ムイシキデイリー   作:失敗次郎

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深秘録楽しすぎてやばいな。
こいしちゃんのモーションがいちいち可愛くってもう!


妖怪ポリグラフ

 今日で四日。こいしちゃんがぼくの部屋に訪れていない。

 こいしちゃんにも事情があるのかもしれないけど、そもそもすぐに来るなんて約束もないけど。

 何で来ないんだろう。あれか、前にぼくが迷惑をかけてしまったことが原因か。吐いたせいか。後始末を全部こいしちゃんに丸投げしたせいか。うん、ありえる話だ。

 …………その時のお礼がしたくて、ケーキの作り方、覚えたんだけどなあ。こいしちゃんがどこにいるのかわからないから、向こうが来てくれるのを待つしかない。幻想郷なんて地名、調べても出てこないし。

 はぁ。

 

「退屈だな」

 

 退屈は嫌いじゃなかったはずなのに。

 今はこの時間が、妙に寂しく感じる。つまらなく思える。

 何だか女々しいぞ。今日のぼく。昔みたいに適当に一日過ごしていればいいだけのに。環境が昔に戻っただけなのに、ぼく自身はあの頃のようにはなれない。

 人は前に進むしかない、ということか。

 けど前向きに聞こえるその言葉は、過去を切り捨てて生きていくという意味にもなる。

 それは本当に前向きなのだろうか。未来だけを見て、過去を諦めているのではないのか。

 その生き方は正しいのだろうか。

 少なくとも、ぼくはそんな生き方はしていない。できない。

 こいしちゃん。君はどうなんだい?

 

「…………」

 

 答えはない。

 そういえばぼくは、こいしちゃんのことを殆ど知らないんだな。かれこれ結構な期間こいしちゃんと一緒にいるのに。それはぼくが知りたいと思わなかったからなんだけど、いざこうして考えてみると、気になってくるもんだな。

 妖怪で、幻想郷ってところから来ていて、無意識を操れる。スーパーがお気に入り。あとお姉さんがいる。

 ……………あれ、これだけ?

 こいしちゃん、自分のことあまり喋らないからなあ。ぼくも人のことなんて言えないけど。それはぼくと同じ、話したくないのだろうか。それとも話せることがないのだろうか。どっちにしたって、聞かれていい思いはしないか。じゃあ結局は現状維持だな。互いに相手のことをよく知らずに、今まで通りに付き合っていく。

 何か、嫌だな。よくわからない相手といることが? 違う。そうじゃないけど、何かが、嫌だ。

 …………そうか。こいしちゃんが彼女に似ているからか。

 ぼくを縛り続けていた青色。

 ぼくに呪いをかけた少女。――――玖渚友。

 玖渚とこいしちゃんが、似ている。ぼくのことをいーちゃんと呼ぶし、無邪気なところもそっくりだ。思えば身長だって大体同じぐらい……玖渚の方が大きいか? まあそれぐらいだ。

 そうだったのか。ぼくはまだ玖渚が頭に残り続けているのか。

 それが恋なのかはわからない。わからないけど、ぼくがまだ玖渚を想っていることは間違いなさそうだ。今でも、玖渚がぼくの全てなのか?

 違う。それは違う。玖渚も大切だ。けど、全てじゃない。もう、彼女はぼくを縛ってはいないのだから。

 ぼくは、成長したのだから。

 …………最後に会ったあの日から、一度も会ってないな。

 会いに行こうかな。

 …………ダメだ。行けない。玖渚を置いて前に進んだのはぼくのはずなのに。動くことを決めたはずだったのに。ここぞという時に動けない。

 どうしたらいいのか、わからなくなる。…………こいしちゃん。こんな時こそ、ぼくを操って欲しい。無意識で行動させて欲しい。頭で考えてもわからないんだ。

 君みたいに、本能で動かしてくれ。ぼくがどうしたいのか、ぼく自身がわからないんだ。

 

「――――戯言だよな」

「何の話?」

 

 不意に、隣から声が聞こえた。

 声がした方を見れば、こいしちゃんが当然の様にそこにいた。

 いつもと同じ衣服。いつもと同じ笑顔。いつもと同じ光景。

 

