ムイシキデイリー   作:失敗次郎

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とりあえず最終回。
最後になりますが言っておきましょう。この作品は主に私自身の感じたことをキャラに代弁させているかのような作品です。自己満足ですね。
それでもあなたの心に何かを伝えられたのなら幸いです。

本当に伝えたいことを伝えよう、みたいなことを言ってる映画を見ました。
そしたらこうなった。
許してください。


別れ

 請負人稼業を始めてから、私の人生は一変した。

 妖怪だから妖生?

 とにかく、変わった。まるで希望の面が力を発揮していたあの時みたいに、皆が私を見てくれている。そして忘れないでいてくれている。すれ違えば挨拶もあるし、一緒に遊ぶことだってある。仕事の依頼も多くはないけど週一以上はある。周りが私を認めてくれてるみたい。

 生きてることを実感できる生活。それがこんなにも嬉しく、楽しいことだったなんて。

 私は今日も幻想郷を歩き回っている。外の世界だと連絡手段がたくさんあって、仕事も向こうから来てくれるみたいだけど、こっちにはそんな便利なものはない。かといって私のいる地霊殿に来てって言って来てくれる人もいない。地底は上の世界から嫌われてる妖怪の巣窟だから、しょうがないけど。だから私が仕事を探そうと思ったら地底を出る必要がある。そして地底を出るとなると私の居場所を特定することも出来なくなっちゃうから、やっぱり依頼なんてない。どこか一か所に留まるって方法もあるけど…………私が選んだのは色んな場所に行くってことだった。

 わざわざそれを選んだ理由は一つ。

 その方がたくさんの人に会えると思ったからだ。

 一か所にいた方が依頼もたくさん来るのかもしれないけど、それだと同じ人ばかりになっちゃう気がする。私はもっと多くの人と関わっていたい。だからあんまり仕事は出来ないけど、こっちを選んだ。

 そして今日も適当に、無意識だったあの頃みたいに何も考えずに歩き回る。

 …………。

 …………。

 …………。

 …………改めてやってみると、何も考えないっていうのは難しいことに気付く。

 ぼーっとしてても、何かが頭をよぎる。この間の仕事のこととか、将来のこととか、天気のこととか。大事そうなことから些細なことまで、頭の片隅で考えてしまう。

 それに気付くと、ああ、私は以前とは違うんだなーって思う。変われたんだなーって感じる。

 それと同時に、いーちゃんは今どうしてるんだろうと考えてしまった。

 あの時以来、哀川さんはこっちに来ていない。ひょっとするとゆかりんが細工をしたのかもしれないけど、とにかくあの赤い最強とは会ってない。だから向こうの世界がどうなっているのか、いーちゃんがどうしてるのかわからない。私にわかるのは、最初で最後の哀川さんとの出会いの時に聞けた、感謝の言葉だけだ。それだけでいーちゃんが幸せになってくれているっていうのはわかる。

 それだけで十分、な気もする。けどなー…………気になる。

 

「…………参ったなあ」

 

 いーちゃんから卒業できたと思ったのに、そんなことはこれっぽっちもなかった。依存なのかもしれない。

 それでもいいと思う私もいる。たくさんの人に縋ってもいいじゃないかって。それが人との繋がりの一つだからって。

 それじゃダメだと思う私もいる。自分の足で一歩踏み出せるようにならなきゃいけないって。いずれはそうなるべきだって。

 どっちも正しいようで、どっちも間違ってるようで。

 あーダメだ。成長できてるって思ってたのに、結局迷ってる。これだ! ってものをビシッと決めなきゃいけないのに。私って格好悪いなあ。

 まだまだ人類最強には遠く及ばない。

 私の大事な友達の皆を頭に浮かべる。皆はどうなんだろう。私と同じ、迷子なんだろうか。それとも哀川さんみたいに道を決めれるんだろうか。

 いやいや、人のことなんていいんだ。これは自分のこと、自分で決めることで自分で見つけるものなんだ。

 よし、頑張ろう。目標が出来たと考えれば、こんな悩みも悪くない。

 私は決意を新たにした。

 正確には改めて決意したってとこだけど。…………ん、同じ意味になるのかな。ま、いっか。

 けど私が目的なく歩き回ることには変わりない。どこかわからない森の中をただ歩く。

 

 

 ※

 

 

 久しぶりに命蓮寺に行ってきた。最近は請負人の仕事だったりであまり行けてなかったからね、たまにはいいかなーって思って。うん。まさかそこでも依頼を受けることになるとは思ってなかったけどさ。

 しかも聖さんからだ。何というか、彼女は人に何かを頼むんじゃなくて、自分で解決するイメージが強かったから今回のことは意外だった。

 以下、その時の会話である。

 

「聖さんやっほー」

「こいし。最近、頑張ってるみたいじゃない」

「こっちにも噂が流れてるの?」

「ええ。参拝しに来る人が言ってました。何でも解決してくれる、請負人の話を」

「えへへ。それほどでもないけどねー」

「…………それは、誰からも受けるのかしら?」

「もちろん。私は何時でも何処でも誰からも、依頼募集中だよ」

「じゃあ、私からも依頼していいですか? 請負人さん」

「なんなりと」

「実は最近、人里の近くに恐ろしい妖怪が出るって噂があるのよ。幸い被害は出てないみたいだけど…………」

「懲らしめろって?」

「説得、よ。丑三つ時に出没するみたい」

「その依頼、古明地こいしが請け負ったよ」

 

 ということで私は今、人里の警備をしているのであった。

 

「あんたも大変ねえ」

「ぬえっちは退屈そうだねえ」

「やかましい」

 

 偶然そこで出会ったぬえっちを拾って、私達二人パーティは歩き回る。人里内にいても仕方ないから、その周辺を。一人だと少し寂しかったから、ぬえっちが命蓮寺じゃなくてこっちにいてくれたのは幸いだった。何より、私が巻き込んでもそこまで気に病む必要のない相手だというところがラッキーだ。

 私は片手に林檎を、ぬえっちは両手にイカ焼きを持っている。夜食代わりだ。

 

「そういえばね、イカって海の生き物なんだよ」

「知ってる。私は外の世界でも長かったからね」

「そうだった。で、何でそのイカがここにあるんだろ?」

「それはあれだよ、祭りって言ったらイカ焼きと林檎飴と綿菓子って決まってるから」

「今日はお祭りしてないよ?」

「週一でどっかでやってるじゃん」

「あれ、そんなに高頻度だっけ?」

 

 他愛のない会話。無意味な問答。

 そうして時間は過ぎていく。

 人里の賑わいも今はなく、世界を静寂が占める。

 明かりは全て消え、夜の闇がどこまでも続く。

 聖さんの話だと、そろそろな気がするんだけど。

 

