ムイシキデイリー   作:失敗次郎

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いわゆる謎解きの時間。
さとりの能力的に出来ることなんてこれぐらいでしょ。


VS古明地さとり

 私とお姉ちゃんは皆を置いて別室に来た。

 フランは寂しそうな目を向けてきたけど、大丈夫だよ。さっきのことを思い出して。そうアイコンタクトを送ったらよくわからない表情を浮かべてきたから、たぶん大丈夫だろう。

 わからないことは強みだから。

 …………ん? 強いは弱い、みたいな話を聞いた後でこれはどうなんだろう。ああいや、問題ないね。強いは弱い、弱いは強い。つまりはプラマイゼロってことだろうし。

 フランなら大丈夫。

 むしろ私の問題だ。

 お姉ちゃんが私との会話の場に選んだのは、私の部屋だった。自分の部屋が穴が開いて見ていられない状況にあるから、ということだろうか。

 私はベッドに腰掛けて、お姉ちゃんがその隣にちょこんと座る。

 

「ねえこいし。外の世界はどうだった?」

「その話、前しなかったっけ」

「そうだったわね。けど忘れちゃって」

「しょうがないなー」

 

 私はそんなお姉ちゃんに違和感を覚えながら、いーちゃんと一緒だった日々を思い出す。

 最初はよくわからないお店だった。ハンバーガーショップっていうんだっけ。そこで大した話はしなかったけど、そこを出てぶらぶらしてたらまたいーちゃんを見つけて…………それから仲良くなった。

 どれくらいの頻度でいーちゃんに会いに行ったかも覚えてない。何というか、あの時はそれが当たり前のように感じた。いーちゃんの隣は、私の席。そんなことまで当然の様に思っていた。

 けどいーちゃんには私よりも大事な人がいた。いーちゃんの隣はその人の居場所だった。けど認められなくって、悔しくって…………逃げ出した。

 それから、一度も外の世界には行ってない。行かせてもらえないというのもあるけど。

 そんなことをお姉ちゃんに愚痴って、「思い出した?」と最後に付け加える。

 

「ええ。思い出したわ。…………で、零崎さんとはどうだった?」

「見ての通りだよ。お説教された」

「その、いーちゃんって人とそっくりらしいけど――――まさかあんた、自分も刺青いれようなんて思ってないでしょうね?」

「いーちゃんに刺青はないよ。っていうか、見た目は全然違うからね?」

「そう。それは良かった」

 

 心底ホッとしているのか、深く息を吐いている。

 心配してくれてるのはわかるけど、流石に過保護なんじゃないかと思う。

 ……………………。

 こんなにお姉ちゃんは私のこと想ってくれてるのに、私は何も返せてない。

 これじゃダメだ。ダメダメだ。

 さっき決めたこと――――挑戦し続けること。

 逃げちゃダメだ。真っ向から向かってやる。戯言遣いなんて不名誉、返上してやる。

 

「お姉ちゃん」

「うん、何?」

「……………………」

「…………?」

「何言えばいいの?」

「知らないわよ」

 

 それもそうだ。

 やばい、何を言えばいいのかわからない。することはわかっても言うことがわからない。そもそもすることも曖昧だし…………うわー、ぐっだぐだ。どうしよう。

 

「そういえばこいし。あんた、八雲紫と仲良くなったんですって?」

「うん。友達だよ」

「……………………それで、かはわからないけど、あんたが来るちょっと前に来たのよ」

「ゆかりん?」

「そう。…………愛称まで付けてるの? 随分仲がよろしいことで」

「嫉妬? パルパル?」

「パルスィさんは関係ないわよ」

 

 パルパルで通じるのか。お姉ちゃんも世間を知ったんだな。

 いや何となくでわかるか。この辺で嫉妬、パルパルといえばパルスィさんだもんね。

 で、八雲紫がここに来た? お姉ちゃんを訪ねて?

 何だろう。すっごい嫌な予感がする。

 

「何の用事?」

「あんたが外の世界にいた時の話、今の状況を洗いざらいね」

「うわわ、プライバシーの侵害だあ!」

「覚妖怪に言うことじゃないわね…………」

「あんなところに石ころが!」

「やめて!」

 

 覚妖怪の弱点、無意識。

 つまりは私がそもそもお姉ちゃんに対するジョーカーってことなんだけど。前に思いっきり見栄張って「お姉ちゃんは私に勝てない」みたいなこと言ってたのを思い出した。

 ちなみにこれはタイマンでの話であって、場合によっては負けることもよくある。どんなことでも負けないわけじゃないことをはっきりさせておこう。

 そのジョーカーの名前が、どっかの覚妖怪が「人間は怖い!」なんて言い出したきっかけの小石だなんて、出来すぎるてるよね。

 まるで元から私がそうであるかのような――――

 

 運命であるかのような。

 

 …………あれ。もしそうだとしたら…………どうなる? 私がそれだとしたら、これはどうなる?

 どっちも、ってこともありえるけど、レミリアさんが見ていた運命がどちらかだとしたら、どちらかは違うということになる?

 ……………………考えすぎ、かな。うん。

 

「こいし、どうしたの? 珍しく悩んだ顔してるわね」

「…………悩み事があるから、悩んだ顔してるの」

「そりゃそうだけど。で、どうしたのよ」

「聞いてくれるの?」

「そのことで私を呼んだんじゃないの?」

 

 それは違うけど。

 いや、違わないかもしれない。…………よくわからない。

 けどお姉ちゃんの方が私よりいろんなことを知ってる。聞いてみてもいいかもしれない。

 

「無為式って知ってる?」

「無意識? あんたのこと? 意識がない状態ってこと?」

「無作為な方程式で、無為式」

 

 お姉ちゃんは「うん」と考え込み始めた。

 私の思い込みだったのかもしれないけど、お姉ちゃんは私のことを大事に思ってくれている、イコールで無為式のことも知っている、なんて思ってた。けどこの「無為式? 何それ美味しいの?」みたいな反応を見るに今初めて聞いたって感じだ。

 これを私のこと何も知らなかったんだ、ととるか、はたまた別に受け取るか。

 とにかく、私一人で悩んでても何もわからなかった。お姉ちゃんの言葉を聞きたい。

 ――――あ、私依存してるなあ。フランが私に依存してたのは私が唯一の友達だから、とかそんな理由だっけ。なら私がお姉ちゃんに依存するのは? 唯一の肉親だから?

 ダメだ。考え事が多すぎる。頭がパンクしそう。

 私が頭を悩ませて、頭痛までしてきた時になって、ようやくお姉ちゃんが口を開いた。

 

「知らないわそんなの」

「…………あれだけ考えといて?」

 

 私が落胆するのも仕方ないと思う。五分から十分ぐらい同じ体制維持してたよ、お姉ちゃん。

 けどお姉ちゃんは「あのね」と言い聞かせるように続けた。

 

「方程式っていうのは、決まった数字を当てはめるものよ。無作為に、適当な数字を入れていったら数式に意味がないじゃない」

「うーん。私が言いたいのはそういうことなんだけど」

「…………要は、意味のないこと?」

「そうそう。意味をなくす概念っていうのかな。そういうものの話なんだけど」

「知らない間に妹が哲学少女になっていた…………閃いた」

「お姉ちゃんが小説書いてるのは知ってるけど、これはちょっとデリケートな問題だから題材にしないでほしいなー」

「あらそう? 残念」

 

 どこからともなく取り出したメモ帳を、何も書くことなくどこかへしまった。…………四次元ポケット?

 むしろスキマかな。思い出したくないけど。誰が自分の四肢切断の悪夢を思い返すかっての。

 お姉ちゃんは再び思考の海に沈んでしまった。まだそういうのがあるよ、という話しかしてないけど…………何となく、察せられたのかな。

 私は黙ってお姉ちゃんを待つ。

 

「……………………あんたが、それだって?」

「うん。皆そう言うし、私もそう思う」

「さっきの零崎さんとの話で度々出てたのはそういうことね…………。意味をなくす、か」

 

 どんなことにも意味がある。

 言葉一つ一つにも意味があるし、行動にも意味がある。全てのことには意味があるはずだ。無為式はそれの否定。積み立ててきたものを崩し、築いてきたものを破壊する。

 全ての方程式にゼロを掛けて回る存在。そんな傍迷惑な概念。そんな最悪の名称。

 無為式。

 私は最近それになったけど…………生まれながらにそれを抱えていたいーちゃんは、果たして何を感じていたんだろうか。そして、何を考えていたんだろうか。

 どうして、あんなに優しくなれたんだろうか。

 私にはわからない。

 何も、わからない。

 

「全部、意味がなくなったのかしら」

「…………どういうこと?」

「例えばあんたがご飯を食べる。それは意味のないこと?」

「極端だね。そりゃ意味はあるよ。私の栄養になった、お腹が膨れた。そういう意味ね」

「そうでしょ? じゃあ無為式とかいうのじゃないんじゃない?」

 

