ムイシキデイリー   作:失敗次郎

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第二章、始まるよー


古明地こいし
VS八雲紫


 気がつけば、私はここにいた。

 どこかの空間に浮遊しているようで、しっかりと地面に足がついているという気味の悪い感覚。何せ地面がないのに、足はしっかりと何かを踏み締めているのだ。透明な絨毯でも強いてあるかのようだ。

 周りには色んなものが浮いている。本当に色んなものが無差別に散らかっている。ジョウロもあれば時計もある。靴が片方だけ浮遊しているし高級そうな着物が見える。死んだ犬が転がっていれば、調理された炒飯がある。電車のレールが3メートルだけ伸びていれば、四肢をもがれた人がいる。そんな無法地帯。

 おまけに多数の目がいたるところにある。見られてるっていうのは気分のいいものだけど、限度があると思う。

 ここに連れてこられたのは…………何回目だっけ。

 

「どうでしたっけ、八雲紫さん」

 

 私はどこかで聞いているであろう彼女に声をかけた。すると、どこからともなく彼女が姿を現す。

 ようやく一人きりではなくなったことへの安心感でホッとしたが、それどころじゃないことはすぐにわかった。

 何せあの八雲紫の顔が明らかに苛立っていたからだ。胡散臭い彼女でもそんな顔するんだなあと思ったりもしたが、そんなことよりやらなければならないことがある。

 

「ごめんなさい。また外の世界に行ってました」

 

 逆らってはいけない。彼女の能力には誰も敵いはしない。長生きするためのコツは健康食でも健康法でもなく、敵を作らないことである。

 

「…………謝って済むと思って? 古明地こいし」

 

 あ、ダメだったみたい。

 さっきより怒りが大きくなってるのが目に見えてわかる。

 まあ仕方のないことだけど。

 

「何回目か、そう聞いたわね。五回目よ。私があなたを連れ戻したのは」

「そうでしたか。仏の顔も三度までとは言いますが、ここまで我慢していただけるとは。感謝の言葉しかお送りできるものがなくて申し訳ありません」

「煽ってるのかしら、この子は。敬語を使えばいいというものではないのよ?」

「じゃあ使わなくてもいいってこと?」

「馬鹿を言え。…………ねえ? 前回あなたに何て言ったか覚えてるかしら?」

「生憎無意識なものでして。何でしたっけ、八百屋さん半額セールの話でしたっけ」

「そんなの知らないわよ。今度幻想郷から出たら容赦しない、そう言ったのよ」

「それといーちゃんに会っちゃいけない、でしたね」

「覚えてるじゃない」

「今思い出したんですよ。記憶力の境界でも弄ってくださったんですか?」

「そんな無駄なことはしないわ」

 

 …………そうだそうだ。最悪、殺されちゃうんだっけか。

 それは困るなあ。死ぬ前には、いーちゃんの幸せを見届けてからって決めてるのに。

 

「どうしてあのタイミングだったんです? 私、いーちゃんの行く末が見たかったんですけど」

「あのタイミングしかなかったから。無為式のそばだと能力が乱されるっていうのは、わかるでしょう?」

「上手くいかないのは緊張してるからですよ。リラックスされてはどうです?」

「無為式、ねえ。…………古明地こいし、あなたも気づいているでしょう? 自分の中の無為式が周りに影響しつつあるってこと」

「いえいえまったく。そんなことがあるんですか? ふうん。いーちゃんのせいかな」

「それは間違いなく。幻想郷は全てを受け入れる場所、でも全てを与える場所ではない。影響されることはあっても、影響することなんてあってはいけないことよ」

「ん? でもそれだと、私が無為式になってもいいってことになりますよね。いーちゃんから影響を受けて無為式になってるってだけだし」

「今のところは、ね。けどあなたが今後も外の世界に行くっていうのなら話は別。それは全てを狂わせる禁忌、あなたの存在だけで人が死ぬ」

「妖怪ってそういうものでしょう?」

「私はそれを黙認する気はないわ」

 

 私が何か言おうとする前に、

 

 左腕が消し飛んだ。

 

 正確には、消えた。何があったのかと左腕のあった場所を見れば、何もない。肩から先がない。…………痛みもないのは温情かな? いやはやありがたい。やはり大妖怪様となると、懐も深いようだ。

 それはさておき、どうやらこれは境界を操られてしまったようだ。左腕と身体との境界を絶った、といったところか。チートだわ。

 

「外の世界に出られても困るけど――――幻想郷にいられても困るのよね。それは最悪の才能、最低の才覚。戯言遣いと関わらなくても今後無為式が成長してしまうというのなら、狂わされる前に殺すしかないのだけど」

「頑張って制御しますんで、見逃してもらえませんか?」

 

「ダメよ」

 

「ですよね」

 

 戦闘態勢。

 とりあえず無意識を操って私の姿を見えないようにしてっと。

 

「出来ると思う?」

 

 すぐにバレて電柱が降ってきた。無意識と意識の境界を弄ったか。悠々と電柱を躱せばスキマが私の首と胴体との境界を断ち切ろうと迫ってくる。一撃でも貰ったら即死だ。さて、どうしようか。

 答えは簡単、逃げればいい。八雲紫の境界を操る程度の能力の射程がどれくらいかは知らないが、逃げてればなんとか――――ならないか。

 ここは彼女の能力の中だ。少なくともこの中にいる限り能力の射程だ。彼女は逃げる私を追うように切断スキマを連打すればいいだけのことだ。

 じゃあ逃げながらの脳内作戦会議だ。勝利条件、スキマからの脱出。敗北条件、古明地こいしの死亡。

 さて、手合わせ願おうか。

 私は切断スキマから逃げるために全速力で飛行中だが、Uターン。彼女に向かって急接近する。

 そして再び無意識の発動。視界から逃れる。

 

「効かないとわからなかったのかしら?」

 

 いいや、知ってるよ。

 問題はどうやって無効にしているかでね?

 私の考えつかないようなものの境界を操っているのならまだしも、無意識と意識の境界を操っているのなら――――あなたの負けだ。

 私は触手を急激に伸ばし、周りにあるものを適当に彼女に投げつける。当然のようにスキマに飲まれて全て無効化。

 出来なかった。

 

「なっ――――!」

 

 無意識というのは意識ではない場所のこと。…………何故そんな場所があるのだろうか。全て意識下に置いてはいけないのだろうか。

 それは、意識だけじゃ身を守れないから。

 無意識による反射でないと、身を守れないから。

 意識と無意識の境界を操る、曖昧にするということは――――その反射を亡くすということだ。

 それで、視界の外からの触手に対応できるとでも?

 不測の事態に対応できるとでも?