「いや、何でもないよ。ただの独り言」

「ふーん。ね、いーちゃん。良い物あげよっか?」

「…………?」

 

 ふふんと嬉しそうに帽子の中から手のひらサイズの何かを取り出した。……その帽子がポケットか何かのように使われてるのは突っ込まないでおこう。

 それは、形はこの前通販で届いたキーホルダーだった。

 ぼくのセンスの無さが露呈した大事件の産物。

 ただし、それは形だけの話だ。ぼくが買ったのは猫の顔がドアップで描かれたものだったが、こいしちゃんの手にあるそれには、デフォルメされたこいしちゃんが描かれていた。

 

「じゃじゃーん! 残念ないーちゃんキーホルダーを私色に染め上げたのだ!」

「え…………っと、これ、どうしたの?」

「察しが悪いなあ。前のアレ、メッキがすぐ剥がれちゃうやつだったでしょ? だから全部剥がしちゃってね、私が新しく作ったの」

「こいしちゃんが? え、そんな技術あったの?」

「何と失礼な質問。こんなの女子力だよ」

 

 マジかよ女子力凄いな。

 そして、わかった。

 こいしちゃんがしばらく来れなかったのは、これを作ってたからなのか。ぼくに渡すために。

 ……………………。

 

「いーちゃん? 泣いてるの?」

「違う。これは汗だよ。さっきまでホラー映画見ててね、その冷や汗が今になって流れてきたんだ」

「そうなの? いーちゃんも可愛いところあるね。よしよし」

 

 頭を撫でてくれる。少し気恥ずかしいところがあるけど、こんな良いプレゼントされたのは初めてだ。言葉にできないくらい嬉しい。言葉の代わりに目から水分が出てしまっている。涙じゃなくて、汗だけどね。

 それが収まるのに少し時間がかかったけど、何とか平常時まで落ち着いてくれた。

 

「大丈夫?」

「うん。ありがとう」

「どういたしまして」

 

 ぼくはそっと貰ったこいしちゃんキーホルダーを財布の中に仕舞おうとした。

 サイズが合わなくて入らない。

 どこに入れとこうかと思って、とりあえずポケットの中に入れておいた。

 

「そうだこいしちゃん。ぼくからも君にプレゼントがあるんだ」

「へ? あのいーちゃんが私に?」

「ぼくのことを何だと思ってるんだ。……ちょっと待ってて。今から作るから。パソコンでも触ってて」

「はーい。わくわくするね」

 

 期待に応えて見せようじゃないか。

 ぼくからのプレゼントは、手作りケーキだ。チョコレートケーキ。材料、作り方、準備は完璧だ。

 ちらりとこいしちゃんの方を見ると、パソコンの画面に集中している。切り替えが早い。パソコンが好きなだけかもしれないけど。

 さて、作りますか。

 

 

 ※

 

 

 ――――よし、デコレーションもオーケー。完成だ。

 出来上がったチョコレートケーキを運ぶ。

 

「んにゃ? わわ、凄い!」

 

 こいしちゃんも目を輝かせて喜んでくれている。そんな大袈裟に喜んでくれると、作った甲斐があるというものだ。正直作りすぎたかなと思える量作ってしまったけど、この分なら食べてくれそうだな。うん。

 ワンホールを二人は流石に多いと思ったけど、大丈夫だろ。

 

「いーちゃんの女子力も侮れないね」

「ひょっとして、その言葉気に入った? 女子力」

「ノーコメント。食べていいの?」

「もちろん」

「わっはー。いただきまーす!」

「召し上がれ」

 

 フォークでケーキを次々と口に入れていく。

 前から思ってたけど、幻想郷ってこっちと同じような文化なのだろうか。けどスーパーやパソコンを知らなかったところを見ると、少し時代遅れって感じか。……田舎ってこと?