 お姉ちゃんの言うことはわかる。

 けど私が言いたいのはそういうことじゃない。そんなどうでもいいことじゃない。

 

「想いが大きいと、ダメなんだよ」

「ふうん?」

 

 お姉ちゃんが割とどうでもよさそうに相槌だけ打ってくれる。

 それだけでも十分だ。続きを促されると私も話しやすくなる。

 頭の中に浮かんできた言葉を、ただただ紡ぐ。

 

「食事とか睡眠とか、そんな淡々としたものはどうだっていいの。けどね、誰かを救いたいだとか、何かを壊したいだとか――――気持ちが強いと壊滅的なんだよ」

「……………………」

「目的意識っていうのかな。そういうのがあると、ダメなの。私もそうだし、周りもそう。ただの数字が方程式になる」

 

 食事、睡眠。さっき言ったこういうのは数字にすれば1や2だ。式にもならない単体。想いがないということは何も入らないということ。

 それに想いを加える。引く。掛ける。割る。そして計算式の完成だ。過程があって結果が出る素敵な物語の出来上がり。それは10かもしれないし1かも知れない。はたまた100になるかもしれない。…………けど、ゼロにはならない。

 人は何か行動した時に何も得られないかな? 何も残らないかな? 否。そんなことは絶対にない。失敗した時にでも教訓が得られ、成功した時には報酬が得られる。1はある。

 それをゼロにする。成果なし。

 あらゆるものの否定、最悪の存在。

 

「ちょっと前にね、人里に行ってたんだ」

「ああ。こころから聞いたわ。殺人事件を解決したんだって?」

「解決――――なのかな。私は出来るだけをしたつもりだけど、だけど。その犯人の人からしたらね、最悪だったと思うよ」

「あんた、そいつまで救いたいって?」

「私がいなかったら、救われてたよ」

 

 例え誰かが事件を暴いて彼女を糾弾したとしても。彼女はそこから何かを感じられただろうし何かを得られたことだろうと思う。反省かも知れないし、復讐かもしれない。別のことかもしれない。

 事件が暴かれなかったら彼女の目的は完全な形で果たされたし、悪いことなんて何もない。パーフェクトだ。

 私が関わったことでそれがどう変わっただろう。確かにあの男を殺したことは彼女の目的だった。それは果たされた。じゃあ1があるのか。…………そう、上手くはいかない。

 だって、彼女自身あの男を本当に殺したかったわけじゃないから。

 殺意は偽物だったから。彼女は本心から殺すつもりなんてなかった。カッとなってやった、ただの事故。目的なんて本当はなかったんだ。ただ、「やってしまった」だけのことだったんだ。失敗した。

 けど失敗からでも人は学べる。むしろ失敗からこそ何かを学習できる。けどそれを邪魔したのが他ならない私だ。いや、客観的に見るなら、私達かな。

 ストーカー男が彼女を正当化して、私がそれを事件に仕立て上げて、八雲紫が断罪した。

 段階で言えば三つ。何が一番悪いのか? 私に決まっている。

 正当化が悪いのか? 違う。こんなのはただの逃避だ。現実から逃げているだけだ。私がその現実を突きつけることになるけど、それはともかく。自分の安全の確保なんて誰もが当然のようにやってることだ。それを否定することなんて出来はしない。彼女達はあくまでも、当然のことをやっただけだ。褒められることじゃないけどさ。

 で、私がやったこと。現実を突きつける、なんて言ったら間違いなく良いことだし、探偵さんの仕事を奪っちゃったことを除いては何も悪くない。ただし、嘘吐きじゃなければ、だけどね。

 私が無意識を操ってあるはずのない罪悪感を作って、八雲紫が適当な証拠をでっちあげる。そんな詐欺行為を働いていただけだった。八雲紫はどうか知らないけど、私は真実なんて何一つわかってない。ひょっとしたら本当のことなのかもしれないけど、確信なんて一切なかった。それっぽいことを呟いてただけだ。それでも彼女が否定しなかったのは? 罪悪感があったから。罪悪感は自分は裁かれるべきなんだ、悪い奴なんだ。そんな感情を増す。そこにつけ込んだだけだ。そして八雲紫が彼女を断罪した。

 ほら、私が全部悪い。私がいなかったら、彼女はゼロにはなっていなかった。前に進んでいたはずなんだ。どこに向かったのかは知らないけど、前に一歩でも二歩でも、進めたはずなんだ。

 ――――なんて、傑作。

 

「私が、一つの物語は台無しにしたんだよ」

「……………………」

「私はどうしたらいいのかな?」

 

 わからない。

 罪を償う、なんてことはするつもりがない。そんなことに意味なんてない。過去のことなんてこの際どうでもいい。けど未来のこととなれば話は別だ。今のことも同様。

 これからも私は皆を壊していくのだろうか。――――嫌だ。嫌だよそんなの。

 お姉ちゃんもこころちゃんもフランもぬえっちも。大切な人たちを壊したくない。

 

「教えてよ。お姉ちゃん」

「……………………例えば」

 

 お姉ちゃんは考えながら、言葉を口にする。

 

「私が人を救おうとする。そうね、崖から落ちそうな人の手を掴んで上まで引っ張り上げたとする。これは良いことね。良い意味がある」

「そうだね。人助けだもん」

「けど、もしその人が自殺するつもりで飛び降りたとしたら? 私は果たして、良いことをしたのかしら?」

「それでも良いことだよ。自殺は悪いことだから」

「相手の意思を尊重していないのに? 確かに常識としてはそれでいいのかもしれない。けど相手は迷惑でしょうね。これも物語の台無しってことになる?」

 

 大雑把になぞらえれば、私がしたことと同じことにも思える。

 目的も成し遂げられず、これじゃ得られるものだってないだろう。まったくの無意味。それを生み出したのは手を差し伸べたお姉ちゃん。だったらお姉ちゃんも無為式?

 ――――違う。

 

「それで、お姉ちゃんも何もなかったのかな?」

「あら、無為式は相手への影響じゃなかったの?」

「世界への影響だよ。物語への反逆ってところかな。何も生み出さないってことだから」

「私が何かを感じたなら無意味じゃない、か。はいはい…………そういうこと。本当にまっさらにしちゃうってことね」

「うん。経過があって結果がない」

「世界も動かないし、心も変わらない」

 

 …………あれ、本当にそうなのかな。

 いーちゃんといた時の私は、何も動かなかった? 感じず変わらなかった? 本当に?

 間違いないはず。いーちゃんといた時は動いていたかもしれない。それは否定しないでおく。けどそれは経過だ。結果はいーちゃんと別れたあの時。私は再び眼を閉ざして外へも出れなくなって――――現状維持。何も変わってないじゃない。

 お姉ちゃんはどこからともなく一冊のメモ帳を取り出した。相変わらずどこから出てきてるのかわからないけど。

 

「私の書いてる小説、内容は知ってる?」

「ううん。今書いてるのは知らない。前はファンタジーだったよね」

「前に勝手に出版しようとしたことは忘れないわ」

「ファンタジー作品なんだから、人の心理描写より戦闘シーンを前面にした方が良かったよね」

「やめて具体的に批判しないで」

「突然の恋愛描写」

「書きたかったんだもん!」

「伏線なく出てきた最強魔法、最強の存在」

「…………デウス・エクス・マキナも作品の醍醐味よね」

「飽きたんだ」

「ファンタジーに疲れたの」

 

 懐かしいなあ。お姉ちゃんの書いた小説。題名は確か「W・W・W――ウィザード・ワールド・ウォー」。カッコいい名前から放たれたのは濃厚なラブコメであった。小説の最期は灼熱地獄に葬られたんだっけ。勿体ないなあ。

 誰だって失敗から学んで成長するものなのに。だから私はお姉ちゃんに失敗と挫折を教えてあげようと…………。

 余計なお世話だと自分でも感じてたけどね。

 で、それがどうしたんだろう。

 

「とにかく。今書いてるのは恋愛もの。私が本当に書きたかったのはこういう、心理描写が豊富な作品だったのよ」

「題名は「L・L・L」みたいな奴?」

「やめなさい。それはもういいのよ。私が言いたかったのは…………ええと、何だっけ…………」

「お姉ちゃんが痴呆症に…………」

「怖いこと言うな!」

 

 話が進まない。

 私が原因な気がするけど…………これって、私が無意識に進まないようにしてるのかな。

 じゃあ私のせいじゃないね。良かった良かった。

 

「思い出した。あんたにちょっと設定でおかしなところないか見てもらおうと思ったんだった」

「今私の割と真剣な話してなかったっけ? お姉ちゃん?」

「まあまあ。息抜きも必要よ」

「…………しょうがないなあ」

 