 彼女の胸に私の触手が突き刺さる。妖怪だし、こんなものじゃ死なないとは思うけど、苦しいよね。だから追撃する。

 弾幕ごっこにしか使ってないし、そもそも他に使う機会なんてないけど…………スペルカード。夢符「ご先祖様が見ているぞ」。死にはしないけど、直撃すれば、痛いよ?

 呼び出した数体の人の形をとった弾幕を飛ばす。

 

「さあ、精々足掻いて見せてね」

「っ! 調子に、乗るな!」

 

 八雲紫の姿が消えた。

 弾幕は行き場をなくして適当な場所に飛んでいって、消滅した。

 彼女を指していた触手だけがその場に浮かんでいる。…………あれ、どこに行ったんだろう。

 

 途端、私の下半身が消滅した。

 

 先程と同じように、境界を操って断ち切ったのだろう。まさかそれって彼女がこのスキマの中にいなくても使えるの? 安全地帯からの攻撃はひどいと思います。

 でもそれは、逆に言えば安全地帯――――即ち、このスキマの外に出られるということではないだろうか。外からの攻撃というわけだ。私が攻撃したらスキマを閉じて防御、攻撃するときにだけスキマを開ける。なんという卑劣。…………というわけでとりあえずどこか開いてないだろうかと周りを見渡すが、どこを見てもこちらを見ている目があるだけ、外への入口は開いていない。

 嬲り殺しだ。たかが覚妖怪にひどいことするなあ。

 どうしようか焦りはじめた私の耳に、声が聞こえた。

 

「――――古明地こいし。私としても心苦しいのよ? 全てを受け入れるはずの幻想郷で、拒絶するような真似をするのだから」

「そう思うなら、助けてよ…………。怖いよ、苦しいよ」

「…………あなたの心は私にも読むことはできないわ。だからそれが本心かどうかはわからない。だからあなたの言葉は聞かないことにする。ただ私の言葉にその残った右腕で答えなさい」

「……………………」

 

 抵抗は、できない。

 どこから声が聞こえるのかもわからないが、何かの境界を弄っているんだろう。とにかく、私を殺すつもりではないということだけはわかった。殺すつもりならばとっくに何分割もされて死んでいる。

 妖怪でもそんな木っ端微塵にされて蘇ることなんてできない。ゾンビとは違う。

 

「私の境界を操る能力があれば、あなたの無為式も無効化できるかもしれない。それが成功すればあなたは幻想郷で今まで通りに生きていくことができるわ。とは言っても、当然のことながら外の世界には行かせないけど」

「……………………」

「そこで、よ。あなたには無為式を無効化できるまでの間、ここにいてもらうわ。……ここと言っても本当にこの場所ではないわ。スキマの中という意味よ。このスキマの、もっと奥に位置する場所。そこで無為式を無効にするわ。どれだけの時間がかかるのかはわからないわ。けど、無効にできれば出られる」

「……………………」

「あなたに答えて欲しいのはこれ。ここで死ぬか無為式をなくせるまでここにいるか。死ぬか生きるか。生きたいなら右腕をあげなさい」

「……………………」

 

 私は黙って、右腕を上げた。

 死ぬわけにはいかない。いーちゃんにも、お姉ちゃんにも会いたい。絶対に死ねない。生きるためなら何だってしよう。…………ふふ、昔は死にたがってたんだけど、こうまで変わるなんてなあ。世の中何があるかわからないものね。

 世の中何があるのか、本当にわからない。

 

「わかった。それじゃ早速行きましょうか。ああ、悪いんだけど、あなたにいちいち動かされたからしばらく休憩するわね。…………悪く思わないでよ? そもそもあなたのわがままが引き起こした結果なんだから」

「そうですね。私のせいですね」

「喋るなといったはずよ。それとも忘れたの?」

「私が引き起こしたんなら――――落とし前もつけなくっちゃいけませんね?」

 

 彼女は境界を操る程度の能力を持つ。

 だがそもそも、何故境界なんてものがあるのだろうか。何故わざわざ境を作って区別しなければならないのか。それは区別しなきゃいけないから区別してあるんだ。そこに理由なんて必要ない。そうなるべくしてそうなっている。だが、強いて理由を上げるとするならば――――区別したほうがいい何かがあるからだろう。

 一緒にしたくない何かがあるから、区別するのだろう。

 例えば――――トラウマなんてどうかしら。

 

「――――ぅううう! 古明地、こいしぃ!」

「随分と長く生きてるのね、あなた。八雲紫さん? トラウマの味も格別かな?」

「あくまでも、抵抗するのね…………!」

「あなたが一回寝ちゃったら全然起きてこないじゃない。だから、ここから無条件で逃がしてもらうよ」

「…………っ!」

 

 無駄だよ、無駄無駄。

 能力が使えるわけないじゃない。

 能力使用の失敗のトラウマを引き出してあげてるんだから。その失敗で、どれだけの人が、妖怪が苦しんだのかな? どれだけの命を亡くしたのかな? どれだけの悲しみを背負ったのかな?

 失敗のないやつなんていない。それを私は大袈裟に掘り返すだけ。無意識に隠したものを、記憶の境界に沈んだものを思い出させてあげる。

 さあて、ここからだ。

 

「ねえ八雲紫さん。ここから出して貰えますか?」

「…………」

 

 キッと睨まれた。そりゃそうだ。

 けど切り札はあるんだよ。

 

「じゃあ壊すしかないかなー。無為式で」

「…………戯言を。貴様のそれは制御なんてできるものじゃない」

「じゃあ制御できるようになるまで繰り返しやるだけだよ。時間ならたっぷりあるからね。こうやってあなたを嬲ってたら能力に綻びも出るだろうし」

 

 どうせ根気勝負。けど、こっちの勝負は嫌なはず。

 何せ、必死に殺そうとした無為式を使わせるってことだから。最悪、無意識を強くしちゃうかもしれない選択肢だから。

 無為式は無作為に無意味にする方程式。そもそも私に制御できるはずもない。けど、強くなっちゃうことはあるんじゃないかな。まあ制御できるようになっても、それはそれで楽しそうだけど。

 つまりはどう転んでも彼女の敗北。私の勝利になるかはわからないけど。…………なら、少しでも被害を抑えたくなるんじゃない?

 ましてや、あなたが死ぬことは何よりも避けたいんじゃないの?