「そういえばさ、聖から聞いた妖怪ってどんな奴なんだ?」

「えっとー。頭から角が生えてて、顔は般若みたいで、黒いマントをしてて、身長二メートルくらいなんだって」

「おお、妖怪らしい妖怪じゃないか。何か下半身のイメージが曖昧なんだが、マントで見えないってこと?」

「うん。顔が真っ赤で全身が黒だから、顔だけがぼんやりと浮かんでるみたいなんだってさ」

「…………ふーん」

「ぬえっち、ビビってる?」

「ビビってねーし。怖くねーし。それを言うなら、こいしの方じゃないか。私に声かけてさ」

「ぬえっちが寂しそうにしてたからだよ」

 

 実際、怖い。ぬえっちには言ってないけど、この妖怪。今言った特徴に加えて、高速で動き回る、低い声で笑いだす、岩を砕くほどの握力、霊夢に殴られても無事な強靭な身体を備えてるらしい。最後のが一番凶悪だ。これが怖くないのって本家請負人ぐらいじゃないかな。

 私一人だったら殺されかけないぐらいの高スペック妖怪だけど、今は大丈夫。ぬえっちがいるんだ。紅魔館を修理してた哀川さんに「誰が一番強かった?」って聞いたら、「あたしだ」と言った後に「一番厄介だったのはぬえだったけどな」と言われるぐらいのぬえっちがこっちについてるんだ。平気、平気。

 EXボス二人が名もない妖怪に負けるかってんだよ。てやんでえ、やってやろうじゃん!

 これがトリガーだったとは思いたくないけど、私達の前方にボウっと赤い何かが見えた。

 足が止まる。

 

「…………こいし」

「逃げよう」

「ダメ」

 

 肩を掴まれた。いやいや、あれは無理でしょ。気付かれない内に逃げなきゃ。

 

「請負人が仕事をほっぽり出してもいいの?」

「う。…………それはダメだけど」

「じゃあ行かなきゃ。今のところは被害出てないんでしょ? 案外気の良い奴だったりして」

「う、ううううううううう」

 

 少し逡巡して、決断。

 やるしかない。請負人に逃走はない。受けた依頼は、必ずこなす(成功するとは言ってない)。

 私は一歩、また一歩と踏み出し般若の前に立つ。

 近くで見れば確かに頭に二本の角が生えている。それも黒色だ。般若の如き恐ろしい、赤い顔以外は真っ黒。この夜の暗闇に浸透するように黒に染まっている。

 般若はそこでようやく私に気付いたようで、低い声で唸る。

 それはまるで地獄の底から響いてくるようだ。

 

「…………こ、こんばんは」

「――――ァアアアアアッ!」

 

 私が声をかけるも、般若は恐ろしい声をあげて私に飛びかかって来た。もちろん、避けることなんて出来ない。

 私も相手が飛びかかってくる可能性を考慮して何時でも逃げれるようにはしていたけど、それでもこの妖怪からは逃げられなかった。

 あっという間にマウントポジションを取られてしまった。

 

「こいし!」

 

 ぬえっちの叫び声が聞こえる。こんな状況だけど、私は心配してもらっている、愛されていることを感じながら喜びに震えそうになる。

 般若は私の首に手をかけ、驚くほどの力で締め上げてくる。

 ぬえっちだろうか、何かが走ってくる音が聞こえる。…………けど、その必要もないよ。

 私は両手を地面に叩きつけた。その音に驚いたのか、般若の動きが少し緩む。が、私の上からは動かないし手は相変わらず私の首だ。つまり、片手しか動かせない。

 私は叩きつけた手をそのままにして、般若からは見えないように薔薇の種を植え付ける。

 そして般若が再び私の首に力を込めた時に――――意識を私に戻した時に、両手を種を植えたところからずらし、薔薇を一気に成長させる。

 

「ウグゥ!?」

 

 般若を茨で思い切り突き上げ、私の上から退かす。すぐさま私は後退して、改めて般若と向かい合う。

 

「こんなことしてなんだけど、私は戦うつもりはないの。…………ホントだよ?」

「…………」

 

 敵意のないことの証明のために、さっき育てた薔薇を枯らす。

 さて、ここから説得しなきゃいけないわけだけど…………考えてみれば、何を説得すればいいんだろう。相手はまだ何もやっていない、被害はゼロ件だ。聖さんから説得してくれと言われたけど…………うーん。彼女は何を思ってこんな依頼をしたんだろう。

 まあいいや。それっぽいこと言っておこう。

 

「あなた、最近こうやって人里の周りをうろついてるんだって?」

「…………」

「私は心理学に精通してるから、ここでちょっとしたカウンセリングしたいんだけど、良いかな?」

「…………」

「肯定と取らせてもらうね。直球で言わせてもらうと、羨ましかったのかな? 人里でわいわいやってる皆がさ」

「…………」

「私はあなたの種族とかはわからないけど、多分鬼に近い奴でしょ? 血気盛んだもん。だからこそ私に攻撃してきたし、だからこそ人里に行けなかった」

「…………」

「傷つけたくなかったんだよね? こんな攻撃的な自分が行ってしまうと、誰かを傷つけてしまう。そんな風に思ったんでしょ。そして、そんな危険な自分を受け入れてくれない、拒絶されるだろうって思ってる」

「…………」

「後は…………うん、シャイだね。誰かを傷つけながら生きてきた、だけど本当は傷つけたくない。その優しさから周りとの交流を避けて来たんだ。そして拒絶への恐怖、その結果が人見知りとかになっちゃったってところかな。だから私に声をかけられて、テンパって、攻撃したのね」

「…………」

「率直に言って、可哀想。同情するよ」

「…………」

 

 あれ、おかしいな。

 何も反応がない。私の話を大人しく聞いてるから理性がないわけじゃないだろうけど。…………感情がない、のかな。昔の私みたいに。

 大体の人は同情されて、更に可哀想とまで言われて怒らないわけがないんだけどな。これに対して無反応を貫くのは、何らかの理由で自分を見せたくないか、同情されるために行動していたかのどっちかだ。番外一つとして、私が的外れなことを言っていて呆れてるか。

 はてさて、般若さんはどれなのかな。

 

「…………あなたの見ていた人里の皆も私と同じことを言うだろうね。可哀想って。あなたがあの場所にどんなことを思ってるのかはわからないけど、そんな場所よ、人里って」

「…………」

「さて問題です。可哀想と思ったらする行動は何でしょう?」

「…………」

「さーん、にー、いーち、タイムアップ。答えは可哀想にならないようにする、でした!」

「…………?」

「あなたがやったのと同じこと。傷つけたくない、相手に可哀想になることをしたくない。だから近づかないようにした。それと一緒でね、相手もあなたに可哀想にしたくないと思うの。この場合だと…………そうねー、一人にしておくことが可哀想、だね」