 お姉ちゃんを尊重する私、妹の鑑。素晴らしいね。

 メモ帳を受け取って、内容を一文字一文字しっかりと読む。

 主人公は男性。落ち着きがない。身体を動かすのが好きで、運動が得意。友達が多くて…………自分と真反対じゃん。自分は引きこもりの文学少女じゃない。リアリティはなくなりそう。けどその分妄想フィルターかかって面白くなりそうだけどね。

 ふむふむ。ヒロインはこの子か。ピンク髪は自分をイメージしてるんだろうね。ヒロイン願望って誰でもあることだし、スルー。性格は大人しくって、病弱で世間知らず…………ふーん。自己投影は良いね。書きやすい。ストーリー的にも自分と正反対の人が相手の方が良いしね。…………前作も設定は良かったんだよなあ…………。

 ちなみにこれってヒロインの一人称視点だよね? 個人的に恋愛小説は一人称で書いた方が感情移入しやすくって良い感じ。まあ、もうちょい読み進めよう。

 あ、登場人物はこれだけなんだ。主要人物だけってことかな。モブキャラなんてどうにでもなるしね。とりあえずはこの二人だけっと。

 

「うん、キャラクターは良いと思うよ」

「でしょ? 細かいことは今は気にしないでね」

「あんまりキャラクター練りすぎてもあれだけどね。私も聞いたことあるんだけどさ、小説書いてるとたまに自分の思ってたのと違う展開になったりするんだって?」

「そうそう。キャラが勝手に動くっていうのかしら」

「その対策としてさ、ある程度キャラクターに応用がきくように、あえて設定に穴を開けとくっていうのはどうかな?」

「あーなるほど。それ採用」

「どうもどうも」

 

 次のページはっと。世界観設定か。

 ……………………ふんふん。

 私はメモ帳を放り投げた。

 

「あ、こいし! 何するのよ!」

「またファンタジーじゃん。まーた魔法じゃん。まーたー「W・W・W」じゃん」

「違うわよ。幻想郷をイメージしてるの。あんたは外の世界を見てきてるけど、私は違うから自分の知ってることしか書けないの。オーケー?」

「幻想郷でも人間皆が魔法使いじゃありません」

「え? 年を重ねたら魔法使いになれるんじゃないの?」

「なれません」

 

 魔女狩りしなくっちゃいけなくなりそう。

 …………少しなら、許してくれるかな?

 

「しょうがないから、私が外の世界で見てきたものを教えてしんぜよう」

「ははー」

「外の世界で言うところのSFかな。私達からしたら」

「…………何だっけ…………そう、サイエンスフィクション?」

「正解。まあ、ファンタジーに近く感じるかも。発達しすぎた科学は魔法と区別つかないってね」

「科学、ねえ。何でもいいわ。想像の幅が広がるっていうんだから、早く教えて」

「せっかちだなあ」

 

 私はそんなお姉ちゃんが愛おしく思えてきた。何というか、妹が出来たような感じ。私が妹なのに、変なの。

 とにかく私は外の世界で見てきたたくさんのものを教えた。スーパーのこと。パソコンのこと。水族館のこと。ゲームセンターのこと。こことは違って、いろんなものがキラキラ光ってたあの場所のこと。

 お姉ちゃんが食いつき良すぎて、私もわからないことをたくさん聞かれた。いーちゃんから少しは説明聞いたけど、よく覚えてない。だから「そういう部分はお姉ちゃんが好きに想像したら?」なんて言ったら、何でもかんでも魔法のようなもので済まされそうになって一緒に考えることにした。…………後で、だけど。

 忘れそうになったけど、今別室には皆が待っててくれてるんだった。危ない危ない。

 大事なことを思い出したから、この話は中断することにしよう。

 

「えー。いいじゃない、少しくらい」

「ダメです。お客さんを大事にしましょう」

「ぐぬぬ。あんたに正論を言われる日がこようとは」

 

 割と言ってない? 自覚症状ない?

 気になっても流してあげるのが大人って奴だよね。私、えらーい。

 けどここで話しておかなきゃいけないこともある。それだけはしっかりと終らせておかないと。

 

「で、この話がどう私につながるの?」

「せっかちねえ」

「それ、私のセリフだから」

「想起が私の弾幕の基本だからね。人に頼らないと何も出来ないのよ」

「けど許さない」

「残念」

 

 ダメだ話が進まない。

 私はお姉ちゃんを睨み付けて、プレッシャーをかける戦法に変更。

 程なくしてお姉ちゃんの根負け。

 

「わかったわかった。私の負け。けどそれを言う前に、一つだけ答えなさい」

「…………何を?」

「この主人公とヒロイン、どういう結末に行き着くのかしら?」

 

 質問の意図がわからない。

 どういう結末? 設定だけを見てエンディングを予想しろってことなのかな。それに何の意味があるのかわからないけど、答えなきゃお姉ちゃんも教えてくれないっていうんだから、仕方なく考えてみる。

 とはいっても、エンディングなんて二つしかないだろう。ハッピーエンドとバッドエンド。私はさっきこの二人のキャラクターを見て正反対の性格が良い感じ、と思った。この二人を良しとした。

 じゃあハッピーエンドってことになるかな?

 

「幸せになるんじゃないかな。展開的に言うと、病弱なヒロインを主人公が外に連れ出したりするんじゃない?」

「良い話ね」

「書くのはお姉ちゃんだよ。で、正解?」

「知らないわ。考えてないもの」

 

 何それー。

 

「で、何でそれが幸せにつながるの?」

「何でって…………そりゃあれじゃない? ヒロインは前々から病弱で外の世界を知らなかった、世間知らずなんでしょ? そんなヒロインが主人公にいろんなものを見せられて、こう、楽しい気分を知るじゃない? 二人で買い物したり、ゲームしたり、とにかく世界が広がるんだよ。それってワクワクすることでしょ?」

「そうね。私も新しい本を読んで知識が増えると楽しいもの」

「でしょでしょ? そういうことなんじゃない?」

 

 私もそうだったもん。

 外の世界にいつの間にか出てて、ちょっと不安もあった気がするけどいーちゃんと会って、いろんなことを教えてもらって…………すごく楽しい日々だった。

 私はさっきこのヒロインをお姉ちゃんだって思ったけど、そう考えみればこれは私だったのかもしれない。何も知らない私と、何でも知ってるいーちゃんの物語。

 バッドエンドだったけどね。

 

「けどねこいし。もし外の世界を知ったのが一人でのことだったら?」

「…………主人公さんがいなくって、ヒロインが一人で外に出たら、ってこと?」

「そ。果たして彼女は幸せになれたかしら?」

 

 私といーちゃんに例える。

 いーちゃんに会えなかったら? 私はどうだった?

 

「…………つまんない、んじゃないかな」

「どうして? 何かを知ることが楽しいんじゃなかったの?」

「うーん。何て言うか…………楽しい、ということを知ることがないから? かな」

「その通り。そもそも幸せだとか楽しいだとか、そういう感情を知らないとそうとは言えないわよね」

 

 肉や野菜をパンで挟んだものがある。

 私はそれがハンバーガーというものであることを知ったからハンバーガーだと言えるけど、それを知らないお姉ちゃんはそれを見た時なんて感じるだろう。

 知ってないと言葉にもならないし、そうであると認識できない。ただよくわからないものが自分の中にある、そういう風にしか思うことが出来ないだろう。

 つまり大事なのは?

 

「知識、が幸せ?」

「三十点。急かされてるし答えを言っちゃうけど――――知識を与えてくれる存在がいること、それが幸せなのよ。正確には幸せの一つ、だけど。零崎さんとの話の中で、気付ける幸せとか気付けない幸せとかの話があったわよね。気付ける幸せは知識を得ること、気付けないのは知識を与えてくれる存在なの」

「…………三十点じゃないじゃん。五十点ぐらいはいくんじゃない?」

「それは甘え過ぎ」

「厳しいなあ」

 

 確かにお姉ちゃんの言うことも納得のいく話だ。ためになる。

 けどそれが私の無為式とどう関連するのだろうか。何をどう当てはめればいいのだろう。それこそ無茶苦茶な方程式だ。どう当てはめても歪な形が出来上がる。

 

「ねえお姉ちゃん――――」

「まだ話は終わってないわ。例えば、そうね。その知識を与えてくれる存在が、殺人鬼だったとしたら?」

「むー…………幸せかってこと? 幸せなんじゃない? 知識を得ることが幸せだっていうんなら、相手がどうこうじゃないよね?」

「目的達成のためなら、相手がどーのとか手段がどーのっていうのは関係ないってことね」

「――――私も同じって?」

 

 私の望んだことではなかったとはいえ、人里での事件は私の目的のために動かしていたようなものだ。八雲紫の言う通りに私がやったことだ。その犠牲に二人ほどいなくなってしまったけど、お姉ちゃんはそれを肯定するというのだろうか。

 私を庇ってくれている。それは嬉しいことだけど。

 だけど。

 

「やっぱりダメだよ。そんなの」

「どうして? 自分が幸せなら、それでいいじゃない」

「良くない! 私はお姉ちゃんとは違う、一人で完結したりしない。私には友達が出来た。皆を放って、私だけが幸せになるようなこと、したくない」

「何も関係のある人を巻き込むことはないわよ。無関係な、そこらの人を殺して幸せになれるとしたら? 殺さないの?」

「殺さないよ。その発想がそもそもおかしいんだよ。…………お姉ちゃん、昔はそんなこと言わなかったのに…………」

「言ったことだけがその人の全てじゃないわ。見たもの、聞いたもの、感じたもの。そんなのはそいつのほんの一部。あんたはその一部だけで知ったつもりになってない?」

「それは――――」

 

 言い返せない。

 私は、ただ知ったつもりだったのだろうか。いや、そもそも何も知らないじゃない。私自身のこともお姉ちゃんのこともフランのこともいーちゃんのことも――――何も、知らない。

 どうして知った気でいたんだろう。フランとはまだ数日の仲だ。いーちゃんとだって日数で数えたらそんなに会ってるわけじゃない。お姉ちゃんは昔からずっといるから、ってこともあるかもしれないけど、前者二人はそもそもわかるはずがない。なのにどうして?