 

「……………………」

「意地はらないでよ。第一、これは取引じゃなくて、決定。私がここを出ることは決まってるんだから、被害を抑えるかどうかの相談でしょ? 楽になっちゃいなよ」

「…………ふざけるな」

「…………譲歩しようか。私は幻想郷で遊んでたいし外の世界も見て回りたい。どっちも諦めることはできないんだよね」

「……………………」

「あなたは幻想郷、ならびに外の世界を狂わせたくないわけでしょ? 無為式がダメなんじゃなくて、狂わせることに異議があるわけでしょ?」

「…………無為式がそもそも、全てを狂わせる概念そのものよ。そんな風に、わけて考えられないわ」

「そもそも狂うってどういうこと? 普通じゃないってことでしょ? 人と違う、それだけの意味でしかない。それのどこがおかしいの? 人と自分が違うのなんて当たり前じゃない」

「人と違うことで最悪の結末をもたらすもの、それがあなたよ。無為式よ」

「は。これって笑うところ? いーちゃんにも言ったけど、誰かの最悪は誰かの最良よ。この世の中は結局のところどこかで均衡が取れてるんだよ」

「それは、自分のためなら他人を切り捨てるってことよ。わかって言ってるんでしょうね?」

「もちろん。今だって、私のためにあなたを切り捨ててるでしょ? はっきりさせておこうか。私は目的のために他人を平然と切り捨てられるわ」

 

 ……………………。

 いつまで問答を続けてればいいんだろう。

 ひょっとして、時間を稼がれてる? 何のためかわからないけど、最も安全な方法、略して最全を尽くした方が良さそう。

 

「はい、この話はおしまい。譲歩の話に戻ろう。私は人も妖怪も殺さない。だから帰して下さい」

「貴様にその意思がなくても、無為式は最悪なシナリオに向かうわ。それは、そういうものよ」

「じゃああなたを殺す。…………次で最後ね。断れば殺す。質問しても殺す。無言でも殺す。私の望む答え以外なら殺す。改めて、私を、ここから帰して下さい」

「……………………わかった、わ」

「よろしい」

 

 このままトラウマを見せたままだと能力が使用できない。だからトラウマを解除しなきゃいけないんだけど…………それだと一瞬のうちに殺されそうだなあ。…………むむ、どうしよう。

 けどこのままいるわけにもいかないし。かといってこんな胡散臭い妖怪を信じろっていうのも無理な話。日頃の行いを悔やむがいい。うふふ。

 

「…………どうしたの? あなたにこれを解いてもらわないと、私もスキマを操れないのですけれど?」

 

 余裕が戻ってきたのか、口調も荒々しいものからいつもの調子になっている。本当に殺そうかな。でもそれで永遠にここに閉じ込められるのもゴメンだし…………ええい。やってしまえ。

 私は無意識を操る程度の能力で彼女のトラウマを振り払ってやる。

 苦しそうな顔もスッと憑き物が落ちたように晴れ晴れとしたものになる。いや、流石にそれは言いすぎか。少なくともさっきよりはマシな顔になってるけど、晴れてはいない。

 何せ私がここにいるのだから。

 さて、どうくる? 私を殺すか、約束通りにここを開けるか。

 

「心配しなくても、約束は守りますわ。…………本当はしたくないけど」

「ちなみに理由を聞いてもいい?」

「確かめる術がないのに?」

「それもそうだ」

 

 私の眼は、閉じているのだから。

 そうだね。聞いてもしょうがないよね。

 

「それでは、ご機嫌よう。…………出来る事なら、あなたには地底から出て欲しくはないのだけれど」

「無理な相談だね。しばらく地底に帰る予定もないから」

「じゃあ、どこへ?」

「風の向くまま本能のままに」

「いつも通りね」

 

 そう、いつも通りだ。

 私はいーちゃんから離れ、またかつての日常に戻るだけ。眼も開かず、無意識――――は操れるようになったけど、結局、何も変わらない。

 意味のない物語を紡ぎ続けよう。

 

「じゃあね八雲紫さん。……………………ああ、そうだ。最後の一つだけ」

「何かしら」

 

「愛してる」

 

「――――――――ああ、そう」

 

 私はスキマから外に出た。

 

 

 ※

 

 

「ということがあったんだよ」

「何やってんの?」

 

 真顔で突っ込まれてしまった。

 この子はいつも真顔だけどさ。最近はちょっと変わってきたかな。以前よりは表情が出てきた気がする。

 秦こころ。私のお気に入りのお面を盗もうとしてきたことから友達になった、変わり者だ。

 

「む。今何か虚構に塗れた独白があった気がする」

「気のせいじゃない? でさ、身体が復活するまでに二日もかかったんだよ」

「私はそんな経験ないけど、そこまでボロボロになってからも回復するもんなのか。妖怪ってすげー。というか、まさかと思うけど復活してすぐにこの間のオカルトごっこに参戦してたの?」

「うん。身体を馴染ませるには動かすのが一番かなって思ったから。あとメリーさん楽しい」

「リハビリ感覚で戦場に出るんじゃねえ」

 

 おっしゃる通りで。

 夕日が沈み始めてる人里。私たちはある寺子屋の屋根で外の世界から持ってきたカロリーメイトを食べている。味はチーズ。あまり美味しくない。口がパサパサするし。

 …………あの時の戦闘から八雲紫からの接触はない。どこかで監視はしているのだろうが、行動を起こすつもりはないようだ。私が意図して人里を中心に行動しているせいもあるのかもしれないけど。

 未だにあんなにあっさりと私を逃がした理由はわからない。最初から殺すつもりはなかった? 確かに心苦しいとは言っていた。けどそれをあっさり信じる訳にもいかない。胡散臭いし。

 彼女の目的は私の封印、具体的には幻想郷からの無為式の排除。…………合点いかない。

 

「こいし? どうしたの?」

「何でもないよ。前に友達と一緒にお風呂に入ってた時のことを思い出しただけ」

「え、私以外に友達いたの?」

「ひどっ! えっとね、外の世界に行った時にいーちゃんに会ったの」

「それ本名? なわけないか。可愛いあだ名してるね」

「でしょ? 私が付けたわけじゃなかったんだけどね。とにかく、いーちゃんの介護をしてあげてたの」

「この子は何を言っているのだろうか。こいしが介護? いーちゃんさん生きてる?」

「生きてるよ。私だってそれぐらいできるよ。何なら今からこころちゃんの介護してあげよっか?」

「結構です」

 

 やんわりと断られた。これは必要ないということなのか、はたまたされるのが怖いということなのか。

 どっちでもいいや。そもそも私も介護するつもりなんてなかったし。あれ、一時間ぐらいしかしなかったけど面倒なのよねー。

 

「そういえばこいし。外の世界ってどんなところ?」

「んー? どんなところ、か」

 

 こころちゃんの疑問も最もだ。誰だって知らないものは知りたくなる。ましてや別の世界、興味があるのも無理はない。ないのだが…………なんて答えればいいんだろ。

 幻想郷と外の世界の違い。…………うーん。空を飛ばないってこと? それはこっちでも普通の人間は飛ばないし。違い、違い…………。

 

