今回はそんなお話。
こいしちゃんを見ていて思うことがある。
どうして彼女は笑っていられるのだろう。
もとい、何で笑うのだろう。
笑顔。嬉しさの表現。敵意の否定。彼女はどっちなのだろうか。
前者であれば好意の現れだし、後者であればただの処世術だ。
まあ、もし後者だとしたらほぼ毎日のようにぼくの部屋に訪れる理由がないし、前者だとは思うが。
しかし逆に、ぼくの方はどうだろうか。こいしちゃんの前でまだ一度も笑顔を見せていないぼくは、なんなのだろうか。嬉しさもなく、敵意を持っているということになるのだろうか。
人懐っこくぼくを慕ってくれている彼女に対して、そんな裏切りのような想いがあるとでも言うのだろうか。
ない、と断定はできない。ぼく自身にも自分の心がわからないのだ。元より、自分のことといえどすべてを把握している人なんていないとは思うのだけれど、最近は特にひどい。
前なんて気がついたら某ハンバーガーチェーン店で一時間過ごしていたこともある。その間、ハンバーガーは二口しか手をつけていなかった。
何というか、自分を制御できてない。呆けることが多くなった。その理由がわからなくなって、頭の中がごちゃごちゃする。悪循環に陥っているのがよくわかる。
ふと、自分に起こっているこれと似た話を思い出した。誰でもない、こいしちゃんから聞いた話だ。
無意識を操る彼女は、自分自身が無意識の行動をとることがあるらしい。夢遊病のような現象が頻繁にあるということだ。ぼくと初めて会った時もそのせいで幻想郷からこっちに来ていたとか。
その間は当然自分の意識なんてない。無意識だからだ。いつの間にか。気がついたら。行動は終わっている。自分のやっていることをわかっていない。
今のぼくは、まさしくそれなのではないだろうか。無意識で行動をしているのではないだろうか。人間は元々無意識で行動することはなくはないのだが、最近のぼくは普通ではない頻度でこれがある。夢遊病なのではないかと思ってしまったぐらいだ。もっとも、夢遊病は睡眠時にしか発症しないので、プラスしてナルコレプシーとかいう居眠り病も併発していることになるのだが。…………まあ、今はその可能性は置いといて。
ぼくが無意識での行動が多くなっている理由、その一端がこいしちゃんであった場合。ぼくはどうしたらいいのだろう。
もちろん、無意識で勝手に動かれるのはぼくからすれば迷惑極まりないことだ。だから何とかして普通に戻りたい。彼女が意識的にぼくの無意識を操っているのであれば、なんとか説得して解除してもらえばいい。
だが、無意識で無意識を操っているとしたら? やめてもらうことは出来るのだろうか。
無意識はいわば潜在的なもの。人が潜在的な生存本能を持っているせいで突然死のうとしても死ねないように、漠然と解除しようとしても出来ないのではないのだろうか。
ならばぼくから取れる行動は一つだけとなる。彼女から離れる。これが効果があるかどうかはイマイチわからないが、他に打つ手はない。
で、結局今まで離れられずにいるのだけど。一回だけこいしちゃんに秘密で遠くまで行ったことがあったけど、捕まったし。探知機でも使ってるのかと思った。
どうやら彼女からは逃げられないらしい。
それはやっぱり――彼女が、古明地こいしが、ぼくの陰だから?