 私がわからなくなってきた。何を思って――――ああ、いや、そもそもそうなんだった。

 

 私は考えることも感じることも全部捨ててきたんだった。

 

 じゃあ、何もわからなくって当然、か。

 そういう風に自分を作り上げてきたんだもん、しょうがないよね。

 思わず笑いそうになる。ひょっとしたらもう笑ってるかもしれない。こんなにおかしいことってある? 何もない空っぽを選んだ奴が、何かを手に入れようとするなんて…………なんて、滑稽。

 私はある種すっきりした気持ちで、部屋から出ようと思った。こんな問答に最初から意味なんてなかったんだ。うんうん。ここにいる理由なんてないね。

 

「――――こいし? どこに行くの?」

 

 私が扉の前に立った時、お姉ちゃんが後ろから声をかけてくる。

 私は、今度はちゃんと笑って返す。

 

「皆のところ。待たせちゃって悪いからね」

「ふうん。けど残念ね、まだ私の話は終わってないのよ」

「私の話は終わったよ」

「じゃあ後は聞くだけね。ほら、そこに座りなさい」

「意味なんてないよ。そんなことより皆と遊びたい」

「それに意味があるの?」

「ないけど、話を聞くより楽しいもん」

「私の話は意義があって楽しいとしたら?」

「じゃあ聞いてみよう」

 

 諦めた。

 ここまでしつこく、あのめんどくさがりなお姉ちゃんが引き止めるなんて珍しい。その珍しさに免じて話を聞くとしよう。

 けどこれから何の話をするのかな?

 

「ねえこいし。どうしてあんたはそんなに自分を追い込んでるの?」

「…………追い込んでる? 何のことかな?」

「それ楽しいの? 私にはどうしても――――あんたが苦しんでるようにしか見えない」

「そんなことないよ。私は楽しい、何時だってどんな時だって楽しいよ。だから笑ってるの」

「逆よ。楽しい気分にするために笑ってる。心が読めたころを思い出せる? それとも嫌? どっちだっていいけど。誰だって相手に見せているものと本心が一致してなんかいないわ。笑顔で見下し、同情して嘲り、怒って泣いてる。それが人間だけだと思う? 知ってるはずよね」

 

 やめて。

 それ以上言わないで。

 

「妖怪だって同じよ。そりゃ嘘を吐かないことを信条にしてる鬼みたいなのもいるけど、大体はどこかしら作り物。私だってあんただって同じじゃない?」

 

 違う。

 私は違う。

 

「お姉ちゃん。私は無意識だよ? 考えずに喋っちゃうんだから、そんなこと出来ないよ」

「無為式じゃなかったの? まあいいわ。で、あんたにとっての幸せって何?」

「……………………え?」

「知識を与えてくれる存在は? 別に知識じゃなくてもいいか、何かをくれる存在っていうのは誰? どこにいるの?」

「……………………そんなの、いないよ」

「じゃあ不幸の真っ只中ってわけね。ってんなわけあるか。友達でしょ? さっき自分で言ってたじゃない」

「友達は友達だよ。何かをくれるわけじゃない、見返りが欲しくて友達になったんじゃないよ」

「友達がいることで楽しい気分をもらってるじゃない。けど他にもあるわよね?」

 

 わからない。

 お姉ちゃんが何を言っているのか、何を言いたいのか。私がもらってるもの? そんなの一つだってない。第一、私に誰かが何かをくれるわけがない。

 だって私は罪人だから。周りを壊す迷惑な存在だから。

 そんな資格、あるわけがない。

 だって、だってだってだって!

 私は無為式だから――――!

 

「――――オーケー、十分よこいし」

 

 お姉ちゃんが、私の頭を優しく撫でてくれた。

 壊れそうなものに触るみたいに、丁寧に。親が子にするみたいな、暖かさで。私を撫でてくれた。

 お姉ちゃんを見ると、撫でるのと同様に優しい表情を浮かべていた。

 

「ごめんね、こんな方法とって。それと――――頑張ったわね」

「おねえ、ちゃん…………?」

「後もう一つ。バカ」

 

 どういうことだろう。

 何でお姉ちゃんがこんなに優しくしてくれるの? 私は何もしてないのに。

 何でお姉ちゃんは、私の欲しい言葉を言ってくれたの? 私は何も言ってないのに。

 何で?

 

「よくわかったわ。…………そういうこと。さしもの八雲紫も無為式には敵わなかった、か」

「お姉ちゃん? どういうこと? 私にもわかるように教えてよう」

「……………………どうしようかしら」

 

 どうやらお姉ちゃんは説明するかどうかで悩んでいるようだった。

 私のことなんだし、私に知る義務があるとは思うんだけど、それでも何でもズバズバ言うお姉ちゃんが言うのを考えるってことは相当なことなんだろうと思う。私が知らない方が良いことなのかもしれない。

 何だろう、そこまでしなきゃいけないことって。

 けどやっぱり知りたい。

 

「教えて」

「無為式についてもね、もう聞いてたわ。八雲紫からね」

「知ってて聞いたの?」

「あんたの無為式を聞いたの。彼女から聞いたのはもうちょっと違ったわ。なるようにならない最悪、そう言ってたわ。狂わされるというよりは、動かされる、壇上に上がらされるって」

「……………………」

「どっちかが間違ってる、何て言うつもりはないわ。あんたにしても彼女にしても自分の考えを言ってるだけだもの。まあ、それはどうでもいいんだけど。で、どう思う?」

「無為式の認識の違いについて? なるほど、そう思ったよ。そっちでも、間違いじゃなさそう」

「じゃああんたのは?」

「間違いなんかじゃない」

 

 いーちゃんがそう言ってたから、間違ってるわけがない。

 そうだよね? いーちゃん。

 

「八雲紫が危惧してるのは物語なのよ。登場人物にさせられる、物語が作られる。ただし見切り発車のね。…………物語っていうのは、山あり谷ありが基本よね。何もない日常を淡々と描くだけなんてつまらない。だから事件があったりするわよね。その事件に何もない日常の登場人物を投げ込むようなもの、それが無為式なんですって」

「事件を起こす、舞台装置ってわけ?」

「イグザクトリィ、その通りよ。だから危険視している。あんたが無為式だっていうんなら、あんたは数々の事件を起こす、悲劇を招く。…………あんたを殺そうとしたんですって? 謝罪してきたわ。殴ったけど」

 

 お姉ちゃんが人を殴るところ、想像できないんだけど。

 

「変人誘引体質、というよりは凡人変質体質かしら。どっちも当てはまるのかもしれないけど…………とにかく、無為式っていうのはそういうものらしいわ」

「私のだって無為式だよ」

「何も変わらない、ねえ。まさかと思うけど、こいし。あんたはどんなことにでも意味があるとか思ってるわけ?」

「思ってる。無駄なことなんて、ない。だって何かあると思って行動するんでしょ? それなのに何もないわけないよ」

「残念ながらそんなことがあるのよ。そもそも意味のある行動なんてほとんどないわ。理由があって結果があっても、意味なんてどこにもないわ」

 

 意味がない? 結果があるのに?

 その結果こそが行動の意味なんじゃないの?

 何を、言いたいの?