「…………」

「皆あなたを受け入れてくれると思うよ。最初は同情から始まっての、ある意味仕方のない友情かもしれない。でもね、ずっと同じなんてありえないことだから。気持ちも行動も変わり続けるもの。いずれは本当の友情に変わるんだよ」

「…………」

「受け入れてくれも、自分が傷つけるかもしれない。それもわかるけど、大丈夫。あなたが気を付けていれば大丈夫だよ。心配だったら私もついていくからさ何かあったらすぐに止めてあげる」

「…………」

「今は皆お休みしてるから、お昼頃が良いね。ここで待ち合わせする? 十二時頃にさ」

「…………」

 

 般若さんは何も言うことなく私に背を向けて瞬く間にいなくなってしまった。しまったな、シャイな相手に話しすぎちゃったかな。人見知りとかは話したり遊んだりするのが苦手でも、聞き上手は多いっていうのはホントだね、思わず話しすぎちゃった。そしてそれも苦痛じゃない。これなら人付き合いも大丈夫気がするけどなあ。

 …………ひょっとして、私がおしゃべりなだけ?

 

「こいし」

 

 また辺りが静まり返ったタイミングでぬえっちが私の名前を呼んだ。

 

「なあに?」

「あの異名、本当だったのね」

「…………何のこと?」

「戯言使いって奴」

「戯言なんてとんでもない。私の本心で、本気だよ」

「ふーん。まあいいけど」

「それじゃ帰ろっか。付き合ってくれてありがとうね」

「どういたしまして。あ、今日は命蓮寺に泊まってく?」

「んー。そうだね。聖さんに報告しなきゃいけないし、そのほうが楽だ」

「決まり」

 

 私達は命蓮寺に向かって歩き出した。

 そういえば今回のこれ、報酬について何も言われてなかったけど、どうしよう。私が要求するのもなんだかいやーな感じだし…………やっぱりビジネスの話は先にしておくべきだよねー。

 

 

 ※

 

 

 今日は紅魔館に来た。

 人里に買い物に来ていた咲夜さんが「たまには妹様に会いに来てほしい」と言っていたので。まあ、言われずともいつかは来るつもりだったけど、言われたらすぐに行動しなきゃね。仕事をするようになってからこれを徹底するようになった。

 以前にここに来たように門番をスルーして侵入、フランのいる地下室に向かう。

 というか、なんでまだ地下にいるんだろう。もう問題はないはずなのに。

 単純に部屋の問題…………はないか。広すぎて持て余してるってレミリアさんも言ってたし。だったらフランの嗜好? そういうことにしとこ。考えても仕方ないからね。

 …………えーと、確かこの辺だったはず…………あ、あったあった。フランドールって名前も書いてある。

 私はノックすることなくドアを開けた。

 

「やっほー! 遊びに来たよー!」

「あ、こいし! いらっしゃい!」

 

 元気な様子のフランが私に抱き着いてきた。しばらくぶりだからだろうか、フランが私を抱きしめる力がとても強く感じる。少し痛い。

 あと、匂いが凄い。フランの、というわけじゃなくて、この部屋の。

 

「フラン? この匂いはどうしたの?」

「ん? 匂い? そんなする?」

「するする。血生臭い」

「あーなるほど。この前、さとりからペットを貰ったのよ。そのせいかな?」

 

 お姉ちゃんがペットを? 珍しいこともあるもんだ。小動物からデカいもの、更には珍獣と呼ばれるものまでこよなく愛するお姉ちゃんが他人にあげるなんて…………これはお姉ちゃんとフランとの間に相当な友情が深まってるとみていいのかな?

 あと、どんなペットを貰ったのか知らないけどこの血生臭さはあり得ないと思う。

 

「どんなの貰ったの? 猫とか?」

「ううん。ワニ」

「げぇ。ワニは苦手」

「そういえば噛まれてたね」

 

 噛まれてたというか。

 食い千切られたというか。

 そうか、あのワニか。何か名前を上げてた気がするけど。忘れた。ニワニワだっけ。とにかく、あいつならこの血生臭さはあり得る。私の腕で血の味を覚えてそうだもん。

 私はここに来たことを後悔した。まさかトラウマを抉られることになろうとは。

 

「じゃあ、ちょっとハニワには大人しくしててもらうね。ちょっと待ってて」

「うん。おねがーい」

 

 私は一旦部屋から出て、フランを待つ。部屋は防音になっているようで、中から何も聞こえてこない。

 時間にして三分ぐらいだろうか、フランが出てきて私を部屋に招いてくれた。

 

「どうぞどうぞ」

「ありがと」

 

 部屋の中は私が最初にフランの部屋に来た時と同じようになっていた。つまりは物が壊され放題。

 

「ありゃー。随分散らかってるね」

「こっちの方が落ち着くのよ。こいしもそうじゃない?」

「私は片付けが苦手なだけ」

「そっか。つまんないもんね」

「面倒なんだよ」

 

 私達は近況を報告しあったり、思い出話に花を咲かせていた。

 懐かしさに嬉しい気持ちになったり、逆に腕を裂かれるような幻肢痛を感じたりしたが、楽しかった。

 思えば、フランとの最初の出会いは殺し合いだもんね。不法侵入した私のせいなんだけど。けどそれもあってこうして友達になれたんだから、やっぱり世の中はどこかおかしい。

 

「そういえばさ、この間変わった事件があったのよ」

「へえ? どんな?」

「こいしに事件の解決を依頼しようとも思ったんだけど、何だかんだすぐに解決しちゃって」

「焦らさないでよ。どんな事件だったの?」

「神隠し事件。ほら、ここに来る時に湖あるじゃない? そこであったみたい」

「みたいって、フランは見てないの?」

「咲夜が巻き込まれたんだって。…………あそこ、いつも霧が濃いじゃない? おかげで視界が悪いのよね」

「そうだね。十歩先が見えないくらい」

「その霧の中にある一人の少女が入っていったの。咲夜もあれでお人好しだからね、危ないよーって警告したんだけど、その少女はそれを無視してどんどん進んで行っちゃったのよ」

「咲夜さんだと、お人好しだからっていうより紅魔館に近づかれたくなかったからな気もするけどね」

「…………かもね。とにかく、咲夜はそいつが気になって引き戻しに行ったのよ。そして人影が見えたから近づいてその手を取ったの」

「ふんふん」

「それがなんと別人。三十代の女性だったのよ。果たして、さっきの少女はどこに行ってしまったのか!」

「…………それが神隠し?」

「うん。ね、何でだと思う?」

 

 話をまとめると。

 少女が霧の中に入っていった。少女を探し出したと思ったら成人女性だった。

 …………はぁ。

 

「フラン」

「ん? なあに?」

「これ、フランが考えたんでしょ?」

「ぎく。…………何で?」

 