「…………スーパーがあるよ?」

「え? スーパー? 何それ凄そう」

「凄いよー。何と言ったって何でも売ってるんだよ」

「何でも売ってるとは。じゃあ私が今一番欲しい、石仮面も売ってる?」

「それはないかな。ってか、何で欲しいの?」

「この前里の子供に煽られた。…………ほら、あの子」

 

 こころちゃんが指差した方を見れば、無邪気に友達と笑い合ってる少年の姿が見えた。とてもじゃないが人を煽るような悪ガキには見えない。

 …………ああ、いい笑顔してるなあ。

 

「他にもムジュラの仮面がどうとか言ってたけど、それは意味がわからなかった。知ってる?」

「知らなーい。あの子に煽られたって言ったけどさ、それってどうなんだろうね」

「どうって? 確かに教育は行き届いてないけど」

「教育、それもあるかも。…………妖怪って人に恐れられるものでしょ? それが共存してるっていうのは、どういうことなんだろう」

「それもそうだ。けど人に善人と悪人がいるみたいに、妖怪にもいい奴と悪い奴がいる。悪い奴が恐れられるもので、いい奴はそんなことない。むしろ共存したがってるかもしれない。というか、そういう思いがあるから今のこの世界があるんじゃない?」

「けどそれって、悪い奴は野放しってことだよね。悪い奴は悪い奴って教育、ちゃんとなってるのかな?」

「さあ。けど、ちゃんと言ってあるんじゃない?」

 

 だといいけど。

 その教育現場見に行こうかな。私はお姉ちゃんの教育と、自分の目で見たことを吸収して生きてきたから本格的な教育は見たことがない。ちょっと興味がある。

 …………興味を持ってしまった。やばい、無為式が機能するかもしれない。

 私は思わず周りを見渡す。何か起こってないだろうか。八雲紫が監視しているかもしれないこの現状で、私の近くで事件なんて起こって欲しくないんだけど。

 …………何も起こっていないようだ。よし、運が良かった。けど後々何かあるかもしれないし、今の内に逃げておこうかな。迷いの竹林の落とし穴で一晩過ごそうかな。

 

「おーいこいしー。帰ってこーい」

「はっ! 意識が飛んでいた!」

「無意識が何を言う。さっきからどうしたの? 気分でも悪い?」

 

 何と優しい友人だろうか。涙が流れるものなら流したいね。実に感動的だ。どうだいーちゃん、私にはこんな素晴らしい友人がいるんだ。

 けど、ここでこころちゃんを頼るわけにも行かないんだよなあ。そのせいで八雲紫に目をつけられたら、どうすることもできないだろう。…………付き合いは、ほどほどに。

 

「何でもないよ。そろそろ暗くなるし、私は帰るね」

「そう? 送っていこうか?」

「…………地霊殿まで送ってくれるの? 勇気あるなあ」

「こいしが地霊殿まで行くって言うなら」

 

 バレてる。地霊殿に行くつもりがないことバレてる。何故バレたし。いつも前なんかは無意識で行動してたから行き先を読まれることなんてなかったっていうのに。

 あ、いーちゃんのせいだ。一緒にいなくても調子を狂わせるなんて。おのれ無為式。

 

「最近、帰ってないんでしょ? こいしの口からお姉さんの話聞かないもん」

「…………あ、そういうこと。名推理だ」

「ふざけないで。心配してるよ? きっと」

「してるだろうなあ」

「喧嘩でもしたの?」

「ううん。ちょっと帰りたくないだけ。反抗期なのよ」

「…………そういうことにしとく。じゃあどこに行く気だったの?」

「迷いの竹林。落とし穴って案外あったかいから」

「地熱ってやつ? どれだけ深い落とし穴だ」

「足りなければ掘ればいいのよ!」

「それで一晩費やす勢いじゃねーか」

 

 ホントに、こころちゃんといると――――

 

 楽しいなあ。

 

 心から、そう思う。

 

「きゃああああああああ!」

 

 女性の叫び声が、聞こえた。

 私は反射的に声のする方へ動いていた。

 

「こいし!?」

 

 こころちゃんも一足遅れてついてくる。まったく、何て友人だ。野次馬根性じゃなくて急に飛び出した私を追ってくるなんて、勿体無いくらいにいい友人だよ。

 だからこそ、巻き込みたくないっていうのもわかってほしい。八雲紫の監視が終わるまでの間くらいは。

 私が悲鳴の場所に着いた時には、既に人だかりが出来ていた。現場の様子が見えないので、空から伺うことにする。どうやら民家の中で何かが起こっているようだ。

 無意識を操って他者から認識されないようにする。正確には、認識されても気にならなくなる。

 誰でも開けっ放しの家の中に空気が入るのを敏感に察知なんてしない、そういうことだ。

 私は「失礼しまーす」と一声かけて民家に入る。

 慌てふためいてるエプロンをつけた女性と、それを宥めている黒い服の男性がいる。それを避けて何があるのかなと奥を覗いてみる。

 

 男性が一人死んでいた。

 

 首から血が出ており、顔は真っ青。傍らには血濡れの包丁が転がっている。…………あからさまなまでに殺人事件だ。いや、事件と決まったわけじゃないか。

 現時点では、ただ人が死んでいるだけなんだし。

 とりあえずは今出来ることもないし、私が急に消えて困惑しているであろう友人の元に帰るとしよう。

 ああ、人が多い! 鬱陶しい! 

 人を押しのけながら何とか外に出ると、こころちゃんが無表情でこっちを睨んできた。

 普段から表情は殆ど出てないけど、今はいつも以上だ。正直怖い。

 ここは――――私が盛り上げて楽しませるしかないな!

 

「やあやあ私の一生の伴侶こころちゃん! そんなところで何してぐはぁ!」

 

 薙刀で肩を貫かれた。痛いよ。

 

「殺すぞ! 殺してその顔剥いでお面にしてやろうか!」

「ふふふ…………そうまでして私と一緒にいたいとは。これがヤンデレ、か…………ガク」

「どんだけぶっ飛んだ発想だ」

 

 呆れられながらも冷えた空気を温めることには成功したようだ。

 ついでだから大量出血で冷えた体も温めて欲しい。

 

「で、どうだったのこいし。何があったの?」

「こころちゃん冷たい。えっとね、殺人だよ。中で一人死んでた。男の人」

「――――殺人、か。物騒なこと。剣呑剣呑」

「こころちゃんは危ないから近づかないようにね」

「こいしだって一緒じゃない。こういうことには面白半分で首を突っ込んじゃ――――っていねえし! どこいったあいつ!」

 

 こころちゃんが喋ってる間に無意識スイッチ、オン。そしてさらっと脱出。説教なんてゴメンだね。あんなの語ってる側の自己満足だし。

 それより嫌な予感がするから事件を何とかしないといけないし。

 