…………戯言だな。
ああ、なるほど。ぼくが笑えないわけだ。
※
「いーちゃん。パソコンって持ってない?」
いつも通りこいしちゃんは突然現れた。
ぼくが昼食を食べている時のことだった。本日のメニューはパスタ。ぼくの胃袋が麺類を欲していたので、簡単に作れるものをということで選んだ一品だ。もやしたっぷり。
とりあえずこいしちゃんに言っておく。
「食べてく?」
「大丈夫。お菓子持ってきたから」
見れば、右手に何か持っている。あれは…………最後までチョコたっぷりなチョコ菓子じゃないか。何故か袋で持ってる。一つだけ。確か箱の中に二つの袋が入ってるんじゃなかったっけ。で、袋の中に何本か入ってる。
食べながら来たな。
ぼくはパスタを口に入れる。
「ねえ。パソコンって知ってる?」
「…………ああ。知ってるよ。残念だけど家にはないんだ」
「ありゃ。ふーむ、どうしよっかな」
「どうかしたの?」
パスタ作りすぎたな。量が多すぎる。食べきれない。
「実はね、お姉ちゃんにプレゼントをあげようと思ったの」
「パソコンを?」
「ううん。機械音痴なお姉ちゃんだからね。この前無線機壊したし。……えっと、パソコンで何でも買えるって聞いたからさ」
「ふうん? 通販のことかな」
「そう! 多分それ!」
なるほど。通販でお姉さんが好きそうなものを探して購入しようというのか。
…………それならばすることは一つ。
ぼくは残ったパスタを無理矢理胃の中に詰め込む。
「あ。いーちゃん、ちゃんと噛んで食べなきゃダメよ」
「むぐむぐ…………ごちそうさま。大丈夫だよ。実はぼくの胃にも歯があるんだ」
「ダウト」
「まあわかるよね。じゃ、行こうか」
「パソコンを買うの?」
「普通にショッピング」
要するにいろんなものを見て回れればいいのだろうから、パソコンに手を出さずともいいんじゃないか、と思ったのだが、こいしちゃんは不満そうな顔を見せてきた。
膨れっ面。
「パソコンがいーの」
そうまで言われてしまったら返す言葉がない。
どうせお金の使い道なんてほとんどないのだし、あったらあったで便利ではあるか。
…………よし。
「わかった。パソコンを買いに行こうか」
「いえーい!」
ぼくは皿を洗いに立ち上がる。
否、立ち上がろうとした。
「善は急げ、レッツゴー!」
ぼくはこいしちゃんに手を引っ張られた。勢いが良かったため――良すぎたため、ぼくは体勢を崩して倒れ込んでしまった。
そのままこいしちゃんに引きずられてお天道様と挨拶をすることに。どうもこんにちは。
なおも止まらずぼくは引きずられたまま移動することになった。
ちょ、せめて立ち上がらせて! 痛い痛い! ズボン破けるから!
誰か助けて…………。
※
「ごめんねいーちゃん」
「…………うん」
ぼくが解放されたのは三分後のこと。こいしちゃんがいつものスーパーに向かおうとしていたので、そっちにはないよと伝えた時だった。「じゃあどこに行くの?」とこいしちゃんが振り返った時、ようやくぼくを引きずっていたことに気づいたようだった。
立ち上がって、服についた汚れを落としながらどこか破けてないかチェック。…………オーケー。大丈夫。
こいしちゃんの方を見ると、しょんぼりしていた。叱られると思っているのかもしれないが、ぼくは反省している人に鞭を打つ趣味は無い。
「大丈夫だよこいしちゃん。さ、行こうか」
「いーちゃん…………うん!」
いつもの笑顔を見せてくれる。そうだ。やっぱりこいしちゃんはそうじゃないと。
ぼくは「こっちだよ」と家電ショップへの道案内を始める。
「ねえねえいーちゃん。パソコンってたくさんあるの?」
「そうだね。ぼくも全部把握してるわけじゃないけどね」
「どんなの買えばいいの?」
「通販するだけだし、安物でいいよ」