 田舎者にもフォークの使い方はわかるのか。バカにしすぎだな。すいませんでした。

 反省しよう。

 

「美味しい! まさかいーちゃんにこんな才能があったなんて」

「今までは本気じゃなかっただけだから」

「そうなの? いつも本気でやればいいのに」

「疲れるだろ? それに、本物の強者はいつもは30%の力でいるものさ」

「…………ふうん」

「信じてないような目をしないでくれ」

「どっちを信じてないと思う?」

「両方」

「正解」

 

 あっという間にワンホールのケーキはこいしちゃんの中へと消えていった。

 流石に早くない?

 

「あー、久しぶりに食べたよ」

「そっちにはケーキはないのかい?」

「あるよ? 私が言ってる久しぶりは、食べ物の話だよ」

「…………ずっと食べてなかったの?」

「キーホルダーに夢中になっちゃって」

「不健康だよ。ちゃんと食べなきゃ」

「はーい。ごちそうさま」

「お粗末さまです」

 

 ぼくは片付けを始める。

 

「手伝おうか?」

「いいよ。こいしちゃんはゆっくりしてて」

「ありがと」

 

 …………。

 …………。

 …………。

 終了。

 

「あ、終わった?」

「たった今ね。何か用でもあった?」

「うん。これ見て欲しいんだけど」

 

 こいしちゃんが指したのはパソコンの画面に映るとあるサイト。

 妖怪特集と書いてある。

 

「幻想郷の人なのかな?」

「どうだろう。何も妖怪は幻想郷にしかいないわけじゃないだろう?」

「わかんない。ま、いっか。…………私のこと調べてみよっと」

「そういえばこいしちゃんってどんな妖怪なの?」

「覚って知ってる? 心を読む妖怪。それが私だよ」

 

 読心。

 前に出会った超能力者が同じことできてたけど……そうか。彼女は妖怪だったのか。

 そうじゃなくて。

 

「心が読めるの?」

「え? 私はできないよ?」

「………ん? それっておかしくない?」

「何が?」

「いやだって…………心を読める妖怪なんだよね?」

「そうだよ」

「読めるんじゃないの?」

「違うよ?」

 

 ……………………まさか、騙されてる?

 妖怪ジョークなのか?

 

「そろそろネタばらししようか」

「是非」

「私たち覚妖怪には第三の眼があります。……ほら、これだよ」

 

 そう言ってこいしちゃんが手にしたのは、いつもこいしちゃんが身につけてる触手付きブルーベリー。……あ、言われてみれば閉じた眼に見えなくもない。

 閉じてる。つまりは機能していない。なるほど。これがこいしちゃんの言う心が読める妖怪だが心が読めないという謎の正体か。

 

「えっと、この眼で相手の心を読むんだけど」

「閉じてるから読めない、ね。本当みたいだ」

 

 心が読めるならそんな説明は必要ない。何せ、ぼくはこいしちゃんが言葉にする前にその答えに辿り着いていたのだから。わざわざ言葉にしたということ、それが何よりの心が読めない証明だ。

 

「で、何でわざわざ閉じてるの? 無闇に使っちゃいけないとか?」

「ううん。見たくないから見ないの」

「なるほど」

 

 心を見る。読心術。

 一見便利そうに見えるそれだが、人の心なんてそもそも見てて気持ちの良いもののはずがない。そんな綺麗なものが見えるなら、誰も争ったりはしない。真っ黒いものがあるだけだ。

 第三の眼が開かれていた時、こいしちゃんはそれを真っ向から受け止めていたのだろう。こんなに純粋な子だ、それを受け流す術もなかったのだろう。

 ぼくはそっと、こいしちゃんの頭を撫でた。

 

「んぅ……いーちゃん、ちょっと乱暴」

「ごめん。優しくするから」

「ならよし。…………ありがとう」

「ただの自己満足さ」

 

 そう、こんなのは自己満足。

 こいしちゃんに慰めろと言われてるわけじゃない。だけど、彼女の心情を考えると勝手に手が出ていただけだ。思い込みで可哀想な人だと決め付けての行動なのだから、むしろ同情するなと言われても仕方のないことだと思う。けど、こうして受け入れてくれている。……本当に優しい子だと思う。

 だからぼくは、君を――――。

 