 

「何から見て、というのもあるわよね。一つの角度からしか見ないなんて滑稽もいいところ。あんたの人里の事件、何もなかったって言ったわね?」

「うん。誰も何も感じない結末だよ。何も得られてない」

「私の話、ちゃんと聞いてた? まったく、学習しないんだから」

「聞いてたよ。けど何の関係が?」

「もっと簡単に考えなさい。事件を起こした、解決した。ほら、ここまででもう意味が生まれてるじゃない」

「…………さっき意味なんてないって言ったばかりじゃない」

「見る角度の話。意味のないことはあるわ。けど全く意味のないことなんてない。人里の人間達からしたら、どうかしら? 何を思う?」

「うーん。物騒だ、とか?」

「それでもいいわ。そこから何かを学ぶわ。恐怖、とかね」

「それはそうだけど」

 

 何か納得いかない。

 確かにそうだけど…………だけど。

 

「あんたが言いたいこともわかるわ。学んでいても、自覚がないってことね」

「いやそうじゃないけど」

「大丈夫大丈夫。ちゃんとわかってるって」

「わかってないよね?」

「自覚がない学習なんて、ただの無意識。それがどういうことかはあんたが一番よく知ってるもの。ちゃんと覚えているけど、意識下でその知識が出てこない」

「じゃあ、結局のところ無意味?」

「…………前言撤回、あんたもわかってないじゃない。意識下で、よ。無意識に反応することになるわ。防衛本能とか、トラウマなんかもそう」

「ふうん」

 

 お姉ちゃんはそこで「ふう」と一息吐いた。

 更に続けて「疲れた」と小声で言ったのを私は聞き逃さなかった。喋るだけでこんなに疲れるものなの?

 何はともあれ、私はここまでのお姉ちゃんの話をまとめてみる。

 お姉ちゃんが言ってたのは…………えーと、話が前後したりいろんなところに行くからわかりにくいけど、私の無為式の否定、かな。八雲紫の言っていたことを引用したり、意味のないことなんて存在しない、なんて言ったり。それからあれだ、幸せにしてくれる存在は何だっていい、みたいな話だっけ。誰かを利用して楽しようとするお姉ちゃんらしい話だけど…………それが私とどう関係するんだろう。

 あ、忘れちゃいけなかった。物の見方、だね。これはお姉ちゃんがよく言うことなんだけど、改めて考えてみよう。これらから、お姉ちゃんが何を言いたいのか。

 わからないからいいや。

 

「また思考放棄して。全部私から言わなくちゃいけない?」

「そう言われても…………わかんないし」

「自分で考えることを知りなさい。ま、ヒントだけはあげる。あんたが戯言遣いさんと一緒にいて何をもらったのか、何を感じたのか」

「いーちゃんといて? 楽しかったよ。すっごく」

「それだけ?」

「……………………んー」

 

 それだけだよ。

 それ以外に何も感じてない。

 はず。

 

「何であんたはそんなに嘘を吐くようになったの? 自分にも他人にも。どうしてそんなに戯言塗れなの? どうして――――そんなに変わったの?」

「変わったかな」

「見違えるくらいに。フランドール・スカーレットと仲良くなるなんて、昔のあんたじゃありえなかった」

「そうかな。無意識に動くから、何でもあり得るんじゃない?」

「さっきもちょっと言ったけど、無意識には防衛本能っていうのがある。あんな狂った存在、知らずのうちに誰もが避けるわ。狂気がまるで隠れてないもの。あれに本心から付き合えるのは、精々が姉のレミリア・スカーレットくらいじゃないの?」

「けど私はフランの友達よ」

「何で友達になれたと思う?」

「何でって――――」

 

 仲が良いから、とかそんな理由を求めてるわけじゃないんだろうな。

 とはいってもフランと知り合うきっかけなんて私が無意識に歩いてたら偶然出会ったってことだし、友達になったのも、何というか、流れでそうなっただけだし、私が特に何かしたというわけでもないよね? 不可抗力、なんて言うと嫌々みたいに聞こえるけど、そんな感じだ。嬉々とする不可抗力かな。

 何で。曖昧すぎて何て答えればいいのかわからない。

 

「よく、わかんないよ」

「じゃあ考えてみましょうか。もし、戯言遣いさんならどうしてたと思う?」

「何でいーちゃんが」

「あんたの好きな人ならどうするか。私も物書きだからね、そういうこと考えちゃうのよ。で、どうしてたと思う? あんたの巻き込まれた状況を戯言使いさんだったらどう切り抜ける?」

 

 いーちゃん。

 曖昧主義で嘘吐きな私の好きな人。あの決して自分を許さなかったいーちゃんならどうしていたのか。

 目の前に自分を簡単に殺せる存在がいる時、何をするんだろう。

 

「…………少なくとも、フランを壊したりはしないだろうね」

「それで?」

「あと、死を選ぶこともしない」

「それで?」

「私と同じじゃないかな? 私はいーちゃんじゃないから確信できないけどさ」

「友達になる、ってこと?」

「平和的に解決するってこと」

 

 だよね、いーちゃん?

 

「もしかして、あんたは戯言遣いさんならこうする、と思って行動したの?」

「まさか。たまたまだよ」

「へえ。…………ううん、どうしよう」

 

 何がだろう。

 私は首をかしげるも、だからといって答えが返ってくるわけもなく、お姉ちゃんは頭を悩ませている。赤ん坊に歩き方を教える方法を考えているかのような、当たり前すぎて教え方がわからない、そんな顔をしてる。

 あれ、これじゃ私が赤ん坊になっちゃう。いやお姉ちゃんからしたらそんな感じなのかもしれないけど…………だからこそはっきりと言ってほしい。私は心が読めるわけじゃないんだから、言ってもらわなきゃわからない。

 

「お姉ちゃん。言いたいことがあるんだったらちゃんと教えて。私には、心は読めないから」

「…………パラノイアはわかる?」

「被害妄想とかそういうのだよね」

「偏執病。間違ってはいないけどね。あと、ロールシャッハって聞いたことある?」

「ええと、適当な模様を見て、それが何に見えるかっていう心理テスト?」

「そう。どっちも物の見方よね。パラノイアは偏ったもの、ロールシャッハは――――見たいもの」

「……………………うん」

「戯言遣いさんに何を見ていたのか。あんたはこの二つで見ていた」

 

 いーちゃんを見て。

 パラノイアを感じ、ロールシャッハテストの如き自己の心象を見ていた? お姉ちゃんはそう言いたい、のだろうか。

 私が歪んだ形でいーちゃんを見ていた、と言いたいのだろうか。

 違う。

 違う。

 違う!

 

「私はちゃんといーちゃんを見て、いーちゃんの話を聞いて、いーちゃんを知ったの! 何も知らないのに、お姉ちゃんが口出ししないで!」

「知ってるわよ。直接見なくてもわかる。…………だって、そこにあるんですもの」

 

 お姉ちゃんが指差したのは、私自身。

 私の胸の辺り。

 

「無意識――――崩れてきてるわよ?」

「っ! 心を読んだの?」

 

 お姉ちゃんを睨み付けるも、そんな視線はまるでそよ風のように何の効果もなく吹き抜けていく。

 淡々と話を続ける。

 

「見えるんだもん。私のせいにしないでほしいわね」

「何で…………どうして…………」

「私は探偵殺しじゃないし、推理を始めましょうか。答え合わせって感じだけど」

 

 お姉ちゃんはいつも私と話す時と何ら変わりない平坦な声で、それでいて私を叱る付けるような厳しい口調でその推理とやらを開始した。

 

「まずこいしは戯言遣いさんが好きだったんでしょ? ちなみに何時の時点で?」

「……………………わかんないよ」

「じゃあ教えてあげる。最初に会った時から。というか、一目見た時から好きになったから近づいたんでしょうに」

「知らないよ。だって、無意識だったから――――」

「無意識の行動っていうのはね、やりたいことを抑えつけられなかった時とか、あるいは習慣になっていることとか、そういうのを実行するの。この場合は前者ね。ま、無意識だったんだからそもそも抑えつけるなんて発想も出なかったんでしょうけど」

 

 …………そう、なのかな。

 私はわからない。

 

「この時にも無為式の影響はあったんでしょうね。舞台に上がらされている。…………想いがあると無為式は強くなる、そんなことを言ってたわね。それもあった。戯言遣いさんはなんだかんだであんたに何かを想ってた」

「何かって…………」

「ただの傷の舐め愛よ。空っぽだったあんたに何かを感じたんでしょ。羨ましかったのかもね」

「……………………」

「ちなみに戯言遣いさんのことは八雲紫から洗いざらい聞いてるわ。それこそこいしが知らないような、彼の過去のことも」

 

 いーちゃんの、過去。

 そういえばいーちゃんの昔のこと、何も聞いてなかった。

 何だか悔しい。

 けど今はそんなことより、もっと知りたいことがある。

 

「私が羨ましかった? どうして?」

「あんたも知っての通り、彼は自分の全てに罪悪感を持っていた。以前はそれを全て投げ捨ててしまおうなんて思ったこともあるみたいね。それを体現した存在が目の前にいる。何も背負っていない、まっさらの存在。それそれは、綺麗に見えたことでしょうね」

「…………けどいーちゃんは、私の持ってなかったものをたくさん持ってた。帰る場所もあるし、待っててくれる人もいる。いーちゃんは否定するだろうけど、皆に愛されてた」

「互いに羨ましがってた、なんてよくあることよ。何せお互いに自己否定がすごいもの。ねえ、自己否定のやり方って気づいてる?」

「やり方?」

 

 何も意識してなかった。

 ただ自分が悪い、自分が低い、自分が弱い。それだけのことじゃないの?