「せっかくだし最新型にしよー」
「話聞いてた? それとも聞く気ない?」
答えは後者だ、という天の声が聞こえた気がする。
家電ショップに向かう途中、こいしちゃんがパソコンについて色々と聞いてきた。幻想郷にはパソコンがないらしく、好奇心、知識欲旺盛なこいしちゃんとしては気になって仕方ないのだろう。だからぼくの知ってる限りのことを教えた。
こいしちゃんはいちいち反応してくれるから、非常に話しやすい。実物がないと説明し難いようなところもこいしちゃんが「――――ってこと?」と例を挙げてくれるから教えやすかった。…………こんなに素直でいい子なのになあ。
「あ、あんなとこにもスーパーがある!」
「ちょっと待った」
自由奔放すぎるところが玉に瑕だけど。
目に付いたお店に片っ端から入ろうとする彼女を止めながらも、無事に家電ショップ到着。
「着いたよ」
「うわー。パソコンの匂いがプンプンしますな」
「どんな匂いだよ」
「機械臭?」
「油臭いってことなのかな?」
「さあ、いざ入店!」
前にも来たことがあるぼくが率先してパソコンコーナーをこいしちゃんに案内する。その時には冷蔵庫を探しに来ていた。ちなみにこの時点でぼくは最新機種なんて買う予定はない。安物で十分。むしろ自作にしよう。なんだかんだでこいしちゃんも自分でパソコンが作れると知ったら喜ぶだろうからね。
というわけで買ってきました。
「え、何この三分クッキングみたいな省略」
「こいしちゃん。メタ発言注意」
「つい無意識で」
「しょうがない」
無意識。どんな状況でもこの一言には全てを納得させる力がある。
恐ろしい。
とはいえ全面的にカットしたのには理由がある。正当な理由だ。
帰りにこいしちゃんが「もう我慢できない」とばかりに色んなお店に駆け込んでいったせいだ。服屋に始まり、喫茶店、ゲームセンター、バッティングセンター、スーパー、玩具屋と回ったせいで何時間と浪費してしまったのだ。昼に買出しに行ったのに、もう夕日が見えてきてる。
…………はぁ。
気を取り直して、早速今買ってきたものたちを机に並べよう。
CPU、マザーボード、ディスプレイ、キーボード、何故かプリンター、その他諸々。昔もっと細かいパーツから自作パソコンを作った経験があるぼくからの感想は、ここまでやってもらっていいんですか? である。
「これを組み立てるの?」
「うん」
「面白そうだね。職人さんみたい」
「やってみる?」
「いいの? というか、出来るの?」
「アドバイスはするし、そう難しいものでもないから大丈夫だよ」
「そうなの? やってみたい!」
無邪気に喜んでくれるこいしちゃん。その笑顔を見れただけで想像以上に軽くなった財布も報われるというものだ。…………自作って安く仕上がるんじゃなかったっけ。何でこんなに高いんだろう。そりゃこいしちゃんの希望に沿って少しはいいやつを作ろうと思ったけどさ、今日の出費で普通にいいパソコン買えそうなぐらい高かった。
元を取るためにこき使ってやる。
「さて、まずはどこから始めようかな」
今はこの時間を楽しむとしようか。
※
思いのほか時間がかかった。三時間。パソコンを組み立ててインターネットに繋いだりしている内に、結構な時間が経ってしまった。
「へー。色々あるね」
それらの設定を終え、今はこいしちゃんの目的である通販サイトを覗いている。ぼくは女の子が喜ぶものがなんなのかよくわからないから、アドバイスすることもできずにこいしちゃんの隣で画面をボーッと眺めている。
少し訂正。女の子が喜ぶものはわかる。ただしあまりにも特異だからこいしちゃんのお姉さんの参考にはならないだろう。ナイフに目を光らせたり、骨董品を好んだり、理解し難い性癖だったり。こいしちゃんは妖怪というちょっと変わったものではあるけど、今のところ特殊性癖も見られないから、そのお姉さんもおかしなものが好きということはないだろう。よって、何も言えずに座っている。