「ねえこいしちゃん。眼を閉じて、良かったと思う?」

「んーん? まあ、どっちもどっちかな」

「…………他の覚妖怪にバカにされたり、とか?」

「それはないよ。というか、私が知ってる覚は私とお姉ちゃんだけだしね」

「あ、そうか。きみが覚ならお姉さんも同じか。お姉さんはきみのことをどう思ってるのかな」

「心が見えないからなんとも。けど、優しいよ」

「そっか。お姉さん、好き?」

「大好き」

「なら大丈夫だよ。知ってる? 人って、自分を好きになってくれた人が好きになるんだって」

「妖怪だけど」

「…………妖怪でも嬉しいことは好きでしょ? 好きになってもらえることは嬉しいことだからね、それが伝わってるなら相手も自分を好きになってくれるのさ」

「それ、前言った恋は盲目の話と一緒じゃない?」

 

 あ、本当だ。

 慰めるために言った言葉が前言った話とつながってしまった。

 盲目。つまりは錯覚、気のせい。しまった。これじゃ慰めにならないじゃないか。むしろ逆効果になってないか? ここにきて記憶力の無さが足を引っ張ったか。

 

「盲目。盲目かあ。恋は盲目ならぬ、こいしは盲目だね」

「…………?」

「ほら、眼が閉じてるからさ。何も見えない、盲目ってわけでね? というか思いついたギャグに対してその冷たい反応やめてほしいな。私が滑ってるみたいじゃない」

「大丈夫。こいしちゃんは滑って転んでも、飛べるから」

「浮いてるって言いたいの?」

 

 ノーコメント。

 けど少なくとも地に足が付いてるとは言えないな。

 まあ、こいしちゃんがぼくのフォローのためにそんなくだらない冗談にもならない戯言を言ってくれたのは、感謝している。まさかあれが本気なわけないだろうしね。

 まさかね。

 

「さっきはいーちゃんの質問だったから、次は私から質問していい?」

「いいよ。何が聞きたいの?」

「ずばり、好きなタイプは?」

「いわタイプ」

「ポケモンじゃなくて。好きな女性のだよ」

「…………さあ、何だろうね」

「わかんないの?」

「恋とかには疎いもので」

「憧れとかもない? 目を惹かれるものっていうのかな」

「…………そうだね。憧れなら一つ」

「ほうほう?」

「人類最強の請負人」

 

 恋愛対象って意味でこいしちゃんは聞いてるのは百も承知だけど、憧れというのならぼくは彼女を選ぶ他ない。

 誰よりも赤く、誰よりも強く、誰よりも甘いあの人。

 人類最強、赤き制裁、死色の真紅、砂漠の鷹、疾風怒濤、仙人殺し。後は、まだ何かあったかな。異名には事欠かないあの人のことだから、まだあるのだろう。今でも増えてるかもしれない。

 そんな彼女、哀川潤。

 

「人類最強…………いーちゃんは、強い人に憧れるの?」

「ちょっと違うような……まあ、大体そんな感じ」

「ふうん。強いって何?」

「哀川さんに言わせれば、最強って聞かれる内は最強じゃないんだってさ」

「見ただけでわかるってこと?」

「うん。きっとこいしちゃんも会えばわかると思うな。会わずに済むに越したことはないけどさ」

「そんな危ない人?」

「間違ってない」

「けどいーちゃんは憧れてる」

「あの人の生き方に憧れて、あの人の強さに焦がれて、あの人になりたいとまで思ってる」

「…………」

「まあ、戯言だよ」

 

 そう、戯言だ。

 他人になるなんて、そんなこと天才でもない限りはできない。ましてや哀川潤だ。ぼくなんて足元にも及ばないだろう。

 けれども。近づきたいと思ってることは確かなわけで。

 それはやっぱり、ぼくが憧れてるということなのだろう。

 

「まあいいや。じゃあ次、いーちゃんのターン」

「あれ、そういう流れ?」

 

 以前にも経験したな。このターン制で質問をするやつ。

 あの時のことは思い出したくない。

 