 

「生き物は誰しも比較することで生きてるわ。幸せだってそう。零崎さんとの話のあれ、あれだって以前の幸せと比較してしまってるからどんどんハードルが高くなってくんでしょ? その比較は他にもあらゆることに適応されるわ。で、自己否定っていうのもそれよ。一番やりやすいのは成功した自分と失敗した自分の比較、それから他人と自分の比較かしら」

 

 ――――私がいーちゃんを羨んだのは、私と比較して、私の持っていないものを持っていたから。

 ――――いーちゃんが私を羨んだのは、自分と比較して、欲しかったものを持っていたから。

 私が自分を否定したのは? 私が自己を捨てたのは?

 何と比較したんだっけ?

 

「そんな絶対的とも言える共通点がありながら、持ってるものは正反対。戯言遣いさんには魅力的に見えたんでしょうね。自分と同じはずなのに、自分じゃない。同じ存在なのに全然違うものが見えてるのよ。詩的な表現するなら、陽と陰ね」

 

 私といーちゃんの関係。

 見えてる部分と、見えない部分。

 同じものから生まれて正反対に存在する同一。

 私が陽でいーちゃんが陰、いーちゃんが陽で私が陰。

 反転でも鏡でも半身でもない。

 陽と陰。

 

「自己否定のコツを一つ、それは相手の悪いところを見ないことよ。見えてしまってもそれすら良いものに変える。そして相手はただの良い奴よ。見下してる自分と比較すれば、そりゃ相手が上で自分が下になるのも必然ね。互いにこれをやってたなんて言ったら、いっそ笑えてくるわね」

「……………………笑えないよ」

「笑った方が気持ちがいいわよ。で、あんたは戯言遣いさんの弱いところを見ようとしなかった。あんたが理解した――――つもりでいたのは、ただ自分と同じなのに凄いっていうそれだけよ。それがあんたのロールシャッハ」

「……………………」

「ちなみに私が戯言遣いさんを見れば確実に違う感想が出るでしょうね。話に聞いただけだと…………そうね、最高に不愉快、かしら」

 

 私がいーちゃんをそんな風に見ていた?

 違う、違う。お姉ちゃんはいーちゃんに会ったことがないからそんなこと言えるんだ。いーちゃんは本当に――――本当に。

 …………何だろう?

 

「あんたは戯言遣いさんに抱いていた感情は尊敬、愛情、恋慕。そして他人に対して、優越感があった」

「優越…………?」

「敬愛してる相手と自分が、本質的には同じだと本能的に気付いていたんでしょう? あくまでも本質だけで外面は全くの別物なのだけど、とにかく自分と戯言遣いさんは同じであることをある意味誇りに思っていた。この辺りがパラノイア、偏執病ね。自分を特別な存在と見て疑わない」

「……………………」

「それはいつしか、戯言遣いさんになることへとすり替わっていった。もっと彼に近づきたい、もっと彼になりたい。そうすれば彼と同じ幸せを得られる、なんて勘違いからね」

「…………勘違い、じゃないよ」

 

 だって。

 右足と左足を交互に前に出せば誰だって前に進める。同じことすれば同じ結果がある。私といーちゃんは一緒だから、同じことすれば私もいーちゃんの幸せがある。

 何もおかしなことはない。

 私じゃない人がいーちゃんの真似をしてもいーちゃんになれないけど、私はいーちゃんだから。

 幸せになれるはずなんだ。

 

「無為式もそういうことよ。全部あんたの勘違い。それを加速させたのは八雲紫を始めとする周りの環境。ま、何よりもすれ違いが問題だったわね。あんたの無為式、八雲紫の無為式。そして何より――――あんたをそうさせた戯言遣いさんの無為式。ほんと最悪」

 

 …………じゃあ、こういうこと?

 全部私の勘違いってこと?

 違う、そんなの絶対に違う。

 違う。

 違う。

 

「認めたくないのはわかるわ。勘違いから生まれたこんな結果だけど、確かに価値はあったもの。あんたにとっては生きる意義だし、私にとっても大切な意味があった」

「…………お姉ちゃんにとって?」

「ええ。だって、あんたがようやく前に進んでくれたんだから。無意識の殻を破ってね」

「……………………」

「言ったでしょ? 意味のないことはあるけど、全く意味のないことなんてないって」

 

 確かにお姉ちゃんにとっては良かったのかもしれない。

 けど私にとっては? 私にとってこれは価値のあることだったの?

 認めたくない、認めたくない!

 

「認めなさい。まず第一に、あんたは無為式なんかじゃない。第二、戯言遣いさんにはなれない」

「じゃあ! じゃあ、私は何なの? ただのいーちゃんの陰? いーちゃんの悪いところ? 何にもなれないままなの? 変われないの?」

「三つめはあんたはあんた、古明地こいしだということ。はい、復唱」

「…………わかんないよ。なら、私はどうしたらいいの? 無意識でなくちゃいけないのかな」

「それは違うでしょうね。戯言遣いさんから学んだ幸せって何だったの?」

 

 いーちゃんから教えてもらったこと。

 いーちゃんが感じてた幸せ。

 いーちゃんの思う幸福。

 そうだ、いーちゃんが言ってくれたじゃないか。私に大事なことを。

 光があるって。光で照らしてくれるって。

 

 私を陰なんかでいさせないって。

 

 あの時はよくわからなかった。ただいーちゃんが私を想ってくれてる、それだけ感じてた。…………少し違うか。私はわかろうとしなかったんだ。本当は知ってたけど、理解しようとしなかった。

 だっていーちゃんは、私を否定しようとしていたから。無意識の私を否定し、同時に無為式であろうとする私を咎めた。そんないーちゃんから目を逸らしたかった。言葉の意味を無視して、想いだけを見ていた。他ならぬ私だけのために。独りよがりな私のために。

 

「ありがとうお姉ちゃん。いーちゃんと向き合わせてくれて」

「私は何もしてないわ。あんたが思い出しただけでしょ?」

「そういうことにしてあげる。…………けど、やっぱりダメだ」

 

 言いたいことはわかった。いーちゃんが伝えたいこと、お姉ちゃんが教えたいこと、それはわかった。けど理解と実践は別物だ。頭で理解出来ても心が納得しない。やっぱり私は自分の思いが正しいと信じ込んでる。私の選んだことが正解だと、思い込んじゃってる。

 やっぱり私って、弱いのかな。いーちゃんみたいになれないのかな。

 

「ほら、言ったそばから戯言遣いさんになろうとしてる」

「…………むぅ。そういうことじゃなくて、こう、切り替えが出来ないってことだよ。いーちゃんになるんじゃなくて、いーちゃんみたいに上手く出来ないってことで――――」

「同じことよ。私に見えてるんだから、あんたも思い出してるでしょ? 目を逸らしてるだけで」

「え? 何のこと?」

 

 これ以上思い出すことがあっただろうか。

 はて、何を話してたかな?

 お姉ちゃんにジト目で睨まれてしまったので何とか記憶を辿る。

 他に言われてたこと……………………ダメだ。何か変なこと思い出した。いーちゃんが酒に呑まれてたこととか。

 

「それは忘れておきなさい。どうでもいいから。…………あのね、理解と愛情は別物なのよ」

「――――――――あ」

 

 聞いた。

 その言葉、確かにいーちゃんから聞いた。

 けど、それが何だっていうんだ。わからないものでも愛せる、そんなのは私も百も承知って奴だ。そうじゃないと、私はいーちゃんを愛せない。

 誰も好きになれない。

 

「何だ、やっぱりわかってるじゃない。いや微妙にわかってないのか。あんたを相手にこの言葉を使った意味を考えてみなさい」

「意味? 言葉の意味じゃなくて、言葉を使った意味?」

 

 こくり、とお姉ちゃんは頷く。

 私相手に…………かあ。多分、わからないものっていうのは私から見た人間のことだよね。つまり、私は誰でも愛することが出来るってこと? 愛する資格、とかそういうことの話? それこそ私には関係ないような気がするんだけどなあ。自己否定で形成されてる私の人格は、そもそも人を嫌うことなんて出来ない。好きになるしかないんだけど。じゃあ、これはハズレ?

 他に考えるとすると、あれだ。わからないものが私であるとするならば。つまりいーちゃんを始めとする周りの視点というわけだ。

 ……………………私を愛してくれる? 私を知らなくても、心の底がどれだけ汚れていようと手が血に塗れていようと、好きでいてくれるってこと? え、何の冗談?