「お邪魔しまーす」

 

 改めて家宅侵入。入る時にふと気づいたけど、扉が壊されている。外から蹴り壊した感じかな。吹っ飛んだ扉が哀愁漂わせてそこにある。かと言って妖怪の力じゃないみたいだ。だったらもっと吹き飛んでる。最悪家を貫通する。人の力で間違いないだろう。

 飛んでいたから気付かなかったけど、下には何か落ちている。水分だ。その辺には他にも色んなものがゴロゴロと転がっている。

 …………よくみれば、じゃがいもやら人参やら豚肉だった。調理済みのやつ。ああ、はいはい。肉じゃがをこぼしたのね。あるある……ねーよ。何で玄関にこぼしてるんだよ。宅配でも頼んだのかよ。

 ツッコムだけツッコんでスルーした。先を見やるとさっきもいた女性が泣いてる。会話をこっそりと聞いてみると、どうやら死んだ男性と知り合いだったようだ。それで悲しんでる、と。聞いてあげてる男性はさっきから「大丈夫ですよ」しか言ってない。初めてのことで気が動転してるのか、他の言葉を知らないのか。

 それを無視して先に進む。…………ここまで見た感じ、あの扉からしか出入りはできないのかな? で、改めて死体検分。何て言ってもただ見てるだけなんだけど。

 傷跡は私がさっき見た通りだ。首に刺し傷。傍に落ちてる包丁でグサリといったところだろう。問題は傷跡がそこにしかないということだ。

 つまりあっさり死んだ、ということ。周りを見てみれば家の中が荒れた様子もない。乱闘とかはなかった、ということになるのかな。

 自殺かな? だったら楽でいいんだけど。

 

「大変なことが起こったようですわね。古明地こいし」

 

 ああ、嫌な声が聞こえた。

 辺りを見渡すと、空中に微かなスキマが見えた。

 やっぱりか。八雲紫。

 

「これを待ってたんですか?」

「ええ。無為式が何かやらかすのを。…………制御はできなかったみたいね」

「殺します?」

「いえいえ。ここからを見に来たのですわ」

「解決しろって?」

「穏便な方法で」

「わかりましたよ」

 

 とは言え、これは自殺で決まりだろう。それを言えばいいだけではないだろうか。そこの第一発見者みたいな女性と、それを慰めてる男性に。

 そうすれば自然と野次馬達にも情報が行き交うだろう。何だっけ、人の口に戸は立てられぬだっけ。勝手に皆知ることになるだろう。

 が、八雲紫が出てきたということはそれで済まないということだろう。

 

「古明地こいし。これを見てご覧なさい」

 

 彼女がスキマから指だけを出して指しているのは、凶器と思われる包丁だ。思われるというか、ほぼ確定でいいと思うけど。

 

「これがどうしたんです? ただの凶器じゃないですか」

「そうね。間違いなくこれで犯行が行われた。付着した血も被害者のものと一致しているのだし」

「確定じゃないですか。これで自殺が行われた、それでいいんじゃ?」

「少し足りないわ。自殺したと言うなら、この包丁に付いていなければならないものがある」

「…………血液でしょう? 被害者の。あるじゃないですか」

「指紋よ。それがないの」

 

 私は思わず被害者の手を見た。

 手袋はない。素手が剥き出しになっている。

 つまり、その手で包丁を持ったというのなら指紋がつかないはずがないのだ。

 

「理解したわね?」

「はい。…………ちなみに、あなたはもうこの事件を理解しておられるんですよね?」

「どうでしょうね」

「わかってるんですね。はいはい」

「信用がないことがこんなにも辛いとは思わなかったわ」

「自業自得ですよ」

 

 真相をわかっていて、それでいて口を出してくる。

 ああ、私に収拾つけろってことですかそうですか。

 

「よろしく頼むわね」

「…………あなたは何もしないんですか?」

「問題があったらまた来るわ」

 

 とりあえずはいなくなるということだ。よっしゃ。

 スキマが閉じて、再び私はひとりになる。ちょっと語弊があるか、ここには死体と、二人の人間がいる。

 さあて、一応の確認はしとこうかな。

 

「もしもし、お二人さん」

「え…………きゃあ!」

「うわあ! よ、妖怪?」

 

 男女に声をかける。驚くのは当然、誰もいないはずの場所から声をかけられたのだから。死人が喋ったのかと思ったのかもしれない。それが有りうるのが幻想郷なんだけど…………ああ、怖い場所にいるものだ。

 それはいいや。

 

「何があったの?」

「見ればわかるでしょ? 人が、死んでるの…………!」

 

 死ぬ。

 女性がそれを言葉にした時から少し声に力がなくなっている。やはり人は死から離れたくなるのか。それは本能的なものだろう。無意識下でのことだろう。ならば私の能力ならその認識すら操れるのかもしれない。…………戯言だよ。

 男性がそれに注釈を入れてくれる。

 

「彼女は最初にこれを見てしまったんだ。わかったら、そっとしておいてやってくれないか?」

「私の質問に答えてくれたら」

「…………彼女はこの通りだ。俺も大体の事情はもう聞いてある。俺が答える。それじゃ不満か?」

「第一発見者は彼女?」

「そうだ。夕飯を作りすぎたみたいでな。お裾分けに来たら、こうなってたらしい」

 

 玄関に転がった肉じゃがはそういうことか。

 次の質問。

 

「扉が壊れてたのはどうして?」

「…………彼女が壊したらしい。どうやら、幼馴染らしくてな、手荒な真似をしても許してもらえるだろうと思っていたようだ」

「ここは密室だったの?」

「そうだな。あの扉からしか出入りできなかったようだ」

「犯行時間ってどうなってるのかな?」

「え? それはわからんが…………いや、被害者の男が昼過ぎに買い物に行ったのを見た。友達と一緒だったよ。本を片手に戻ってきた。帰ってきたのは16時頃だったかな?」

 

 今は――18時か。

 さて、そろそろ解決編と行こうか。情報は十分。私の考えと大体一致してくれてて助かった。

 私は女性に顔を向け、声をかけようとする。

 

「おい、質問は俺が答えるって言っただろ」

「おねーさん。認めなきゃダメよ? この現実を」

 

 泣くばかりの女性が、一瞬止まった。

 どうやら私の話を聞いてくれるらしい。

 だと思ったけど。

 

「あの人は、あなたの幼馴染さんは自殺した。ちゃんとそれを認めなくちゃ」

「…………彼が、自殺……?」

「そう。あの人のこと、好きだったんでしょ? だから、認められなかったんですよね? あんなことまでして」

「ちょ、ちょっと待て」

 

 私と女性の話の間に男性が割って入ってきた。

 

「君は見ていないかもしれないが、あの包丁は指紋がなかった。殺人犯がどこかにいるはずなんだ。自殺なんかじゃない」

 

 …………この人が探偵役か。

 中々いい人選してるね。それとも、必然かな?