「そういう流れだよ。ささ、どうぞどうぞ」

「うーん。じゃあこれだ、こいしちゃんの無意識を操る能力って覚であることと関係してるの?」

 

 関係ないような気がして、ちょっと気になったこと。

 覚はこいしちゃんの話でも、今話しながら見てるサイトでも心を読むことしかできない妖怪だ。無意識を操れるなんてことは書いてない。当然だが、このサイトを立ち上げている人だって全部知ってるわけでもないのだろう。だから記述ミスも考えられるのだが…………何か質問しろと言われて最初に思い浮かんだのがこれだ。だから何も考えずに聞いた。愚かにも、聞いてしまった。

 その考えなしの結果、こいしちゃんの顔が悲しみを浮かべさせてしまった。

 

「…………うーん」

「ごめん。やっぱり、さっきのこいしちゃんの質問をお返ししようかな? こいしちゃんの好きなタイプとか――」

「いいよ。私もいーちゃんに話したかったし」

「…………無理はしないでいいよ。ぼくも別に知りたかったわけじゃないから」

「私が話したいの。それとも、聞いてくれない?」

「…………わかった。でも、言いたくなかったらそこで終わってくれていいから」

「ありがとう」

 

 こいしちゃんは少し溜めて、意を決したようにぽつりぽつりと話し始める。

 

「私が眼を閉じたのは、周りの皆の心を見たくなくなったから。人も妖怪もなんだけどね、良い事だけ考えてる奴って数えるぐらいしかいないんだよ。お姉ちゃんとかね」

「……………………」

「そのお姉ちゃんにしたって、私の前ではそうなんだけど、他ではどうなんだかわからないんだけど」

「こいしちゃん」

「わかってる。私が信じてないだけなんだって。心なんてそう簡単に変わるものじゃないんだよね。あの人の前ではこうしよう、あの人ならこうしようなんて、できっこないんだよ。だから、お姉ちゃんにしたって私のことを想ってくれてたんだから、その気持ちは本当なんだって思いたい。けどね、出来なくなっちゃった」

「どうして?」

「人を騙すことばかり考えてる奴を知っちゃったから。そいつは人間だったんだけど、思ってもいないこと言って、やって、人に取り入ってくような奴だったんだよ。そうやって仲間を増やしていくような奴。その実、心では、周りの人のことを見下してる。後々利用してやろうとかそんなこと考えてたよ」

「…………ろくでもないね」

「ホントにろくでもない。私は許せなくなったの。そのことを周りの人に教えてやろうと思った。けど、周りの人達の心を見たらそんな気なくなっちゃった」

「……………………」

「どうしてか。皆わかってるんだよ。そいつの言ったことが嘘ばっかりだって。例えば一人の女性を容姿を褒めた。綺麗ですねって。正直言うよ。私はその女性をあんまり綺麗じゃないって思った。お腹は出てるし、目に隈は浮かんでる。髪だってボサボサで手入れなんてしてないの。……今になってみれば、そう言うのがマナー、社交辞令ってやつだってわかるんだけど、当時の私は知らなかった。だから、そんな嘘をつく理由がわからなくって、許せなくって」

「……………………」

「その女性はありがとう、なんて言ってたよ。口ではね。じゃあ本心は? 怒ってたよ。社交辞令っていうことがわかっていても、心は受け入れられなかったんだね。その女性は自分の容姿がコンプレックスだったの。今のお腹が出てることとかじゃくて、その前から。私は昔からその女性のこと知ってたからわかるんだけど。そのコンプレックスが原因でストレスを抱えちゃってさっきみたいなことになったんだけど……それはいいや。ともかく、心と声が別物だったのね」

「……………………」

「確かにその、ありがとうまでが社交辞令っていうのもあるんだけど、それ以上の理由があるったの。仲間はずれにされたくないから。怒るっていうのも大事なことなんだけど、どうしたって怒られた側は萎縮しちゃうからね。怒りを聞き入れてない場合はさておき、そうなっちゃうもんだから人間関係にちょっとしたヒビが入っちゃう。そのヒビを直せればいいんだけど、直せないんだよ。どう取り取り繕っても、上から何かを被せても、その時のことを忘れることなんてないんだから。心からの友達になんてなれない」