けどねこいしちゃん。こけしをもらって喜ぶ人はあまりいない気がするんだ。
「いーちゃんは何貰ったら嬉しい?」
「ぼく? あまり参考にならないと思うけど」
「いいからいいから」
「そうだな…………お金かな。いくらあっても困らないし」
「いーちゃんって友達少ないね」
「断定しないでほしいな。冗談、軽い冗談だよ。ぼくは人から貰えるものなら何でもいいよ。こういうのは気持ちだからね。だからお姉さんへのプレゼントも難しく考えないで、こいしちゃんのあげたいものをあげればいいんじゃないかな?」
「なるほど。けど変なの貰っても何とも言えないのよね。私も前にペットから鹿の剥製貰ったんだけどさ、何にも言えなかったよ。飾ったけどね」
「凄いペットだ」
そして画面に映るこけしとにらめっこ再開。自分で変なのはダメだ、と言っておいてこれである。言ってあげたほうがいいのだろうか。こけしはその変なのに該当するって。それとも、こけしが好きなお姉さんなのか? まさかな。
ぼくは聞かれたことには答えながら、お姉さんの好みそうなものを探す。何だろう、アクセサリーとかがいいのだろうか。女の子は動物が好きな勝手なイメージ。
「こいしちゃん。お姉さんって動物好き?」
「うん。そうだよ。わかるの?」
「なんとなくね」
「けど、家にペットたくさんいるからなあ」
「ペットじゃなくても、アクセサリーでいいんじゃないかな。猫のキーホルダーとか」
「なるほど。早速調べてみよーっと」
こいしちゃんはパソコン初心者なので、誰もが通る道であろうカナ入力で言葉を入れていく。キーボードとにらめっこしながら一文字ずつ入力。その様子を温かい目で見守るぼく。
何だか兄妹みたいだ、何て思ってしまった。
時間をかけながらも入力を終え、検索ボタンをクリック。
「たくさんだ」
「そうだね。あ、これなんかいいんじゃない?」
ぼくが指し示したのはデフォルメされた猫の顔。可愛らしくはなってるけど、顔しかない関係上それが強調されて多少強面に感じてしまうが…………それがぼくの何かに触れた。
自信満々にこいしちゃんを見るが、
「いーちゃん…………センスないね」
はっきり言われた。がっくし。
「私はこっちのほうがいいな」
そう言ってこいしちゃんが選んだのは、猫が描かれている茶碗だった。
確かに可愛い。
「うん。いいんじゃないかな…………」
「…………あー、さっきの引きずってらっしゃる。ごめんねいーちゃん」
「大丈夫」
もちろんそんなことはないのだが。ふむ、鏡の向こう側のファッションをダサいと思っていたことがあったが、自分は大丈夫だとばかり思ってた。しかし悲しきかな、鏡がダサいならぼくもダサいのが当然だったか。
ショックしかない。
「いーちゃん。傷心中申し訳ないけど、これどうやって買うの?」
「えーと。まずは欲しい物のページに飛んで。…………そう、クリックして。って、これさっきぼくが選んだやつじゃないか。これでいいの?」
「せっかくいーちゃんが選んでくれたんだしね。次はどうするの?」
「…………まあいいや。数量を選んで――――」
ぼくは購入法を教えながら、今頭によぎった奴のことを考えた。
ぼくの鏡の向こう側。一体ではない表裏――――零崎人識。
この世界でただ一人、ぼくと同じ存在。だった奴。今となってはこいしちゃんもいるのだから、この呼び名は訂正しなくてはいけない。まあ、若干の違いはあるのだけど。
零崎は鏡で、こいしちゃんは陰だ。
ぼくと同一でありながら鏡写しのように反対だったあいつは、こいしちゃんを見て何を感じるのだろう。