 さて、探偵殺しを始めようか。

 

「指紋を消したのはあなたですよね?」

 

 私は女性に言う。

 否定は――――ない。

 

「おいおいおいおい。何で彼女がそんなことをしなくちゃいけないんだ。第一、ここに入ってすぐに悲鳴が上がって、俺が駆けつけたんだ。そんな時間もない」

「ん? 悲鳴は家に上がってすぐ、だったんですか? ちょっとした時間で指紋は消せると思うんだけど? ほら、料理後だったって事でエプロンも着けてるし、すぐに拭けるんじゃない?」

「そ、それは――――」

「もういいです」

 

 女性の一声で一瞬の静寂が訪れる。

 

「私が、やったんです」

「何を言うんだ!? そんなわけないだろ!」

「もういいんです! その子の言う通り、私は認められなかったんです。彼が自殺なんてしたことを。だから、これを殺人事件にしようとして、指紋を消して、それで――――」

 

 そこから先はまた泣き崩れて言葉にならなかった。

 とにかく、これで一件落着。

 全ては不幸な事故だったって事で終わるだろう。

 私は小声で、どこかで聞いているであろう八雲紫に話しかける。

 

「これで良かったんですか?」

「――――ええ、上々よ」

 

 返事はすぐに来た。

 私は「それと」と続ける。

 

「今晩でいいですか?」

「そうね。そのほうが都合がいいわ」

 

 それだけ交わすと、私は無意識を使って外に出た。

 人混みを抜けて能力を解除すると――――肩を何かが貫いた。

 

「痛え! 何これ、薙刀!?」

「こーいーしー。どこ行ってたの?」

「…………やあマイハニーこころちゃん! 嫉妬かな? パルってきたのかなって痛えよ! グリグリしないでぇ!」

「悪い子にはお仕置きが必要だな。そう思うだろ? ん?」

「その前に薙刀抜いてくれない? 痛さで死んじゃう」

「下半身吹き飛んでも無事なんだし、大丈夫でしょ」

「…………ああ、死兆星が見える」

 

 気がする。

 これ、無事に生きて帰れるだろうか。

 

 

 ※

 

 

 ぱんぱかぱーん。古明地こいしが深夜零時をお知らせします。

 説教が終わったのが四時間前だって言ったら、信じる? 二時間だよ? 私とこころちゃんで合わせて二時間。何故かこころちゃんの説教に私も付き合わされた。

 説教好きなのは四季映姫さんだけで十分だよ。

 こんな時間に何をしているか。それこそ四季映姫さんじゃないけど、断罪しに来た。

 

「あなたと霊夢ぐらいのものよ? 私をここまで酷使するのは」

「普段寝てばかりなんだから、運動したほうがいいですよ」

「殺し合いで十分よ」

「さいですか」

 

 八雲紫も一緒だ。ただし彼女は別に歩いているわけじゃない。運動しているわけじゃない。スキマの中からひょこっと顔を出しているだけだ。そのスキマが私の横をふわふわと浮いている。何というホラー。妖怪の顔が浮いているのだ。…………こころちゃんも似たようなものだった。お面だけど。

 で、どこに向かっているのか。

 さっきの自殺事件の目撃者である女性の家だ。

 

「私のスキマを通してあげるって言ってるのに」

「あの中トラウマなんですよ。誰かさんに下半身と左腕を持ってかれたせいで」

「グロ注意! だったわねえ」

「もうやめてくださいよ? こうして問題解決に乗り出してるんですから」

「自業自得じゃない」

「否定できないけど」

 

 そして到着。被害者宅のすぐ横の家だ。幼馴染って言ってたし、家が近そうなのはわかってたけど、真横だったとは。

 さて。まさかこんな時間にもいるとは思わなかった。

 

「あっちはどうします?」

「先に片付けましょうか。何か言われても面倒だし」

「めんどくさがり」

 

 私は触手を伸ばして、物陰に隠れている男性を捕獲した。

 

「――――のわっ!」

 

 そのまま引きずって、私達の前に連れてくる。

 黒い服に身を包み、夜の闇と一体化している男性。

 それは事件の時、女性を宥めていた男性だった。

 

「痛ってえ…………ってお前、夕方の…………!」

「こんばんは。ストーカーさん」

 

 メリーさんが何を言っているのやら、と八雲紫から言われたが、覗き魔に言われたくはない。メリーさんはストーカーじゃなくて都市伝説だ。都市伝説は罪に問われない。

 

「さっきはご苦労様でした。…………そんなに好きだったんですか? あの人のこと」

「……………………悪いかよ」

「好きになるのはいいことよ。生きてる証だもの。けど、その為に罪を隠すのはどうかって話」

「お前だって同じことしてんじゃねえかよ」

「私は後でお仕置きする気だったからさ。今から行くの」

 

 その言葉に男性は顔を青くした。

 

「ま、待て! 俺がどうなろうといいが、あの人に手え出すな!」

「そんな甘い話があると思う? いや、あるかもしれないけど。その判断は私じゃないからさ」

「お前が見逃してさえくれれば大丈夫なんだ、絶対バレない。…………何が欲しい? 金か?」

「許し。けどそれはあなたからじゃない」

 

 私が八雲紫に視線を送ると、スキマが大きく開いて男性を飲み込んだ。

 悲鳴ひとつ上げさせることなく仕事をこなすとは。

 八雲紫。ただの冬眠妖怪ではない。

 

「今度は頭を断ち切ろうかしら?」

「勘弁してください」

 

 どうして心が読めたんだろう。顔に出てたかな。

 それにしてもちょっと可哀想だったかな。あの人もあの人なりに頑張ってたし。

 

「まあいいか。お邪魔しまーす」

 

 私は女性の家の扉を蹴飛ばして中に入る。

 音は八雲紫が消してくれたそうだ。境界を操るってホント万能だ。よく彼女と戦って生還できたなあ私。

 部屋を一つ一つ見て回って、彼女が就寝している部屋を見つけた。

 八雲紫に頼んで貰ってきたサイリウムを振って踊ってみた。

 何時起きるかなー?