 私は黙って落ちている本に目を向ける。そのタイトルは「蜃気楼の不思議!」。

 

「あ」

「答えは蜃気楼って言いたいのかもしれないけど、そんな近距離じゃ蜃気楼は見えないよ。何キロだったかは覚えてないけど、ある程度の距離が必要だったはずだし」

 

 フランの中では。

 霧という気温の変化により現れる現象と、蜃気楼という光の屈折によって生まれるものを関連させて私に問題を出したかったのだろうけど、恐らくは咄嗟に考えたものだったのだろう、穴だらけだ。

 私の言ったこと以外にも問題点は幾つかあるけど、フランにダメージを負わせるのは好きじゃない。だからこれ以上は言わないことにした。

 …………問題、かあ。

 

「じゃあフラン。今度は私からフランに問題」

「む、こいしの問題? 何だか難しそうだけど、面白そうね。受けて立つよ」

「いわゆる水平思考パズルだね。私が問題を出すからフランは私に幾つか質問をして、謎を解き明かすって奴」

「ふむふむ。質問の数とかに制限はないの?」

「じゃあ二十で。あと質問はイエス、ノーで答えられる奴に限定ね」

「りょーかい」

 

 さて、どんな奴にしようかな。

 私が以前に解決した事件でもいいけど…………せっかく遊びなんだし、私の想像のものでいこう。

 

「一人の少年、名前はそらからくんとしようか。彼が散歩をしていると、公園のベンチに座って鳩にエサをあげてる男性がいたの。この人は様刻さんにしようか。そらからくんは自分も鳩と遊びたいって思って、様刻さんに声をかけた。そのエサをぼくにも頂戴ってね。すると様刻さんは顔を蒼白にして逃げちゃった。さて、どうしてかな?」

「…………それだけ?」

「これだけ。まあこっからノーヒントで解決なんて無理だからね、そこで私に質問するの」

 

 フランは考え込む。質問の数に制限があるから、下手なことは聞けないもんね。けど、こういうものの定石としてはとりあえず五つぐらい聞いておくこと。そこからある程度絞っていくってやり方がいいと思う。人それぞれだけどさ。

 三分後。フランは口を開いた。

 

「そらからくんは普通の人間?」

「妖怪とかじゃないよ。ただの一般人。先に断っておくと、こういう問題にオカルト要素はルール違反だから、そういう特別な力とかはないよ。言い忘れてたから、今の質問はなかったことにしていいよ」

「そう? じゃあ…………逃げたのはそらからくんのせい?」

「イエス」

「誰でも良かった?」

「イエス」

「誰でもいいのかあ…………そこにはそらからくん、様刻さんしかいなかった?」

「人間は、ならイエス。鳩がいるからね」

 

 第三者はそこにはいない。

 いるのは鳩にエサをやっていた様刻さん、それを見ていたそらからくん、そして何羽もの鳩だけ。

 これで質問は三つ。さてさてどうなるかな。

 

「そらからくんの言葉のせいで逃げたの?」

「イエス」

「エサが高級なものだった」

「イエス。高価には違いないね」

「…………高価なものを鳩に上げていたのかあ。その鳩に自分がエサを上げなきゃいけない理由があったってこと?」

「ノー。様刻さんからしたら、相手が鳩である必要もなかった」

「けど、動物である必要があった?」

「ノー」

「ってことは、必要もないのに鳩にエサを上げてたってこと? うがー、わからない」

 

 ここで情報をまとめてみよう。

 

 逃げたのはそらからくんのせい―イエス。

 誰でも良かった―イエス。

 第三者はその場にいたか―ノー。

 そらからくんの言葉のせいか―イエス。

 エサは高級か―イエス。

 様刻さんの手で鳩に餌をやる理由があったか―ノー。

 エサをやる相手が動物である必要はあったか―ノー。

 

 質問数七。うーん、真相に迫ってるような、離れてるようなって感じ。もっと根本的な質問があるんじゃないかな? フラン。

 

「そのエサは何なの?」

「イエスかノーじゃなきゃ答えられないよ」

「あ、そうだった。えーと、上げてたのは動物のエサ?」

「良い質問だね。答えはノー」

「それは食べられるもの?」

「イエス」

「…………人間も食べれる?」

「イエス」

「人間も食べられるもので、高級品。更には動物のエサってわけじゃない。ずばり、鳩に上げていたものは高級菓子だった!?」

「おお、そういう路線か。けど残念、ノーだよ」

「えー!?」

 

 そらからくんは少年だからね、食べられちゃうかもしれない、だから上げられない。それもいい考えだけど、それだと顔面蒼白な理由にならないんじゃないかな?

 質問数十一。一気に増えちゃったね?

 

「もっと色んな方面から考えないとねー」

「ぐぬぬ。…………あ、もしかしてそのエサは人に上げられないものだった?」

「イエス」

「そのエサは落ちたものだった?」

「ノー」

「違うのかあ。なのに上げられない理由…………そらからくんと様刻さんは知り合い?」

「ノー。初対面だよ」

「アレルギーとかかと思ったのに」

「残念。後六つだよ」

 

 …………何だか雲行きが怪しくなってきた。割と解きやすい問題にしたつもりだったんだけどなあ。

 ある部分に注目すればわかりやすいんだけど。

 

「そういえば、様刻さんは顔面蒼白にして逃げたんだったよね?」

「そうだよ」

「そらからくんは怖かったの? 人相とか」

「ノー。極めて普通の一般人だよ。幼いし、むしろ可愛かったんじゃないかな?」

「…………というか、そらからくんの言葉のせいだったね。エサが欲しい、だっけ。あ、これは確認で質問じゃないからね」

「うん、確かにそう言ったね」

「質問、後幾つ?」

「五」

「うっわ。どうしよう」

「頑張ってね」

 

 大事なのはそらからくんの言葉、それから顔面蒼白の様刻さん。

 そこに気付けばすぐ、かなあ?