「……………………」

「だから怒れない。そんな傷跡なんて残したくない。そして笑うんだよ。…………おかしいよね。お互いに嘘を吐いてるんだよ。そしてそれが当然になってる。その後も話を見てたんだけど、結局その会話で誰も本心を言わなかったよ。相手を持ち上げて、表面上だけの付き合いを始めてるの。子供の頃は素直だったその女性なんだけど、こんなに汚れちゃってる。そりゃ何も言えなくなっちゃうよ」

「……………………」

「ねえ、そんなに欲しいの? 友達。もちろん私も欲しいよ。けど、そんな作り物の友達なんて欲しくない。友達ってそういうことじゃないでしょ? もっと、お互いにわかりあってるものでしょ? こんな表面上だけの付き合いを友情なんて言わないでしょ?」

「……………………」

「孤独は嫌だよ。誰だって嫌だ。だからそうやって仮初の友達をたくさん作るんだ。孤独をなくすために、お互いに仮初の友達を求めてる。利害の一致だね。だから相手を騙すし、喜んで騙される。…………こんなバカな話がある? 同じことを思って、同じことを想ってるのに嘘を吐かなきゃいけないなんて。私は確信できるよ。ちゃんと話し合えば、本当の友達になれるって。親友になれるって。けど、それをしないの」

「……………………」

「臆病だから? 恥ずかしいから? 信じられないから? 違う。全部違うんだよいーちゃん。中には確かにそういうことを思ってる人もいたよ。けどそれは全部逃げ口上、本心は別にあったの」

「……………………」

「面倒だから」

「……………………」

「それだけだったんだよ。結局のところ、皆そう思ってる。ちょっと褒めれば友達が出来るのに、何でわざわざそんな手順を踏まなきゃいけないのかって、本気で思ってるんだよ。そもそも友達を作る目的が自分の安心のためだしね、簡単に済ませたいんだよ…………狂ってるよ、こんなの。悲しいよ、そんなの」

「……………………」

「ごめん。もうちょっと長くなっちゃうけど、止められない」

「大丈夫だよ。こいしちゃんの辛かったこと、全部聞いてあげるから」

「…………うん。ありがとう。私はね、この時に思ったの。人の心なんて読んでもしょうがないって。だって、上っ面の言葉を誰しもが真実にしてるんだもん。それが嘘でも皆が本当って言ったら本当になっちゃうんだもん。なら、私の見た物って何? それこそが何の意味もない戯言だよ」

「……………………」

「それともう一つ。こっちがいーちゃんの聞きたかったことだよね。無意識に沈みたいって思った。無意識ってね、何も考えないことなんだよ。ただあったもの、起こったことをそのまま認識して、感じた通りに行動するの。これっておかしいと思う? 違うんだよ。極端な話になるけど、さっきの人間の話ってこういうことだよね。相手の言葉をそのまま受け取ってる。私はね、そんな愚者になりたかったの。深読みする頭もなく、知ろうとする欲もなく、目の前に見えるものだけが私の世界。…………眼を閉じるきっかけになったのは別のことだし、無意識を操る程度の能力なんて呼ばれることになったのも後の話なんだけど、この出来事が私のターニングポイント。今の私の土台の一つ。

 ねえいーちゃん。一つ聞いていい?」

「なんだい?」

「私って、おかしいのかな?」

 

 …………。

 ぼくは、こいしちゃんの言う狂った人間だ。人と繋がっていたいと思う。孤独は嫌な、臆病な戯言遣いだ。そんなぼくの視点だと、こいしちゃんはおかしい。言ってることはわかるけど、間違っている。

 けどぼくは、そんなこいしちゃんの嫌いな嘘吐きだから。

 座れば嘘吐き立てば詐欺師、歩く姿は詭道主義。それがぼくだ。

 だから。

 

「おかしくないよ。こいしちゃんの言うことはぼくにもよくわかる」

 

 こいしちゃんは笑って、

 

「ありがとう」

 

 と言った。

 




というわけでね。
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