことをわかってくれてる、数少ない友人なんだけどね。
「何よぬえっち。私にはフランドール・スカーレットっていう最ッ高にクールな名前があるのよ。吸血鬼なんて呼び方しないで」
「悪いね。まだ名前を聞いてなかったもんだからさ。あ、私は封獣ぬえ。よろしく」
「よろしくぬえっち」
「おいこら」
二人も早速仲良くなってくれているみたいで安心です。
思えば、私がぬえっちに近づいたのもお姉ちゃんから監視しといてってお願いされてからだったなあ。そしてフランも教育をお願いされて一緒にいる、と。
問題児同士ってことか。仲良くなれるわけだ。
それと同時に、私が周りからどれだけ信頼されてるのかがわかるエピソードだ。モテる女は辛い。
で、実態はどうなんだろうね?
「それでさ、何でもぬえっちは私が吸血鬼ってわかったの?」
「…………もうぬえっちでいいよ。あんたのお姉さんが有名人だからね。それで妹のあんたのことも知ったってわけ」
「お姉様が私のことを話してた?」
「少しだけ。殆どは噂で出来てたよ」
「どんなどんな?」
「まずお姉さん――――レミリアだっけ? が言ってたのは、容姿だけだな。何か迷子になったあんたを探してたみたいだけど」
「あー。外出が許された初日のことかな? あの時は人里じゃなくて神社に行ってたのよね」
「的外れだったってわけか。まあいいや。で、吸血鬼の妹ってことでまず凶暴な性格にされてた」
「ほ、ほうほう」
「食事は人肉と血液。若ければ若いほどいい」
「…………間違ってないけど、他のものも食べるし」
「中二病設定もあったなー」
「それはお姉様だけね」
「否定してあげて」
漫才し合う仲にまで発展していた。図らずもレミリアさん、あなたのおかげで会話が弾んでいますよ。マジリスペクト。ひょっとしたら運命を操ってるのかもしれない。
で、私の決心が鈍らない内に地霊殿に帰りたいのですが、いつまでこうしてるのかな。
何だかんだ二人とも楽しそうだから水を差すわけにもいかないし…………一人で行っていいのかな? それはマズイか。フランを置いていくだけで私の首が飛ぶ。比喩でもなんでもなく飛ぶ。今までは腕や脚、脇腹で済んでたから再生できたものの、頭はヤバイって。
そういえば、ぬえっちは私の包帯でグルグルなお腹を見ても明らかになくなってる右腕を見ても反応しないんだ。驚かれるかと思ったんだけど…………慣れてるの? 怖い人だ。
「くくく。面白いなあフランドール」
「フランでいいよ。私は友達にはあだ名で呼んで欲しいの」
「わかったよフラン。ちなみに私は名前で呼んで欲しかったり?」
「おーけーぬえっち」
「それはダメなんだ」
少々気が引けるが、笑い合ってる二人に間に割って入る。
「あーあー。お二人ともいいかな?」
「…………あ、こいしいたんだ」
「能力使うなよなー」
「怒るぞこの女郎」
トラウマで埋めてやろうか。
ぬえっちだけな! 廃人化したところを地霊殿に飾って毎日世話してやる。私が介護できることの証明の手伝いでもしてもらおうか。
なーんてね。
「フラン、そろそろ地霊殿に行こうか」
「あ、そうだった。ぬえっちも来る?」
来ないと思う。
何せお姉ちゃんがいるからね。ぬえっちはその正体不明の能力で読心は無力化出来るけど、それを抜きにしてもお姉ちゃんが苦手だって公言してたし。
性悪だからなー。サディスティック、というわけでもないんだけど、何となくで精神攻撃する人だから。
「…………せっかくだし、ご一緒させてもらおうかな」
あれー? おかしいぞー?
何で一緒に来るのさ。いや私は嫌なわけじゃないんだけど、何か納得いかないというか。
それこそスタンド攻撃でも受けてるんじゃない?
まあ、私にとっては好都合なんだけど。私一人じゃフランを抑えるのは不安だったけど、ぬえっちが一緒なら心強い。ぶっちゃけ私に戦闘能力はないからね。その点ぬえっちなら――――。
…………あれ、能力的には私とどっこいどっこいだぞ? スペック的には私よりは上ではあるけど、吸血鬼と比較したらどうだろう。仮にも大妖怪だし、何とかしてくれるかな?
「久しぶりに地底もいいねー」
「ぬえっち、前にも来たことあるんだ?」
「閉じ込められてた」
「私のこと言えないじゃない」
あ、そっか。この二人閉じ込められてた仲間なんだった。案外共通点多いのかも。
私は二人についていく形で地底に入っていく。
何故だろうか、すっごく不安だ。
ムイシキデイリーとは別に何か書いてみたくなった。
やっていい?
「先にこれを仕上げろ」?
おっしゃる通りです。