 

「こいし。私の質問とその回答、何だっけ」

「ん、オッケイ。まとめるよ。

 逃げたのはそらからくんのせい―イエス。

 誰でも良かった―イエス。

 第三者はその場にいたか―ノー。

 そらからくんの言葉のせいか―イエス。

 エサは高級か―イエス。

 様刻さんの手で鳩に餌をやる理由があったか―ノー。

 エサをやる相手が動物である必要はあったか―ノー。

 上げてたのは動物のエサか―ノー。

 食べられるものか―イエス。

 人間も食べることが出来るか―イエス。

 高級菓子であったか―ノー。

 エサは人に上げられないものだったか―イエス。

 エサは落ちたものだったか―ノー。

 そらからくんと様刻さんは知り合いか―ノー。

 そらからくんは外見が怖かったか―ノー。

 計、十五個」

「…………あれ? 食べられるものであったか、ってどういうこと?」

「そのままだよ? フランに聞かれた通りに答えただけ」

「私、食べ物かって聞かなかったっけ?」

「いやいや。食べれるもの? って風に聞いたよ」

「…………こいし、わかってて言ってるでしょ?」

「出題者は出来るだけ言葉のそのまま受け取って答えなきゃいけないからね」

「じゃあ次の質問。それは食べ物?」

「ノー。食べれるけど、食べ物ではないよ」

 

 あれを食べ物と表現する人はいないだろう。

 食べられる、という言葉でさえ語弊があるかもしれないというのに。

 主に吸ったりするものだし。食べれなくもないけどね。

 

「次。それは、食べてはいけないもの?」

「イエス。いいよ、近づいてきた」

「毒物?」

「んー。厳密には違うかな。ほら、使用方法を守らないと危ないって奴、あるじゃない? あんな感じなんだよ。だから一応ノーにしておくけど、半分イエスみたいな?」

「使い方次第ってわけね。じゃあ、それは薬――いや、麻薬?」

「――――イエス」

 

 これでほぼ確定。あーあ、解けちゃったかあ。

 

「なるほどねー。麻薬か。…………けど、何で顔面蒼白にして逃げたのか、わかんないのよね」

「そうだね。麻薬だということは上げられなかった理由にしかならないもん」

「後二つだっけ。質問」

「うん」

「様刻さんは望んで麻薬を手に入れたわけではない?」

「…………ノー」

「二人のいた地域、そこでは麻薬中毒の子供が多かった?」

「イエス。…………さ、探偵さん。回答をどうぞ」

 

 以下、回答編。いつもは謎を解く側(真相を暴くわけじゃないけど)だから、犯人役はちょっと楽しみだったり。

 

「うん。まず様刻さんのやっていたエサは麻薬だった。何故それを持っていたか、それは様刻さん自身が作ってたんだよね? 騙されて作らされたか、はたまた自分の就ける仕事がそんな汚いことだけだったのか」

「ふふ。その質問は後者の設定だよ」

「様刻さんは自分の作った麻薬が子供達に蔓延していることに胸を痛めていた。そこで少しでも麻薬による被害を減らすため、麻薬そのものを減らすことを考えた。作るペースを落としたり――――鳩に食わせたり」

「捨てるだけだとダメだもんね」

「逃げたのは麻薬を持っているという負い目もあったんだろうけど、決定的なのは子供から、頂戴って言われたこと。罪悪感に耐えられなくなったんでしょ?」

「グッド。正解だよフラン。逃げきれるかと思ったんだけどなあ」

「ふっふっふ。甘い甘い。けど、楽しかったよ」

「今度はフランが考えてみてよ。今すぐじゃなくても、今度私が来た時にでも」

「うん! こいしが解けなさそうな難しいの考えておくね!」

 

 

 ※

 

 

 最近仕事がない。

 どうしたことだろう。もしかして、私はこの幻想郷のあらゆる問題を解決してしまったのではないだろうか!

 流石にないか。

 かといって自分から聞きに行ったりはしない。私はあくまでも受けた依頼だけをこなすことをポリシーとしている。動くのは頼られた時だけ。請負人は、請われて負う者だから。

 そしてそれに反するかのように私には友達が増えた。山へ行けば天狗が、湖に行けば妖精、天界に行けば天人、冥界に行けば亡霊、竹林に行けば兎、等々。どこへ行っても私と遊んでくれる友達がいる。

 うーむ。これはあれか、仕事の生きるか友情に生きるかということだろうか。どこかで聞いたような言葉だけど、生きることは殺すことと同義だ、正しくその通り。生き物を殺して食べてる、なんて何処でも言われることから、選択することは選択しないこと、とかいう何時だったか聞いたようなことまで、結局のところあらゆる行動にはそれと正反対のものがあるのが必然。

 …………あれ。ということは、だよ?

 

「出会ったら別れなきゃいけないの?」

「何を今更」

 

 こころちゃんにズバっと切られた。

 無表情でそんなことを言うもんだから、思わず本気にしちゃいそうになった。けどこころちゃんは表情がないもんね。真顔で冗談をいうタイプだもんね。

 ね?

 

「私とお前だってそうじゃないか。出会って、別れて、再会する。その繰り返し」

 

 ああ、そういうこと?

 確かにその通りだけど、私が言ってるのはそんな一時的なものじゃない。永久的なこと。ひょっとしたらそんなこともあるんじゃないだろうか。

 

「最初の出会いがあるなら、最後の別れもあるんじゃない?」

「うーん。妖怪に最期があるのかわからないけど」

「いつかは死ぬよ。生きてるもん」

「ふうん? それはさっきの正反対の理論?」

 

 そんな名前だったのか。

 それはあまり拘らないからいいんだけどね。

 

「そうだねー。生きるの反対は死ぬ、だから」

「じゃあ死ぬの反対は生きる?」

「…………そうなっちゃうね」

 

 理論が破綻しかけている。

 そうだ。正反対の理論が本当にあるなら、私が死ぬことで誰かが生きるということになる。それは身近なところだと牛が死んで牛肉になって誰かの空腹を癒す、そういうことになるけど、私が死んでもおいしくないだろうしなあ。

 発想を変えてみよう。

 

「例えば未来。私が誰かを殺すことになった場合、その前に私が死ねばその誰かは死なずに済む、つまりは生かすということになるのでは? ではでは?」

「そんな不確定なこと言われても」

「だよねー」

 

 流石にダメだよね。うん。

 

「じゃあさ、正反対の理論がなかったとした場合。人は二兎を追って二兎を得られる?」

「一兎も得られないのは途中で諦めるからだよ。二兎を捕まえるまで追い続ければ、二兎を得られるよ。だって捕まえるまで追いかけてるんでしょ? 大事なのは、真実に向かおうとする意志だよ」

「何かの本の受け売り?」

「バレた?」

「こころちゃんらしくないからね」

 

 私も外の世界で遊んでた時に読んだ気がする。ジョジョだっけ。

 真実に向かおうとする意志、ねえ。私は五部、あんまり好きじゃない。その理由というのも、今の真実に向かおうとする意志だとか、覚悟だとか、よくわからないからだ。

 なんだろう。やり通す力とか、諦めない心とか、そういうことなんだろうか。

 人間賛歌には違いないだろうけど…………あの作品、偶にそういう小難しいことが出てくるからなー。パパーっと見る分には面白いんだけど。波紋とかスタンドとか。

 クリームとジェイル・ハウス・ロックが好き。

 あ、キング・クリムゾンも良いよね。

 

「こころちゃんは何が好き?」

「何の話だ」

「好きなスタンド」

「パールジャムが可愛いと思う」

「可愛さならドラゴンズ・ドリームとかラバーズを押したいね」

「タスクは?」

「Act.2までかな」

 