鏡に陰はない、なんて言われてしまえば言い返せないけど。
そういえば、あいつもよく笑ってたな。傑作だ、なんて言ってかははと笑っていた。その辺りはいつも笑顔なこいしちゃんと重なる部分がある。
なんとなく。二人の会話を聞いてみたくなった。
零崎とは音信不通かつ向こうが消息不明な以上、どうすることもできないのだけど。
「いーちゃん。これでいいの?」
「ん…………オーケー。住所はぼく宛てにしたから、また受け取りに来てね」
「りょーかい」
こいしちゃんが通販を終了していた。最後に全部確認を済ませて、完了。
暇だしネットサーフィンでもしようかな、と思ったのだがこいしちゃんが「ちょっと遊んでみたい」というので好きにさせることにした。自分が何かをやっている時、人に見られながらするのも気分のいいものじゃないだろうし、ぼくは夕食でも作ることにした。問題があった時には言って欲しい、とだけ伝えて。
「わかったよ」
いい返事だ。
さて、何を作ろうかな。昼は味のないものを啜っていたからな…………こいしちゃんもいることだし、ちょっと豪勢に作ろうかな。
冷蔵庫には何が入ってたかな。
「――――もやしと、八つ橋だと……?」
もやしはわかる。ぼくがこの前の大特価で大量に買ってしまったもやしだ。買いすぎてお隣さんにお裾分けしたことまである。お昼にバカ食いまでした。が、まだ残っている。そのもやしだ。
八つ橋。何故ここにあるのか。ぼくは買った覚えも貰った覚えもない。そして冷やす。あれ? 八つ橋って冷やすものだったっけ。ぼくは何を考えてここに――――って、ああ。
なんだこいしちゃんか。ぼくへのサプライズか何かで買ってきて、食べ物は何でも冷やすものだと勘違いしているのだろう。……いいか。このまま置いておこう。
で、もやししかない。
…………。
…………。
……………………。
「こいしちゃん。できたよ」
「驚きの白さ」
ぼく特製もやし炒め。いい香りが食欲をそそる。しかもこのボリューム……お腹いっぱいのもやしができるな。飲み物にはもやしの味を殺さないためにも水を用意した。これでもやしの味だけを思う存分堪能することができる。しかしそれだけでは飽きることもあるだろう、そう思ってウスターソースを完備。隙を生じぬ二段構えとはこのこと! 心ゆくまでご堪能あれ!
「申し訳ありませんでした」
土下座。
これにはすっとぼけの才能があると自負するぼくも正直な言葉を送るしかない。戯言? そんなものは豚にでも食わせろ。あいつは雑食だから。
「――――わーおいしそー」
こいし様、目の焦点が合っておられませんぞ。言葉にも一切の感情がこもっていない。誰しも感情を押し殺したことはあるだろう。ぼくだってある。けど、これほどまでに無感情に吐き出される言葉を聞いたのは初めてだ。実に申し訳ない。何と言ってお詫びしたらいいのか…………。
そうだ。通販だ。モノで解決させているようで気に入らないが、好きなものをいくらでも買おう。そうしよう。ぼくに出来ることはそれだけだ。……ああ、こいしちゃんの目が死んでる。ぼくの気のせいかもしれないが、目も死んでいて表情筋は機能を停止しているのに怒りを感じる。いや、むしろそれらが機能していないからこそ怒りが見える。
「あの……こいし様。ぼくに出来る事なら何でもしますので、何卒ご慈悲を…………」
「何でも?」
「もちろんです。戯言遣いに戯言あれど二言はありません」
嘘である。二言だらけの人生です。
けど今、この瞬間だけは全て真の言葉だ。
ぼくは何でもする覚悟がある。覚悟は幸福だって聞いたことがある。どんな困難に立ち向かうことになろうとも、覚悟があるから幸福なんだ。
どんな無理難題だろうと、覚悟がそれを吹き飛ばすからだ。さあ、いざ!
第一部、完!