 

「早く起こしなさい」

 

 サイリウムがスキマに飲まれた。

 

「何に使うかと思えば…………アホらしい」

「何事も余裕と娯楽が必要なんです。さて、えいっ」

 

 夢の世界って、無意識に見るものなんだって。

 それはイコールで、夢と無意識が繋がるというわけで。

 私にも多少なら夢を操れるわけで。

 

「――――うわああああああ!」

 

 悪夢を見せ付けてやりました。どうもすいません。

 というわけで、女性の起床である。

 

「どうもー」

「おはようございまーす」

 

 二人の妖怪の出迎えで、怯えて部屋の端まで一瞬で移動された。

 そんなに怖かったかな? メリーさんやってる時にこの反応されたかったなー。

 まあいいや。

 

「あなたを断罪しに来ましたよ」

「ひぃ! あ、あなたさっきの…………」

「うん。さっきぶり。殺人の罪で呪いに来ました」

「な、ななな何を言ってるの? あの人は自殺したって、さっき言ってたじゃない!」

「ああ言うしかないじゃない。さっきはね。もう噂も広まったし、十分だけど」

「まさか、私が殺したって言いたいの!?」

「そう言ってるよ。何? 事件のことを事細かに言わなきゃ認めない?」

 

 そんな面倒なことをしたくないんだけど。

 助けてほしいという視線を八雲紫に投げつける。

 無視された。ですよねー。

 

「じゃあ順を追って説明するね。まずあなたは被害者の男性と幼馴染以上の関係だったね。肉体関係を持っていた。好き合ってたわけだ」

「……………………!?」

「昨日からあの家に泊まってたんだね。まあ私も男の人と一晩過ごしたことがあるから羨ましくなんてないけどね。とにかく、一緒にいた。今日も一緒にいる予定だったのかな? けどそれは叶わなかった。被害者の男性の友人が遊びに来た」

「………………………」

「男性はあなたが家にいることを知られたくなかった。だから友人を家に入れずに遊びに行くことにした。あなたを家に置いてね。…………八雲紫さん、どうして友人を家に入れたくなかったか、わかります?」

「探偵さんが言うべきことではなくて?」

「私はただの探偵殺しだよ。ここはデウス・エクス・マキナの出番ですよ」

「はあ。はいはい、わかったわかった。確かに物語とは関係ないものだしね。…………あなたの元夫でしょ? そのご友人さんは」

「ひっ」

 

 その反応を見るに間違いないようだ。

 それにしてもあれだ。この人がいる限り幻想郷にプライバシーは存在しないようだ。

 

「元夫さんから身を隠すための行動だった。はい、古明地こいしの番」

「はーい。で、あなたは被害者男性がいなくなってからも家の中にいた。意味のわからない行動だけど、とにかく居続けてのね。で、被害者男性が帰ってきてから、あなたは彼を殺した。指紋はこの時に拭き取った。…………で、家を出て、18時に戻ってきて目撃者として演技を始めた」

「…………それっておかしいじゃない。どうして私があの人を殺したの? どうして私はあの家に戻ったの?」

「証拠品を押収した八雲紫さん、どうぞ」

「…………何て穴だらけの推理かしら。はい、これあなたの盗ってきた物」

 

 八雲紫がスキマから取り出したのは――――猥本と呼ばれるものだった。おお、話には聞いていたけど実物を見るのは初めてだ。……………ちょっと中身を――。

 

「こら。お子様が見るもんじゃない」

「けちー。一人前のレディーだからいいのよ」

「ダメ」

「ちぇっ。で、これがどうしたんですか? 八雲紫さん」

「被害者が友人と買ってきたものよ。より正確に言うと、付き合いで買わされたものね」

「というわけでね。あなたはこれが許せなかったわけだ。これを浮気と見たのかな? それでカッとなって殺害。どうして家に戻ったのか。思わず包丁の指紋を拭き取ってしまったからだね」

 

 彼女が事件現場に戻らなかった場合。

 これは密室殺人になる。何せ被害者が手袋もしてないというのに包丁に指紋がないのだ。これは第三者がいなければ不可能。この事件を隠蔽して自殺にしたい彼女からすれば、それは避けなければいけないことだ。

 だから戻ってきた。これを自殺にするために。下手すれば殺人犯になってしまうリスクを背負ってまで、彼女はこれをすることを決心した。

 結論から言うと彼女は恵まれていただろう。事件を穏便に終わらせたい私と会ったこともそうだし、あの黒服ストーカー男性の存在もそうだ。

 ここで少しストーカーにも触れておこう。いや説明する必要もないのかもしれないが。

 あの男は彼女をストーキングしていた。それも、かなり重度に。昨晩、彼女と被害者男性が一緒に被害者男性の家にいることも知っていただろうし、相当のものだ。

 私が質問したことに答えてくれたのもストーカーだからだ。彼女のことを守りたいが故に、彼女に話させたくないが故に自分が知ってることを洗いざらい喋ってくれた。結果として彼女を困らせてしまったのだが。

 これも、愛故に。

 

「さあて、謎解きはこれぐらいでいいかな? そろそろ大人しく捕まってくれると助かるんだけど」

「…………どうして、こんなことするの? あなた達妖怪でしょ? 関係ないじゃない」

「関係はあるわ。あなたが幻想郷にいて、私が八雲紫だから」

「意味が、わからないわ」

「理解される必要は、ありませんわ。…………ご苦労様、古明地こいし」

「これで自由?」

「まさか。今後も監視させてもらいますけど――――ひとまずは、外のご友人に会ってこられては?」

「外の友人? いーちゃんの話?」

「誰は外の世界なんて。この家の外よ。面霊気が待ってるから」

「へ? こころちゃん? 何で?」

「さあ。…………いい友人を持ってるわね。大事にしなさい」

「言われなくても」

 

 八雲紫が女性を連れてスキマの中へと消えていった。

 私は言われた通りに外に出た。

 こころちゃんがただ立っていた。

 

「やあやあこころちゃん。こんなところで奇遇ですね」

「偶然なわけあるか。…………これで、一段落着いたの?」

「うん。今後も監視されるみたいだけど」

「そう」

 

 肩を並べて、どこへ向かうわけでもなく歩き始める。

 

「ねえこころちゃん。愛ってなんだと思う?」

「ん? 愛? 何だろ、大事に思う心?」

「それもありだけど。今日覚えたのはね、愛は独占なんだよ」

 

 たかが本でさえも、自分じゃないものを見ていたから殺した。

 自分だけを見ていて欲しい、他の物なんて必要ない。だから殺した。

 こんな愛情表現。

 愛する対象をじっと見る愛情表現もある。他の物なんて目もくれない、愛する対象に独占されるような感覚。

 この事件は愛を巡る事件だった。なんて言い方をしたらロマンチックすぎるかな。

 けど愛がなければ何も起こらなかった。どれだけ歪んだ愛の形だろうと、どれだけ狂った物語だろうと、愛には何かを動かすだけの力がある。

 果たしてその力は、間違っているのだろうか。

 力あるものは抑制される。外の世界でいーちゃんから聞いた話だ。ならば愛も抑制されるべきなのだろうか。それこそいーちゃんがやってたように、自分を騙して押さえつけるべきなのだろうか。