 他愛のない会話。

 さっきまでの私の話をなかったことにしてるかのよう。

 話を振った私自身、考えたくないことだし――――多分、こころちゃんも触れられたくない部分なんだろうし。

 正反対の理論は。

 

「そういえば、感情の勉強を進んでる?」

「ふふん。勿論だ。見よ、私のグッドスマイル!」

 

 そういうこころちゃんは自分で頬を引っ張って歪な笑顔を浮かべている。

 私は本物の笑顔を作って、

 

「赤点、かな」

 

 厳しく採点してあげた。

 ショックを受けて悲しみのお面を被ってるこころちゃんを見て思う。

 こころちゃんが感情をお面に頼らなくていい日が来るのは何時になるんだろう。

 こころちゃんが頑張ってるのはわかる。毎日勉強してるのは知ってる。だけど、こころちゃんは元々そういう風に生まれた妖怪だ。面霊気っていうんだっけ。お姉ちゃんが相手の心を読める覚妖怪であるように、彼女はお面が感情を表す面霊気だ。それを使わないということは、自分の否定になるのではないだろうか。

 それこそ、私じゃあるまいし。

 自分の否定の先、そこにあるのは「無」だった。何もない。私は無意識だった。意識することが出来ず、意識されることもない。意識とは異なる場所に私はいた。そしてそれは、決して幸福なことじゃない。

 不幸から逃げても、幸福に辿り着けるわけじゃない。

 マイナスとプラスは正反対。さっきの正反対の理論で言えば、マイナスがあるからプラスがある。昔零崎とも話してたけど、プラスは突き詰めればプラスじゃなくなる。マイナスがあるからプラスを感じられる。

 そしてマイナスから逃げた場合。そこにあるのはプラスじゃなくてやっぱり「無」だ。マイナス一とプラス一の間はゼロでしかない。何もない。

 私が懸念しているのはそれだ。こころちゃんも「無」に行ってしまうのではないだろうか。お面に頼ることがマイナスと感じ、それから逃げるのなら、その先は決してプラスじゃない。少なくとも今あの頃の自分を振り返ると、幸福だったようには思えない。

 だからといってこうして頑張ってるこころちゃんを否定なんて出来ない。自分を変えようとしてるのを無駄のひところで切り捨てることなんて出来ない。

 どうしよう。もしかしたら全部私の思い違いで、失敗したのも私のやり方が不味かっただけで、こころちゃんは正しいことをしているのかもしれない。けどもし、私と同じ道を行くようなら止めなきゃいけない。

 …………うーん。どうしよっか。

 

「こいし? どうかしたの?」

「え? いやいや、何でもないよ。久しぶりに仕事がしたいなーって思っただけ」

「ないもんは仕方ないでしょ」

「そりゃそうだ」

 

 結論が出た。とはいえ私も長く悩んだりする系だから一時的なものだろうけど。

 ひとまずは静観しよう。私の憶測だけでこころちゃんの頑張りを否定なんて出来ない。もしその過程で危なそうだったら影からそっと支える、これだ。

 私は一つのことにひとまずの決着がついたことに軽く安堵を覚える。

 そして安堵すると、今度はお腹が空いた。

 

「よし、今日はこころちゃんのおごりで焼き鳥でも食べに行こうか」

「後半は乗るけど前半は聞き捨てならないな」

「よっしゃー! 今日は食いまくりだ―!」

「こら待て! 能楽でちまちま稼いだ金をどうする気だー!」

 

 ちらりとこころちゃんを見たが、

 やっぱり表情はお面だった。

 

 

 ※

 

 

「手紙を書くことにした。

 まあ、そんなことをその手紙に書くことじゃないんだけどさ、出だしに困っちゃって。

 宛先は特に決めてないけど、いーちゃんに届くといいなあって思いを込めて書きます。

 まず、私は元気です。いーちゃんと別れたあの日から、いろんな人と会って、いろんな事件に巻き込まれて。あ、今では請負人をやってます。いや、やってた、かな。もう仕事ないみたいだし。

 けど大丈夫。元々妖怪は仕事なんて必要ないもん。

 何を書こうかなって思いながらここまで書いたけど、やっぱり言いたいことをそのまま伝えることにするね。

 いーちゃんにあんなことを言っておいてなんだけど、私はもうダメだ。これ以上ここにはいられない。

 私は請負人なんてするべきじゃなかったんだ。請負人を始める前にお姉ちゃんにも止められたんだけどね、その時の私は何もわかってなかった。請け負うっていうのがどういうことなのか。

 請け負うことは、代替すること。誰かの代わりになること。それってさ、結局のところ自分という存在をなくすってことじゃない? 成り代わるんだからさ、そこに自分がいたら邪魔じゃない。自分として行動するんじゃなくて、依頼者の代わりを務めるのが請負人。そうでしょ?

 自己のない奴を、誰が人間だって認める?

 彼らにとっての私は道具だったんだよ。前にチラッと聞こえちゃってね。「請負人って本当に便利だよな」って。私にとっての請負人は皆のために、そして私のためのコミュニケーションツールだった。本当は便利って言われて喜ぶべきだったのかもしれない。けど、それには私が余計なものを持ち過ぎた。哀川さんに皮肉に構えることなんて私には出来なかった。

 仕事がなくなったって最初に書いたけど、それってね、友達がそういう人達から私を守ってくれてたからなんだって。詳しくは知らないけど、私で良からぬことをしようとしてたんだって。多分、その私に依頼させないっていうのが広まったんだろうね。そういう考えじゃない人も私に依頼することはなくなった。で、干されちゃってる。

 いーちゃんと会ってから私は変わったよ。自分を手に入れることも出来たし、友達もたくさん出来た。それは凄いプラスなこと。だけど、それと同時にマイナスもあった。

 それがさっきの請負人の話。今でこそ落ち着いたけど、私がそんなものを始めたせいでこの幻想郷を変えてしまった。詳細は伏せるけど、幻想郷全体を巻き込む事件もあったしね。これは本来、博麗の巫女っていう専門の人がやるべきことだったんだけど、私一人で解決に臨んだせいで事態を悪化させたり、そんなこともあった。

 私はここにいるべきじゃなかった。そう考えちゃった。こんな話、いーちゃんが聞いてもここの友達が聞いても否定するだろうと思う。優しいもん。けど、優しさなんていらない。

 いーちゃんはさ、自分の生まれてきた理由とかって考えたことある? 更に言うなら、どうして自分は無為式なんだろうってさ。自分が自分である理由っていうのかな。そういうことなんだけど。