「いーちゃん。…………外食行こうか」
「――――え?」
「こんなもやしばかり食べてるからいーちゃんはもやしっ子なんだよ! 大豆なんだよ! いずれ納豆になるんだよ!」
「もやしっ子とは、もやしのように貧弱で高身長、体力がなく色白な子供のことでぼくには当て嵌まらないよ。それにマメ科であっても大豆とは別物だね」
「ファッキューパソコン」
色々と違ってる気がしたぼくはそっとパソコンで調べてこいしちゃんに訂正してあげたのだが、無慈悲。パソコンはこいしちゃんの手でその一生を終えたのだった(強制シャットダウン)。電源ボタンポチっとな。
こいしちゃんはもやしを手で摘んで、口に放り込む。咀嚼しながら部屋のドアを開ける。
「行くよいーちゃん。もちろんいーちゃんの奢りだからね」
「イエッサー」
これ以上の言葉はいらなかった。
ぼくはこいしちゃんの後に続いて外の世界へと繰り出すのであった。
※
「――――はっ!」
気がつけば、ぼくは布団で横になっていた。太陽が眩しい。眩しさに目を背けたら、左手の手元にぼくの財布が転がってるのが目に入った。自分の部屋とは言え、財布を無造作に置くのはいかがなものだろう。とりあえず財布を持つ。…………異常に軽い。まるで買ったばかりのようだ。中を見る。
一円玉が二枚しかない。
二円。
これじゃ縁もない。
「じゃなくて」
どうしてこうなったんだろう。泥棒にでも入られたかな。戸締りをしてなかったっけか。昨日は…………あれ、昨日の記憶が飛んでる。昼、もやしパスタを食べた。その後は…………そうそう、こいしちゃんが来て…………思い出した。
こいしちゃんに夕食を奢らされたんだった。いやぼくが悪いんだけど……食事の後も「夜は長いぜ。今夜は寝かせないよ?」とか言って目に付いた店に無造作に突っ込んだのであった。居酒屋、麻雀荘、水族館(閉店済)、レストラン、漫画喫茶、バー、暴力団の事務所。とにかく、そこにあったという理由で次々と入っていっては堪能してきた。ただし最後は除く。
その後…………なにがあったんだっけ。
ふと、右隣から声が聞こえた。声というには小さなもので言葉になっていなかったが。
嫌な予感がする。右を見るなぼく。そのまま起き上がれ。顔を洗って、部屋を出るんだ。
上記はぼくの心の声だ。が、人間心に耳なんてないのである。よってそんなもの聞こえるはずもなく、ぼくは声のする方へ視線をやる。
こいしちゃんが寝ていた。
「……………………」
思考停止。…………再起動。
思考再開。
まずは深呼吸を一つ。自分を落ち着かせてから、布団を出る。こいしちゃんが寒そうに身体を少し震わせていたので、布団をこいしちゃんの上にかけ直す。
顔を洗おうと立ち上がろうとして、足首を掴まれた。
この部屋にいるのは二人。その内一人は立ち上がろうとしている。よって足首を掴めない。となると犯人はもうひとりの方となる。
ぼくはギギギ、と擬音をつけてあげたくなるほどぎこちない動きでその人物――こいしちゃんの方を見る。
「うりゅ。…………にゅー……」
「……………」
屈んでがっちりぼくの足首を掴んでいるこいしちゃんの手を外そうとする。
最初は軽い力で解けるだろうと思っていた。妖怪だかなんだか知らないが、どう見たってただの女の子だ。不思議な力があろうと筋力はないだろうと思った。
そんなことはなく一切動いてくれなかった。
こいしちゃんを起こしてその手を離してもらうしかないか……? だがしかし、ぼくはそれが怖い。こいしちゃんが起きるのが怖い。ぼくは自分を信じたい。間違いなんてないと信じたいが、状況が悪すぎる。
女の子とふたりで布団の中。いやいやいやいやいくらなんでもそんなことがあるはずないだろ!? そんなフラグも伏線もなくぼくが性犯罪者になってるなんてこと…………! 記憶がない以上やってはいことを保証なんてできない。もし、もしもだ。ぼくがやってしまったとしたら? こいしちゃんにその時の記憶があるとしたら? 記憶がないとしても結果が残ってるとしたら?
グッバイぼくの人生。最後に幸せな夢を見せてくれてありがとう…………おいちょっと待て。それじゃぼくがそういうことを望んでるみたいになってるじゃないか。そんなはずはない。決して!
「ふぅ…………むむ? んー。…………」
頭が混沌と同化したこの瞬間。
最悪のタイミングで。
「…………ふわぁ。…………おはよ、いーちゃん」
こいしちゃんの起床である。
戯言遣い、最大の危機。
次回には何事もなかったかのように日を跨いで別の話になってないかな…………。
次回に続くよ。