 

「――――それは違うんじゃない?」

「違う?」

「愛は独占、なんじゃなくて、独占が愛の形の一つなんだよ」

「どう違うの?」

「独占は、あくまでも愛の表現の一つだってこと」

「…………そっか。愛情表現もたくさんあるもんね」

「うん」

 

 表現が多いのは、それだけたくさんの愛があるということかな。

 一つの愛しかないんだったら、表現も一個でいいわけだし。

 愛がたくさんある。それはつまりそれだけたくさんの物事が動いているということになるのだろうか。

 ひょっとしたら。

 愛が世界を動かしているのかもしれない。

 

「…………なんてね」

「ん? 何か言った?」

「こころちゃんに刺された傷が痛いって言ったの」

「そんな長くなかったような。それならいいや。直ぐに治るでしょ」

「私をなんだと思ってるの?」

「ジオング」

「飾りじゃないからね? この足」

 

 いーちゃんとも違う、この軽口の叩き合い、楽しいなあ。

 もういいや。我慢しなくていい。楽しいことは楽しんじゃおう。問題があったらその後で今日みたいに解決すればいいんだ。じゃないと、こころちゃんに失礼だし。

 これを諦めと取るか、前向きと取るかは人によりけりだろうけど、少なくとも私は前に向かってる。

 いーちゃんを叱った手前、後ろ向きになんていられないし。

 何より、八雲紫と一緒にいてちょっとだけ楽しかったから、また会いたいし。

 

「よーし、頑張るぞー!」

「じゃあこいし、地霊殿行ってみようか」

「それは別問題ということで」

「…………実はね、私前に地霊殿に行ったんだけど」

「え?」

 

 行ったの?

 あの嫌われ者の巣窟に?

 

「オカルトごっこしようとこいしを探しに行ったんだけどね」

「あ、その時の話か。私もメリーさんを布教しようと各地を飛び回ってたからねえ」

「何やってんだお前。で、その時にどうせだから挨拶しとこうとお姉さんに会いに行ったの」

「引き返せばいいのに」

「お姉さん嫌い?」

「大好き」

 

 あんなに可愛いお姉ちゃんを嫌いになる奴の気持ちがわからない。

 豆知識。お姉ちゃんが眠ってる時に脇をくすぐるとエロい表情になる。

 あの時は御馳走様でした。

 

「で、こいしの話してた」

「どんなどんな」

「とりあえず私はこいしの奇行について」

「そんなことしたっけ?」

「料理本を買うお金がないからって、調理器具を本屋に持ち込んで料理を始めたことについて」

「禁止されてないからいいんだよ」

「ダメに決まってんだろ」

 

 幻想郷は外の世界と違ってルールが少ないから、許されてるかと思った。

 暗黙の了解って奴だったのか。

 

「お姉さんはこいしの心配してたよ」

「……………………」

「怪我してないか。病気にはなってないか。虐められてたりしてないか。ちゃんとご飯は食べてるのか。悪い男に誑かされてはいないだろうかって」

 

 ごめんお姉ちゃん。

 最後のは否定できそうにない。

 つまり全部いーちゃんって奴の仕業だったんだ!

 

「ちゃんと聞いてる? とにかく、お姉さんはこいしのことをこんなに想ってくれてる。……………何か思うことはないの?」

「そりゃあるよ。大事に思ってくれてありがとうって。こいしは元気ですよって」

「じゃあそれを伝えなきゃ」

「……………………そうだね」

「ちゃんとこいしの言葉でね。感情とか思いっていうのは、言葉にしなきゃ伝わらないものだから」

「そうかな? 表情とか仕草でわかるものじゃない?」

 

 ましてやお姉ちゃんは覚妖怪だ。

 今の私の心なら、多分、読めるんじゃないかな?

 無為式にかき乱された私の心なら。無意識をある程度操れるようになってるし、心を読ませようと思ったら読ませられると思う。

 

「言霊を知らないのか。言葉にはとっても大きい力があるんだよ。だから言葉っていうのがある。文字じゃなく、口にする言葉。それに、表情とか仕草からは察する程度しかできないよ。考えることしかできない。大事なのははっきりと自分を伝えること」

「うぐぐ。やっぱり行かなきゃダメ?」

「ダメ。あのままだとお姉さん…………その、いろいろ危ないよ?」

「どういうことそれ」

「私が帰る直前に、突然虚空に話しかけてた」

「ちょっと実家に帰らせてもらいます」

「何か意味合いが違う気がするけど行ってらっしゃい」

 

 私は走ってその場を離れた。

 相変わらずどこか残念なお姉ちゃんだ。

 いやまあ、原因が私にある以上、そんなことは言えないんだけどさ。

 私だってお姉ちゃんの妹だ。そんな病状があるというのなら、流石に心配になってくる。

 今まで帰ることに恐怖があった。地霊殿に寄ったことはあったけど、お姉ちゃんには絶対に会おうとしなかった。お姉ちゃんに会うことが怖かった。

 だって、私は今までのように何も感じない存在じゃないのだから。

 昔のように、何かを感じる存在になったのだから。

 昔のように、恐怖を感じるようになってしまったのだから。

 昔にように、覚妖怪に戻りつつあるのだから。

 昔のように――――眼を閉ざしたあの時に、戻りつつあるのだから。

 お姉ちゃんは喜んでくれるだろう。私が本来の覚妖怪に戻れたことを。それが怖い。

 喜ばれたら、嬉しいから。

 私は、もう無意識ではいられないだろう。

 それはつまり、昔の地獄に戻るということだ。

 嫌悪と憎悪と醜悪と最悪と汚物と汚点と恐気と狂気と凶気に満ちた世界になんて戻りたくない。

 あんなものはもう見たくない。

 だから――――

 

「戯言だよ」

 

 全部、捨ててしまおう。

 誤魔化して曖昧にして何も感じず何も考えない存在に朽ち果ててしまおう。

 私は眼を閉ざそうと、固く誓った。

 あれ、これって。

 

 いーちゃんと同じじゃないか?

 

 いーちゃんは自分の罪悪感のために心を閉ざして。

 私は自分の安心感のために眼を閉ざしている。

 ……………………。

 いーちゃんにあんな偉そうなこと言った手前、これじゃダメだよね?

 そうだ。まだ逃げ道はあるんだ。お姉ちゃんが嬉しそうにしててもそれを感じないようにすればいいんだ。

 それなら私は地獄に戻らず、お姉ちゃんも幸せ。

 よっしゃそれで行こう!

 私はただ走った。

 走ることしか、考えないことにした。




キャラを忠実に書けない
二次創作だからで納得しよう、うん

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