 理由なんてないのかもしれない。けど、考えちゃう。というのもこの世界が物語だ、なんて言う狐に会ったからなんだけどね。

 いろいろ言ってた気がするけどほとんど忘れた。ただ覚えてるのは、物語であるってことだけ。物語にはさ、役割があるよね。主人公だとかヒロインだとかライバルだとか。それぞれが存在する理由がある。モブキャラはともかくとしてさ。

 じゃあ私は何なんだろう。覚として生まれて、無意識となり無為式となり、請負人になった私は何で生まれてきたんだろう。いや、それは過程か。生まれてきた時の私は覚だった。私は本来、覚としての役割を与えられたはずなんだよね。

 運命なんて信じないから、生まれてからのことを役割とはとても思わない。だってちゃんと自分で行動してきたんだから。誰かに言われたことだけをやったわけじゃない、自分で思ったことを自分の身体で行ってきた。これが運命なわけがない。けど、生まれてくるときに自分の意思があったわけじゃない。その時点では、間違いなく何かに決められていた。そうなるべきと生まれてくるわけだ。

 大体はその生まれた通りになる。お姉ちゃんは覚だ。フランは吸血鬼だ。こころちゃんは面霊気だ。ぬえっちは鵺だ。いーちゃんだって無為式でしょ? いや、いーちゃんは例外な気もするけどさ。

 けど私は変わった。変わってしまった。全くの別物になってしまった。物語の言う役割がなくなったんだ。それは、居場所がなくなったことに等しい。

 請負人にしたってそうなんだろうし。私の本来の役割とは異なるから、こうして弾かれているんだろう。

 ああ、今思い出した。狐さんが言ってたこと。バックノズルとジェイルオルタナティブだっけ。起こるべきことは必ず起こるって理論。けどこんなのは嘘だ。私がなくなって、代わりの存在が果たして居ただろうか。私の代わりの覚、そんなのはいない。私の代替存在はいなかった。

 私が代替してた役割は幾つかあったけどさ。そもそも、それが請負人の仕事だしね。役割を果たさない誰かのための救済措置。バックノズルとジェイルオルタナティブの最終手段。まあ、それすらも私の役割じゃなかったみたいなんだけど。

 何が言いたいのかって顔してるだろうから、結論。私はまた無意識に戻るよ。

 と言ってもどうやってああなるのかわかってないから、まったく同じようには出来ないけどさ。要はここからいなくなるってこと。私の存在は不要で、私の価値はなし。それどころが邪魔なんだってね。だったら昔のように誰からも意識されることない存在になろうと思って。

 ひょっとしたら、そっちこそが私の役割なのかもしれない。戯言だけどね。

 いーちゃんに見てもらいたいのは、ここまでを前提としてここから書くこと。私の懺悔だとかそんなのを知ってもらいたいわけじゃない。

 多分ね、いーちゃんはヒーローなんだよ。無為式って何だろうって考えてみるとさ、その物語の最上位なんだと思う。私みたいに外れてるんじゃなくて、頂点。つまりは主人公なんだろうって。

 主人公の資格はね、良い人だとか強い人じゃない。周りを動かす人なんだよ。影響力の強い人。それが主人公なんだと思う。いーちゃんはそんなのご免だって思うだろうけどね。

 だって私がいーちゃんに動かされた一人だもん。いーちゃんに壊されちゃってるんだもん。けどね、それは決して悪いことじゃないんだよ。物語的には最悪もいいところだけどさ。

 私は嬉しかったし、楽しかった。今の自分が壊されて、新しい自分が生まれて。そんな変化を与えてくれたのは紛れもない、いーちゃん。いーちゃんは無為式でいろんな人を壊して、物語を台無しにしたって言ってたね。けどそんな物語は世界の作る物語だよ。個人の物語じゃない。むしろ個人の物語はいーちゃんが作ったんだ。ただ流されるだけの人生に一石投じたのがいーちゃん。その結果壊れてしまっても、焦がれてしまっても、それはね、確かに生きた証。

 ありがとういーちゃん。私をくれて。「無」だった私に数字をくれて。

 だからね、いーちゃんは誇りを持っていいよ。その無為式に。皆に息吹を与えてくれる自分の存在に。

 もうとっくに気付いてると思うけど、いーちゃんは凄いんだから。

 じゃあ、お幸せに。

 

 

 追記。私は無為式なんかじゃなかったよ。やっぱり、いーちゃんは凄いな。

 

 

 ※

 

 

「拝啓 古明地こいし様。

 一応手紙だしと思ってこんな書き出しにしたけど、こいしちゃんが好きに書いてるのにぼくだけがこんな立派にするのも癪だからやめた。書き方を忘れたわけじゃない。

 まず、長くて飛ばし飛ばしに読んだことを許してほしい。ぼくは長い文章を見ると頭痛が起きるタイプなんだ。

 で、だけど。狐さんに会ったんだって? 一時期あの人の姿を見ないと思ったらそっちに行っていたのか。あの人のことだから迷惑をかけるだけかけていなくなってると思うけど、ぼくの監督不行き届きだ。ごめん。

 けどあの人の言うことなんて殆どが適当だから聞き逃していいよ。何も考えてない人だし。もしこいしちゃんの言葉があの人がきっかけなのなら、思い直してほしい。最悪の言葉に惑わされることほど不幸なこともない。

 もしも、もしもだ。君の叫びが本心だというのなら、ぼくから君に贈る言葉なんて一つしかない。

 

 甘えるな。

 

 それはただの逃避だ。昔に戻るなんて二度と言うな。

 君が思うことは自由だ。だけどそれだけは許さない。

 許されたいなら、

 やりたいことをやれ。

 ぼくの言葉は口にしなきゃ上手くいかないから、下手な伝え方になってるかもしれない。けどぼくは君が不幸になるのを見て何ていられない。こんなぼくでさえ幸せなんだ、君に幸せがないなんて許さない。

 ぼくから君に会うことは出来ないし、君からも会えないらしいことは哀川さんに聞いてる。けど忘れないでほしい。君がどう思っていようと、最低一人は君を、古明地こいしを想ってるってこと。

 ああ、こいしちゃんはそいつの名前を知らないんだっけ? それとも忘れたのか。

 じゃあ教えておこう。無理に覚えなくてもいい、どうせ忘れられない名前になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                           

 

 

  ※

 

 

 この幻想郷は外の世界とは隔離された場所だ。けど、繋がっていないわけじゃない。

 博麗神社がその筆頭だ。あの場所は、博麗神社は外の世界にもある。こっちとあっちを結ぶ唯一の場所だ。その他でも幻想郷と外を繋ぐ場所はある。繋ぐというよりは、延長線上にあるって感じかな。

 ここには川がある。川っていうのは海と繋がるのが当然だ。そうじゃないと水の流れる先がどうなってるのって話だ。ただし、川を沿って行っても結界があるから知らず知らずのうちに戻ってきちゃうけど。 