 

「むしろ戯言遣いさんはそっちの意味で言ったんだと思うけどね…………」

 

 呆れたようなお姉ちゃんの声は無視して、そういうことなの? うわー、いーちゃん浮気者。私は知らないうちに告白されていたのか。ここでオッケーしとけばいーちゃんゲットできたじゃん。おしいことしたなー。

 

「おーい。そろそろ帰ってこーい」

「ああ、はいはい。しょうがないなあ」

「まったく、すぐ妄想の世界にダイブする」

「お姉ちゃんに言われたくない」

「作家だもの」

「自称ね」

 

 軽く冗談を言い合った後、私は改めてお姉ちゃんに聞く。

 

「私のこと、愛してる?」

「当たり前じゃない。あんたは私が…………その、嫌いじゃ、ない?」

「そんなわけないよ。大好きだよ」

「そ、そう」

「で、だよ? アイって何だろう」

 

 お姉ちゃんが私を愛してるっていうんなら、知ってるはずだ。私はアイがわからない。人を好きになって、お姉ちゃんに好きでいてもらえて――――でもアイがわからない。多分、ドキドキするような心は恋なんだと思う。じゃあアイって?

 

「あんた…………はあ。何でもない。この戯言遣い…………もとい、戯言使い」

「何のこと?」

「嘘吐きってこと」

「優しい嘘だよ」

「そうらしいけどね」

 

 あれはいーちゃんを救うための戯言だから、ノーカウント。アイを教えてほしい。

 私は他人に何を想って、皆は私に何を想っているのか。

 

「知らない」

 

 だと思ったけどさ。

 

「愛っていうのは…………言葉で言い表せない感情、じゃない?」

「言い表せない? モヤモヤとか?」

「そうそう。例えばそんなのね。自分でわからないものをとりあえず愛と形容してみた、っていうのは?」

 

 流石に違う気がする。

 何をやってもダメな相手に抱く感情は間違いなく怒り。怒りを知らなくてモヤモヤしてる人だって、それがプラスの感情だとは絶対に思わないだろう。

 あくまでもアイはプラスの感情、もしくはそうあるべきだと思う。

 

「――――私が前に見たサイコパスの話、しましょうか」

「サイコパスっていうのは、狂った人のことだったね」

「ええ。その男――――ああ、男性の人ね? そいつは殺人鬼だったの。通り魔的に相手を選ばずに殺戮を繰り返したわ。その数、七人」

「…………怖いね」

「思ってもないことを。まあいいけど。この時点で十分に頭のおかしい奴なんだけど、それ以上に狂ったところが一つ。その男は相手を殺す時に必ずすることがあったわ」

「勿体ぶらないでよ」

 

 聞き飽きる。

 

「それは謝るわ。で、そのすることっていうのはね――――殺した後に死体で遊んでたのよ」

「…………というと?」

「例えば指を全部切り落として、口にの中に詰めたりとか。あ、死体の指を、死体の口によ。他には死体二つを持ってきて裸で抱き合わせたりね」

「うわあ」

 

 素直に引いた。

 まともな神経してたらとても出来ないようなことばかりだ。…………あ、フランならやってるかも。死体使って人形作ってたくらいだし。うーん…………友達をサイコパス呼ばわりはしたくないなあ。

 

「フランドール、やばいわね。ところであんたがエントランスに飾ってた死体の写真が残ってるんだけど」

「それはそれ。昔は昔で今は今だよ」

「はいはい。さて、サイコパスっていうのは狂人のことで間違いはないけど、行動的なことじゃなくて主に思想的なことが問題なのよね、こいつは」

「行動もおかしいんだけど…………」

「狂った目的があってこんなことをする奴、意味なくこんなことをする奴。どっちが怖い?」

「目的による」

「死体を愛してるから」

 

 ……………………。

 は?

 

「愛してるから、特別なことをしてあげたかった。そんなことを考えてたわよ、そいつ」

「……………………」

「新しいことを経験することはワクワクすること、だからそれをさせてやった。これが前者の事件ね。後者は人間誰しも性欲があるから、それを解消させてやったんですって。これで最初の話に戻るわ。こういう歪んだ愛の形も確かにあるのよ。本人はこれがプラスのことと信じてたみたいだけどね」

「……………………アイって何なんだろうね?」

「今の例を見ると正当性なのかもね。自分の気持ちに名前を付けて、行動を正当化させる。それが愛なのかも」

「そういうものかあ」

 

 何というか、救いのない話だ。

 私が思い描いてたのはもっと、華やかで綺麗な感情。キラキラしてワクワクするような…………ああもう、上手く言葉に出来ない。

 

「言葉に出来なくても私にはわかるけど。けど、それでいいんじゃない?」

「どういうこと?」

 

 それでいい、とは言葉にしなくてもいいということだろうか。

 けどそれじゃ相手に伝わらないんじゃない?

 

「言葉だけが伝える方法じゃないわ。例えば男女が抱き合ってたら、傍目には愛し合ってるように見えるでしょう?」

「あー。わからないでもない」

「それにわざわざ伝える必要があるかどうかも考え物だしね」

「それはダメなんじゃないの? 片思いってやつじゃない」

「いいのよ。どうせ誰もが自己満足のために生きてるんだもの。勝手に恋して頭の中で愛してりゃ満足するでしょ」

 

 自己満足、ねえ。

 普段はそれでいいのかもしれないけど、アイは何だか違う気がする。相手に伝えて、解りあって…………みたいなイメージ。

 あ、そっかそっか。そういうことかも。

 

「アイって独りじゃできないよね?」

「自己愛もあるわ」

「ううん。結果的には一人になると思うけど、独りで生まれる感情じゃない」

「…………そうね。あんたの言う通り。じゃあ、そこから考えられる愛って?」

 

 それがわからない。

 繋がりがあってアイがある。けどアイが何なのか…………うーん。

 ……………………いや、そんな難しく考えなくてもいいんだ。もっと単純だったのかもしれない。お姉ちゃんに言わせれば違うのかもしれない。けど、私はこの結論に辿り着いた。

 

「どんな結論?」

「見えてるくせに」

「あんたの口から聞きたいのよ」

 

 私の口から、か。

 お姉ちゃんからそんな言葉が聞けるとは思わなかった。

 真っ当な覚妖怪であるお姉ちゃんは、相手の言いたいこと、伝えたいことが全て見えている。本来なら会話なんてする必要がない。けど今、私の口から言葉が聞きたいと言った。

 その意味することがよくわからないけど、何となく、嬉しくなった。

 

「愛って、絆とか繋がりとか、そういうものだと思う」

「私の例からそれを感じられる?」

「もちろん。どれだけ歪んだ形だろうと、表現が間違っていようと、一方的だろうと、確かな絆があったはずだよ。私はその男の愛を、否定しない」

「それはキラキラしたものだった? 幸せになれるものだった?」

「お姉ちゃんが言ったんじゃない。視点を変えろってね」

「人それぞれの幸せ、それぞれの愛ってわけね。…………ふふっ。いいんじゃない? そういう愛も」

 

 む。

 何だかお姉ちゃんに心理的優位に立たれてるような気がする。なーんか気に入らない。

 お姉ちゃんのくせに。

 

「むしろ年上のあるべき姿な気がするけど、まあいいわ。繋がりが愛、絆が幸福か。…………それならするべきことも、わかるんじゃない?」

「わかってる。…………まずは皆と真っ正面から向き合うよ。無意識に隠れず、無為式に逃げない、ありのままの古明地こいしで」

「……………………無理はしないでね? あんたは頑張りすぎるところがあるから」

「大丈夫だよ。お姉ちゃんもいてくれてるし」

「ええ――――存分に頼りなさい」

 

 不思議だ。

 お姉ちゃんがすっごく頼りになるように見える。

 

「当たり前じゃない。私の自慢の妹の姉よ?」

「嬉しいこと言ってくれるね。…………ありがとう」

「どういたしまして。さて、それじゃ早速、あんたにはすることをやってもらいましょうか…………ねえ? 皆さん?」

 

 え? 皆さん?

 私の疑問に答えるかのように、部屋の扉が開いた。

 そこに立っていたのはこころちゃん、フラン、ぬえっち。…………たまたま偶然、ここの前を通りかかったわけじゃなさそうだ。

 つまり?

 

「えーと…………全部、聞いてた?」

 

 私の質問に答えたのはこころちゃんだった。

 お面が何だか申し訳なさそうな表情を見せている。謝罪の感情?