 それでも、戻るのは幻想郷の住民だけだ。物は結界に弾かれない。何時だったか、外の世界から流れて来た変な機械での騒動もあった。だから私はその性質を利用して、一通の手紙を流した。空き瓶に入れて、いーちゃんに届くように、と。

 それからの私は姿を消した。誰にも気づかれないように。

 これからどうしよう。気付かれないようにって言っても、それもなかなか難しいことだしなー。

 私の無意識を操る程度の能力も、殆ど消えかかっている。あれは私が潜在的に持っていたと思われる能力ではあるけど、それが表面化したのは、私の全部を捨てたことに起因する。それが戻りつつあったんだから、また心の奥底に眠ってしまうのはある種必然だ。

 また戻ってくるかもしれないけどさ。

 さあて、あの手紙でいーちゃんへの執着も最後だ。私は皆と別れてまた一人になろう。

 それが皆の幸せに繋がると、元々あった世界に戻れると信じて――――

 

「誰か助けて―!」

 

 ……………………。

 ああ、もう!

 私は帽子を深く被りなおすと、駆け足で悲鳴の合った方に足を向けた。

 出会うのに苦労があれば、別れるのもまた一苦労だ。

 捨てるのは簡単だ、なんて聞いたことがあったけど、それは嘘だ。拾うのと同じか、それ以上に捨てるのは難しい。

 だって、知っちゃったんだもん。拾ったものの良さに。それを意識して手放すことなんて出来ない。じゃあ無意識に捨てればって話だけど、その無意識を取り戻すのにまた苦労がいるんだよなあ…………はぁ。

 逆転の発想をしよう。以前の無意識こいしちゃんはやりたいように思ったように動いていた。それを再現すれば戻れるのでは?

 まあ、目的のあるわけでもないし、思った通り、感じた通りにやっていこう。

 …………あれ、あの頃の私ってなにも思わないし感じてなかったような…………。

 ……………………。

 何かもういいや。

 このどっちつかずが私らしさってことで。

 お粗末なもんだね。

 悲鳴の続く場所に来てみれば、見知らぬ女の子が狼に襲われそうになっていた。推定年齢十歳前後。多分、外来人かな。見たことない人だし、初めて見る服装だし。

 私は足元にある小石を狼に向かってシュートしてみた。

 狼は私の方を見るし、女の子も泣くのを一瞬止め、私を見た。

 結局こうして注目されてる自分に何か言いたくなったけど、それはそれとして。私は目の前の一匹と一人に語り掛ける。

 

「喧嘩、良くない」

 

 狼が標的を変えて、私に襲い掛かって来た。 

 とりあえず右腕を食わせて、左手で狼の両眼を潰す。視界が真っ暗になった狼は私の右腕を食い千切ってどこかへフラフラと走っていった。

 脅威は去った、ということで私は怯えている女の子ににこやかに話しかける。

 

「もう大丈夫だよ」

「どこが!?」

 

 あれ? 狼はどこか行ったよね? なんて思ったけど、どうやら女の子は私の腕のことを言っているようだ。こんなの唾を吐けなくても治るんだけど。

 やっぱり外来人なのかな。この幻想郷では妖怪は自己再生を覚えてるってことを知ってるはずだし。

 聞いてみるか。

 

「ねえねえ。君はどこから来たの?」

「そんなことよりその腕でしょ! えーっと、どうしよう…………包帯とか消毒とかじゃなくて、義手? 義手ってどこかに売ってたっけ…………えーと、えーと」

「落ち着いてよ。たかが腕の一本を取られただけだって」

「たかが!?」

 

 やばい。

 反応が面白い。からかいがいがあるなあ。けど何時までもこうして遊んでるわけにもいかないんだよね。この声を聞きつけて誰かが来ても困るし。

 早いところ人里に送って行こう。それとも博麗神社の方が良いかな。

 

「私のことは大丈夫だよ。妖怪やってるからね、勝手に治っちゃうの」

「…………妖怪? 薬やってるの間違いじゃなくて?」

「言ってくれるね。もっとやばいのやってるかもよ?」

「それだったら私はとっくに何かやられてるんじゃない?」

「今からするかもね。うずうずしてる。そんな私から提案。妖怪に襲われる前にやさしー巫女さんに会いたくない?」

「それこそ怪しいじゃん」

 

 ごもっとも。

 何か色々と対応を間違えた気がする。これ、逆に私がいるとややこしくなりそう。

 さっさとおさらばしよう。

 何か用事を思い出したように振る舞ってここから立ち去ろう。

 

「しまった。日課の豚の散歩に行かなければ…………」

「豚の散歩するんだ! 妖怪が!」

「うちのモーちゃんは我儘だから」

「しかもモーちゃんって! 牛じゃないんだから!」

「一々うるさいなあ。豚の品種がモーモーミルクだからモーちゃんなんだよ」

「え、その名前大丈夫なの?」

「えーいやかましい! 私は逆切れする最近の若者なんだよ!」

「自分で言うの!? ええと、あの、さようなら!」

 

 彼女の方から逃げてくれた。良かった良かった。

 何が良かったって妖怪は怖いものだってわかってくれたことだろう。人里でもそうだったけど、妖怪が軽視されてる傾向にあるからねぇ。フレンドリーな奴が人里に集まるんだから、そういう認識でも仕方ないんだけどさ。

 けど怖い奴は怖い。それをわかってもらわないと。

 さて。

 何か締まらないけど、これにてお終い。

 物語は続くだろう。世界が終わっても、物語は終わらないだろう。だけども私の物語はここでお終い。

 私が終わらないと始まらない物語もあることだろうしね。さっきの女の子が主役かも知れない。それとも私の友人達の物語かも知れないし、未だ見ぬ誰かのかもしれない。

 前にこころちゃんと話した正反対の理論だね。終わりがあるから、始まりがある。終わらないと始まらない。

 だから私はここで終わらなきゃいけないんだろう。

 …………うん。

 やっぱり、寂しいな。

 皆と会えないの、寂しいよ。

 けど戻るわけにはいかない。何者である私は戻れない。何者でない私に意味はない。

 

「戯言ね」

 

 決心、しなきゃ。

 私は終わらなきゃいけない。終わらなきゃいけない。

 ここにいちゃいけないんだ。

 私はそう呟いて、歩き出した。

 目的地はない。

 




「これで終わり?」みたいに思われるかもしれませんが、終わりです。
現実問題、綺麗に終わる物語なんてありえませんよね。
ん? 創作に現実を持ち込むな?

ごもっともです。

さて、それじゃこれも完結したので次の作品に取り掛かりますね。
二本同時進行で進めてみようかなって。このムイシキデイリーよりかはちゃんと考えてる作品なんで、もうちょいマシなものになるかなって。

ではでは。
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