 

「途中からです。自作小説の辺りからです」

「ちょ、そっからだったの!? すぐに忘れなさい!」

 

 お姉ちゃんがすごく動揺していた。まあ確かにあれはお姉ちゃんの黒歴史の一ページ…………いや三ページぐらい埋め尽くしてるかな? だから動揺もするよね。

 この反応を見るに、これは最初から仕組まれてたとかそういうわけじゃなさそうだ。三人は興味本位で盗み聞きしに来て、お姉ちゃんが途中でこれに気付いた、とかそういうことみたい。私だけが何にも気づかなかったっていうのはちょっと悔しいけどさ。

 私はチラッとフランを見る。盗み聞きしたことに申し訳なく思ってるようで顔を伏せているが、目が笑ってる。楽しんでいるのだろう、この状況を。それを確認できて、私はホッとした。何だかんだ言ってもフランは圧倒的に経験がない。お姉ちゃんの話にあった知識を得る幸せを噛み締めているんだろう。

 ああ、良かった。

 私も笑みがこぼれる。無意識にこぼれた、自然な笑みが。

 

「こころちゃん。フラン。ぬえっち」

 

 私は三人の名前を呼ぶ。

 三人が私の方を見て、次の言葉を黙って待っているのを確認して、

 

「好きだよ。愛してる。これからも一緒に、いてくれる?」

「――――もちろん」

 

 三人が声を揃えて応えてくれた。

 ああ、涙が出そうだ。

 いやきっともう流れているんだろう。ぬえっちが慌てて駆け寄ってくれる。フランが声をかけてくれる。こころちゃんがハンカチを差し出してくれる。お姉ちゃんが優しく見守っててくれる。

 皆と繋がれていることに、私はこの上ない幸せを感じてる。

 

「ありがとう!」

 

 感謝の言葉しか、出てこない。

 それ以上何かを言おうとしても、涙と嗚咽が邪魔して何も言えない。

 皆、本当に、ありがとう…………!

 

「――――さて。いつまでもこうしてるわけにもいきませんし、場所を変えましょうか。そろそろお腹でも空きませんか? あなた方が良ければ、私が料理を振る舞いますけど」

 

 お姉ちゃんの提案に皆がこぞって賛成する。私としてもこのままは確かに幸せではあるけど、そろそろ気恥ずかしくなってきたところだ。それがわかっててお姉ちゃんも言ってくれたんだろうけど。

 ありがとう。

 

「良いのよ、こいし。あんたは皆さんを案内してあげて?」

「…………はーい!」

 

 涙声にはなってしまったが、ちゃんと元気な私で応えられた。

 今は、それで満足。

 部屋から出て、私はこころちゃん、フランと手を繋いで、ぬえっちは取りあえず触手で手を繋ぐ。複雑そうな顔してたけど、まあ仕方ない。私の手は二つしかない。

 あとフラン、そっちの手はガブガブされて痛いから、あまり強く握らないでほしかったり?

 

「それじゃお姉ちゃん、また後で――――」

 

 突然の浮遊感。

 足場がなくなるこの不安感。何となく何が起きたのか察したけど、認めたくなくて足元に目をやる。

 スキマだ。

 私だけじゃなくて、この場にいる全員、つまりは私とお姉ちゃんとこころちゃんとフランとぬえっちを飲み込むようにそのスキマは口を開けていた。

 

「え、ちょ、これはどういう――――」

 

 こころちゃんの疑問に答えることもなく、私達はスキマの中に落ちていく。

 落ちて、堕ちて、墜ちて――――というほどでもなくあっさりとどこかの場所に落とされた。

 …………森の中? どこか見覚えのあるような、ないような。

 

「あっつ! 太陽が、直射日光がぁ!」

 

 悲鳴に顔を向ければフランの右手が徐々に灰になっていた…………ってヤバい!

 とりあえず偶然そこに転がってた日傘をさしてあげる。いやー、偶然こんなのがあって良かった良かった。

 

「あー助かった。ありがとね、こいし」

「どういたしまして」

 

 さて、危機を脱したところで改めて、ここはどこだろう。

 それと八雲紫は私達に何をしたいのかも考えなきゃいけない。傘は間違いなく彼女が用意したものだろうし、何かをさせたいのはほぼ間違いない。

 疑問は二つ。ここはどこなのか、八雲紫の目的は?

 私は何となくお姉ちゃんの方を向く。

 

「私に聞かれても知らないわよ。ここがどこなのかもね」

「引きこもりだもんね。皆はわかる?」

「…………んー、森の中ってことぐらい?」

「さあ。そもそも私はあんまり遠出しないしね」

 

 ぬえっち、こころちゃんが返してくれた答え、どちらも不明ということだった。

 ただ一人、答えなかったフランに改めて聞くことにする。何となく彼女はわかってる気がする。

 だってそうじゃないと、物語が進まないもの。

 狐面の男の、運命論。信じるつもりはないけど今は藁にでも縋っておきたい。

 フランは身体が再生したのを確認し、

 

「ここ? 多分紅魔館の近くの森じゃない?」

 

 とあっさり答えてくれた。

 ……………………。

 マジっすか、狐さん。

 

「紅魔館の近くってことは、フランの庭みたいなものじゃない。とりあえず紅魔館行っとく?」

「ぬえっち…………簡単に言ってくれるけど、この辺りの森って広いのよ? 私も最近外に出るようになったばかりだし…………」

 

 フランの心配ももっともだ。けど今はフランのぼんやりした記憶を頼りにするしかない。

 ん? 記憶?

 

「はいはい。わかった、私が記憶を読んでいけばいいんでしょ」

 

 流石はお姉ちゃん。物わかりが良くてホントに助かる。

 大好きだよ!

 

「このタイミングでそれを言われてもね…………いや、言ってはないか」

 

 それからはお姉ちゃんがフランにいくつか質問をしながら、記憶を読み取って進んでいく。完全に物事を忘れ去ることなんて出来ない、だからこそお姉ちゃんが地底の実質的な頂点にいるわけだし、私だって色んな死地を潜り抜けられた。構造の欠陥、というわけではないだろうけど、こうも利用され続けてると何だかなーと思ってしまう。

 私達は景色が変わってるのかどうかもわからない森の中を進んでいく。どうやら進むにつれフランも記憶を取り戻しているようで、最初はゆっくり進んでいたのが今やフランが先導して足早に進むようになっている。お姉ちゃんも確認のためにしっかりと能力を使っているし、大丈夫だろう。

 否、大丈夫だった。ここまでは。

 木々の隙間を縫って進み、たくさんの葉で太陽が遮られていた(吸血鬼を弱らせるぐらいにはあった)太陽の光が段々とその明かりを増していく。つまりは木々が減っているということで、つまりは森の終わりが近いということ。

 私達は意気揚々と森を抜けようとしたところで、異変が起きた。もとい、起こっているのを知った。

 紅魔館はとても大きな館だ。しかも紅く、空を飛んでいてもそれがはっきりと目視できる。私の中では幻想郷トップ3にはいる目立つ建物だ。

 だからこそこんな遠目でもその異常を知ることが出来た。

 

 紅魔館が倒壊していた。

 

 原形を留めているものは何一つなく、徹底的なまでに破壊されつくされている。フランの破壊の能力を使ったのかと思ってしまうぐらいに。もちろんそんなことはありえないとわかってはいるけど。

 誰もが呆然としてしまう中、最初に動いたのは当然というべきかフランだった。目にも止まらぬ速度で一気に紅魔館だったものに駆け寄る。

 次に動いたのは私だった。フランが紅魔館の住民の心配をするのもわかる、だがあの紅魔館が倒壊しているのだ、これは自然災害なんかじゃない。何者かが作為的にやったことは明白だ。そんな場所にフランを一人で行かせるわけにはいかない。

 すぐに全速力で追ったが、まったく追いつけず、フランの後に続く形で紅魔館跡地に到着。更に遅れて皆もついてくるのがわかる。

 先に着いたフラン、そして私。私達はというと――――動けずにいた。

 目の前に物凄いプレッシャーを放っている一人の女性が座っていたからだ。倒壊した紅魔館の一番高い位置の瓦礫に優雅に座っている。

 第一印象はとてつもない威圧感だった。私じゃ及ばない、そんなオーラとでもいうべきものを全身にまとっている。そして次に思ったのが――――何て赤いんだ。

 服が上下ともに赤に染め上げられ、髪まで赤い。何が彼女をそこまでさせているのかはわからないが、とにかく赤一色。

 そんな赤色の指し示すものはおおよそ、危険だとか情熱的だとか、それから――――

 強さの象徴。

 最強の証明。

 その赤色は私達の姿を確認すると、

 

 シニカルな笑みを浮かべて、立ち上がった。




後書きから読む人ってたくさんいると思いますけど、それは書籍であってこういうサイトではやらないと思うのでネタバレいきまーす。

次回「VS哀川潤」。人類最強にしたほうがいいのかな? けどこれまで名前で統一してるしな…………考えとこ。
次回予告続き。
人類最強と相対するはEXボス×3とラスボス、あと4面ボス。それぞれの能力をフル活用しながら連携して戦いに挑むも、人類最強の反則染みたスペックの前にあと一歩及ばない、そんな戦いが続く。
果たしてどうなってしまうのか! 私も知らん!

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